009:千花の悩み
◇2041年5月@東京 <小川千花>
小川家は三姉妹とはいえ、長女の千花と二人の妹達とは少し歳が離れている。次女の真花とは六つ、三女の唯花とは十歳だ。
それでも、この三姉妹は仲が良い。それは、千花の長女気質というか世話焼きな性格に依る所が大きい。もっとも、お節介が暴走する事も多々あって、妹達に煙たがられている面もあったりするのだが……。
その千花は、この春にトップ私大の東都大学に入学した才媛でもある。そして、今は五月のゴールデンウィークも過ぎて、夏の猛暑が近くに感じられる季節になっている。そんな中、ようやく新しい生活に慣れ始めた彼女は、今日も颯爽と大学のキャンパスを歩いて教室へ向かっていた。
今日の彼女の服装は、白のブラウスにベージュの膝丈スカート。朝は濃紺のカーディガンを羽織っていたけど、今はタブレット端末と合わせて脇に抱えている。
髪の毛はセミロング。色は茶色とはいえ、染めてる訳じゃない。色白な肌と細身な体型。身長は女性の平均ぐらい。だけど、割と明るくて活発な性格の為か、実際よりも高身長に見えている。
そんな千花は、控えめに表現した所で美人のカテゴリーに入るのは間違いない。その為、彼女を狙っている男子は多くいるのだが、女子校育ちのせいか本人は全く気付かなかった。
その千花がやって来たのは、学食だった。この時間にいる学生は少ない。千花の目的は二人の男子学生、鵜飼優流と立花奏音との待ち合わせだった。
目的の二人は、直ぐに見付かった。彼らは、今日もひとつのタブレット端末を見ている。そこに表示されているのは、背中に大きなチョウの翅を生やした少女のイラスト……。
「もう、あんた達ったら、また女の子のエッチなイラストなんか見てるんだからあ!」
「ちょっ、ちょっと千花。こんな所で誤解されるような事、大声で言うな!」
「そうだよ。これは、いつものサイトだよ」
彼らが見ていたのは、『未確認飛行少女情報サイト』。それは、最近、都市伝説のように囁かれ出した噂、巨大な光のチョウの翅を持って、自由に空を飛び回る女の子達の目撃情報を集めたサイトだ。まだ千花は見た事が無いけど、目の前の男子二人は目撃者。しかも、奏音の場合、それが千花も知っている女の子だと言うのだ。
そうは言っても、千花は、その「光のチョウ」の存在を信じてる訳じゃない。てか、普通は信じなくて当たり前だと思っている。
それなのに千花が一笑に付してしまわないのは、大学に入って直ぐに知り合った早坂琴音が、その辺の事情に妙に詳しいからだ。彼女もまた、知り合いの従妹の子が「光のチョウ」であるらしい。
ちなみに、そういった女の子達の事を、琴音も彼らも「光のチョウ」じゃなくて「ムシ」と呼ぶ。千花は、その「ムシ」という言葉は嫌いだ。
だって、女の子を虫なんて言って良い筈がないじゃない! もう、女子を何だと思ってんのっ!
「あれ、今日、早坂さんは?」
「お休み。風邪を引いたみたい。彼女、一人暮らしだから心配ではあるんだけど、『そんなに大した事ない』って言うから、お見舞いは止めておいたの」
その後、三人でファミレスに行って奏音から聞かされたのは、例の知り合いの女の子と話して、その子から自分が「光のチョウ」であるのをカミングアウトされたって事だった。
★★★
小川千花にとって、今日、立花奏音から聞かされた話は割と衝撃的だった。彼は、その女の子の名前は明かさなかったけど、彼女が榊原澪であるのは間違いない。セキュリティの総合商社と言われるサカキバラ商事の社長令嬢だ。
澪ちゃんの事は、千花も良く知っている。決して冗談を言うような子じゃない。となると、「光のチョウ」ってのは都市伝説なんかじゃなくて、本当に実在するって事になるんだけど……。
やっぱり千花には、自分の目で見ないと信じられそうもない。
それより、最近の千花には、悩みがある。それは、上の妹の真花の事だ。
――あの子、私に何か隠してるんじゃないかしら?
初等部までの千花は、とても内気で大人しい子だった。そうなった理由のひとつは、幼稚園の頃、男の子達に金髪を揶揄われたのがトラウマになっていて、それを未だに引き摺っているというもの。もうひとつは目が悪いせいで引っ込み思案になった事だけど、同じく弱視で金髪の唯花が割と活発なので、結局は持って生まれた性格のせいという気がする。
ところが、近頃、そんな真花が目に見えて明るくなったのだ。
普通、その人の性格なんて、滅多な事じゃ変わらない。可能性としてあるとしたら、思春期に差し掛かって自ら「変わろう」という意識が芽生えたって事だろうか? 千花の場合は元から明るい性格だった為に、思春期になっても特に何かが変わったって覚えはないのだけれど、真花もそうだとは限らない。
いやいや、普通は思春期に入ると、逆に無口になったり反抗的になったりするんじゃなかったっけ? 急に明るくなるケースなんてあったっけ?
もうひとつ思い付くのは「好きな男子が出来た」って可能性だけど、真花は女子だけの中等部に上がったばかり。最近は物騒だからと、同じマンションの子と一緒に車で通わせているので、「通学中に知り合った男子に一目惚れ」という線も無い。
となると、中学デビューに成功したと考えるのが妥当だろうか?
この四月から真花が通っているのは、千花の母校でもある東京精霊女学園の中等部。共学から女子校になった事で人間関係が変わったというのも、有り得る話ではある。
後は、中等部に上がって、今まで以上に成績上位者が尊敬される環境になったって事。何たって、うちの真花は、三姉妹の中で一番に頭の良い子なのだ。
それにしても腑に落ちないのは、本人が何も言ってくれない事だ。以前の真花なら、真っ先に私へ報告しに来ただろうに……。
あれこれと考えた挙句に千花は、三姉妹が揃った夕食後で直接、本人に訊いてみる事にした。
「ねえ、真花。学校は楽しい?」
千花の問いに、妹の目は泳いでいた。
でも、それより先に気になった事があった。その時の真花は、眼鏡を掛けていなかったって事だ。
確かに、今までだって眼鏡を掛けていない事はあった。だけど、それは「眼鏡を掛けたって、大して見えるようにならないから」といった消極的な理由。室内だったら、割と良くある事だ。
「真花、ひょっとして目が見えてるの?」
「千花お姉ちゃん、それって今更だよ」
その時、口を挟んできたのは、下の妹の唯花だった。
「真花ちゃん、だいぶ前から眼鏡してないよ」
「えっ?」
ショックだった。でも、ちゃんと向き合わないといけない。
「そうだったんだ。気付かなくてごめんね。でも、おめでとう」
「ありがとう」
「だけど、お医者さんには行かなくて良いの?」
「うん、行かない。だって、前より良く見えるんだから、お医者さんに見てもらう必要なんて無いじゃない」
「うーん、それってどうなんだろう……」
千花は少し考えて、次の質問をする事にした。
「それ、お父さんとお母さんには言ったの?」
「家族だと、唯花しか知らない」
「家族だとって事は、他に知ってる人がいるの?」
「色々とだよ。仲の良い子は、皆、知ってる」
「えっ、仲の良い子って?」
「友達っていうか、仲間っていうか……。おんなじ学校の子もいるし、違う学校の子もいるんだ」
「違う学校の子もいるの?」
「うん、いるよ……あ、それって、まだ言わない方が良かったのかも」
真花が不思議な事を言う。今までの彼女だったら、家族以外に相談する人なんて居なかった筈。それなのに、今は他に相談できる人が大勢いるような口ぶりだった。
「そういや、学校は楽しいかって質問だったよね? うーん、最近、楽しくなってきたって感じかも」
「それは、さっき言ってたお友達が出来たから?」
「うん。その中で一番に親しい子は、東山紗理奈って言うんだ……」
END009
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
また次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




