075:那須高原の「ムシ」(1)
◇2041年5月@栃木県宇都宮市~那須塩原市 <手塚真琴>
現時点で、もっとも孤独な「ムシ」は、宇都宮の手塚真琴と言える。一番近くに住んでいるのが水戸の石井めぐみだが、それでも直線距離で六十キロ近く離れている。次が同じ茨城の日立市に住む小室繭菜で、三番目が福島県白河市の有我日和。この二人の家までは、共に七十キロ近い距離があるのだ。
それでも栃木県内には、何人かの「ムシ」予備軍の子がいて、家族ぐるみでの付き合いがある。同じ宇都宮市内に住む小堀柚蘭と柚穂の姉妹、そして佐野市の君島亜湖である。
更に最近、小堀の小母さんが、高久愛花という小学四年生の子を連れて来てくれた。彼女の家は、宇都宮市内の南の郊外にあるらしい。
これで予備軍の子は四人になった訳だが、全員がまだ小学生。それでも亜湖ちゃんは六年生で誕生日が五月だから、夏頃には「ムシ」になってくれそうな気がする。
とはいえ、予備軍は所詮、「ムシ」ではないので、一緒に空を飛び回る訳にはいかない。それで時々東京に行ったり、水戸に行ったりしている訳だが、あまり頻繁に行くと母の小言が飛んで来てしまう。
なので、孤独を紛らわす手段は、スマホで無駄話をする事になるって訳だ。
一応、真琴は郡山ファミリーの一員という事になっているので、話の大半は福島県中通りのメンバーだ。現在、彼女達の話題の大半は、安斎改め芳賀真凛の両親の話。中でもホットなのが、「真凛に弟か妹ができるかも」というものだ。もし無事に産まれて来たら、十五歳の年齢差という事になってしまう。それって、兄弟というよりも叔母さんってレベルだろう。
それから、今度のゴールデンウィーク中にあった出来事についても、当然、話題になる。
前半、真琴以外のメンバーは、普段なかなか行けない地域に、泊り掛けで行き来していたようだ。
後半の四連休、福島市の三人と玉根凜華は、仙台まで足を延ばしたという。仙台の南の方で新しく「ムシ」になった、氏家優奈に会いに行く為だ。
その後、四月に「ムシ」になった会津の吾妻美和の所へも、大半のメンバーが日帰りで訪問したらしい。仙台へ行かなかった穂積郁代、国分珠姫、大槻由佳の三人は、その前日から泊り掛けだったそうだ。
真琴の方はと言うと、前半は東京へ行って、再び東京ネズミーランドで遊び回った。友達の東山紗理奈や榊原澪は当然として、今回は石井めぐみもいたし、千葉の新しい「ムシ」の仲間である吉岡苺も加わってメンバーは五人。その為、年末に来た時以上に色々とやらかした自覚がある。だけど、本当に楽しかった。絶対、思い出に残るに違いない。
ちなみに吉岡苺は、小柄な子ばかりの「ムシ」達の中でも殊更にちっちゃくて、綺麗なピンクブロンドの髪のすっごく綺麗で可愛い子。紗理奈や澪も綺麗だけど、苺には子猫のような可愛さがある。
そして、後半の四連休は、白河の有我日和の所へ泊りに行った。日和と一緒に那須高原の観光地巡りをしたり、南湖公園へ連れて行ってもらって、彼女の妹で小学四年生の和花を入れた三人で遊んだり、白河ラーメンを食べに行ったりした。
★★★
真琴が「ムシ」になったのは、昨年の三月だ。つまり、「ムシ」になって、まだ一年と二ヶ月でしかない。
視力を持たずに生まれて来た真琴は、「ムシ」になって視力を得た。と言っても、正確には視力とは違う能力なのだが、「見える」ようになった事には変わりはない。
「見える」ようになっても、しばらく特殊クラスにいたのは、主に文字を覚える為だったりする。ところが、「ムシ」の能力なのか驚異的な早さで漢字までをも習得し、秋からは一般クラスの仲間入りをした。
通常、真琴のように淡い茶髪の子は、教師から偏見の目で見られがちな上に、イジメに遭うのが定番だ。だけど、彼女の場合、特殊クラスから移って来た子という事で教師のガードが固く、お陰で毎日を平穏に過ごせていた。
特殊クラスの教師は生徒の一人一人を丁寧に見ているので、真琴の髪色が生まれ付きなんてのは、言われるまでもなく自明の事なのだ。
更に、四月になって二年生に進学してからは、良く話す子も出来て次第に学校が楽しくなってきた。ただし、運動はまだまだ苦手。本来、「ムシ」の子は運動神経が良いのだが、真琴の場合、視力障碍で今まで普通の運動をして来なかった為、運動オンチでも止むを得ないのである。
★★★
さて、そんな真琴が待望の新しい「ムシ」の子の予兆を感じたのは、五月になって三度目の土曜の事だった。
真琴は、直ぐに天音と凜華にメッセージを入れた。それから、少し考えて、白河の有我日和にも送っておく。何となく直感で「北」だと思ったからだ。
「北」となると、「ムシ」予備軍の子じゃない。全く新しい子だ。
真琴には、水戸の石井めぐみが「ムシ」になった時の経験があるので、それほど焦る事はなかった。
午後になって、新しい「ムシ」の子の予兆は、より鮮明になった。どうやら、「北」なのは間違いないようだ。だけど、思ったよりも距離がありそう。石井めぐみの時と変わらない距離だ。
白河の日和に連絡したら、『うちの近くかも』と言われた。
『たぶん、那須高原だと思う。きっと、あの辺の観光地だよ』
栃木県北部の那須高原には、サファリパークやどうぶつ王国といった多くの観光地があって、宿泊施設も数多く存在する。新しい「ムシ」の子は、観光で来ているのか住んでいるのかは分からないけど、その辺りにいるのは間違いない。
例によって手塚家では、両親共に休日出勤。真琴の他は弟の依弦しか家にいない。
取り敢えず早めに夕食を取って、依弦に親への伝言を頼むと、真琴は外が明るいうちに家を出た。
近くの物陰に入って、「ムシ」に変異。夕暮れ時の空へ飛び立って、東北自動車道を目指す。二十分ほどトラックの荷台に乗ってから飛び立って、左手の那須高原へと向かう。そうして、小一時間も掛からずに目的地周辺に到着した。
ターゲットの子がいたのは、山間にある小綺麗なペンションだった。ただし、正確にはペンションの建物の脇にあるログハウス調の建物で、別館もしくはオーナーの家といった感じだ。
その子がいる部屋の前には手頃な低木の茂みがあって、そこに日和がいた。彼女は、気配を消して中の様子を窺っている。
〈日和ちゃん、お疲れー。今、どんな感じ?〉
〈もうすぐって感じです。実は、中に女の子が二人いまして。私と同じ姉妹って感じなんです……あ、「ムシ」になるのは、上の子の方です〉
〈そっか。妹の子がお姉さんを心配してるのかな?〉
〈はい。そろそろ中に入りましょうか?〉
〈そうね。そうしましょう〉
薄っすらと光を纏った日和が、スーッと壁の向こうへ消えて行く。日和は気配遮断が出来るので、こういう時は役に立つ。
日和は、中へ入って直ぐに心話で姉の方へ声を掛けた。
〈あなた、大丈夫?〉
その子よりも先に、妹の方が声を上げた。
「あ、あんた、誰なのっ!」
日和は、微笑んだだけで声を出さない。その代わり、纏う光を少し強めて、彼女の姉と同程度にする。
その子の光は、既にだいぶ強くなっていた。
真琴は、その間に壁を抜けて部屋の隅に立つ。当然、薄っすらと光を纏った状態だ。
目の前の姉妹は、どちらも淡い茶髪。華奢な体型からして、妹の方も「ムシ」予備軍なのは間違いない。
真琴は、音を立てずに前へ出て姉妹に向き直ると、心話で姉の方へ話し掛けた。
〈ごめんね。今の私達は、普通には話せないの〉
〈えっ? 話せないって?〉
〈今のあなただって話せない筈よ。私は今、口で話してないの。私達は、心話って呼んでるけど、テレパシーみたいなものね〉
怯えた表情の妹が姉に抱き着こうと手を伸ばしたけど、その手は姉の身体をすり抜けてしまう。
ますます困惑した様子の妹は、真琴の顔をキ゚ッと睨みつけている。
彼女の姉は、どんどんと身に纏う光を強めており、いつ「ムシ」になってもおかしくない状態だった。
真琴は、一瞬だけ迷ってから、いったん光を完全に消した。自分が土足であるのが気になったけど、今だけは仕方がない。
妹の方は、尚も真琴を睨んだままだ。
「あなた、名前は?」
「えっ? あ、あの、沙柚って言います」
「沙柚ちゃんね。私は、真琴。あなた達の仲間よ」
「仲間?」
「そう。あ、始まったわね。今は時間が無いから、詳しい事は後で話すわ。だけど、大丈夫。ちょっとの間、お姉ちゃんを借りるわ。あなたは、ここで待ってて頂戴」
真琴は、そう言って再び一瞬で光を纏う。沙柚って子の後ろでは、彼女の姉が完全に「ムシ」へ変異しており、まさに今、屋根をすり抜けて外へと飛び出そうとしていた。
END075
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




