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067: 紗理奈と真花の日常(1)

◇2041年5月@東京 <東山紗理奈>


ゴールデンウィーク開けの登校日、東山紗理奈(さりな)が教室へ入って行くと、いつもと少し雰囲気が違うのに気付いた。どこかざわついた感じがする。

何だろうと思って周囲をグルっと見回してみると、最前列に座る金髪の女子に目が留まった。紗理奈は、その子の前に進み出ると、〈おはよう、真花まはな〉と心話を飛ばしてみた。

すると彼女は顔を上げて、〈おはよう、紗理奈〉と返してくる。と言っても、顔は全くの無表情。当然、口も動かしてはいない。


そこで、ようやく紗理奈は、その彼女、小川真花の顔に、いつものダサい黒縁眼鏡くろぶちめがねが無いのに気付いた。そして紗理奈は、教室のざわめきの理由を理解した。

紗理奈にとっては自明の事だが、眼鏡をしてない時の真花は紛れもない美少女だ。輝かんばかりの金髪は、背中の中ほどまで届くロングヘア。それを無造作にひとつに束ねている。大きな目は綺麗な二重ふたえで瞳の色は薄茶。鼻筋の通った顔は精緻な、神々の彫刻みたいに整っていて、まるで西洋人形のようだ。瑞々しい唇は小さめで、紅なんて着けてなくても充分に男子達を魅了するだろう。

顔全体が思いの外に小さくて、華奢で小柄な身体からだとのバランスも良い。色白で透き通るような肌にスラっと長い手足。思春期特融の女性になりかけのボディーラインは、未だ控えめな曲線を描いており、それはそれで芸術品のようである……。


目の前の少女が、自分の価値を露ほども理解していないのは明らかだった。もちろん、それを紗理奈が言っても、彼女は絶対に信じないだろう。それ程までに真花の自己評価は低いのだ。

だけど、クラスメイト達は、それに気付いている。それは、女子をも惹き付ける魅力ではあったが、前に彼女を見下していた者達にとっては、強い反感や激しい嫉妬を生む変化でもあった。どうやら真花は、新たな火種を抱えてしまったようだ。まあ、今の彼女なら問題なく対処できそうではあるんだけど……。

それでも紗理奈は、ひとこと言わずにはいられなかった。


〈ねえ、真花。あんた、クラス中の注目を浴びちゃってるよ〉

〈うん、そうみたい〉

〈なーんだ。分かってるんだ〉


そこで紗理奈は、自分の席に戻って行った。長い間、真花の前に無言で突っ立ってたら、傍から見て不自然に思われちゃう。

紗理奈が席に着いた途端、今度は真花が話し掛けてきた。


〈そりゃまあ、今までワザとダサい眼鏡めがねしてたもんね。でも、さすがに度数の合ってないのは掛けられないよ〉

〈まあ、そうだね。髪型も少し変えた?〉

〈変えたって言っても、長い前髪をピンで留めただけだよ。目に掛かって鬱陶しいからさ〉

〈そんなの、前からじゃん〉

〈そうなんだけど、正直、前はあんまり目に頼って無かったっていうかさ……〉

〈あ、それ良く分かる〉

〈そういや、紗理奈も弱視だったもんね〉


紗理奈は、真花が意外と冷静なのが少し気になった。すると、真花もそれに気付いたようで、先回りして話し出す。


〈あのさ、紗理奈。私、これでも感動してるんだよ。朝、目が覚めたら、何かが違うの。で、首を傾げながらベッドから降りて何気なく窓の外を見た途端、そりゃあもう、びっくりしたってなんのって、ああもう、言葉じゃ表せないっていうか……〉

〈分かるよ。私も経験した訳だからね〉

〈あ、そうだったね。ごめん〉


紗理奈は、自分のタブレット端末を机に置いて、それを立ち上げながら再び問い掛けた。


〈で、家族には話したの?〉

〈ううん、話してない。でも、妹の唯花ゆいかだけは気付いたみたい〉

〈気付いたって、何を?〉

〈私の目が、ちゃんと見えてるってこと〉

〈唯花ちゃんも、弱視だよね?〉

〈うん。でも、あの子、カンが良いからさ〉

〈頭も良さそうだよね〉

〈実は、そうなんだ。たぶん、私よりも上だと思う〉

〈福島に、ひとつ年上の鈴音すずねさんって人がいるんだけど、すっごい毒舌家でさ。唯花ちゃん、その人に似た感じがするんだよね……あ、先生、来たね〉


五秒後、担任の堀内先生が入って来た。彼女は最前列の真花が普段と違う様子なのに気付いたようだけど、何も言わなかった。たぶん、コンタクトにしたとでも思ったんだろう。


その後、昼休みまでは何も無く過ぎて行った。



★★★



昼休み、食堂に向かう前に紗理奈は、榊原澪さかきばらみおからメッセージが入っているのに気付いた。内容は、『金曜の放課後、空いてる?』といったもの。紗理奈は真花に〈ちょっと待って〉と言ってから、短く『大丈夫だけど』と返しておいた。

その間、紗理奈と真花まはなの周囲では、懐かしいヒソヒソ話が交わされていた。入学当初に良く聞かされていた奴だ。


「ねえ、小川さん、コンタクトにしたのかな?」

「前にしてたのが、伊達眼鏡だてめがねだったって可能性もあるよ」

「ダサい黒眼鏡だったもんね」

「でも、何で?」

「本当は可愛い顔だってのを、隠したかったからとか?」

「あの子、初等部の時はイジメに遭ってたからじゃないかな?」

「えっ、そうなの?」

「中等部に来てからも、最初は色々とやられてたみたいだよ」


〈ねえ、紗理奈、早く行きましょう?〉

〈そうだね〉


その後、食堂に行っても、ヒソヒソ話は収まらなかった。さすがに初日から呼び出される事にはならなかったみたいだけど、悪意を持った女子達からの呼び出しを受けるのも、このままだと時間の問題だろう。

紗理奈は、「呼び出しを受けた際の『ムシ』としての対処方法」を、心話で真花に軽くレクチャーしておいた。


だけど、そんな必要は無かったのかもしれない。

そう思えるような事が、その日の午後に起きてしまった。と言うのは、午後から体力テストがあったからだ。実力テストは四月にやるけど、例年、体力テストは入学して少し経ってから行っているらしい。


ちなみに主要教科の学習は、タブレット端末とヘッドセットを使って、各自の進行度合いに応じたカリキュラムで行うEラーニングが基本。でも、体育や美術や音楽といった実技科目は、昔ながらのスタイルでの授業が行われている。

と言っても抜け道はある訳で、小学校の最終学年の時の紗理奈のように、作品を送ったり録音データを送ったり、体育の場合はスポーツジムでの活動実績に置き換えてもらう事だって可能だ。それらは、精神的な理由とかで登校できない引き籠りの子の助けになっている訳で、それも都会の公立校の極端なレベル低下が原因のようだ。

となると、何で登校するのかって話になるんだけど、その理由は学習だけでは得られない友人関係とかの、いわゆるコミュ力を磨く為とされている。だけど、その事が教師達のイジメ放置の方便に繋がっている面もあるのだとか……。


さて、この日に行われた体力テストにおいて、紗理奈と真花の二人は、完全に無双してしまった。

特に紗理奈の場合、多少は手抜きしたにも関わらずのやらかしである。そこは適当にやるのではなく、予め中学生女子の日本記録とかを確認しておくべきだった。

紗理奈が「ムシ」になったのは、昨年の六月。つまり、体力テストは終わっていた訳で、彼女もまた今回が「ムシ」になって最初のテストだったのだ。


更に真花の場合は弱視なのもあって、運動全体に苦手意識を持っていたのが災いした。「ムシ」になった事で、こんなに早く身体スペックが向上しているとは思わなかった彼女は、手抜きなど一切無しでの全力投球。その結果が、従来とは桁外れの記録のオンパレードである。

紗理奈とは学籍番号が離れていて、別のグループにされたのも良くなかった。それに、元から真花は他人に関心が無い事もあって、周囲で騒がれていても気付かない。そもそも、ヒソヒソ話をされているのは朝からずっとの事なので、今更である。

それでも、真花なりに何となく気にはなったようで、途中で紗理奈に訊いてきた。


〈ねえ、紗理奈。なんか今日の私って、身体からだの調子が良いんだけど〉

〈それって、「ムシ」になったからなんじゃないの?〉

〈えっ、目が見えるようになったのは分かるんだけど、「ムシ」になると身体の調子が良くなるの?〉

〈私の場合、前より速く走れるようになったけどね。逃げなきゃなんない時とか、助かってるよ〉

〈私、前の記録なんて覚えてないから分からないよ。一緒に走った子が、なんか遅いなあとは思ったけど〉

〈実は、私もなんだよね。私って、昔から走るのは速い方だったから、ハッキリとは言えないんだけど……〉


いや、そう言う紗理奈だって、五十メートル走は相当にヤバい記録だったようだ。

他には、立ち幅跳びとハンドボール投げといった種目だろうか?

二人とも、それらの種目の時は、体育教師の顔を輝かせる結果になってしまった。

そして、それは尾ひれを付けた噂となって瞬く間に校内に広がって行く訳で、既に入学当初にやらかしている紗理奈のみならず、真花についても安易に呼び出しを受ける事は無くなった。


ともあれ、この事で紗理奈と真花の金髪少女二人は、いよいよ文武両道、才色兼備の才媛として持て囃されるようになって行ったのである。




END067


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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