070: 関口の現状
◇2041年5月@東京~福島県岩木市 <関口仁志>
関口仁志が四月の頭に東京に出て来て、一ヶ月近くが過ぎようとしていた。現在、彼は世田谷区の北の端、東大の駒場キャンパスまでギリギリ歩ける辺りに部屋を借りて大学へ通っている。普段は歩きだが、雨の時とかだけバスを使うって感じだ。
ワンルームマンションの部屋は驚く程に狭いけど、一ヶ月もいれば慣れてしまった。不満な所と言えば、異様に窮屈なユニットバスだろうか? シャワーの時、注意しないと全体が水浸しになってしまう。
昔と違って、今はリモートでの受講が認められる講義もあるから、毎日、大学に行かなくても済むのは助かる。録画されている講義とかは、後で見られるのも良い。だけど、その分、必須の語学とかは出席が厳しくて、出席回数が足りないと、容赦なく落とされるのだとか……。
特に、英語の講義なんて、いきなり初回から抜き打ちのテストがあったりした。受験後、実力が落ちていないかを確認する為だとの事。語学は小教室での講義なので、高校の時の授業風景と似ており、昔に戻ったような気分にさせられる。担当の女性講師の雰囲気も何となく高校の時の櫛田先生に似ていて、余計に変な錯覚に陥るのを後押しされてしまう。
そういや、あの先生、生徒を虐めるのが趣味のような人だったなあ……。
一人っ子の関口は、基本的にオタク気質で積極的に友人を作りたがるタイプではない。その為、語学の講義なんかでも顔見知り程度の知り合いしかおらず、昼食とかも一人で取るのが常だった。
ところが、そんな関口に声を掛けて来てくれたのが、二瓶丈晃である。
二瓶は、関口が主宰する「未確認飛行少女情報サイト」に、蒐集家の名前で多くの情報を提供してくれていたヘビービューア。その彼は同じ福島でも郡山に住んでいる為、直接に会ったのはオフ会の三回だけだが、チャットとかのやり取りを通して、今では割と親しい間柄になっている。同じ東大生で、学年がひとつ上の先輩といった辺りも、関口にとっては都合が良かった。
「それで、こっちの『ムシ』の子達とは、もう会ったんかい?」
実を言うと、「ムシ」の子と知り合いだって事を、まだ関口は二瓶に伝えてはいない。だけど、彼は既に知っているようだ。
もっとも、二瓶が卒業した朝香高校の生徒会には、「ムシ」の子と知り合いの女子が何人かいる訳だから、その内の誰かから彼が聞いたって可能性もある。その中の大槻乙音とかは、二瓶が立ち上げたUFO研究会という部活にも所属しているからだ。
でも、関口は、その結論に彼が自ら辿り着いたんじゃないかと、何となくだけど思っていた。
「まあ、そういう質問をしてくるって事は、全部ご存じなんでしょうから言いますけど、まだ誰とも会ってはいませんよ」
「会ってはいないって事は、話した事はあるんだね」
「まあ、そうですね。オフ会で何度か言いましたけど、僕の立場は『ムシ』達を守る事なんです。ただし、彼女達が自由に空を飛べないような形には持って行きたくはない。正直、そこら辺が難しい所ですね」
「なるほどな。僕としては、君のそういう誠実な所は好きなんだが、生憎、そうじゃない人の方が多いんだよな」
「そうですね。ところで、二瓶さんの方は、こないだ新しい『ムシ』のサイトを立ち上げるって言ってませんでしたっけ?」
「ああ、今の僕は、沖田哲哉っていう面倒な人に捕まっちゃっててね。あの人、頭は良いんだが、実務っていうか書類仕事っていうか、そういった類の事がからっきしダメでさ」
「なるほど。前に言ってた研究者タイプっていうのは、そういう事だったんですね」
その新しいサイトは、「BGラボラトリー」。「BG」は、「バタフライガールズ(Butterfly Girls)」の略だという。
「本当は、四月中に公開しようと思ってたんだが、イラストとかデザインとかで色々と時間が掛かっちゃってさ。そんでも今週末にはオープンできると思うから、見てみてよ」
内容的には、「ムシ」現象の解明に力点を置いており、関口のサイトとはバッティングしない。それに、「ムシ」達の人権にも気を配る方針との事で、当面の間、関口は傍観する事にしていた。たぶん、このサイトに二瓶が関与している間は大丈夫だろう。
★★★
やがて五月になり、ゴールデンウィーク後半の四連休に自主休講の一日を加えた五日間、関口仁志は福島県岩木市の実家に帰省した。
今まで彼は、長めの旅行をしても家を恋しがったりした事は無かったのだが、今回は違っていた。初めて、『自分の家は良いな』としみじみ思ってしまったのだ。
当然、そこには田舎ならではの自然だとか長閑な雰囲気だとか、それに、自室の広さだとかと風呂場の浴槽が大きいとかもあったのだが、それら以上に、やはり多少のホームシックみたいなものもあったんだろう。
高校の時の友人である蛭田健吾と江尻貴志の二人も東京の大学へ進学していたが、大学が違う事もあり、会ってはいなかった。ところが、同じように帰省した二人と久しぶりに話してみると、二人とも似たような事を考えていたのを知って驚いた。
その感情を的確な言葉で表現したのは、蛭田だった。
「オレさあ、今まで自分がホームシックになるなんて全く思ってなくてさあ。いやあ、マジで驚いたわ。最初、それが何なのか分からなくってよ、何となく気分が沈むっていうか、オレってこんな奴じゃない筈なのに、調子が出ないっていうかさあ……」
それを聞いた関口の感想は、『そっか、僕もホームシックだったのか』だった。それは江尻も同じだったようで……。
「なるほどな。何となく落ち込んでた理由が分かって、スッキリしたよ」
「あはは。本当はさあ、オレもお前らに連絡しなきゃって思ってたんだわ。でも、気乗りがしなくてよ……。まあ、正直、情けない自分を見せたくないって思いもあったんだけどよ」
そんな関口が一番に落ち着いた気分になれたのは、自宅近くの丘の上から見下ろした田畑と、その向こうに太平洋が見える風景を目にした時だった。今まで限りなく何度も見ていて、すっかり見慣れた筈の景色が、何でこんなに……。
「なんか、落ち着くな」
「だな。ここにいると、ここがオレの居場所って気分になるわ」
「おいおい、お前、今まで『オレには、都会の方が似合う』とか言ってなかったか?」
「いや、それはそうなんだが、たまには帰って来るのも良いって事だな」
とまあ、そんな事があった日の夜、関口の部屋に眩しい光の塊が飛び込んで来たのだった。
★★★
「もう、関口さんったら、帰って来たんだったら帰って来たって教えて下さいよ。酷いじゃないですか」
「ごめん、ごめん。明日にでも連絡しようと思ってたんだよ……。でも、良く僕がいるって分かったね」
「たまたまですよー。偶然、この辺を飛んでたら、関口さんの部屋に灯りが点いてるのが見えたんです。それで、近寄ってみたら、関口さんがいるのが分かったっていうか……」
以前の矢吹天音は、関口の部屋から見えるアパートに住んでいたのだが、三月の終わりに岩木駅周辺のマンションに引っ越している。タワマンとは違うが、十八階程の建物の十四階の部屋だ。
「てことは、部屋の中を覗いたって事かな?」
「うーん、そういう事になるのかなあ……。でも、見えちゃったのは仕方がないじゃないですか?」
天音も真凛ほどじゃないけど、一応、透視能力は持っている。
「だったら、もし僕が透視の能力を持ってて、天音ちゃんの下着が見えちゃうのは、『仕方がないじゃないか』って言っても怒らない?」
「そんなの、怒るに決まってるじゃないですか。女子の場合は特別なんですっ!」
なんか勝手な理屈だけど、そういう所も可愛いので怒る気にはなれない。
「でも、久しぶりに関口さんの顔が見れて良かったです」
「そんなの、いつも見てるだろ?」
「スマホの画面越しと、直に見るのとは違うんですってば」
「あはは。まあ、僕も天音ちゃんに会うのは嬉しいから、否定はしないけどね」
こうして、この翌日は天音に付き合って岩木のあちこちに出向くハメになり、その更に翌日には、そこに樫村沙良、菅波杏樹、草野美優、小室繭菜の四人が加わって、岩木市が誇る例の巨大屋内プールに行く事になる。その上、少し遅れて水戸の石井めぐみまでもが合流。一番やんちゃなめぐみが加わった事で、唯一の男子であるというより保護者である関口は、更なる気苦労を味わう事になったのである。
そうして年下の女子達に散々振り回された関口は、心身ともに疲れ果てて帰宅した訳だが、そこには、もうひとつの大きなトラブルが彼を待ち構えていたのだった。
★★★
関口仁志が六人の「ムシ」の子達と巨大屋内プールに行って、その施設の終了時刻ギリギリまで付き合わされ、ようやく深夜に帰宅した彼を迎えたのは、玉根凜華だった……と思ったら、もう一人、そこに関口と同じ歳の女性がいたのだ。
「えーと、早坂琴音さんでしたっけ?」
「はい、早坂です」
「何で、ここにいるんですか? 今、もうすぐ夜の十一時ですよ」
「だって、家に誰もいらっしゃらなかったので……」
実は、そうなのだ。今夜、関口の両親は市内の知人の家に泊まっており、明日は知人宅から市役所へ出勤するそうなのだ。
彼の両親は遅くに結婚し、子供を諦めていた時期に一人っ子の関口を授かった為、既に還暦に近い年齢にある。その為、もはや出世とか関係ないとばかりに、時々こうした訳の分からないイベントを行う事がある。
「あの、でも鍵が掛かってたんじゃ……」
「そんなの、うちらには関係ないって事、関口さんならお分かりでしょう?」
「その『うちら』の中に、早坂さんは含まれませんよね?」
「まあ、そんな細かい事は、どうでも良いじゃない」
「あの、他人の家に無断で忍び込むのって、細かい事なのかな?」
「ひょっとして、怒ってます?」
「別に……」
どうやら、彼女達の岩木行きは、急遽、今日の夕方になって決まったらしい。それも、単に「海が見たい」というのが理由なんだとか……。
「でも、天音さんも杏樹ちゃんも美優ちゃんも酷いんです。『今日は、夜中までプールで遊ぶつもりだから、泊めるのは無理!』って言うんだもん」
「それで、凜華ちゃん達は、何で僕の家に来たの?」
「そんなの、天音さんに教えてもらったに決まってるじゃないですか」
そう言えば、「今夜、家に誰もいない」って話を天音にした覚えがぁる。
「あの、天音さんを怒っちゃダメですよ。てか、琴音さんが関口さんの家に泊まるの、天音さんには絶対に秘密ですからねっ」
「えっ? てことは、凜華ちゃんは?」
「当然、帰るに決まってるじゃないですか。私、明日は学校なんですからね」
関口は、ますます頭が痛くなってしまったのだった。
END070
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




