011:真花の友達
◇2041年5月@東京 <小川千花>
小川千花が東山紗理奈という子と最初に会ったのは、上の妹の真花に「ムシ」であるとカミングアウトされた日の翌日の事だった。
まもなく午後九時になろうかという頃、自室にいた千花は外が光ったのを感じて、『こんな時間に何だろう?』と思った。すると、ドアがトントンと鳴って、下の妹の唯花が顔だけ出して言った。
「千花お姉ちゃん、真花ちゃんの部屋に行くよ」
その後、唯花は部屋の中にズカズカと入って来て、千花の手を取ると強引に廊下へ連れて行こうとする。それが意外にも強い力だった為に、気が付くと千花は真花の部屋まで連れて来られてしまった。
真花の部屋には、もう一人の金髪の子がいた。この部屋にいる四人の中で、三人が金髪。なんか、千花だけが除け者みたいだ。
そんな事を思った矢先、真花が唯花に、「あんたは、もう寝なさい」と言って外へ追い出そうとする。唯花は、「あたしも紗理奈ちゃんと遊びたかったのにぃ」と文句を言っていたけど、最後は素直に「お姉ちゃん達、おやすみなさーい」と言い残して、出て行ってしまった。小学三年生の唯花にとっての夜の九時は、もうベッドに入る時間なのだ。
唯花がいなくなった後、千花は改めて紗理奈に向き直った。だけど、先に言葉を発したのは、紗理奈の方だった。
「初めまして、東山紗理奈と申します。真花さんとは友人として、いつも親しくさせて頂いております」
思いがけず丁寧な挨拶をされた事で、「真花の姉の千花です。真花と仲良くしてくれてありがとう」と返す。子供の頃から躾けられた反射的な対応だった。
紗理奈に「やんちゃな子」というイメージを抱いていた千花は、自分の勝手な思い込みを少し恥じた。
「紗理奈はね、すっごく頭が良いんだよ」
真花によると、中等部に入って直ぐに行われた実力テストで、紗理奈は学年一位の成績だったという。ちなみに真花は四位。それだって、凄い成績である。千花も上位一割にはだいたい入っていたけど、学年一桁なんて一度も取った事がない。
しかも「ムシ」になるまで、真花は目に、紗理奈に至っては目と耳に障害を持っていたのだ。
千花が紗理奈に「凄いね」と言うと、笑顔を返された。普段は無表情なだけに、彼女が笑った時は強いインパクトがある。千花は、『きっと優流くんも、この笑顔の魅力にやられちゃったんだわ』と思った。
「ふふっ、障碍があると言っても、私の場合、全く見えなかったり聞こえなかったりした訳じゃないですから」
そうは言っても、健常者と比べて学習が大変だったのは間違いない。
「たぶん、親に放っておかれたのが良かったんだと思います。それと、偶然にタブレット端末を手に入れられたのがラッキーでした」
「てことは、塾とか行ってなかったって事?」
「はい。あ、文字は近所の優しいオバサンに教えてもらいました。あれもラッキーだったなあ」
紗理奈は、笑顔だった。
「私って、本当にラッキー続きなんです。でも、一番のラッキーは『ムシ』になった時の事です。『ムシ』になった事自体もラッキーだったんだけど、その時、天音さんに会えなかったら、私、間違いなく死んでました」
その時、紗理奈は担任の女性教師に殺され掛けたのだという。俄かには信じがたい話だけど、彼女が通っていたのは公立の小学校だと聞いて納得した。最近の公立学校は荒れていて、しかも教師の質が悪い。児童への虐待だって珍しくないのだ。
だけど千花は、天音という名前が気になった。
「天音さんというのは?」
「矢吹天音さんは、最初の『ムシ』で、私達の『クイーン』なんです。良く怒られたりもするけど、とっても頼りになるお姉さんですよ」
それで千花は、最初の「ムシ」の話なら、以前に早坂琴音から聞いていたのを思い出した。
「クイーン」というのは、「ムシ」達を束ねる存在らしい。その「クイーン」の子は、福島の方にいて、今いる「ムシ」達の中で唯一の高校生なのだそうだ。
「私が『ムシ』になった日、ちょうど天音さんは修学旅行でネズミーランドに来てたんです。それで、私の命が危ないって気付いてくれて……あ、新しい『ムシ』が生まれる時ってのは、近くにいる『ムシ』に何となく分かっちゃうんだそうです。『誰かに呼ばれてる!』って感じがするんですって……。あ、でも、天音さんは特別だったのかも。その時の天音さん、私の身体を不思議な力で癒してくれたんですよ」
「ムシ」に関する事は不思議のオンパレードなので、もはや千花は驚かない。
「そん時の私、本当にラッキーの連続でした。ひとつでも歯車が嚙み合ってなかったら、絶対に死んでた……」
そう言って笑う紗理奈は、とても愛らしい。そうかと言って、無表情になった時の彼女は、逆に薄気味悪く感じてしまうのだ。それもきっと、人形のように整った顔のせいだろう。
真花も綺麗な子だけど、紗理奈の美しさは次元が違うといいう気がする。
「福島には、天音さん以外にも、怖いけど優しいお姉さん達がいっぱいいるんですよ。私、澪ちゃんが『ムシ』になるまでは東京で一人ぼっちでしたけど、福島のお姉さん達がいたから、そんなに淋しくなかった。だって、スマホのアプリで、いつでも顔を見ながら話せるんだもん」
その紗理奈によると、現在、東京の「ムシ」は真花を入れて四人だという。
「天音さんがね、『ムシ』は皆、ひとつの家族だって言うんです。でも、距離が離れてると直接に会えないから、地区ごとの『ファミリー』に分かれてまして、こないだ、『東京ファミリー』ってのが発足しました。私、こう見えても、そこのリーダーなんですよ。正式には、FCって言うんですけど……」
「ふふっ、東京と言っても、紗理奈と苺は千葉じゃん」
「もう、千葉と言っても、浦安は東京の隣なんだからね」
紗理奈は、千葉の浦安から真花と同じ学校へ通っているそうだ。
「あ、そうだ。今度、琴音さんが関口さんとの昼食会をアレンジするから、千花さんにも参加して欲しいって言ってました」
「えっ、関口さん?」
「はい。私も一度だけ会ったんですけど、オタクっぽいお兄さんでした。ふふっ、関口さん、天音さんとラブラブなんですよー」
どうやら、「ムシ」の子の可愛さにメロメロになる年上の男子は、随分とたくさんいるようだ。
千花は、ふと気になった事を訊いてみる事にした。
「ねえ、紗理奈ちゃん。うちの唯花も『ムシ』になるのかしら?」
「はい。間違いないと思います」
即答だった。
千花は、次の質問をしてみた。
「じゃあ、私はどう? できれば、私も『ムシ』になって空を飛んでみたいのだけど……」
「えーと、それは……、うーん、どうなんでしょう?」
途端に、歯切れが悪くなった。
「そっか。私じゃ、歳を取り過ぎてるって事なのかな?」
「ええと……」
どうやら図星のようだ。
「ふふっ、気にしなくて良いのよ」
そうは言っても、正直、少しだけ残念ではあった。だけど、人生には、どうにもならない事ってのがいっぱいある。
うーん、そうやって直ぐに諦めてしまえるのは、案外、年の功なのかも……。
そんな他愛もない話を小一時間程した後、紗理奈は真花を伴って天井にスーッと消えて行った。
その時に千花は、真花が部屋を出て行く時は何で外が明るくならないのか、やっと分かったと思った。小川家の住まいはタワマン最上階。外へ出る時は天井を抜けて行って、帰りは窓から部屋に戻るようにしてるんだろう。
二人の少女がいなくなった部屋に残されたのは、無数の銀光の粒と薔薇の香り。そして、フルーティーなワインの微かな匂いが感じられたのだった。
END011
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★★★
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いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




