064:真花の苦難(5)
◇2041年5月@東京都江東区 <小川真花>
ゴールデンウィークの最終日、小川真花は、朝から最低の気分でいた。
昨日は、妹と共にショッピングモールで変な男達に絡まれて、何処かへ連れ去られそうになるといった醜態を晒してしまった。最後は姉の千花に助けられたものの、家に帰った後で何がどういけなかったかを事細かに説明され、今後の改善を促された……と言えば聞こえは良いが、要は長々とお説教されたって訳だ。
だけど、良く考えてみれば、姉の千花だって悪いのだ。自分から「一緒に買い物に行こう」と誘ったにも関わらず、相変わらず自分の買い物に夢中になった挙句、可愛い妹達を置き去りにしたんじゃないか!
そんな風にベッドの上で憤ってはみたものの、そんな鬱憤を姉にぶつけられる筈もなく、真花はグッと飲み込んで起き上がる。
最低限の身だしなみを整えてリビングへ出て行くと、既に千花はいなくなっていた。
真花は、自分の分の食パンをトースターに入れて、コーヒーメーカーのサーバーにあったコーヒーをマグカップに注ぐ。そして、テーブルにいた妹の唯花に何気なく、「お姉ちゃんは?」と尋ねてみた。
「どっか行った」
唯花の返事は、そっけなかった。
その為、真花の対応も少々刺々しいものになる。
「どっかって何処よ?」
「彼氏とかはいないみたいだから、どうせ女友達だと思うよ。ほら、大学に入ってから新しい知り合いが増えたじゃない。ここらで、そういう人達との関係を強固にしておく必要があるって訳。真花ちゃんは何も考えてないみたいだけど、有益な人脈を構築して維持するには、それなりの戦略と労力が必要なの」
休日の朝のけだるい時に、何やら難しい事を言われてしまった。しかも相手は、小学三年生の妹だとか、冗談じゃない!
「あ、あの、真花ちゃん、顔が怖いよ」
「お姉ちゃんでしょう!」
真花は、唯花が未だに自分の事を「ちゃん」付けで呼ぶのが、前々から気になっていた。自分は四つも年上の姉なのだ。
だけど、当然、妹にも言い分がある訳で……。
「だって、いちいち『真花お姉ちゃん』とか呼ぶのって面倒じゃん。それに、真花ちゃんって、イマイチ『お姉ちゃん』って感じじゃないんだよね。あたしの方が精神年齢、高いって気がするしー」
「あのさあ、昨日、危ない所、助けてあげたじゃない」
「そっかなあ? 助けてくれたのは、千花お姉ちゃんだったと思うんだけどー。あれ? あたし、夢とか見てた?」
「もう、唯花のバカっ!」
口喧嘩すら面倒になった真花は、投げやりに言って会話を打ち切り、トーストに噛り付く。前はバターを塗っていたけど、太るから最近は塗らない。
そうして、姉の事は頭から無理やり追い出して、別の事を考えた。
そういや、榊原澪の所は家政婦がいたっけ? それに、確か東山紗理奈の所にもいるって聞いた気がする。
「何で、うちには家政婦がいないんだろう?」
「前にママが言ってたよ。『娘が三人もいるのに、家政婦なんて必要ありません!』だってさ」
有明システムズの管理担当役員である母の小川千秋は、とにかくケチだ。前に父の聡介が、「ITベンチャー企業には似合わない人なんだよなあ」とぼやいているのを聞いた事がある。研究開発費とかも、母の裁量でビシバシ削られてしまうのだとか……。
「それにしても、昨日は酷い目に遭ったよ。あたし、『もう、ぜーったいに千花お姉ちゃんとは、買い物に行かないからねっ!』って宣言しちゃった」
どうやら、さっきまでは姉の千花がここに居て、唯花の文句を聞かされていたようだ。案外、三姉妹の中で一番の強者は、末っ子の唯花なのかもしれない。
ちなみに、その唯花が大人っぽい口調で話すのは、真花と母の千秋の前だけである。姉の千花に対しては少し子供っぽくなるし、まして父の聡介の前だと、未だに幼稚園児のような甘ったるい口調で話すのだ。
「だから真花ちゃんも、そんなに落ち込む事は無いと思うんだけど、千花お姉ちゃんが言ってたのも事実なんだよねえ。まあ、紗理奈さんや澪さんが近くにいれば、だんだんと変わってくるとは思うけど……」
そこで、唯花はサッと立ち上がって、「じゃあ、あたし、そろそろ行くね」と言った。
「あれ、唯花もどっかへ行くの?」
「今日は、夢香ちゃんと一緒に、銀座のデパートでお買い物。本当は彼女のご両親がやってる画廊にも誘われたんだけど、目が良く見えないからって断っちゃった。デパートだと店員さんが色々とアシストしてくれるでしょう? と言っても、本当は何となく見えてるんだけどね。まあ、お姉ちゃんもそうだと思うけど……」
真花も弱視ではあるけど、普通の障碍者とは違うって気がする。と言うのは、何となく物の形だとか、それが何なのかが分かってしまうのだ。そして、その能力は同じ弱視の唯花にもあるらしい。
たぶん、それも東山紗理奈や榊原澪が言う「ムシ」の能力って奴なんだろう。
「お姉ちゃんもさあ、一度、姫香さんを誘ってあげたら? あ、でも、彼女って足が不自由みたいだから、紗理奈さんか澪さんもいた方が良いかもだね」
「えっ、足が不自由って?」
「そんなの、見てれば分かるじゃん。やっぱ、お姉ちゃんって、他人に関心が無いんだと思う。コミュ力の基本は、そこからだと思うよ」
そこで真花は、こないだカラオケに行った時、他の子達が立っても姫香だけが座ったままだったのを思い出した。
「まあ、千花お姉ちゃんは真花ちゃんをボロクソに言う事があるけど、真花ちゃんだって、割と自分の意見を言える方だと思うよ。昨日は、確かにちょっと情けなかったかもだけど、あたしだって同罪だったと思うし……、コミュ力以外は、あんまり悲観する事も無いんじゃないかな……あ、そうだ」
そこで唯花は、ふと思い付いたように言った。
「そういや、真花ちゃん。今回の実力テスト、過去最高だったんだって?」
「それって、先月の話だよ。今頃になって気付くなんて、遅くない?」
「いやいや、真花ちゃんが何も言ってくれないからでしょう。言わなきゃ分かんないんだよ」
「まあ、そうかもしんないけど……。で、お姉ちゃんは何て言ってたの?」
「なんか、すっごく褒めてた。千花お姉ちゃん、学年一桁とか取った事が無いって言ってたよ」
「えっ、そうなの? あ、でも、私より紗理奈の方が凄いよ。あの子って学年一番で、しかも全国一桁なんだけど」
「ええーっ! 紗理奈さんって、そんなに凄い人だったのーっ?」
「こ、こら、唯花ったら、驚き過ぎ」
「あ、ごめん……。でも、学年四位でも充分に凄いと思うよ。東大だって、行けちゃうんじゃない?」
「さあ、どうなんだろう? てか、まだ中等部に上がったばっかなんだから、いくらなんでも気が早すぎるよ」
「それもそっか……。じゃあ、あたしは行くね」
そう言い残して、唯花はダイニングから出て行ってしまった。きっと最後の方のは、唯花なりのフォローのつもりだったんだろう。
本当に、実力テストの成績なんて、全然、大した事なんて無いのだ……。あ、そういや、「ムシ」になると今より頭も良くなるんだったっけ?
唯花は、真花の実力テストの結果を褒めていたけど、たぶん、頭が良いのは唯花の方なんじゃないかと真花は睨んでいる。彼女は、相手によって話し方を変えられるのだ。しかも、それに伴って見た目の印象まで変えてしまうのだから、本当に凄い。
昨日の唯花は、まるで幼稚園児みたいだったけど、あれはあれで彼女の処世術だったのだ。真花と同じで実年齢より下に見られがちな彼女は、それを逆手に取って、無垢な幼女のフリをする事が多い。だから昨日の男達も、きっと彼女を幼稚園児だと思っていた事だろう。
つまりは、「人それぞれの戦い方がある」という事なんだと思う。
姉の千花の場合、女としての魅力もそうだし、人当たりの良さっていうかコミュ力だってそうだ。てか、あの人の場合は多才すぎて参考にならないって気がする。
真花は、『私にとっての武器って何だろう?』と改めて考えてみたのだが、少しだけ頭が良い事以外、何も思い付かない。
てか、考えれば考えるほど、三姉妹の中での自分がミソっかすに思えてくる。
ああもう、イライラする!
いつの間にかトーストを食べ終えていた真花は、残りの冷たくなったコーヒーを一気に飲み干して、溜め息交じりに立ち上がった。そして、妹の唯花の分も一緒に素早く洗い物を済ませると、もやもやした気分のまま自室へと戻って行った。
END064
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★★★
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いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
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