078:苺のカミングアウト(2)
◇2041年5月@東京 <東山紗理奈>
週末の土曜日の朝、東山紗理奈は、朝食を終えて自室に戻ると、直ぐに小川真花からのメールに気付いた。内容は、『昨夜、吉岡苺と話して、今日、彼女が姉の杏に「ムシ」であるのをカミングアウトする事にした』といったもの。更に、『できれば、紗理奈も同席して欲しい』とあった。
紗理奈は、『当然、行くよ』と送ってから、午前中は勉強に専念し、家政婦の松川愛子が作ってくれた昼食を食べた後、「ムシ」に変異して船橋市郊外の苺の家へ向かった。
家の近くで変異し、玄関から入る。出迎えてくれたのは苺だった。心話で逐一やり取りをしているのだから、当然だ。
〈お姉さんは?〉
〈部屋にいる〉
〈話がある事は言ったの?〉
〈お昼の時に話した〉
〈ご両親は?〉
〈仕事〉
〈てことは、誰がお昼を作ったの?〉
〈お姉ちゃん〉
〈苺は?〉
〈後片付け、手伝った。それより、真花、まだかな?〉
〈あと五分くらいで着くと思うよ〉
〈そう〉
〈ひょっとして、緊張してる?〉
〈してない……こともないかも〉
どう見ても、苺は緊張でガチガチだった。
やがて真花が到着し、紗理奈達三人はリビングに集まった。
真花が遅れて来たのは、近くの洋菓子店でケーキを買って来る為だった。つまり、そのケーキを一緒に食べる事を口実に、苺が姉の杏を呼び出そうとした訳である。
紅茶は、真花と紗理奈で用意した。苺にやらせると、碌な事にならないとの判断からだ。
直ぐに杏さんが来てくれて、紗理奈と真花が挨拶を交わし、ケーキを食べながら雑談をする。内容は、「たまたま知り合って、同じ髪色だから友達になった」といったお決まりのもの。
全員がケーキを食べ終えた頃、それまで口数が少なかった苺が口を開いた。
「お姉ちゃん、実は聞いてもらいたい事があるんだけど……」
★★★
吉岡杏は、高校二年生の女の子。外見は苺に似た美少女だけど、髪の毛の色は苺よりも濃い。その髪は、背中まである長さの苺とは違って、ショートボブ。小柄で華奢なのは同じだけど、百五十センチはありそう。
杏もまた、人と違う髪色でイジメに遭ってきたという。今は県立だけど有名な進学校に通っていて、共学だから男子に大人気。でも、本人は男子に全く興味が無いようで、勉強ばかりしているらしい。
性格は、大人しくて穏やか。あまり争い毎を好まない。そして、妹大好きなお姉ちゃんでもある。二人の両親は仕事中心の生活な為、苺を甘やかして傲慢な性格にした責任は、この杏にあるのかもしれない。
苺には、姉の杏が自分を裏切らないという自信があったようだ。だけど、それは百パーセントではなくて、それ故にカミングアウトを一ヶ月も先延ばしにしてしまったんだろう。
苺の翅は小さい上に光度強めでカラフルだから、昼間の変異でも充分に見栄えがする。
「ムシ」に変異した苺は、その場でグルリと回ってから、身体を浮かせて二回宙返り。その後もバタバタと翅を動かせて天井に消えては逆さまになって表れて、再び宙返り。そんなアクロバットな動きを二分ほど続けた後で、唐突に光を解いた。
杏は、何も言わない。
部屋に息苦しい沈黙が続く中、さっきのケーキよりも甘ったるい匂いと、キラキラ輝く光の粒とが漂っていた。
「あ、あの、お姉ちゃん?」
「……綺麗だったよ」
「えっ?」
「凄く綺麗だったし、可愛かった……」
どうやら杏の沈黙は、苺のパフォーマンスに見惚れてのものだったらしい。
「どうやったかは分からないけど、これなら充分アイドルにだってなれると思う」
「あ、あの、そういうのじゃなくて……」
「えーと、『ムシ』だっけ? 設定としては、ちょっと分かり難い気もするけど、苺が一生懸命考えたんなら、お姉ちゃんは応援したいと思う」
「……?」
「とにかく、さっきのチョウのコスプレ、最高に可愛かったよ。私は行ったこと無いけど、コミケとかだとトップが狙えるんじゃないかな?」
ここは自分の出番だと思った紗理奈は、思い切って「杏さん」と声を上げた。紗理奈とて、基本は人見知りだ。ていうか、最近まで人と話す事自体が稀だったのだ。勇気が要って当たり前である。
「あの、苺が言ってる事は、全部が本当です。お話とか設定とかコスプレとか、そういうのは一切ありません」
それから紗理奈は、予め用意させたタブレット端末を手に取ると、苺に言って「未確認飛行少女情報サイト」を表示させた。そして、次々と画像や動画を杏に見せながら淡々と説明して行く。
「という事は、苺だけじゃなくて、紗理奈さんや真花さんも『ムシ』だという事ですね?」
「はい。ただし、私や真花の翅は苺と比べて巨大なので、驚かれるんじゃないかと……」
「いや、私、見たいです」
杏は、目を輝かせて訴えてくる。さっきまでのおどおどした様子が嘘みたいだ。
そんな事を思っていると、苺から心話が飛んできた。
〈お姉ちゃんはさ、アタシを心配してたんだと思う。アタシが変な芸を覚えて披露しようとしたから、怪我とかしないかと思ってハラハラしながら見てたんだよ〉
〈なるほどね〉
それで紗理奈は、安心して「アオスジ」に変異。続いて真花も「ムシ」へ変異して白い翅を見せると、杏は大喜びで手を叩いて、熱狂的な賛辞の言葉をくれた。
★★★
翌日の日曜日、もう朝と言えない時間の事だった。
「えっ、これから? 私、今日は澪の所にも行かなきゃなんないんだけど」
『そんなに時間は掛かんないと思うんだ。休みの日にパパとママが二人とも揃ってる事なんて、滅多に無いんだよ』
「でも、杏さんがいれば、私なんていなくたって……」
『そんなことないんだってば。お姉ちゃん、気が弱いとこあるから、パパやママに何か言われると直ぐにタジタジになっちゃうんだもん。紗理奈がいるのといないのとじゃ、全然、違うんだよね』
「真花は?」
『今日の昼間は、用事があるんだってさ』
紗理奈は、自室の壁のデジタル時計を見た。十時四十八分。こんな時間に行ったら、ご飯の時間になっちゃう。
「あのさ、苺。こんな時間にお邪魔して、常識の無い子とか思われたりしない?」
『しないしない。パパとママ、今、二人でブランチを食べてる所だから、当分、お腹は空かないと思う』
「もう、私のお腹が空いちゃうじゃないの」
『そん時は、何か食べさせてあげるからさあ』
「手土産とかは?」
「要らない」
『そんなんで良いのかなあ?』
そんなやり取りを苺との間で交わした後、気が進まないながらも紗理奈は余所行きのワンピースに着替え、「ムシ」になって苺の家に向かったのだが……、意外にも玄関で大歓迎を受ける事になってしまった。
「うわあ、本当に綺麗な蜂蜜色の髪なのねえ。杏の言う通りだわ」
「あ、あの……」
「うちの苺も可愛くはあるんだけど、紗理奈ちゃんの可愛さはダイナマイトレベルよねえ」
「瞳の色が青いってのもポイント高いな……、あ、苺が可愛くないって訳じゃないんだぞ」
「もう、パパもママも紗理奈が困ってるじゃないの……」
「それもそうね。ほら、そのケーキ、美味しいから遠慮せずに食べて頂戴。私の大好きなケーキ屋さんのお勧め商品なのよお」
今、紗理奈がいるのは、昨日よりも豪華な来客用応接室のソファー。そして、目の前にあるのは、巨大なチョコレートケーキだった。通常サイズの物の三倍ぐらいはありそうで、これだけで昼食なんて必要ないかもしれない。
「仕事で行き詰まった時は、やっぱり甘い物なのよねえ。私の脳は、そんだけカロリーを必要とするわけ」
「ママ、それ、燃費が悪いだけなんじゃないの?」
苺の母親の冬美さんは娘の杏や苺と同じで、実際、小柄で華奢な体型だ。
「あの、私、パパとママに話があって、紗理奈を呼んだんだけどー」
「あら、珍しいわね」
「苺が友達を呼んだって事は、それだけ話し難いい事なのかい?」
「うん。超ムズい話なの。昨日、お姉ちゃんに話したんだけど、お姉ちゃんじゃ説明できないでしょう?」
「……無理」
となると、『杏さんへのカミングアウトも、今日で良かったじゃない』となってしまうのだが、その考えに苺は至らないらしい。
「仕方ないわねえ。聞いてあげるから、話しなさい」
「うーっ、そんな風に言われると緊張するっていうか……」
未だに巨大なチョコレートケーキと格闘中の紗理奈の方を、苺がチラチラと見て来る。さすがに居心地が悪いので、紗理奈は一緒に出されたマグカップのブラックコーヒーで口の中の甘みを胃に流し込んでから、おもむろに口を開いた。
「珍しく苺が無口になっちゃってますので、代わりに私からご説明します」
それから紗理奈は、予め用意してあったタブレット端末の映像を壁のディスプレイに飛ばして、昨日、杏にしたのと同じ説明を始めた。
更に十分後、やはり昨日と同様に苺が「ムシ」になってパフォーマンスを披露。その後で紗理奈もまた「アオスジ」に変異して見せると、苺の両親は昨日の杏と同じような反応を見せた。
案外、昨日、まず杏にカミングアウトしたのは、単純に今日のリハーサルのつもりだったのかもしれない。苺は、杏のリアクションを見て両親もきっと同じ反応を示すだろうと確信したんだろう。
こうして、無事に苺の家族へのカミングアウトは終わった訳だが、この日は榊原澪による、もうひとつのカミングアウトが予定されていたのである。
END078
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引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




