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068: 紗理奈と真花の日常(2)

◇2041年5月@東京 <東山紗理奈>


東山紗理奈(さりな)が思うに、小川|真花は、自己評価が低すぎる。紗理奈も同様のきらいはあるものの、真花のはどう見ても異常である。

その理由として考えられるのは、彼女が三人姉妹であって、常に姉や妹と比較されて育ってきたという事。そして何故か真花は、姉と妹が自分よりも優秀で見た目が良いと思い込んでいるようなのだ。

それに、彼女の母親もまた、かなりの才色兼備であるようだ。その母親は、今は急成長してきたベンチャー企業の創業メンバーで、管理担当役員だというのだから、相当に優秀な人なのは間違いないだろう。


つまり、真花に強いコンプレックスを与えた存在は三人いる訳だが、中でも姉の千花さんというのが、どうやら最大の元凶であるらしいのだ。


もっとも真花は、その姉を間違いなく敬愛しており、姉の方も真花を溺愛しているようだ。では、何が問題かというと、その姉に負けず劣らず真花だってハイスペックなのに、その認識が真花には全く無い事だ。

これは紗理奈の推測だけど、恐らく姉は真花のハイスペックを正しく認識した上で助言しているのを、真花の低い自己評価が、それを無理難題に見せているんじゃないか? 要は、真花から見た姉は女神のような絶対的存在で、その女神に追い付くのは不可能という思い込みが、真花の認識を歪めているって気がする。

その結果、真花にすれば、「お姉ちゃんは優秀だから、私みたいな出来の悪い子の事は分からないんだ」となり、姉の方は、「真花は優秀なのに、何で私が言った事がちゃんと出来ないのかしら」となってしまう。


でも、真花って結構、頑固だからなあ……。


結局、自己評価の低さを是正して行く為には、ひとつずつ客観的な実績を積み上げて行くしかないのかもしれない。



★★★



紗理奈が知る中で一番に自己評価が高いのは、吉岡(いちご)である。確かに苺は可愛いんだけど、人前でハッキリと「アタシは可愛い」と断言してしまう所は、まさに苺ならではだと思う。

それで紗理奈は、帰宅時の車内で苺を呼び出してみた。


『うーん、確かに真花も可愛いのは認めるけど、でも、自己評価が低いのを何とかしろってのはなあ? 本人が悩んでるとかじゃないんでしょ?』

「そうなんだけど、なんか気になっちゃうんだよね」

『それは何となく分かるんだけど……、要は、見てて歯がゆいって感じ?』

「そうそう、そんな感じ」

『えーと、それを治すのって、やっぱ、みんなから注目されて、チヤホヤされる経験を積み重ねて行く事なんじゃない?』

「うーん、そんなので良いのかなあ」

『もちろん、単なる「おべっか」や「ゴマすり」だって分かっちゃうのじゃ逆効果になるかもだけど、たいていの女子はチヤホヤされるのって大好きだと思うよ。人間って、割と単純だからさ。たくさんの人に注目されて、綺麗だとか凄いとか言われたりしたら、自然と自分に自信が持てるようになってくと思うんだけど……。まあ、やり過ぎると天狗になっちゃうかもだけどね』

「苺みたいに?」

『アタシは、ちゃんと自分を分かってるから大丈夫。アタシより綺麗な子も凄い子も、世の中にはいっぱいいるんだもん。じゃないと、もう既にビックアイドルになっちゃってる筈でしょう? そうなってないんだから、アタシはまだまだなんだよ』

「ふーん。苺って結構、まともだったんだ」

『あのさあ、紗理奈から見たアタシって、いったい何なのさ?』

「ちっこい勘違い娘とか?」

『むぅ』


拗ねてしまった苺には気付かないフリをして、紗理奈は話を続けた。


「でも、『ムシ』としては、目立たない方が良いんだけどね」

『いやいや、「ムシ」かどうかなんて関係なくない? 別にバレなきゃ良いんだしさ。じゃないとアタシは、アイドルになれなくなっちゃうじゃん』

「そういやそうだね。で、どうすれば良いの?」

『うーん、いっどの事、大勢の観客の前で踊っちゃうとか?』

「何それ?」

『例えばさあ、こないだのアタシみたいに、東京ネズミーランドのパレードで踊っちゃう訳よ』

「いやいや、苺の真似なんて、真花には無理でしょう」

『そんなの、やってみなきゃ分かんないじゃん』

「でも、真花の翅って、そこそこデカいよ。それに、『ムシ』だってバレないようにするんじゃなかったっけ?」

『そっか。じゃあ、いっそストリートミュージシャンでも、一緒にやってもらおっかな』

「えっ、まさか……」

『アタシさあ、一度、やってみたかったんだ-。けど、アタシって可愛いじゃん。それこそストーカーとかされちゃったらマズいと思って、今まで諦めてたんだよねー』

「それで?」

『そんでも今なら、最悪、「ムシ」になって逃げちゃえば良いから、そんなに怖くないと思うんだー』

「だけど、『ムシ』になって逃げちゃったら、楽器とか機材とか置きっぱになっちゃわない?」

『うーん、そうなると荷物番が必要かなあ?』


要するに、苺の考えを実現する為には、もっと詳細な検討が必要だって事のようだ。


それでも紗理奈は苺に、一度、真花とじっくりと話してくれるように頼んだ。苺のような自信家と付き合う事で、きっと真花に何か得られるものがあると思いたい。

取り敢えず、金曜の放課後は榊原(みお)との約束があって、そこに真花は連れて行けない。丁度良いので、その日は苺と真花だけで行動して親睦を深めてもらい、仲良くなってもらおう。

紗理奈は、その為の指示を苺にして、その時の通話を終えたのだった。



★★★



それから金曜までは何事も無く過ぎて行って……、と言っても、相変わらず夜は「ムシ」達四人で集まって、東京ネズミーランドのパレードに飛び入り参加したりして楽しんだりもして、真花まはなも次第に「ムシ」である事に慣れて行った。そうして、気が付くと週末が近付いていたって感じだ。


金曜日の放課後、紗理奈は学校から戻ると、制服のまま新宿のタワマン最上階にある榊原(みお)の部屋へと向かった。当然、「ムシ」になっての移動だ。

澪の部屋に着くと、直ぐに家政婦の片瀬尚美かたせなおみがショートケーキと紅茶を運んで来てくれる。まずは、それを食べながら、今日の学校であった事を話した。

体力測定の事も訊いてみたけど、澪は元々運動が得意ではなかったようで、「ムシ」になって初めて成績上位組に名前を連ねる事が出来たとの事。それを澪は、純粋に喜んでいた。


どうやら「ムシ」の能力は、元の体力を一定の比率で強化するようだ。つまり、元から運動神経の良かった紗理奈には、より顕著に増幅効果が表れたという事なんだろう。

てことは、その紗理奈と同様の好成績が得られた真花は、やはり元々スペックが高かったという事に違いない。


〈「ムシ」の子ってさあ、運動オンチだった子が多いんだよ。それに、障碍があった子が大半な事もあって、そういうのは今までクローズアップされなかったんじゃない? もっとも、オリンピック選手並みとかだったら問題になってたかもだけど、そこまでじゃないんでしょう?〉


確かに、そこまでじゃない。でも、今日の紗理奈は、中学一年生としては相当に常識を逸脱した成績だったと思う。


〈そういや、苺は大丈夫だったのかな? あの子、ちっこいくせに運動神経が良いでしょう?〉

〈大丈夫。「ムシ」になる前の実力テストと同じ時期に、体力テストやっちゃったみたい〉

〈あ、そっか。あの子、公立校だもんね〉


吉岡苺は、真花を入れた四人の「ムシ」達の中で唯一、公立校へ通っている。と言っても、割と治安が良い地区なので、それほど荒れてはいないらしい。


〈でも、来年は心配だから、注意しとかないとだね〉

〈あ、それと、こないだ凜華りんかさんと話した時、似たような事を聞いたかも。だけど、あの人も頭良いから、上手く能力をセーブしてるって言ってた〉

〈てことは、ヤバそうなのは真凛さんかもね?〉

〈ありうるね。鈴音すずねさんが激おこになりそう〉

〈うわあ、私、「ムシ」の掲示板に上げとこうかな〉


最近、紺野鈴音が「ムシ」だけが閲覧可能な掲示板を立ち上げてくれたのだ。内容の九割はどうでも良い事だけど、中には役立つ情報もあって、紗理奈は割と重宝している。特に東京地区は、まだまだ「ムシ」の数が少ないので、福島の先輩達から得られる情報は貴重なのだ。


〈じゃあ、そろそろ行こうか?〉


ケーキを食べ終えた澪が、そう言って立ち上がった。既に食べ終えていた紗理奈は、カップの底に残っていた紅茶を一気に飲み干すと、澪に続いて立ち上がる。

いつもなら、ここで光を纏って天井から空へと舞い上がる所だが、今日は車での移動だ。

二人は、タワマン最上階のエレベーターホールへ向けて歩いて行った。



★★★



今日、紗理奈が榊原(みお)の所を訪れた目的は、立花奏音(かなと)に会いに行く為である。いや、正確に言うと、奏音の友人の大学生と会う為だ。

奏音は、澪の義姉になる人の弟だ。つまり、奏音の姉の立花初音(はつね)が、澪の兄である榊原海渡(かいと)の婚約者なのだ。

その奏音は、四月から東都大学の一年生。そして、その奏音の幼馴染で親友の鵜飼優流うかいすぐるというのが、今から紗理奈が会いに行く人である。


エレベータを下りて地下の駐車場へ向かうと、黒塗りのリムジンが停まっていた。同じく黒いスーツ姿の運転手が、後部座席のドアを開けてくれる。運転手と言っても車は自動運転なので、彼の仕事のメインはボディーガードなんだろう。


車が動き出すと、ふいに澪が思い付いたように口を開いた。


「そういや紗理奈、金髪や茶髪の子が嫌われるようになったのって、割と最近の話だって知ってた?」


この車の中は完全に防音されているので、珍しく澪は声を出す気になったようだ。


「私は、昭和の頃からだって聞いてるけど」

「それはそうなんだけど、今みたいには嫌われてなかったそうだよ」

「確かに、昔は今よりも髪を染めてる人が多かったっていうもんね」

「うん。今のガイジン嫌いの風潮は、国際間の交流が減ったここ二十年くらいの話みたい」

「ふーん。そうなんだ。うちのお父さんとか、良く出張で海外に行ってるけどね」

「昔はさ、プライベートでも今より海外に行く人が多かったんだって」


確かに今は、昔と比べて海外へ旅行する人が減ったという話は聞いた事がある。その頃は、高校生とかの修学旅行でも海外へ行ってたっていうから、驚きだ。


「そういや昔は、円の価値が今よりずっと高かったんだよね?」

「そうそう。要するに、そんだけ日本人が全体的に貧しくなったって事だと思う……あ、そろそろ着くみたい」


待ち合わせ場所は、青山通りにある喫茶店。その店の傍に紗理奈達を乗せたリムジンは静かに停まった。直ぐに黒服の運転手がドアを開けてくれる。

紗理奈と澪は、歩道側のドアから静かに車の外へ出た。


「さあ、行きましょう」


澪の言葉で、紗理奈は彼女と並んで歩き出した。




END068


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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