表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/122

079:チャリティーリサイタル(1)

◇2041年5月@東京 <東山紗理奈>


五月の二度目の日曜日、吉岡(いちご)の両親へのカミングアウトに付き合った後、東山紗理奈(さりな)は、そのまま「ムシ」になって西へとっ向かった。距離にして二十五キロを一気に移動。紗理奈の巨大な「アオスジ」の翅なら、十五分も掛からない。彼女は、新宿のタワマン最上階にある榊原澪さかきばらみおの部屋へと、一直線に飛び込んで行った。


〈相変わらず、せっかちね〉

〈まあね〉

〈で、苺のカミングアウトは、上手く行ったの?〉

〈うん。問題なし〉


その後、紗理奈と澪が黒塗りのリムジンで向かったのは、杉並区にある瀟洒な一軒家。標識を見ると、「立花」とあった。


〈都心のタワマンにも部屋があって、小父おじさんはそっちに居る事が多いそうなんだけど、立花のお姉ちゃんとお兄ちゃんは、こっちなの〉


澪が言う「立花のお姉ちゃん」は立花初音(はつね)。澪の歳の離れた兄、榊原海渡(かいと)の婚約者だ。そして、「お兄ちゃん」の方は、立花奏音(かなと)である。

車から降りた紗理奈と澪は、家政婦の人に案内されて来客用の応接に通された。


「澪ちゃん、いらっしゃい。あら、そちらの子は?」

「姉さん、彼女は東山紗理奈ちゃん。東山モビリティの社長令嬢だよ。澪ちゃんの親しい友達なんだ」

「まあ、そうなのね。私は、立花初枝よ。宜しくね」

「東山紗理奈です。宜しくお願いします」


この初音さんは、現在、東都大学の経営学部四年生。卒業後は父親が経営する立花物産に入社し、そこで何年か働いてから結婚するつもりだったようだけど、どうやら直ぐに結婚する事になりそうだとの事。

その後、さっきの家政婦の人がコーヒーとケーキを運んで来てくれたのだが、またもやチョコレートケーキ。まあ、好きだから良いんだけど……


「それで今日は、澪ちゃんの所に泊まると夜中に良く見掛ける『光の塊』について、今日は教えてくれるのよね?」

「姉さんも知ってたの?」

「そうよ。その光の塊だけど、チョウの形に見える事があるのよね。それが凄く綺麗なんだけど……、奏音も見た事あるって事よね?」

「まあね」


そこで澪と目配せした奏音は、唐突に真相を口にした。


「姉さん、その光の塊が、実は澪ちゃんだって言ったら、信じる?」



★★★



それから紗理奈は、澪が持参したタブレット端末を使って、今日の二度目の説明を行った。

初音は紗理奈の説明を、終始とても真剣に聞いてくれた。


「てことは、澪ちゃんも紗理奈ちゃんも、この『ムシ』って存在になれるってことね?」

「はい」

「確かに信じ難い話ではあるんだけど、実際、自分の目で何度も見てもいるのよねえ」

「そうでしょうね」

「で、奏音は信じてるって事ね?」

「僕は、二人が『ムシ』になる所を見てるからね」

「そうなのね。じゃあ、私にも見せてくれる?」

「あの、もちろん良いですけど、目の前だと割と迫力があるので、人によっては……」

「あら、この私が、はしたなく『化け物だーっ!』とか言って騒ぐと思った?」

「いや、そんな事は……」

「大丈夫。叫んだりしないわ。約束する」

「分かりました。では、私から行きます」


澪は、意を決して立ち上がると、一瞬で「カラクサ」の翅を出して見せる。その途端、初音の顔は青ざめてガタガタと震え出したけど、約束通り声は上げないでくれた。

隣りに座る奏音が初音の手を取って、「姉さん、大丈夫?」と問い掛ける。初音は奏音に「大丈夫よ」と言ってから、既に翅を仕舞ってソファーに座り直した澪に、「ありがとう」と言った。

それと同じ事を紗理奈も繰り返して五分くらいが過ぎ、だいぶ初音も落ち着いてきた時だった。ドアが軽くノックされて、年配の女性が入って来た。それと同時に澪がサッと立ち上がったので、紗理奈も合わせて席を立つ。


小母おば様、ご無沙汰しております」


入って来たのは、立花奏美(かなみ)。初音と奏音の母親で、世界的なピアニストだ。


「あらまあ、澪ちゃんが来てくれるなんて珍しいわね。あら、お隣の子は、お友達?」

「はい。東山紗理奈と申します」

「紗理奈のお父さんは、東山モビリティの東山孝太郎さんなんです」

「まあ、そうなのね。実は私、孝太郎さんから、娘さんの話をお聞きした事があるのよ。その娘さんにお会いできて、嬉しいわ」


どうやら父の孝太郎は、最近、本当に紗理奈の事を気にしてくれているようだ。


「ふふっ、こうして見ると、澪ちゃんが紗理奈ちゃんとお友達になった理由が良く分かるわ。澪ちゃん、昔から髪の毛の事で悩んでいたものね」

「もう、小母様ったら」

「あ、そうだ。来週の日曜日、久しぶりに東京でリサイタルをやるのだけれど、もし良かったら、お二人でいらして」

「えーと、それって……」

「そうよ。いつものチャリティーリサイタルだから、終わった後は簡単な懇親会があるの……。あ、もちろん、澪ちゃん達は、お金なんて要らないわよ。美味しいデザートがいっぱい出るから、女の子にはお勧めよ」


奏美が誘ってくれたのは純粋なリサイタルではなく、いわば上流階級の社交の場だ。紗理奈にとっては、まさに社交デビューである。

もっとも、小さな子供を社交の場に連れて来るのは意外と稀で、普通は高校生、早くても中学生になってから親に連れられて来るパターンがほとんどなのだとか……。

つまり、幼稚園の頃からパーティーに出ていたという澪は例外という事だ。それと奏音の場合も、幼少時から母親に花束を渡す役をやらされていたらしい。


「実は、東山ご夫妻にも招待状を送ってあるんだけど、今回はお忙しいみたい。でも、澪ちゃんと一緒に来れば大丈夫だと思うわ。奏音、その場合は、あなたが二人をエスコートするのよ」


澪の両親が出席できないのは、既に確認済との事。海渡は出席するようだが、婚約者の初音と一緒である。さすがに中学生だけだとマズいという事なんだろう。

ここまでお膳立てされたら、紗理奈も首を縦に振らざるを得なかった。



★★★



この日、家に帰った紗理奈は、家政婦の松川愛子に父の孝太郎のスケジュールを確認してもらい、翌朝は早めにダイニングへ向かった。


「お父さん、おはようございます」

「おはよう。今日は早いじゃないか? それに、何で敬語なんだ?」

「あ、いや、ごめんなさい。ちょっと、お話したい事があって……」


紗理奈が話したかったのは、当然、立花奏美(かなみ)のリサイタルに誘われた件である。


「なるほど。榊原さんのお嬢さんと付き合ってれば、そういう事もあるんだな。紗理奈も中学生なんだし、良い機会だから行って来なさい。岡田さん、招待状はまだあるかな?」

「はい、お持ちしましょうか?」

「ああ、宜しく」


家政婦の岡田は、直ぐに招待状を持って来てくれた。


「今回は若菜も欠席だから、安心して楽しんで来なさい」


そう言う父は、少し嬉しそうだった。



★★★



五月に入って三度目の土曜日の午後、立花奏美(かなみ)のリサイタルは、とある都内の割と有名なホールで行われた。演目にはクラシック以外も含まれており、とても楽しめた。

生まれ付き難聴でもあった紗理奈にとっては、コンサート自体が初めての経験だったのだ。


〈てことは、紗理奈って映画館にも行った事がないんだね?〉

〈うん〉

〈じゃあ、今度、一緒に行く?〉

〈行く行く……。あ、でも、ちゃんとお金を払ってだよ〉

〈当ったり前じゃない〉


ネズミーランドとは違うのだ。入場するのに、延々と並ばされる事なんてない筈……。


そんなやり取りを心話で交わしながら、奏音にエスコートされて親睦会の会場に入って行く。そこはホールとは別の建物だったけど、渡り廊下で繋がっていて割と楽に移動できる場所にあった。

上流階級の人達主体の親睦会だけあって、年配の人が多い。それでも、思ったよりは若い人が多かった。結構、高校生もいるし、中には紗理奈や澪と同年代と思われる子も混じっている。ただし、ピアノリサイタルだったからか、女子の方が格段に多いみたいだ。


そんな中、一番に目立っているのは、主役の立花奏美と共に現れた榊原海渡と立花初枝のカップルである。正式に婚約を発表したのは二ヶ月も前なのに、未だに社交界の人気を独占しているようだ。

それに、結構、澪も人気者であるらしかった。年齢や男女に関係なく、誰にでも声を掛けられる。サカキバラ商事のネームバリューもあるんだろうけど、やはり彼女の容姿が目立っているからだろう。


そんな澪と一緒にいたからか、ついでに紗理奈に声を掛けてくる人も多い。

意外だったのは、父の孝太郎の会社、東山モビリティの知名度が思いの外に高かった事だろうか?

何故それが分かったかと言うと、父の孝太郎から、「積極的に社名を出して、宣伝してくれると助かるよ」と言われていたので、「東山モビリティの東山孝太郎の娘、紗理奈と申します」と名乗る事にしていたからだ。


〈あのね、紗理奈。私だって普通は、こんなに声を掛けられたりしないんだからね〉

〈えっ、そうなの?〉

〈当ったり前じゃない。隣に紗理奈がいるからだよ〉

〈……?〉

〈だから、私達、すっごく目立ってるんだってば〉

〈ああ、髪の毛の事ね〉


紗理奈が納得しているのを、何故か澪は呆れた顔で見ている。

そんな二人のやり取りは心話で交わしている為、奏音には伝わっていない。だから、当然、こういう言葉が出てくる。


「いやあ、金髪の美少女を二人も連れてると、さすがに目立っちゃうよね。姉さん達以上じゃないかな。会場の視線が僕にも集中してるみたいで、なんか居心地が悪いんだけど……」


ダークグレーのスーツを着込んだ奏音は、普段以上のイケメンに見える。そんな彼に美少女だとか言われたって、紗理奈には響かない。単なるお世辞としてスルーしてしまう。

その時だった。突然、紗理奈に野太い怒鳴り声が放たれたのだ。


「お、お前、紗理奈じゃないか? お前みたいな娘が、こんな所で何しとるんだっ!」




END079


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ