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065:首都圏で四人目の「ムシ」(1)

◇2041年5月@東京都江東区 <小川真花>


小川真花(まはな)は、今朝、目覚めた時からあったイライラした感情というか、身体からだの微妙な違和感のようなものが、昨日のショッピングモールでのトラブルのせいじゃないと気付くのに、半日以上を費やしてしまった。

思い起こしてみれば、一昨日おとついのみどりの日、東山紗理奈(さりな)榊原澪さかきばらみおが、わざわざ自分を呼んで助言してくれていたのだ。つまり、これが「ムシ」になる予兆という事なんだろう。

その事に思い至った真花は、紗理奈のスマホにメッセージを入れてみた。


『私、ひょっとして今日、「ムシ」ってのになるかも』


返事は、直ぐに来た。


『それ、ひょっとしてじゃないから。私も澪も苺でさえ、ちゃんと朝から気付いてたから。だから、夕方になるまでは、そこで大人しく待ってなさい』


いちごというのは、三人目の「ムシ」の吉岡苺って子の事だろう。まだ会った事が無いけど、話には聞いている。真花以上にちっちゃくて、歌って踊るのが大好きな子なのだとか……。


真花は、紗理奈のメッセージで安心して、夕方までは勉強して過ごした。


夕方になっても、姉の千花ちはなと妹の唯花ゆいかは帰って来なかった。両親は今日から仕事だとかで、朝早く会社へ行ったまま。どうせ、今日も帰宅は深夜になるに違いない。

真花は、レタスの上にシーチキンを載せたサラダと、冷凍になっていたグラタンで簡単に夕食を済ませると、歯磨きをして部屋に引き籠った。


時刻は、午後六時になったばかり。五月なので、まだ外は明るい。

さっきから、身体の違和感がどんどんと増しているって気がする。そういや、身体が光るんだっけ?

そんな事を思い出して、じっと手のひらを見る。良く分からなかったので、部屋の明かりを消してカーテンを閉めると、ぼんやりだけど本当に光っていた。


ええーっ、嘘でしょう?


いや、嘘じゃないみたい。でも、これって現実なんだろうか?

真花は急に背筋がぞくぞくして、思わず身震いしてしまった。


紗理奈と澪の話、嘘じゃなかったんだ!


その事に思い至った時、突然、凄く心細くなった。さっきまでは頭で理解していても、どこか現実感が無かったっていうか、本当の意味で信じていなかったんだと思う。


真花は、急に紗理奈に会いたくなった。

この時、ようやく彼女は気付いた。紗理奈って、私が生まれて初めて出来た友達なんだ!

真花が思わず、〈紗理奈、来てよ!〉と心の中で呟いた途端、〈ごめん、今から行くから、五分だけ待ってて!〉という言葉が頭の中で響いた。

更に、〈えっ、これ何?〉と呟くと、〈心話だよ〉と返ってくる。


一昨日おとつい、説明してあげたじゃない。えーと、テレパシーって言えば分かるかな? 声を出さずに、心で思っただけで会話できるの。近くっていうか、うちと真花の所ぐらいの距離だったら、こうやって四六時中話せるから、凄く便利だよ〉


何だか、本当に何でもアリって感じだ。


〈ふふっ、最初は驚くよね。あ、それと澪は、もう出たみたいだから、そっちの方が早いかも。苺は……、まあ、どうでも良いっかな〉

〈ちょっ、ちょっと紗理奈。アタシの扱い、酷くない?〉

〈別に良いじゃない。苺なんだし〉

〈むぅ〉


思わず、〈くすっ〉と笑ってしまった。そしたら……。


〈もう、あんたまで笑わないでよー〉


怒られてしまった。

そして次の瞬間、窓の外がパッと光ったかと思うと、目の前に現れたのは、銀色の光の少女。そして、彼女の背中にあったのは、丸っこい二対の赤い翅……?

だけど、その少女が纏う光は直ぐに弱まって行って、少しピンクい感じの金髪少女に変わってしまったのだった。



★★★



〈ジャジャジャジャーン! 美少女戦士、いちごちゃんの登場だよー〉


まるで魔法を見せられたような状態の真花まはなの耳に、甲高い少女の能天気な声が響いた。

紗理奈から聞いてる吉岡苺って子が彼女なのは、どうやら間違いなさそうだ。

目の前の子は本当に小柄な少女で、すっごく可愛いってのも前評判通りなんだけど……、うーん、なんか思ったのと違う?


〈こ、こら、何で疑問形になっちゃうの? そこは断定しなさいよ〉

〈だって、そういう所、あんまり可愛くないっていうか……〉

〈どこがよ?〉

〈そういうグングン来る所っていうか……〉

〈あのね、アタシはアイドル志望なの。そういうのって押しが強くないと、スカウトマンとかプロジューサーとかの目に留まんないじゃない。他人を蹴落としてでも前に出るって性格じゃないと、有名にはなれないもんなのよ〉

〈えっ、でも、「ムシ」って有名になっちゃいけないんじゃ……〉

〈あのさ、「ムシ」だってのは隠すに決まってんじゃん。別に、両立できないって訳でもないんじゃない?〉

〈それはそうかもしんないけど……〉

〈まだ、何か言いたいの?〉

〈あ、いや、そういう訳じゃ……〉


何だか、やたらと突っかかって来る子だ。

そう思って、改めて彼女を見ると、最初に見た時は背中にあった赤い翅が、いつの間にか無くなっている。今は、どう見たって普通の女の子だ。と言っても、髪はピンクいブロンドヘアだし、肌は白くて二重の大きな目は薄茶で顔は小さくて可愛い。いや、全体的にちっちゃくて本当にお人形さんみたい。

服装は、長袖のシャツにホットパンツと網タイツ。えーと、それから……。


〈あんた、土足じゃないの。靴ぐらい脱いでよ〉

〈別に良いじゃん。どうせ、直ぐに外へ出るんだから〉

〈えっ、そうなの?〉

〈あ、紗理奈とみおだ〉


次の瞬間、突然、天井から二人の少女が落ちて来た。



★★★



普通、天井から女の子が落ちて来るなんて事は有り得ない。しかも、ここはタワマンの最上階なのだ。

だけど、そうとしか言いようがないのだからしょうがない。


〈間に合って、良かったあ!〉

〈ふふっ、紗理奈ったら、相当に飛ばして来たんじゃない?〉

〈まあね。地上なら、五十メートル走って感じかな?〉


真花まはなは、そんな二人の会話よりも足元の方が気になった。


〈もう、二人とも土足じゃない〉


先に「来てくれてありがとう」を言うべきなのに、そんな小言が口から出ちゃった辺り、そんだけ動揺してるって事なんだろう。


〈あはは、真花ったら、口なんて使ってないじゃない〉

〈ふふっ、大丈夫だよ。こうして少しでも光を纏っていれば、土が床に付いたりしないから〉


紗理奈とみおが笑っている。

ところが、紗理奈がいちごの方をチラッと見た途端……。


〈こら、苺。あんた、今頃になって光を纏っても遅いんだからね〉


つまり、苺は完全に土足で真花の部屋の真ん中に立っていたって訳だ。

そうして改めて三人の身体からだを見ると、確かに少しぼやけている感じがする。更に、それは真花の身体にも言える訳で……。


〈なるほど。そろそろだね〉


紗理奈の言葉がキッカケになったとでもいうかのように、真花の身体に纏う光が急に強まった。

三人の「ムシ」達の視線が、真花に向かっている。いや、正確には真花の背中に向いている感じ……って事は、ひょっとして?


〈真っ白だね〉

〈うん、真っ白。真っ白って、誰かいなかったっけ?〉

〈「モクレン」じゃない? ほら、沙良さらさん〉

〈えーと、茨城の人だっけ?〉

〈そうだけど……、でも、澪、なんかお酒の匂いしない?〉

〈白ワインだと思うよ〉

〈てことは、沙良さんとは違うのかな〉

〈沙良さんって、フローラルな香りだって話だもんね〉


紗理奈と澪の間で何やら言葉が交わされていたけど、真花の方は、それどころじゃなかった。

どうやら、背中に巨大な翅があるらしいのだ。「らしい」というのは、首を捻っても「壁」としか認識できない為で、真花自身、自分の身に何が起こったのか判断に苦しむ状況だった。

それを打ち破ったのは、苺だった。


〈もう、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行こうよ。ほら、真花だっけ? 「上に行きたい」って願ってみなよ〉


その子の言う通りにした途端、真花の身体からだが急に浮き上がったかと思うと、そのまま天井を突き抜けて上昇を続け、気が付くと自宅のあるタワマンの上空に浮かんでいた。周囲には、三百六十度に広がる東京の夜景……。

思わず〈うああ、綺麗!〉という言葉が口から零れ落ちた。


〈だから、口からじゃないんだってば。今の真花は、思っただけで相手に言葉が送れるんだからね〉

〈そういや、心話って言うんだっけ?〉

〈そうそう。そろそろ覚えたら?〉


確かに、こうして「ムシ」になった状態だと、心話じゃないと言葉が相手に伝わらない。だって、「ムシ」は「声」が出せないんだから。


〈さあ、真花。行くよ〉


またもや、紗理奈の言葉が頭の中で響いた。そっちに目をやると、一昨日おとついにも見た「アオスジ」の姿がそこにあった。だけど今は、二対の翅の全体が見える。すっごく大きい。それに、綺麗でカッコ良い。

その隣には、「カラクサ」の姿。こっちは優雅っていうか、何となくエレガントで上品な感じがする。

そして、下の方に浮かんでいる赤いちっちゃいのが、きっと苺なんだろう。


〈こら、真花。ちっちゃい言うな!〉


いきなり、苺から叱責が飛んで来てしまった。うーん、思った事がそのまま伝わるって、意外と不便な事もあるんだなあ……。


〈ふふっ、慣れれば、相手に伝えたい事だけ伝えられるようになるから、大丈夫だよ。最初のうちは、練習あるのみだね〉


その直後、「アオスジ」と「カラクサ」が動き出した。真花が『後を追い掛けなきゃ!』と思った途端、周囲の光が流れ出す。

いや、違う。動いてるのは、私だ。


飛んでる。私、空を飛んでる……。


改めて、そんな感動が胸に込み上げてきた。


「ムシ」になるって、凄い事だったんだ!


そんな思いを胸に抱いたまま、真花は先輩の「ムシ」達の後を追って、巨大な白い翅を大きく羽ばたかせた。




END065


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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