069: 鵜飼優流との再会
◇2041年5月@東京 <東山紗理奈>
「ムシ」になるまでの東山紗理奈は、ずっと孤独だった。周囲いる人の大半が自分には冷たくて、それが当たり前だと彼女は思っていた。
たぶん、最初に温かい人だと思えたのは近所のオバサンで、その次に来るのは、あの日、自分が「ムシ」になった日の矢吹天音だ。
だけど、その日からの紗理奈は、全てが変わってしまった。それまで灰色だと思っていた世界に、色があるんだと初めて知って、家政婦の松川愛子みたいに、自分の周囲にも優しい人がいるのが分かってきた。
自分に価値なんて無いと思っていたのに、自分が出来て他の人が出来ない事が色々とあるのに気付いたのも、たぶん、その頃からだ。
それから、手塚真琴が東京に会いに来てくれて、榊原澪っていう仲間が出来て、年が明けてからは、従妹の佐伯姫香と夢香の姉妹に始まり、石井めぐみ、小川真花、吉岡苺と、順調に仲間達が増えて行った。
そう言えば、澪を介して知り合った坂下美倖や立花奏音もまた、紗理奈の仲間と言える存在だって気がする。
そして紗理奈は、その日、その後の彼女を運命付ける大切な仲間と、再びの出会いを迎えるのだった。
★★★
青山通りで黒塗りのリムジンから降りた紗理奈は、榊原澪と並んで目的のお店へと入って行った。
その時の服装は、二人とも学校の制服姿。東京精霊女学園中等部に通う紗理奈は、紺野ブレザーに白のブラウス、青系のチェックのスカートで、胸元に赤いリボンをしている。
澪が通う城北大学付属女子中学校の制服も似たようなデザインだけど、スカートの色がグレーで全体的に地味な印象。その為、制服姿で会う度に澪には、羨ましがられてばかりいた。
指定された店は、アイリッシュな感じのインテリアで統一されており、昼間は喫茶店だけど、夜はパブになるとの事だった。今は夕方なので、女子中学生がいても大丈夫なようだ。
澪は、「これでも、この辺りだと庶民的な方なんだよ」と言っていた。要は、それだけ高級店が立ち並ぶ地区という事だ。
暗めの照明が施された店内は、落ち着いた雰囲気で好感が持てる。紗理奈は、悪くないチョイスだと思った。
店に入って行くと、奥の窓際の席に並んで座っている男子大学生二名を見付けた。通路側に居るのが、立花奏音。でも、紗理奈は、もう一人の窓際に座っている男子に目が釘付けになった。
澪が声を掛けたのは、その男子の方だった。
「鵜飼さん、ご無沙汰しています。榊原澪です」
澪が彼にお辞儀までした所からすると、彼女も彼に会うのは久しぶりらしい。
「久しぶり、澪ちゃん。挨拶は良いから、早く座りなよ」
彼が少し焦った口調で言ったのは、いかにもお嬢様っぽい澪の仕草が、やけに目立っていたせいだろう。金髪美少女の澪の丁寧なお辞儀は、それだけ周囲の人達にインパクトを与えたようだ。
だけど、澪は気付いていなさそうだったので、紗理奈は彼女の肩を軽く突いてやった。それで、ようやく周囲の様子が分かった澪が、急に恥ずかしがって奏音の前の席に座る。
紗理奈は、『そこは、奥の方の席に座る所でしょう』と思ったけど、座ってしまったんじゃしょうがない。澪の椅子の後ろに身体を押し込んで、窓際の彼の前に立った。
「お兄ちゃん、また会えたね!」
思ったよりも素直な声が出た。すると、彼が戸惑い気味に口を開いた。
「君は、あの時の紗理奈ちゃんだよね?」
その途端に紗理奈は、満面の笑顔で「うん」と頷いたのだった。
★★★
鵜飼優流は、三月に紗理奈が偶然にタワマンのベランダに立ち寄った際、少しだけ言葉を交わした大学生である。彼が通っているのは、私立のトップ校の一角である東都大学。今日、一緒に来ている立花奏音も彼と同じ大学に通っており、更に小川真花の姉の千花も同じ大学の同期であるという。
「実はさ、オレ、前に紗理奈ちゃんと会った時から、また来てくれないかなって、ずーっと待ってたんだよ」
やっぱり、こないだ立花奏音が言った通りだったようだ。
「あのー、ごめんなさい。私から『会いに来て良い?』とか言っておいて、そのままにしちゃって、本当にごめんなさい。あの夜は、私、ちょっとハイになってたって言いますか……」
「えっ、そうは見えなかったんだけど」
「いやいや、私、あんまり男の人と話したこと無くて……、正直に申しますと、後ですっごく恥ずかしくなっちゃいまして……」
「あはは。そうだったんだ」
「ちょっ、ちょっと優流。お前、デリカシー無いぞ」
「あ、ごめん。紗理奈ちゃんが可愛くって、つい……」
「可愛い……、ですか?」
紗理奈は、自分でも顔が真っ赤になるのが分かって、思わず俯いてしまった。
「いやいや、紗理奈ちゃんが可愛いのは、当たり前だと思うんだけど」
「えっ?」
紗理奈は、ますます困惑した。
「私、誰かに可愛いって言われた事、ほとんと無いです」
もっとも、天音とかは言ってくれるんだけど、あの人はお姉さんみたいなもんだから、カウント外だろう。
「あの、紗理奈ちゃんは普通に可愛いと思うんだけど……」
「そうそう。僕の目から見ても紗理奈ちゃんは可愛いよ……あ、澪ちゃんも可愛いからね」
優流だけじゃなくて、彼の隣の奏音からも意外な言葉が返って来てしまい、紗理奈は更に困惑を深めて行く。
すると、澪が口を挟んできた。
「もう、立花のお兄ちゃんったら、ついでみたいに言わないでよ」
「ついでじゃないよ」
「むぅ」
珍しく澪が拗ねてしまった。どうやら澪は、結構、奏音の事がお気に入りだったようだ。
★★★
とまあ、そんな事があってから、紗理奈は鵜飼優流の部屋に入り浸るようになるのだが、それでも、初回だけは勇気が必要だった。
紗理奈が優流と再会した日の夜、真花が苺と一緒だった事もあって、榊原澪と二人でレインボーブリッジの辺りを飛んでいると、突然、澪が言ったのだ。
〈ねえ、今から優流さんの所へ行こうよ〉
〈えっ、今から? てか、さすがに今日の今日ってのは、どうなの?〉
〈別に、どうもこうも無いんじゃない? 向こうは待っててくれるんだから、さっさと行きゃ良いのよ〉
〈でも、本当に歓迎されるかなあ?〉
〈歓迎されるに決まってんじゃない。紗理奈は、こんなに可愛いんだよ〉
〈えっ、可愛い?〉
〈可愛いでしょうがっ! あんた、真花の自己評価が低いとか言ってるけど、紗理奈だっておんなじなんだからね〉
という訳で、急遽、紗理奈と澪は方角を北北東へ変え、優流が住むタワマンの部屋を目指した。
そこまでは五分そこそこしか掛からなかった。それよりも紗理奈は、『あの時の場所を、良く覚えていたもんだ』と、自分で自分を褒めたくなった。
紗理奈とて透視の能力は使える。それに当然、夜目が利くし、千里眼さながらに遠くが見える。それに何たって紗理奈は、抜群に記憶力が良い。だから探し易くはあるんだけど、これだけ多くの建物がひしめき合っている東京の街ってのは、それでも特別だ。それを、ほとんど迷わずに対象の部屋を探し当てたってのは、結構、凄い力なんじゃないだろうか?
〈ふふっ、愛の力だね〉
〈な、何よ、そのハズい言葉?〉
〈そのままの意味でしょうが。優流さんの事、好きなんでしょう?〉
〈す、好きって……、優流さんは、初めて見付けた私の「お兄ちゃん」だもん……〉
〈そっか。紗理奈って、「お兄ちゃん」って存在に並々ならぬ憧れを持ってるみたいだもんね〉
〈えっ、そっかなあ?〉
〈だって、私が兄貴の話をする時、すっごく羨ましそうに聞いてるじゃない……あ、立花のお兄ちゃんの話をする時だって、そうだよね〉
紗理奈は少し考えてみて、素直に〈そうかも〉と言った。
紗理奈は、温かい家族というものを知らない。だから憧れているのは事実。で、その中で一番に欲しいものとなると、やっぱり、優しい「お兄ちゃん」の存在なのかもしれない。
いつの間にか二人は、以前に来た時、紗理奈が居眠りしてる所を見付かって警察を呼ばれたビルの屋上に来ていた。
〈じゃあ、行くよ〉
〈うん〉
紗理奈は、先に彼の部屋へ向かって飛んで行く。
目的のベランダに降り立つた紗理奈は、窓ガラスを控えめにノックした。
直ぐにカーテンが惹かれて、夕方にも見た優しい彼の顔が現れる。
紗理奈は、制服姿のままだった。この時間、ビルの上空は少し肌寒い。
彼が、慌てて窓ガラスを開けようとしている。だけど紗理奈は、窓が開く前に言った。
「お兄ちゃん、また来ちゃった!」
そして紗理奈は、そこにいた彼、鵜飼優流の方へと満面の笑顔を向けたのだった。
END069
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
次話からは、ほんの少しだけ時間が巻き戻って、再び別視点でのお話になります。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




