088 :志賀沙織
◇2041年5月@福島県岩木市 <矢吹天音>
菅波杏樹と共に鯨岡絢乃の家を訪れた矢吹天音は、自動車修理工場の奥にある古い木造家屋の奥座敷へと招き入れられた。もうすぐ夕食時間な事もあり、天音と杏樹は早々にお暇するつもりだったのだが、先ほど学校であった出来事だけは、きちんと報告しておかないといけない。
絢乃の両親、鯨岡紘汰と弥生は、忙しいにも関わらず天音の希望通りに時間を作ってくれた上に、真剣に話を聞いてくれた。
「今回は、絢乃さんを事件に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
「いやいや、天音ちゃんんは悪くないわよ。こちらこそ、うちの娘を庇ってくれた上に暴力まで受けさせてしまって、何とお詫びをして良いか……」
「あ、怪我なら大した事は無いですから。私の体質は特別でして、軽い怪我なら直ぐに治ってしまうんです」
天音は、そう言ってガーゼを外して見せた。本来なら病院へ行って診断書をもらうべきなんだろうけど、そこは動画があるのでどうにでも出来る。実際、これが普通の女子だったら、かなりの重症を負っていた筈だ。まだ「ムシ」になる前の絢乃だったらと思うと、ぞっとしてしまう。
絢乃の両親は、藁谷葉子先生の勧めに応じて、明日は学校を休む事に同意してくれた。更に、明後日の登校の際には、母親の弥生が付き添ってくれる事にもなった。
「しかし、子供の髪の毛の事なんかで、こうもトラブルが起こるってのは、何とも腹立たしい事だよなあ」
「磯上さんとこの麻友ちゃん達が通う小学校とは、全く対応が違うわよね」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ、麻友ちゃんの学校では、子供達が髪色で差別しないようにって、先生方が配慮してくれとるそうなんだ。教師が偏見を持って生徒に接してくる絢乃の中学とは、全くの逆だわな」
「全部の先生がそうだとは思いませんけど、正直、あの教頭先生には失望しました」
「沙織ちゃん達が名古屋なんかに引っ越さずに隣にいてくれたら、少しは違ってたんでしょうけどねえ」
「そうだな。章人の一家は、うちにとって本当に心強い仲間だったよな」
「うちの絢乃なんか、男の子達に虐められてる所を何度も沙織ちゃんに助けられたって話よ。千景も沙織ちゃんとは仲良しだったし、本当に残念だわ」
「そういや最近は、あまり連絡を取っていないな」
「そうね。それに名古屋は遠くて、なかなか会いにも行けないし……」
都合良く隣にいたという志賀沙織の家族の話になったので、天音は色々と聞いてみる事にした。
「あの、さっき絢乃ちゃんから少しだけ聞いたんですけど、その沙織ちゃんって子、綺麗な金髪だったんですよね?」
「ああ、そうなんだよ」
「いや、沙織ちゃんは、少しだけ色が付いていたわよ。でも、妹の早苗ちゃんの方は、天音ちゃんと同じような金髪だったわね」
「あの、どうして名古屋なんかにお引っ越しされたんですか?」
天音の質問に、絢乃の両親がポツポツと語り出した。
「ご主人が働く工場が、閉鎖されてしまったのよ。奥さんも別の工場で働いてたんだけど、当然、それだけじゃ食べて行けないし、ご主人の仕事もなかなか見つからなっくて……、そんな中、名古屋の方に越して行った人の伝手で、仕事を紹介して頂ける事になったらしくて……」
「天音ちゃんなら知ってるだろうけど、この辺よりも名古屋の方は景気が良いらしくてな……」
日本でも有数の製造業の集積地である名古屋の近辺は、相変わらず国内では突出して景気の良い地域とされている。その為、以前は大いなる田舎と揶揄されていた街中も、最近では東京より洗練されているのだとか……。その上、働き口も多い事から、少子化で減りつつある若者達にも大人気で、どんどんと人口が増えている地域でもあるらしい。
「うちも志賀さんの所も先代は漁師だったんだが、震災の時の津波で街ごと流されちまったんだ。そんでも、うちの親父は前々から車弄りが趣味で、副業のような形で近くの修理屋を手伝っててな、それで震災の後は、思い切って今の所で自動車修理工場を始めたって訳だ。で、数年後に志賀さんの所が隣の借家に引っ越して来て、元々近所だった誼で、直ぐに家族ぐるみの付き合いになったんだ」
「なるほど、本当に親しい間柄だったんですね」
「ああ、そうだよ。震災の時は、俺が中学生で志賀さんの息子の章人が小学生だったんだが、うちの隣に引っ越して来た時、章人は中学生になってた。その後、章人は工場で働きながら夜間の高校へ通って、俺は工業高校を出て親父の所で働き出したんだ」
ご主人の紘汰の話の後を、妻の弥生が引き継いだ。
「あたしが結婚してここへ来て三年後に、織絵さんが嫁いで来たの。あたしとは歳が近かった事もあって、直ぐに仲良くなったわ。こっちに越して来た時には、お腹に沙織ちゃんがいて、正直、生まれた時は、もうびっくり。綺麗な金髪の女の子だったんだもの。でも、その時は、一年後に絢乃が生まれて、その子が同じ色の髪の毛だなんて夢にも思わなかったわね」
「今になって思えば、その頃が一番良かったのかもしれんな。その後、どんどんと景気が悪くなって行って、章人が働く工場が閉鎖になると聞いた時は驚いたよ……。それが三年ちょっと前の事なんだが、その後も景気は悪くなる一方でな。ここら辺の工場は何処も彼処も人を減らしておって、工場ごと撤退する所も後を絶たなくてな。そのせいで、岩木市の人口は減る一方なんだそうだ」
ただでさえ、少子化の為に日本の人口が減って行く中、以前は世界を席巻した日本の製造業全体が弱体化しており、地方の過疎化が急速に進みつつある。既に山間部や漁村とかでは、集落の数が大きく減っているのだが、最近は岩木市のような中核都市にさえ、過疎化の影響を受けている状態だ。
「実を言うと、うちも他人事じゃないんだわ。いつまで今の仕事を続けていられるか……、正直、あと二年、いや、もっと早いかもしれんな……」
車が自動運転になって一部の金持ち以外、個人で所有しなくなった事で顧客の大半が法人となってしまい、中小の修理屋の大半が廃業を余儀なくされた。しかし、鯨岡紘汰の場合は、運よく地元の配車会社の自動車整備を一手に引き受けた事で、延命する事が出来たという。ところが、最近になって、その配車会社が大手に吸収されてしまい、いつまで既存の契約を継続してくれるか分からない状態なのだそうだ。
「できれば、息子の千景が高校を卒業するまでは岩木にいたかったんだが、それまで待てそうにないんだ。工場を畳むとなれば、千景を何処かに下宿させて、俺も名古屋にでも行くしかないのかもな……」
「あの、余計な事かもしれませんが、その場合、単身で出稼ぎって事も……」
そこで声を上げたのは、妻の弥生だった。
「それも考えたんだけどね、名古屋の方がお給料が良いようなんだよ。あたしが働いてる工場だって、いつ潰れてもおかしくない状態だし、この人が名古屋に行くんだったら、あたしも付いて行くつもりだよ」
「なるほど、良く分かりました」
どうやら、絢乃が岩木に留まっていられるのは、それほど長い時間ではなさそうだ。
それから天音は、志賀沙織が既に「ムシ」になっている可能性が高い事。最悪、独りぼっちの「ムシ」として、不安定な立場に置かれている可能性がある事を伝えた。
「これは穿った考え方かもしれませんが、最悪、『ムシ』である事が誰かに知られてしまうと、研究機関とかに囚われて研究対象とされる危険性があると思います。皆さんは私達にも公平に接して頂いていますが、一般の方が『ムシ』を見た場合の反応は、『化け物だあ!』ですもんね」
天音の言葉に、絢乃の両親の鯨岡紘汰と弥生は、「分かったよ。沙織ちゃんと直ぐに連絡を取ってみるよ」と言ってくれた。
「あの、まずは『ムシ』の話は伏せて、『金髪の女の子の知り合いが、岩木に大勢できたから』といった形で話してもらえますか?」
「そうね。あたしもそれが良いと思うわ。あたしの方から連絡を取った上で、天音ちゃんにメールのアドレスを連絡するようにするわ」
「はい。宜しくお願いします」
ともあれ、今日、名古屋の「志賀沙織」という子の情報が得られた事は、大きな成果である。
その後、鯨岡夫妻からの再三にわたる夕食の誘いを断った天音は、杏樹と共に鯨岡家を後にした。
帰り際、ちょうど帰宅した千景と玄関を出た所で鉢合わせた。彼は一年生でありながら生徒会の仕事を手伝っているらしく、帰宅時間が今ぐらいになってしまうようだ。
「矢吹さんが来てるんだったら、もっと早く帰って来れば良かったよ」
「いやいや、生徒会の仕事の方を優先して下さいよ。あ、こちらは菅波杏樹ちゃん」
「菅波杏樹です。家は勿来の方で、中学二年生です」
「そうなんだ。君も綺麗な金髪なんだね」
「はい」
「ふふっ、可愛い子でしょう?」
「あ、いや……」
「照れなくても良いじゃない。杏樹の目、透き通ったブルーなんだよ」
「確かに、綺麗だ」
「もう、天音さんったら……」
天音は、千景の視線が自分から外れた事でホッとしていた。彼の視線は何となく苦手なのだ。
天音は、「じゃあ、またね」と千景に言い残して、来た時と同様に修理工場の中を通り抜けて外へ出る。見送りに出て来てくれた絢乃には、「また、直ぐに来るからね」と言って、門の所で分かれた。
そして天音は、杏樹と共に木陰に身を隠すと、一瞬で身体に光を纏って空へと舞い上がったのだった。
END088
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★★★
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いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
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【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




