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083:天音の近況

◇2041年5月@福島県岩木市 <矢吹天音>


五月のゴールデンウィーク後半、東京から戻って来た関口仁志(ひとし)とあちこちに出かけ、その翌日は岩木市が誇る巨大屋内プールで朝から夜まで遊び通した矢吹天音(あまね)は、すっかり満足して帰宅した。帰り際、玉根凜華たまねりんかがこっちに向かっているとの連絡を受け、うちに泊まりたいとの話を断ったのが少し気になっていたけど、その時は『何とかするだろう』と気に掛けてはいなかった。

それよりも、深夜に東山紗理奈(さりな)から届いた報告の方が重要だった。東京で、また一人「ムシ」の子が生まれたというのだ。もっとも、その子は元から予備軍だった小川真花(まはな)で、紗理奈のクラスメイト。よって、「ムシ」になった事自体は不思議ではないのだが、首都圏で四人目の「ムシ」が生まれた事に意味があった。

天音としては、「四人揃えば新しいファミリー」などと決めた記憶は無いのだけど、何となくそんな事になっている。別に三人からでも良いんだけど、小学校の時から「普通、班分けは四人から」というのが刷り込まれていて、「三人じゃ足らない」って気分になっちゃう。


それで天音は紗理奈に、『おねでとう。これで、東京ファミリー発足だね』のメッセージを送ってみた。すると、直ぐに返信が来て、『本当に、良いんですか?』とある。

天音は、『当たり前でしょう。それと、言うまでもない事だけど、紗理奈ちゃんがFC(ファミリーキャップ)だからね』と念押ししておいた。


その東京ファミリーのメンバーには、「なかなか親へのカミングアウトが進まない」という課題がある。理由は、最初の「ムシ」(ファースト)二番目の「ムシ」(セカンド)の二人が共に社長令嬢で、それぞれ家庭内に問題を抱えているからだ。

尚、ここでの「カミングアウト」とは、自分が「ムシ」であると告白する事。これが出来ないと、両親の協力を得られない。「ムシ」というのは特異な存在であるが故に、社会的な反感を招きやすい。その為、強力な大人のサポート体制が必要となる。


とはいえ、榊原澪さかきばらみおの方は問題ある家政婦を辞めさせて、家庭教師の女子大生、実兄の婚約者の弟、実兄の婚約者と、周辺の人物へ次々とカミングアウトを成功させている。そろそろ本丸の両親への告白も視野に入って来た段階だ。

ただし、父親の榊原陸翔(りくと)が非常に多忙な為、今は彼のスケジュール次第といった所。場合によっては、実兄の榊原海渡(かいと)へのカミングアウトだけでも、先に済ませてしまう事も検討中だとか……。


東山紗理奈に関しては、ビジネス上の繋がりがある榊原陸翔へのカミングアウトが済んだ段階で、その陸翔を通じてのアプローチを考えているそうだ。

ただし、彼女の場合、実の母親との関係がこじれてしまっていて、当面、修復の目途が付かないらしい。更に、母方の祖父からも疎んじられており、その祖父が社会的に影響力のある人物なだけに、頭の痛い問題となっている。


一方で首都圏の「ムシ」達は、それぞれが信頼できる理解者サポーターを得られたようだ。

榊原澪の場合、それは家庭教師の坂下美倖(みゆき)、実兄の婚約者の立花初音(はつね)、そして初音の弟の奏音かなとである。

小川真花(まはな)の場合は、姉の千花ちはながそれに当たる。

吉岡(いちご)にも姉のあんずがいるが、既に両親へのカミングアウトを済ませているので、いざとなれば彼らに頼る事もできそうだ。

問題は東山紗理奈だけど、彼女もまた最近は、東都大学の鵜飼優流うかいすぐるという学生と親密にしているらしい。そして、その優流は、同じ東都大学の立花奏音の親友であり、小川千花と早坂琴音(ことね)とも知り合いとの事。


ちなみに早坂琴音は福島県立朝香(あさか)高校出身で、周囲に「ムシ」や「ムシ」予備軍の子がいる関係から、「ムシ」達のサポーターとなってくれている女性だ。

その琴音と関口仁志の二人が中心になって、五月の最後の日曜日、そうしたサポーター達を集めての昼食会を東京で実施。天音は、食事が終わった頃に遠隔ウェブで参加した。

目的は、「ムシ」に関する知識を深めてもらい、サポーターとしての意識向上を図る事。そして、概ね目的を果たす形で成功裏に終了した。



★★★



その昼食会が終わった後も、天音は関口と連絡を取り、今後の事について色々と話した。


『そういや、天音ちゃん。もうすぐ凜華りんかちゃん達の修学旅行だよね?』

「今週末から六月ですもんね。凜華と真凛まりんちゃんは東京だそうですけど、里香ちゃんは今年から仙台になっちゃったんですって。『仙台なんて、こないだ行ったばっかなのにー。ああもう、ネズミーランドにも行けなくなっちゃったじゃないですかー』って、私に散々愚痴ってました」

『なるほど。それは、夏休みにでも東京ツアーを考えてあげた方が良いかもだね』

「うーん、また紗理奈ちゃんの所に負担が行っちゃいそう。ただでさえ凜華と真凛ちゃんが、ネズミーランドで大騒ぎするに決まってるってのに……」

「天音ちゃんだって、あんまり人の事は言えないんじゃないかい?」

「もう、年末の時の事は、何度も謝ったじゃないですかあ」

『あはは。まあでも、ネズミーランドのパレードで『ムシ』達が飛び入り参加するのは、最近、恒例になりつつあるみたいだからなあ』

いちごちゃんですよね。また注意しとかないと……」

『まあ、バレないうちは大丈夫だと思うけどね』

「そうですか……。しかし、私が紗理奈ちゃんと出会ってから、もう一年かあ。なんか最近、一年が直ぐに終わっちゃうみたい」

『あはは。天音ちゃん、なんか年寄りみたいだよ』

「そうですかあ? だって、本当の事なんだもん」

『一年の感覚は、これからもっともっと早くなるって思うけどね』

「えっ、本当ですかあ? 嫌だなあ」

『そう思うってのは、天音ちゃんが幸せな証拠なんじゃないの?』

「そう言われれば、そうかも。最近、私の周りは、割と平和ですもんね」

「天音ちゃん、そういうのがフラグになるんだよ」

「えっ、まさか……」

「大丈夫。ちょっと揶揄からかっただけだから」

「もう、関口さんったら」

「ごめん、ごめん」


とまあ、その日は深夜だった事もあり、その後、まもなくして天音は関口との会話を終えてベッドに入ったのだった。



★★★



矢吹天音(あまね)の高校生活は、これまで概ね順調だった。


その理由のひとつは、中学での親友の高木苑実(そのみ)が、同じ岩木高校に入学してくれた事だ。苑実は中学の三年生になってからグングンと学力が伸びて、最終的に、地域のトップ校である岩木高校に手が届くようになったのだ。


「でも、苑実は凄いよね。一年の時は、平凡な成績だったでしょう?」

「確かに、自分でもビックリだよ。やっぱ、天音のお陰だよね」

「私は、別に何もしてないと思うんだけど」

「でも、分からない所を教えてくれたり、テスト前は一緒に勉強してくれたりしたでしょう?」

「そんなの、友達なら普通の事じゃない」

「そうかもしれないけど、やっぱ、ちゃんとした目標が出来たってのが大きかったんじゃないかな……。私ね、天音の事、身近にいて守ってあげなきゃって思っちゃったんだよね。天音って、しっかりしてるようで、ちょっと世間知らずっていうか、どこか抜けてる所があるからさ。まあ、一人っ子だからだとは思うんだけど……」


苑実には姉がいるので、しっかりしているかどうかは別として、色々と知っているのは間違いない。一方の天音は、一人っ子な上に中学に入る前はボッチだった事で、未だに常識を知らない事が多々あるのだ。

特に男女のあれこれについては、相当な奥手。だけど、それは「ムシ」の子全体に言える事だったりする。


二つ目の理由は、叔父の金成雅也かなりまさやが、教師として岩木高校にいてくれた事。彼は、三十代の若手教師としては同僚の教師達の信頼が厚い。なので、それなりに発言力があって、天音の髪色によるトラブルを未然に防ぐ上での防波堤になってくれていたようだ。


更に、三つ目の理由として、岩木高校から東大へ現役合格した関口仁志(ひとし)の知り合いだという事も、天音の信用アップに貢献してくれていた。ただし、こっちは上級生を含めた多くの女子達から、「どういう関係?」という質問を頻繁に受けるので、少々面倒でもあった。


「あの、前に住んでたアパートが関口さんの実家の直ぐ隣りにありまして、知り合いだったっていうか……、勉強とかも教えてもらってまして……」

「えっ、それだけなの? 私、ある筋から、あなたが関口先輩の彼女だって聞いてるんだけど……」

「そうそう。二人で高速バスに乗って、郡山へ遊びに行ったりしたんでしょう?」

「ゴールデンウィークに、例の巨大屋内プールに行ったって話も聞いてるのよ」

「中学の時は、しょっちゅう岩木駅で待ち合わせしてたんじゃなかった?」

「あ、あの、先輩達、その情報は誰から?」

「だから、ある筋からの極秘情報なんだってばっ!」


証拠は無いけど、何となく関口さんの友人の、えーと、確か蛭田っていうチャラそうな人のせいだって気がする……。

とはいえ、関口は、それほど女子に人気があったという訳でもないらしく、天音への追及はそんなに強いものではなかった。そして、五月も半ばほどになると、誰も関口の事を訊いて来なくなった。

実は、その頃には関口なんかよりも遥かに女子受けするイケメンが、その後、颯爽と天音の前に現れたからである。



★★★



それは、首都圏のサポーター達を集めての昼食会を行った日の翌日、つまり、五月の終わりの月曜の事だった。昼休みにクラスの女子達と昼食を取っていると、他クラスの知らない男子生徒が天音の前に現れて、いきなり話し掛けてきたのだ。


「ねえ、君、矢吹天音さんだよね?」


天音は、思わず食べていた総菜パンを喉に詰まらせてしまい、慌てて牛乳を喉に流し込んだのだった。




END083


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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