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076:那須高原の「ムシ」(2)

◇2041年5月@栃木県那須塩原市 <手塚真琴>


新しく「ムシ」になった子は、室井沙耶むろいさやという名前らしい。有我日和ありがひよりと同じ中学一年生だという。

沙耶の翅は真っ白で、根本だけがグレー。大きさは、日和の翅とほとんど同じ。ありふれた「ミッド」サイズだ。

ちなみに、手塚真琴(まこと)と有我日和は、どちらも黄緑きみどり色。と言っても、色合いは真琴の方が鮮やかだ。サイズも「タテハ」の真琴の方がずっと大きい。


室井沙耶の家は、やはりペンションをやっているらしい。朝食やランチが好評な喫茶店も併設していて、個人経営のペンションとしては大きめの規模なのだそうだ。

四人家族で、妹の沙柚さゆは小学四年生との事。姉妹共に生まれ付き淡い茶髪で華奢な体型にも関わらず、小規模な小学校だった事でイジメに遭った経験は無いという。近所の人達は誰もが姉妹の髪色を受け入れており、たまに宿泊や喫茶店の客に、「お嬢ちゃん、髪の毛、染めてるの?」と言われるぐらいだとか……。


沙耶は、生まれた時から左耳が聞こえないらしい。妹の沙柚の方は、そういった障碍は無いという。

真琴が、〈私、生まれ付き目が見えなかったのよ〉と言うと、沙耶は凄く驚いていた。


〈驚かなくても良いのよ。ちゃんと今は見えてるから。と言っても、普通の見え方とは違うんだけどね……。それより、沙耶ちゃんの場合も、もう治ってると思うわよ〉

〈えっ、どういう事ですか?〉

〈左耳も普通に聞こえるようになってるって事。目や耳に障碍がある子は割と多いんだけど、今の所は全員が治ってるから、あなたも大丈夫な筈よ〉


真琴の頭に沙耶の困惑した感情が伝わってきた。直ぐには信じられないという事だろう。


〈まあ、それは後で確認すれば良いわ。それより、少し場所を移動しましょうか?〉


そう言ってから真琴は、黄緑色の大きな翅を動かして那須塩原の市街地の方へ向かって行く。その後を沙耶と日和が並んで追って行った。



★★★



黒磯駅の辺りに来た時の感想は、『田舎だなあ』というものだった。まだ午後七時を少し過ぎた所だというのに、既に人通りが少ない。

真琴は少し考えて、駅前のハンバーガー屋に入る事にした。


真琴と日和は:軽く食事をして来たから、ここでガッツリ食べる気にはなれない。「沙耶ちゃんはどうする?」と訊くと、「あまり食欲ないです」との返事。自分に何が起こっているか分からず、混乱していて食事どころじゃないって事なんだろう。


「あ、お金なら大丈夫よ。私が奢ってあげる」

「ありがとうございます」

「お姉さんなんだから、当然よ……。じゃあ、ポテトでも摘まみながら、ちょっと話そうか?」

「はい」


という訳で、ポテトとコーラをトレイに載せて、二階の隅のテーブルに陣取った。

そこで、改めて真琴と日和が自己紹介。それからスマホを取り出して、「未確認飛行少女(UFG)情報サイト」の画像を見せながら、「ムシ」についてのあれこれを説明。一応、今の自分の状況については、理解してくれた様子。

沙耶の場合、髪色や障碍、小柄な身体といった事であまり虐げられた経験が無い分、「ムシ」になった事での恩恵を感じていないようだった。


「あ、でも、さっき真琴さんがおっしゃってた通り、左耳が聞こえてるみたいです。さっきから、音が立体的に聞こえるっていうか……」

「ふふっ、そりゃそうだろうね」

「それに、なんか視力も前より上がったような気がします」

「暗い所でも、良く見えるようになったんじゃない?」

「はい。それも感じました。それから、上から見た夜景も綺麗だったです」


姿勢の良さだとか固い話し方から判断して、沙耶は、とても真面目な性格であるようだった。



★★★



ハンバーガー屋での滞在は、三十分少々で切り上げて店を出た。彼女の妹の沙柚さゆちゃんの事が、ずっと気になっていたからだ。

と言っても、夕食はバラバラで取る事が多いので、多少なら遅れても大丈夫だろうとの事。両親はペンションの方にいて、二人一緒に抜ける訳にはいかない為らしい。

だけど、あんな形で沙耶を連れ出したのだし、妹の沙柚が姉を心配してるのは間違いないだろう。


標高が高いからか、外は割とひんやりしていた。特に部屋儀のままの沙耶は、だいぶ寒そうだ。ふと足元を見たら、裸足にサンダルだった。室内履きがスリッパでなくてまだ良かったけど、これでは寒くて当たり前。

真琴は、少しだけ光を纏う方法を教えてあげた。彼女は、三回ほど試してみて、そのやり方をマスターしたようだった。

完全に人影が無い所で、三人が揃って「ムシ」へ変異。一斉に飛び立った。そのまま一直線に沙耶の自宅へと向かう。一度でも行った事のある所は、何となく分かってしまうのが不思議だ。まるで頭の中にナビがあるみたい。


十五分くらいで到着。当然、裏手の茂みの辺りに降りて、翅だけ消した状態で歩いて行く……というか、正確には滑って行く感じ。それに、この状態だと木立の中をすり抜けて行けるから、とても楽ちんなのだ。

もっとも、これを見てる人がいたら、幽霊だって思われちゃうかもだけど……。


今度は、きちんと玄関からログハウス調の自宅に上がらせてもらう。すると、直ぐに沙柚ちゃんがやって来た。


「お姉ちゃん、何処どこへ行ってたの? ちっとも夕食に来ないから、お父さんとお母さんが心配してたよ」

「ごめん。真琴さんと日和さんと一緒に外にいたの」

「外って、こんな時間に?」


この辺りはペンション街の外れで、お店がある所までは少し距離がある。


「女の子ばかりだと危ないって、お母さんが言ってたよ」

「大丈夫だよ、沙柚ちゃん。お姉さん達、結構、強いんだ」

「そうは見えませんけど……」


相変わらず、沙柚の真琴を見る目は厳しい。

そうこうするうちに、ペンションの方から沙耶と沙柚の母親と思われる人物がやって来てしまった。咄嗟に真琴は姿を隠そうとしたけど、間に合いそうもない。


「あら、沙耶のお友達かしら?」

「はい。手塚真琴と申します」

「私は、あ、有我日和でちゅ……」


日和が盛大に噛んだ。未だに、人見知りが慣れないようだ。と言っても、心話だと普通に話せるんだけど……。


「私は、室井麗子と申します」

「あの、お気付きとは思いますが、私も日和も生まれ付きこんな髪をしていまして、昼間、つい沙耶さんに声を掛けてしまいました。遅くまで連れ回す事になってしまい申し訳ありませんでした」

「あらあら、そうだったのね……。沙耶や沙柚と同じような髪の毛だなんて、ほんと、不思議ね。と言っても、実は私の髪も地毛なのよ」


そう言う麗子の髪は、濃いめの茶髪。歳はアラサーくらいだろうか?


「まあまあ、立ち話もなんですから、もう少しお時間があれば、喫茶店の方でお話しましょうか……」


そこで、麗華は急に時間が気になったのか、スマホを取り出した。

麗子の隣で沙柚が物言いたげな様子だったけど、母親の前だと何も言えないのか黙っていてくれた。


「あ、あの、親には既に連絡してますから、少しだけなら大丈夫ですよ」


時刻は、午後八時六分。中学生としては、ギリギリの時間だろう。


「分かりました。じゃあ、行きましょうか……」


そうして、五人はペンションの方へと足を進めたのだった。



★★★



そこの喫茶店は、夜にも関わらず多くの男女のカップルで賑わっていた。土曜の夜というのもあるんだろうけど、この辺りでは割と人気のスポットらしかった。


真琴達が席に着くや否や、ここぞとばかりに沙柚さゆが話を始めてしまった。余程、話すのを我慢していたんだろう。小学生にありがちな事だけど、相手がどう思うかなんてお構いなしに、自分が言いたい事を矢継ぎ早に捲し立てる。

母親の麗子は、そんな末娘の様子に慣れているようで、途中で口を挟む事はしない。姉の沙耶の方はと言うと、長女にありがちな大人しい性格なのか、黙り込んだままだ。

沙柚の話が一段落した時、母親の麗子が言った。


「沙柚、あなたの言いたい事は分かったけど、お客様の前では無作法よ」

「だって、こいつら、化け物……」

「お黙り。そんな事、分からないじゃないのっ!」


麗子は、沙柚を睨み付けたまま言った。


「世の中にはね、常識じゃ説明できない事が幾らでもあるの。もう、何度も行ってるでしょう? 私はね、大震災と原発事故の時、つくづく思ったの……」


大震災の時、麗子さんは小学生で、たまたま岩木市の巨大屋内プールへ遊びに来ていたという。


「まあ、良いわ。それで、真琴さん。今度は、あなたの方から話してくれるかしら? どんなに奇想天外な事だって頭ごなしに否定したりはしないから、安心して話して良いわよ」


そうして話を始めて二十分。その間に沙耶さやの左耳の聴力が正常になっているのを確認。更に全員で外へ出て、人気の無い所で素早く変異。娘の沙耶までもが「ムシ」になる姿を目にした事で、ようやく麗子は全てを受け入れてくれた。

更に、その後に父親の柚希ゆずきも加わってくれて、再び喫茶店で「茶髪の髪の保護者会」の話をした。

全ての説明が終わった時、時刻は午後十時になろうとしていた。柚希と麗子は車で送ると言ってくれたけど、「『ムシ』の姿で帰った方が早いから」と謹んで辞退させて頂いた。


そして翌日の日曜日、郡山から大谷真希(まき)、玉根凜華、穂積郁代、宇都宮から、手塚真美子と真琴、そして白河の有我日和が再び室井家を訪れ、正式に「茶髪の子の保護者会」への勧誘に成功。更に、凜華の発案で、月末の金曜日にペンションの予約を入れてもらい、「ムシ」達によるお泊り会実施が決定したのだった。




END076


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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