表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/123

086:天音と絢乃(2)

◇2041年5月@福島県岩木市 <矢吹天音>


鯨岡絢乃くじらおかあやのが通う小名浜第三中学校には、思ったよりすんなりと入る事ができた。

地域のトップ校である岩木高校の制服姿の矢吹天音(あまね)は言うに及ばず、勿来なこそ地区の中学校の制服を着た菅波杏樹すがなみあんじゅだって、掛け値なしに目立っている。それなのに、放課後に残っている生徒の誰もが話し掛けて来ないのは、何故なんだろう? 少なくとも三人目の金髪少女、唯一この中学の生徒である鯨岡絢乃のせいでないのは明らかだ。

考えられるとしたら、「金髪の女子が三人も揃うと、それなりに迫力がある」という事。裏を返すと、それだけ今の日本では、「金髪が忌み嫌われている」という事になってしまう。


ひと昔前なら観光目的のガイジンさんが大挙して日本に来ていて、その中には金髪の人だって大勢いた筈。それを思うと、今の風潮は随分と不思議だ。「何で、こうなった?」には諸説があって、ひとことで言うと複雑な国際情勢が影響しているらしい。

例えば、アメリカで少々イカれた大統領が選ばれてしまい、そいつが色々とやらかした結果だとか、中東やロシアの方でキナ臭いドンパチがあって、日本人のガイジン嫌いが強まったからだとか、南米の独裁国家で金髪の大統領が無茶苦茶やったせいで、金髪イコール悪魔といったイメージが定着しただとか、昨今の異世界ファンタジーブームで、世界的に金髪碧眼の美男美女が持て囃された反動から、黒髪黒目の日本人は、そうしたガイジンを嫌悪するようになっただとか、色々と言われているけど本当の所は良く分からない。

ネットで若者達が騒いだせいだとか、その若者達を扇動している影の組織が暗躍した結果だとか、それらに大手マスコミだとか広告会社だとかが政治家とつるんで色々と画策したせいだとか、本当に様々な人達が言いたい放題な訳だけど、とにかく、全部が天音にとっては、もうどうだって良いのだ。

生まれ付きの金髪だった立場からすると、実際に虐げられてきた事が全てであり、そんな社会にした元凶とやらを見付けだして縛り上げた所で、社会全体の風潮が変わらない限りは意味がない。


とまあ、そんな風にぼやきたくなるような出来事が、この後、この中学校の職員室で起こってしまうのだが、そこへ着くまでの天音には、当然、まだ知るべくもない。

よって、岩木高校の制服姿の天音は、颯爽と校庭を闊歩して行く。そして、その後ろを杏樹と絢乃が、少し不安そうな面持ちで付いて行った。



★★★



最初に天音達が訪れたのは、叔母の藁谷葉子わらがいようこがいる保健室だった。

軽くノックしてドアを開けたのは鯨岡絢乃で、そこへ一歩足を踏み入れた途端、天音にとっては懐かしい消毒液の臭いが鼻をついた。中学生の時の彼女は、しょっちゅう保健室に入り浸る生徒だったからだ。


「あらまあ、天音ちゃんじゃない。珍しいわね。それと鯨岡さんと、そちらは、えーと……」

「はい、菅波杏樹すがなみあんじゅと申します。確か、一度お会いしたような……」

「そうよ。一度だけ天音ちゃんのお母さんに連れられて、『茶髪の子の保護者会』の懇親会に出た事があるの。それで、この三人が来たって事は、若松先生の事ね?」


天音が絢乃の方に目をやると、コクリと頷いた。


「はあ。あの人、本当に困ったもんだわ。こないだきつく注意したんだけど、『女の言う事なんか聞けるかあ』って怒鳴られちゃった。もちろん、教頭にも言ってはいるんだけど、のらりくらりなのよねえ」

「なるほど。てことは、若い男の先生ですか?」

「そうよ。天音ちゃんを殴った……、えーと、永井先生だっけ?」

「はい。永井大志先生でした」

「そうそう。変な大志を抱いちゃったのよねえ……って、冗談言ってる場合じゃなかったわね。とにかく、その永井先生と似たタイプなの。旦那にも相談してはいるんだけど、高校と中学じゃ、あまり交流が無いみたいで……」

「あの、その先生に合わせてもらえますか? この髪色の子が三人いれば、絢乃ちゃんの髪が地毛だっていうのに、少しは説得力があるんじゃないかって思うんです」

「そうね。それは言えるかも……。それじゃあ、職員室へ行ってみましょうか」


という訳で天音達は、葉子先生に連れられて職員室へ向かったのだが……。



★★★



「失礼しまーす」


藁谷葉子先生の後に付いて、絢乃を含めた金髪女子三人が入って行くと、案の定、職員室内はザワザワし始めた。

幸運にも、若松先生も教頭先生も職員室にいた。

先に近寄って来たのは、若松という教師の方だった。そう思ったのは、彼が意外にも若く見えたからだ。どう見たって叔母の葉子よりも若い。二十代前半じゃないだろうか?


「藁谷先生、いったいどういうつもりですかっ! こんな不良達を教室に連れて来たりして……」


その若松という教師は、最初から喧嘩腰だった。


「あれ? 他校の子もいるじゃないですかあ。てことは、先生が補導したとか……」

「若松先生。前から何度も言ってますよね? 自分の勝手な妄想で人を見るのは止めなさい。不良だなんて、失礼でしょう。謝りなさいっ!」


葉子先生は、天音が見た事のない毅然とした物言いだった。それなのに……。


「はあ? 不良を不良と言って何が悪いんですかっ!」


やっぱり、バカだった。

天音は、呆れ顔で前に出た。


「失礼します。私、矢吹天音と申します。岩木高校に通っています。不良ではありません。髪の毛で判断するのは止めて頂けませんか? ちなみに、そういった偏見を無くす為の活動を両親と共にやっております。名称を『茶髪の子の保護者会』と申します。そこには岩木市内だけでも現在、私を含めて十七名いる金髪かそれに近い髪の子がいます。若松先生は、絢乃ちゃんの頬を明確な理由も無く叩きましたね? 実は私も中学一年生の時、男性教師に思いっ切り頬を叩かれました。もちろん、何もしてません。ただ髪の毛を黒く染めていなかったからです。髪の毛を染めてはいけない事は、生徒手帳に書いてあります。ですが、その先生は私に……」

「天音ちゃん、もう良いわよ」


天音の声は決して大きくは無いけれど、良く響く。職員室の教師全員が、天音の話を聞いてくれていた。唯一、若松先生だけが顔を真っ赤にして、今にも殴り掛からんばかりの形相だ。

いや、思いっ切り殴られた。幸いにも平手だったけど、その分、パーンと小気味良い音が職員室中に響いた。

天音は、反動で部屋の隅に置かれた鉄製のキャビネットまで飛ばされて、そこに頭を打ち付けて横倒しになった……ように見えた。


天音は、敢えて彼の手をけなかったけど、吹っ飛ばされて頭がキャビに激突しそうになった時だけは、微かに光を纏った。その為、頭がキャビの中に埋まる事になっちゃったのは、直ぐに頭の位置を変えたから誰も見てなかったと思う。いや、見られていないと思いたい。

それに、倒れた時の音が不自然に小さくて、キャビに頭部がぶつかった際の音なんて皆無だった訳だけど、もはや、そこは何とか口で誤魔化すしかなさそう。


当然、職員室の中は騒然となっていた。だけど、どの教師もあたふたするばかりで、率先して動こうとする者がいない。

唯一の例外は、葉子先生だった。彼女は、ジンジンと痛む頬に手をやりながらも倒れたままだった天音に、まずは意識がある事を確認して、小声で「大丈夫?」と訊いてくれる。天音も小声で「ちょっとインチキしちゃったから、大丈夫です」と返すと、葉子は直ぐに察してくれたようで、天音を抱き起して立ち上がらせてくれた。

だけど、そのまま保健室へ連れて行こうとしたので、天音は首を振って拒否する。その代わり、再び若松先生をキ゚ッと睨んで、毅然とした声で言った。


「先生が私に暴力を振るう所は、しっかりと動画に撮らせて頂きました」


唇の端が切れていて話し辛かったけど、何とか言えた。

それでも若松は、「何だとお!」と叫んで、天音に掴み掛かろうとする。だけど、さすがに今度は周囲の教師達が許さなかった。数人の男性教師達が彼を取り押さえに掛かる。しばらくの間、職員室内に怒声が飛び交う事となった。


その間も、杏樹はスマホを向けたままだ。

職員室に入る前に天音は、こうした状況を予想して杏樹に動画を取ってくれるよう、心話で頼んでおいたのだ。


その直後、慌てた教頭先生がやって来て、天音達は職員室の隣にある応接室に招かれる事になったのだった。



★★★



藁谷葉子わらがいようこ先生と、天音、杏樹あんじゅ絢乃あやのの三人が招き入れられた応接室には、少々古びた黒革の応接セットが置かれていた。

葉子先生は、別の女性教師が持って来てくれた救急箱を使って、天音の怪我の処置をしてくれていた。杏樹と絢乃も同じ三人掛けのソファーの空いたスペースに軽くお尻を乗せている。天音を含めた金髪女子の三人は小柄なので、何とか同じソファーに坐れたのだ。


天音達が三人掛けソファーに詰めて座っているのは、教頭と問題を起こした若松の二人が、先に二つある一人掛けソファーに座ってしまったからだ。

その二人は共に背もたれに凭れ掛かっていて、いかにも偉そうな態度だ。被害に遭った天音の方が、お説教されるみたいに思えてしまう。


天音は杏樹に心話を飛ばして、スマホを弄るフリをして何とか動画を撮るように指示した。

更に、この部屋に入る前に天音は、自分のスマホの録音ボタンを押してもいる。そっちは、予備だ。


最初に、天音が自己紹介を行った。と言っても、さっき職員室で名乗っているので手短に行う。頬がジンジンと痛いからでもある。

次に、天音から杏樹について、「市内の中学二年生で、『茶髪の子の保護者会』のメンバーである」とだけ伝えた。


「まず、君達の他にも同様の子が大勢いるというのは本当かね?」

「本当です」

「あのー、教頭、県内の他校に生まれ付き茶髪の生徒が何人かいるという話は、教育委員会からの通達にあったと思うのですが……」

「それはそうなんだが、実際に自分の目で見ないとだねえ……」

「実際、ここに鯨岡さんがいるじゃないですか」

「そうは言われてもねえ。それは、本当に……」

「あの、先程も言いましたけど、いったいどうすれば分かってもらえるんでしょうか? 教えて下さい。地毛だという証明書なら、既に提出してあると思うのですが」

「そうかもしれんが、でもねえ……」

「でも、何です?」

「あの、葉子先生。先ほどの動画、やっぱり警察に提出しましょうよ。私、ちゃんと被害届を出す事にします。だって、これで二度目ですよ。全然、反省の色が見られないじゃないですか……」

「おい、勝手に話すんじゃない!」

「あんたねえ……」

「こらこら、若松先生も藁谷先生も止めんか」

「ほら、そこの先生、全く反省してないじゃないですか。女子生徒に暴力を振るっておいて反省しないんだから、警察に行くしかないじゃないですか?」

「だから、止めんか!」

「何を止めるんですか? 杏樹、今すぐ電話……あ、もう良いや……。すいません。私、ちょっと、トイレに行って来ます」


そう言って天音は、席を立った。さすがに焦ったのか、教頭と若松の二人が追い掛けて来る。廊下へ出た天音は、全速力で廊下を走って、女子トイレに駆け込んだ。天音は「ムシ」なので、とにかく怪我の治りが早い。頬はまだ痛むけど、身体からだの打ち身の方は、既に回復していた。

女子トイレに入った天音は、即座に個室へ身を隠す。教頭と若松も女子トイレにまでは入って来ないと思ったけど、二人は堂々と入って来た。だけど、もう遅い。個室に入った天音は既に「ムシ」に変異しており、彼らが入って来ると同時に、天井へ消えてしまっていたからだ。


女子トイレに飛び込んだ事なかれ主義の教頭と暴力教師の二人は、鍵の掛かっていた個室のドアをバンバンと叩いた挙句、最後は若松が足で蹴ってドアを壊してしまった。

もちろん、そこには誰もいない。

その様子は、後から駆け付けた杏樹がスマホに録画していたのだが、彼らは全く気付かない。


しばらくの間、二人の男達は、光の粒とラベンダーの香りが漂う中で、ただ茫然と立ち尽くしていたのだった。




END086


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ