066:首都圏で四人目の「ムシ」(2)
◇2041年5月@東京都江東区 <小川真花>
東京の夜の空を舞う四人の「ムシ」達が最初に辿り着いたのは、東京スカイツリータワーだった。江東区のタワマン最上階にある小川真花の自室からも見える、東京で一番高い建造物だ。たぶん、距離的に言って、五キロくらいしか離れていないって気がする。真花の意識としても、この辺は「近所」って感じだ。
いつもだと東山紗理奈や榊原澪は、二つある展望台の屋根に座ったり、密かに中へ入り込んで休んだりするらしい。でも、今は地上と第一展望台との中間辺りの鉄骨の梁に、四人並んで座っていた。吉岡苺が、第一展望台まで一気に辿り付けなかったからだ。
そういう時は一番大きな翅の紗理奈なんかが、ひょいと持ち上げてやればいいみたいに思うのだけど、生憎とそういう事は出来ないらしい。それは、「ムシ」である時の身体には実体が無いからで、例えば「ムシ」同士で抱き合おうにも、両方の子の手がお互いをすり抜けてしまうのだそうだ。
うーん、それはそれで、少し切ないかも……。あ、でも、女同士なんだから、まあいっか。
実を言うと苺だって、途中で何度か「ムシ」を解除して休みながら少しずつ上がって行けば、上まで行けなくもないそうだ。実際、タワマン最上階の真花の部屋へは、そうやって上がって来てくれたらしい。
でも、〈ここじゃ、そこまでやる事ないから〉と紗理奈が言って、この梁に座る事になった。
ここからでも夜景は、とっても綺麗だ。目の前のいっぱいの灯りのひとつひとつに人がいて、それぞれの生活をしてると思うと、何だか自然と温かい気分になってくる。
尚、真花の場合は、てっぺんまで余裕で飛んで行けそうだ。真花は、自分の「ムシ」としてのスペックに一応は満足だった。
紗理奈によると真花の翅は、「ミッド」と呼ばれる中間のサイズの翅よりだいぶ大きいとの事。それでも、「タテハ」の澪の翅よりは小さいし、まして紗理奈の翅とは比べるまでもない。紗理奈の翅は、長い尾状突起を持つ特殊な形状で、翅のサイズは全ての「ムシ」達の中で最大。今の所、唯一の「アゲハ」なのだという。
それに、苺の翅も特殊で、「シジミ」と呼ばれているらしい。まあ、苺の翅のサイズは、見るからに違ってはいるんだけど……。
その苺は、翅のサイズも身体のサイズも人より小さいっていうのに、態度だけは何故か大きい。真花の事も、いきなり呼び捨てだ。
〈ねえ、紗理奈。真花が「ムシ」になって、うちら四人になったじゃん。てことは、こないだ言ってた「東京ファミリー」の発足になるんじゃないの?〉
〈たぶん、そうだね。今の私達は、天音さん直属って事になってるんだけど、それって一時的なもんだし……〉
天音さんというのは、最初に「ムシ」になった人で、今は「クイーン」と呼ばれているそうだ。全ての「ムシ」は「クイーン」の下に組織された、幾つかの「ファミリー」に所属しているらしい。
〈今度、天音さんに言っておくよ。まあ、否決される事は無いと思うけど〉
〈そっか。てことは、今日が東京ファミリー発足の日だね。だったら、お祝いしなきゃだよ。どうする? 東京ネズミーランドでひと暴れしちゃう?〉
〈それ、こないだやったばっかじゃない。それで、天音さんに小言、言われちゃったでしょう?〉
ゴールデンウィークの前半、紗理奈達はネズミーランドに入り浸って、色々とやらかしたらしい。「ムシ」の身体には実体が無い分、何処へでも自由に入り込めちゃう。それで、やりたい放題が出来るそうなのだ。
〈まあ、どっちみち今日は真花が「ムシ」になったばっかだからさ。別の日にしようよ。真花は、ご両親の方は大丈夫なの?〉
紗理奈が訊いたのは、何も言わずに出て来て怒られないかという事だろう。
〈両親は、たぶん遅くなると思う。でも、姉と妹が心配かも〉
〈そっか。じゃあ、もう少ししたら、一度、帰った方が良いかもね。その後で、まだ外へ出たいんだったら付き合うよ〉
という訳で、取り敢えず真花は、江東区のタワマン最上階の自宅へ戻る事にした。その際、紗理奈と澪が一緒に付いて来てくれて、天井から出入りする方法を教えてくれた。
と言っても、ただ念じるだけなので、慣れれば意識すらしないで出来るとの事。逆に最初は、そこに壁があると思って身構えちゃうから、上手く行かない事があるらしい。大事なのは、先入観を無くす事なのだそうだ。
〈壁とか天井とかを通り抜けるって思うと、誰でも最初はギョッとしちゃうんだよ。私達だって、今まで生きて来た十二年間の記憶がある訳じゃない。だから、「壁は固くて、空気だって通さない物」って思い込んじゃってるんだよね。まあ、苺みたいな何にも考えてない子は違うんだろうけど……〉
〈こら、紗理奈。アタシのいない所で、そういう悪口、言わないでくれる?〉
〈ふふっ、しっかり聞いてるんだ。てことは、こっちに向かってるって事?〉
〈ふーんだ〉
どうやら、苺もちゃんと付いて来てくれてたらしい。
紗理奈達が天井からの出入りを勧めてくれたのは、窓からだと他の人にバレ易いからだという。出入りの際、どうしても窓の外が光ってしまうのが原因なのだとか……。
〈誰もが寝静まった深夜ならまだしも、それ以外の時は天井からの出入りの方が無難だよ。と言っても、真花の家が最上階だから出来るんだけどね〉
なるほど、確かにそうだ。
〈最上階じゃない人は、どうしてるの?〉
〈バラバラなんだけど、一番良いのは、普通に外へ出て、人目に付かない所で変異するってやり方かなあ〉
でも、そうやって深夜に外へ出て行く事自体、家の人に見咎められたら意味が無いので、それも一長一短らしい。そうなると、トイレから外へ出たり、隣の人が不在の場合は、そっちを経由したり、本当に色々な方法があるみたいだ。
〈要は、自分に合った方法を見付ける事なんだけど、それも本当はカミングアウトして、家の人の協力を得られるようになるのが一番らしいけどね〉
そう言う紗理奈とて、自分が「ムシ」である事は家族の誰にも明かしていないそうだ。
私の場合は、どうなんだろう?
そんな事を思いながら、真花は心話で「ムシ」の仲間の三人に「ありがとう」と「バイバイ」を言って、自分の部屋に戻った。
既に妹の唯花は帰っていて、隣の自室にいるようだ。そんな事がハッキリと分かってしまう辺りも、きっと「ムシ」の能力なんだろう。
一方、姉の千花の気配は無い。
だけど、それから十分もしないうちに部屋のドアがノックされて、「真花、帰ったよ」と声が掛かった。
「どうしたの、ボーっとしちゃって」
「あ、いや、お姉ちゃん、お帰り」
「うーん、なんか変ね。ちゃんと、ご飯は食べたの?」
「うん、冷凍庫のグラタン、チンして食べた」
「ふーん。あんた、あれ好きだもんね……。なんか、疲れてるみたいだから、今日は早く寝なさいね」
姉は、その後で唯花の部屋へ行き、同じような事をやっている。ところが、唯花の方は「うるさい」だの、「いちいち帰ったとか言わなくて良いから」だのと手厳しい。
確かに、姉の千花はおせっかいだ。
改めて真花は、姉の帰宅に間に合って良かったと思った。妹は騙せても、あの姉を騙せる自信が真花には無かった。
そういや、さっきの千花からは、ほんのりとワインの匂いがしていた。お酒は二十歳になってからなのに、お姉ちゃん、もうお酒とか飲んじゃってるのかな?
いや、それより、澪が私からも白ワインの匂いがするって言ってなかったっけ? 案外、それって、お姉ちゃんのせいなのかも……。
結局、この日はもう外へ出る事は止めにして、いつもよりも早めに寝る事にした。明日からは、まだ学校だからだ。
だけど、ベッドに入った時、自分が明日からの事を思ってワクワクしているのに気付いて、真花は思わず苦笑してしまった。
「ムシ」になって東京ネズミーランドへ行くのも楽しみだけど、学校へ行くだけでも昨日とは違うって気がする。なんか、今の自分は何だって出来るって気がするのだ。
END066
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できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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