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080:チャリティーリサイタル(2)

◇2041年5月@東京 <東山紗理奈>


「お、お前、紗理奈じゃないか? お前みたいな娘が、こんな所で何しとるんだっ!」


東山紗理奈(さりな)が声のした方へ目をやると、そこに居たのは怒りを隠そうともしない和服姿の老人だった。隣には、同じく和服姿の叔母の佐伯桃香さえきももかがいて、顔を強張らせて固まっている。

という事は、この老人が母方の祖父の進藤隆正(たかまさ)なんだろうか?

紗理奈が、『やっぱり、来るんじゃなかった』と後悔していると、その老人がつかつかと近寄って来る。


「おいこら、黙ってないで、何か言ったらどうなんだっ! お前みたいな汚い髪の娘が、人前にノコノコ出て来て、恥ずかしくないのかっ!」


紗理奈は、不思議だった。

『何で、会った事の無い祖父が、私を紗理奈だって分かったんだろう?』

そう思った時には、もう声が出ていた。


「あの、どちら様でしょうか?」


当然、会場の人達の視線は、既に老人と紗理奈に釘付けである。

会場がシーンと静まっているせいで、紗理奈の声は良く響いた。

老人の足がピタッと止まった。


「お、お前は、わしが誰だか分からんのか?」

「はい。どなたかお聞きしてるんですが……、あ、私は、東山紗理奈と申します。あの、先ほどのお言葉、どなたかとお間違いではないでしょうか?」


この時点で紗理奈には、彼が祖父の進藤隆正であると確信していた。それは、一緒にいた叔母の佐伯桃香と似ていた事からも言える事だ。

だけど、それを敢えて口にする必要はない。


「お、お前は、わしを知らんという事か……」

「はい。初めてお会いする方かと……。あの、間違いでしたら申し訳ございません」


紗理奈は、必死に気丈に振舞うように努めた。今日は、父の代理として来てもいるのだ。注目されている中、恥ずかしい姿を見せる訳には行かない。

隣りの澪が、そっと紗理奈の手を握ってくれる。そのお陰もあって、紗理奈は平静を保つ事ができていた。

紗理奈は、隆正の目をじっと見て彼の反応を待った。


三秒後、祖父の進藤隆正は、「失礼した」の言葉を残して出て行ってしまった。

帰り際に彼は、すれ違った桃香の耳元に何かを囁いて行った。普通なら聞こえない筈の声を、紗理奈の高性能な耳は拾っていた。彼は、「後は頼む」と呟くように言ったのだ。


老人がいなくなった途端、会場内にざわめきが戻って来た。

紗理奈は、自分も出て行くべきかどうかで迷っていた。そんな紗理奈の心情を思いやってか、立花奏音(かなと)が「紗理奈ちゃん、何か食べよう」と言ってくれた。

ところが、澪が動かない。その澪が、吐き捨てるように言った。


「何よ、あれ。もう、あったま来ちゃう!」


それを聞いた紗理奈は、ようやく身体からだの緊張を解く事ができたのだった。



★★★



紗理奈が二個目のショートケーキを口に入れた時、ふいに後ろから声を掛けられた。


「紗理奈ちゃん、さっきは立派だったわよ」


紗理奈は、思わず口の中の物を吐き出しそうになってしまい、必死に喉の中へ押し込んだ。

振り向くと、そこに居たのは、立花奏美(かなみ)だった。隣にいた男性に目をやると、「私は、立花和武(かずたけ)だ。そこにいる奏音かなとの父親だよ」と名乗ってくれた。


「あ、あの、私は、東山モビリティの東山孝太郎の娘、紗理奈と申します」

「あはは。お父さんにそう言うように言われたんだね。孝太郎さんには、大変お世話になっているよ。うちの社有車は、東山モビリティさんに管理を委託してるんだ」

「そうだったんですね。不勉強で申し訳ありません。父の会社をご愛顧頂き、どうもありがとうございます」

「もう、紗理奈ちゃんったら、その歳で営業なんてやらなくても良いのよ。でも、さっきは本当に立派だったわ。あの人、進藤さんよね?」


どうやら、奏美の本心は、紗理奈と進藤隆正(たかまさ)との関係を確認する事のようだ。


「はい。たぶん、そうなんだと思います。つまり、私の母の父親ですね」

「もう、そんな回りくどい言い方をしなくても……」

「いや、祖父ではないんです。私は覚えていないんですけど、赤ちゃんの時、私の髪が金色だと分かった途端、『こいつは私の孫ではない!』と言ったそうで、それ以来、私はいないものとして扱われていますから。本当に、あの人には一度も会った事が無いんです」


紗理奈の話には、奏美はもちろん、隣で聞いていた彼女の夫の和武も唖然とした様子。二人の娘の初音も割と淡い茶髪だし、紗理奈の隣にいる澪だって金髪だ。


「最近、紗理奈ちゃんや澪ちゃんみたいな髪色の子、時々見掛けるのよね」

「えーと、それは染めてるって事じゃないですよね?」

「当たり前じゃない。私が子供の頃ならともかく、今は好んで金髪なんかにする人はいないわよ。綺麗な髪色なのにね」


相変わらず茶色に染めたがる女性は多いのだが、金髪にしたがる人はいないというのが、最近の流行になっている。理由は良く分からないけど、金髪と黒目のアンバランスな組み合わせが嫌われているとも聞く。当然、カラコンにすれば良い訳だが、そこまでする人は少ないのが現状だ。

その時、黒服の男性を従えた和服姿の中年女性が近付いて来て、立花夫妻、立花奏音、榊原澪と順番に挨拶を交わした後、紗理奈に向き直って言った。


「紗理奈ちゃん。さっきは何も出来ずに、ごめんなさいね」


紗理奈の母の妹、佐伯桃香さえきももかだった。



★★★



桃香によると、今日のリサイタルへの参加は、割と急に決まったらしい。最近、歳のせいか出不精になっている進藤隆正だが、務めていた大手銀行の名誉顧問は続けており、週に一度は本店に顔を出している。その際、榊原海渡と立花初音の婚約の話を小耳に挟み、挨拶がまだだったのを気にし出した。

付き添い役の秘書に言わせると、「婚約披露パーティーの時は欠席しておいて、今頃、気にするなんて」との事。昔から気紛れな人なので仕方が無いのだそうだ。

紗理奈が、「それで、進藤さんは?」と訊くと、「名誉顧問は、お一人で帰られました。お一人とは言っても、運転手兼ボディーガードの者がおりますので大丈夫です」なのだそうだ。


「あの、叔母様。今日は、姫香ひめか夢香ゆめかは一緒じゃないんですね?」

「そうなのよ。声は掛けたんだけど、こういったコンサートは退屈らしくて……。それに、本音では父と一緒なのが嫌だったみたい」


どうやら髪の毛を黒く染めなくなってからは、夢香でさえ祖父と距離を取り始めたようだ。それには多分、小川唯花(ゆいか)の影響もあるんだろう。


「でも、今日の事は紗理奈ちゃんにとって、結果的に良い方向に働くと思うわよ。さっきの事で、だいぶ注目を集めちゃったものね」

「そうでしょうか?」

「そうよ。特定の子だけが祖父母や親に嫌われるなんてのは、昔から良くある話なの。と言っても、大半は妾の子とかなんだけどね。紗理奈ちゃんの場合、単に髪色の事だけで嫌われていた訳だから、同情する人は多い筈よ」

「でも、その髪色を嫌う人は多いんじゃ……」

「元々は、そうだったわね。でも、今はみおちゃんが一緒じゃない」

「ふふっ、そんだけ澪の影響力は大きいって事ですね」

「あら、それは違うわよ」


その時、別の女性が話に割り込んで来た。立花初音(はつね)だった。


「澪ちゃん一人じゃなくて、隣に紗理奈ちゃんがいたから、それだけのインパクトがあったんじゃないかな?」

「えっ、それって、どういう事です?」

「だって、澪ちゃんの隣にもう一人、同じような金髪美少女が現れたんだから、注目されない訳がないでしょう?」

「美少女ですか?」

「そうよ。澪ちゃんも綺麗な子だけど、紗理奈ちゃんだって負けず劣らずの美少女じゃないの」

「……?」

「あ、そうだ。佐伯さんも、ぜひとも次は、お嬢さん達を連れて来て下さいよ。金髪の子が四人いれば、きっと、もっと凄い事になると思います」


どうやら初音は、姫香と夢香が髪を黒く染めるのを止めた事を知っているらしかった。


「姉さん、それを言うなら、小川千花(ちはな)の妹ちゃん達も加われば、六人になるよ」

「それもそうね。千花ちゃんは私と同じくらいの髪色だけど、真花まはなちゃんと唯花ゆいかちゃんは、綺麗な金髪だものね」


そこで紗理奈が口を挟んだ。


「あの、実は私、真花とは同じ学校の同級生なんです」

「あ、それと初音さん。唯花ちゃんは、うちの夢香の友達なんですよ」

「まあ、そうなのね。ふふっ、そうやって生まれ付き茶髪や金髪の子が堂々と人前に出てくれば、先程の進藤さんみたいな偏見を持つ人が、徐々に減って行くと思うんです。佐伯さんも、是非ご協力して頂ければと思います」


当然、紗理奈も初音の考えに賛成である。

だけど、将来、「ムシ」の子達が増えて行って世間に存在が明らかになり、その全員が金髪かそれに近い髪色だと周知された場合、再度、そういった髪色が嫌われる事にならないだろうか?

その事に思い至った紗理奈は、どうしても気分が暗くなるのが避けられなかった。


その後も紗理奈は数多くの人達に声を掛けられ、この日だけで相当に多くの人達に顔を知られる事になった。つまり、さっき叔母の桃香に言われるとおりの結果になった訳である。


その後、紗理奈は叔母の桃香と一緒のハイヤーで家路に着き、夕食を佐伯家で御馳走になった。

そして、割と遅い時間になって帰宅する事になったのだった。




END080


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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