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010:真花のカミングアウト

◇2041年5月@東京 <小川千花>


上の妹の真花まはなが、眼鏡めがねを必要としない程に視力を回復させたと知った日の夜の事だった。小川千花(ちはな)は、初めて「光のチョウ」を目撃した。


千花は、必ずしも寝付きが良い方とは言えないけど、ひとたび眠りに入ってしまえば、簡単には起きない。「気が付くと朝になっていた」というのが普通である。

ところが、その日は珍しく深夜に目が覚めてしまった。

時刻を確認すると、午後十一時三十六分。いつもより早めにベッドに入ったとはいえ、一時間半も寝てない事になる。


千花のベッドは、窓際に置いてある。彼女は、その窓の方へ寝返りを打って、再び目を閉じた。

その時だった。突然、窓の外が眩しく光った。


彼女は、咄嗟に手を伸ばして、サッとカーテンの端を引っ張った。

すると、巨大な光の塊が近付いて来たのだ。


次の瞬間、生まれて初めての絶望的な恐怖が千花を襲った。

大声で叫ぼうにも声が出ない。頭の中が真っ白になったかと思うと、今までの出来事が走馬灯のように思い返される……。


もう駄目だ!

そんな諦観の思いに囚われ掛けた時、光はスーッと消えてしまった。


だけど、消える瞬間、千花にはハッキリと見たのだ。

その光は、巨大な白く輝くチョウの翅を持つ少女の姿だった……。



★★★



翌朝になっても、昨夜の不思議な出来事を千花ちはなはハッキリと覚えていた。それどころか、あの光が消えた瞬間の映像を、彼女は鮮明に思い出す事ができた。


あれは、紛れもなく「光のチョウ」だった。鵜飼優流うかいすぐると立花奏音(かなと)がいつも見ている「未確認飛行少女(UFG)情報サイト」にあった多くの画像や動画と同じ事象だった。つまり、もはや千花は、「光のチョウ」もしくは「ムシ」という存在を認めざるを得ない。


千花が「光のチョウ」を目撃したのは、一度だけに留まらなかった。

次の日の夜、彼女はスマホのアラーム昨日を使って、午後十一時半に目を覚ました。すると、それから十分じゅっぷんも経たない内に、再び「光のチョウ」を目撃する事になった。

その翌日は、午後十一時四十六分だった。更に、四日目も五日目も、千花は「光のチョウ」を目撃した。


千花は、あまり夜更かしをしない。余程の事がない限り、夜十時にはベッドに入る。女の子にとって、夜更かしは美容の敵なのだ。

だから彼女は、五日目で「光のチョウ」を待つのを止めた。


だけど、そうして何度も見ていると、分かってしまう事がある。「光のチョウ」が吸い込まれるのは、ちょうど真花まはなの部屋の辺りなのだ。

そして、気付いてしまえば確認したくなる。それは、ごく自然の成り行きといえた。



★★★



ある日、再び千花ちはなは、夜中に起きて「光のチョウ」を待った。そして、それを目撃した直後、彼女は部屋を飛び出して、真花まはなの部屋に飛び込んだ。

真花は、部屋の中央に立っていた。「光のチョウ」じゃない。いつもの真花だ。

だけど、部屋の中には無数の銀の粒子が舞っており、お酒を飲まない千花でも分かる匂いが漂っていた。


この匂いは、お母さんが大好きな白ワインの匂いだ。

とはいえ、それを真花が部屋に持ち込んで、内緒で飲んでいたとは考え難い。


千花は、思い切って声を上げた。


「真花、ここに光の塊が飛び込んで来なかった?」


敢えて「光のチョウ」と言わなかったけど、真花には伝わったようだ。


「ねえ、お姉ちゃん。私の事、琴音ことねさんから聞いてるんじゃなかったの?」

「えっ、何で早坂さんなの?」

「ふーん、聞いてないんだ。じゃあ、優流すぐるさんからは?」

「えっ、何で優流くん?」


真花の口から鵜飼優流うかいすぐるの名前が出たのは、千花にとって意外だった。真花と優流との間に、ほとんど接点なんて無い筈だからだ。


「なーんだ。お姉ちゃん、知らないんだ」

「知らないって、何を?」

「うーん、それは、紗理奈さりなから言ってもらった方が良い気がするなあ……」


真花の思わせぶりな言葉に、千花はピンとくるものがあった。


「そういや、優流くん、『光のチョウ』っていうか『ムシ』の子と話した事があるとか言ってたかも。ひょっとして、それが紗理奈って子?」

「なーんだ。知ってんじゃん。それに、お姉ちゃんの口から、『ムシ』って言葉が出てくるとは思わなかったなあ……。だったら、みお奏音かなとさんの事は?」

「澪ちゃんって、榊原さかきばら家のご令嬢の事だよね?」

「うん」

「澪ちゃんが『ムシ』だってのは、知ってる。でも、今まで半信半疑だったんだけど、さっきの真花を見て、信じる気になったわ」

「そっか」

「てことは、あんた、みおちゃんとも仲良しなの?」

「うん、そうだよ。たぶん、週の半分は会ってると思う」

「そんなに? でも、別の中学でしょう?」


榊原澪さかきばらみおが通っているのは、城北付属女子。正確には、城北大学附属女子中学校だ。城北大学は、千花が通っている東都大学と並ぶ私立のトップ校である。


「そんなの、『ムシ』になって飛んでけば、澪の部屋まで一瞬だもん」

「そ、そうなんだ」


もはや「ムシ」という存在だけじゃなく、妹の真花が「ムシ」である事も千花は受け入れざるを得なかった。

一方の真花は、何故かニコニコ顔だ。


「ふふっ、これで私もカミングアウト成功だよ。お姉ちゃん、これから『ムシ』になった私の事も宜しくねっ!」



★★★



「ムシ」になって以来、真花まはなは毎晩のように夜空を飛び回っているらしい。だいたい夜の九時くらいに部屋から直接に外へ出て、帰って来るのは十一時過ぎだという。いや、千花の観察によると、正確には十一時半から十二時の間なんだけど……。


「そんなに頻繁に夜遊びをするなんて、とんでもない不良娘だわ。お姉ちゃん、そんな娘に育てた覚えはありません! およよ……」


そうやって千花ちはなが泣き真似をしたら、「臭い演技は止めてよね」と文句を言った上に、「だいたい、私を育てたのって、お母さんじゃん」と返されてしまった。更に、こんな事まで言ってくる。


「しょうがないじゃない。夜の空中散歩は、『ムシ』の本能なんだよ」


千花は、「そんなの、言い訳じゃない」と言ってやるのだが、全然、聞きゃしない。


「ああ、あの素直だった真花は、いったい何処どこへ行っちゃったんだろう!」

「さあね。私は、そんな子なんて知らなーい。元から、いなかったんじゃないの-?」

「あんたねえ……。お母さんが知ったら、ぜーったいに激怒するよ」

「うーん、その場合は、紗理奈さりなの所へでも避難しようかな」

「そういや、紗理奈って子の名前、こないだから良く聞くわね。優流くんとも仲良しなんだっけ? どういう子なの?」

「お父さんは、『東山モビリティ』って会社の社長さんらしいんだけど……、お姉ちゃん、その会社、知らない?」


そう言えば、聞いた事がある。確か、真花を学校に車で送迎してるのも、東山モビリティとの契約だった筈。

その事を真花に言うと、「へえ、そうなんだあ」という間の抜けた声が返ってきた。


「まあでも、結構、大きい会社みたいだよ。みおのお父さんの会社とも、だいぶ取引があるみたいだし」

「ふーん、そうなんだ。だったら、財界のパーティーとかで会っていても良いんだけどね」

「紗理奈の家庭って、割と複雑みたいなんだ。あの子、『ムシ』になる前は目と耳の両方に障害があって、あんまり家から出してもらえなかったそうなの」

「なるほどね」


「ムシ」になった事で、視力や聴力が回復したってのは、最近、良く耳にする話だ。実際、真花の弱視も治ったのだから、千花も信じざるを得なかった。

もっとも、どういう理屈で回復したのかは分からない。だけど、「ムシ」という存在自体が謎だらけなので、それを言っても全く意味がないのである。




END010


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

また次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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