063:真花の苦難(4)
◇2041年5月@東京都江東区 <小川真花>
小川真花は、姉の千花が苦手である。嫌いかと言われると速攻で否定してしまうけど、そうかと言って、手放しで「大好き!」と言えるかというと嘘になる。つまり、真花の千花に対する感情は、かなり複雑なのだ。
真花は、姉の千花に対して、二律背反した感情がある。姉を慕っている反面、姉の事が羨ましくて仕方がない。
その一方で真花は、姉の千花が自分を無条件に好きでいてくれているのを知っている。
その姉は、見た目が良くて愛想が良くて誰にも好かれる人だけど、実は相当な腹黒で計算高く要領が良い。味方であれば心強いけど、敵に回すと実にやっかいな人なのだ。
真花は、そんな姉の恐らく数少ない弱点が、「身内に甘い」という所だと思っている。
真花が知る姉の千花は、三姉妹の中でもっとも優秀だ。心技体のバランスが取れていて、ほとんど欠点が見付からない。
通常、娘が三人以上いれば、一番に割を食うのは真ん中と相場は決まっている。と言うのは、真花が読んだ小説だと、たいてい二番目の娘の扱いが最悪だからだ。真花は、二番目が幸せな結婚をしたなんて小説は、この世に存在しないんじゃないかとも思っている。
通常、見た目が地味で大人しい性格。人付き合いが苦手で、本ばかり読んでいる。そんでもって、意地悪をされて陥れられるか、親や他の姉妹に尽して独身のまま一生を終えるっていうのが、三姉妹や四姉妹で二番目の役割なのだ。
そうした多くの小説とかの例に漏れず、小川家での真花の役割もまた、地味で目立たない子といったものだ。特に見た目に関して言えば、姉の千花と真花との違いは歴然としている。
姉の千花は、男女共に誰もが認める美人。身長は決して高いとは言えないが、女子の平均である百六十センチはクリアしている。それほど大きな胸ではないものの、それなりにメリハリのあるボディーである辺りは、中学生になっても未だに幼児体型の真花にとって、まさに垂涎の的だ。
ほどほどに茶色い髪や瞳の色も、真花には羨ましい限り。特に髪の毛は、「生れ付きなんです」と言って、ギリギリ納得してもらえる範囲内なのだから……。
本当を言うと、その千花も初等部の時、髪の毛を染めたと担任教師から言い掛かりを付けられた事がある。しかし、その時は友人達や他の教師達を上手に巻き込んで、逆に、その教師を弾劾した上に学校から追い出してしまった。
実は、真花が金髪にも関わらず、最初に教師達から強い指導を受けなかったのは、そうした千花の過去があったからなのだが、その辺の事情を真花は知らない。
しかし、二人が六つ違いという事は、真花が入学した時点で千花は既に中等部。私立とはいえ教師の入れ替わりはある訳で、真花が三年生になった二年後には、千花がやった事など薄れ掛けた過去の記憶となっていてもおかしくなかったのだ。
そうして、真花もまた人と違う髪色がきっかけとなって、他の「ムシ」達と同様のトラブルに巻き込まれてしまった訳である。
★★★
真花は、小学生の高学年になっても、家族でショッピングモールに行くのは嫌なままだった。両親の行動が、いくら文句を言っても改まらなかったからだ。
とはいえ、真花は妹の唯花と共に、迷子にさせられた時の対処方法を色々と考えてもいた。
そうして思い付いた方法のひとつが、「自分から迷子センターへ行っちゃえ!」作戦だったのだ。
迷子センターでは、優しい大人達がもてなしてくれる筈。その間に両親を探してくれて、その上、両親に厳しいお説教というか、とても有難い指導をしてくれる。まさに、一石三鳥じゃないだろうか?
だけど、小学生でも高学年になると、正直、迷子センターへ行くのが恥ずかしくなってくる。実際には、真花は発育が遅い上に早生まれなので、優に二学年は下に見られがちなのだが、それでも恥ずかしいのには違いないのだ。
でも、ここは我慢。多少恥ずかしさはあっても、背に腹は代えられない。
そうして、まだ幼い唯花の手を引いて決死の思いで辿り着いた迷子センターだったのに……。
最初、職員の人達は、なかなか目を合わせようとはしてくれなかった。そんな大人の人に無理やり話し掛けるなんて高度なコミュ力など、当然、真花は持っちゃいない。
やがて、まごまごしている真花の前に、タブレット端末が差し出された。
What can I do for you?
真花が通う初等部では割と自由にカリキュラムが選べるので、正直、これくらいの英語なら分かる。分かるんだけど……。
「あの、私達は日本人ですけど」
「ニホンゴ、オジョウズデスネー」
「そうじゃなくて、私、日本人なんです。それと、迷子なんですけど……」
「スイマセン。アナタノエイゴ、ワカリマセーン」
「ワン、モア、プリーズ?」
疲れる。とっても疲れる。
結局、真花は、その場から逃げ出してしまった。
★★★
真花は、小学三年生になった時から両親にスマホを持たされている。だけど、このスマホは相手が情報を受け取ってくれないと意味をなさない。その為、最近は両親のスマホのGPS機能をオンにしてもらって、こっちで居場所を追跡するようにしているのだが、これがそんなに簡単ではない。一ヶ所に居てくれれば良いのだが、あちこち動き回っちゃうからだ。
そういう時こそ姉の千花にフォローして欲しいんだけど、あいにく高校生になってからの千花は、家族での買い物に来てくれなくなった。
だけど、その姉は姉で、何故か真花と唯花を買い物に誘いたがる。そのくせ、ショッピングモールに着くと、いつの間にか居なくなってしまうのだ。
そして、そういった姉の千花の悪癖は、今もなお続いている。
現在、真花は、中等部の一年生。千花は大学生で、妹の唯花は初等部三年生だ。
ゴールデンウィーク後半の二日目、こどもの日に小川家の三姉妹は、例によって近所で一番の巨大ショッピングモールに来ていた。
最近の真花には、それなりに見たい物がある。それはオシャレな小物だったり文房具だったりなのだけど、相変わらず唯花が行きたいのは、ゲームセンター。特に、近頃のお気に入りはUFOキャッチャーで、しかも、それを真花にやらせたがるのだ。
「お姉ちゃん、あのぬいぐるみ取って。絶対だよ」
「絶対ってのはムリ。二回やったら、諦めるんだよ」
「大丈夫。お姉ちゃんなら出来るでしょう?」
本来なら、真花の視力だとUFOキャッチャーの操作も難しい。それなのに割と頻繁にぬいぐるみが取れてしまうのは、昨日、東山紗理奈と榊原澪に聞かされた、「ムシ」としての能力なのかもしれない。
あんな風に面と向かって「ムシ」になると断言されちゃったんだもの、ちょっとぐらい変わった能力が備わっていたって不思議じゃない。
そんな風に真花は考えたのだ。
それなのに……。
「キターッ、ボクの理想の美少女キターッ!」
「うわっ!」
突然、真横で大声がして、真花の手元が狂った。その為にUFOキャッチャーのアームは、勝手に何もない所へ落ちて行ってしまう。
真花は、隣にいた大学生ぐらいのキモオタ男子を睨み付けた。
だけど、真花以上に激おこだったのは、唯花の方だった。
「もう、お兄さんのせいで、お姉ちゃんが失敗しちゃったじゃない。どうしてくれんのっ!」
「あ、めんごめんご。ほら、百円あげるから、僕と一緒にやろうよ」
「百円じゃダメ。唯花が欲しいのはねー、あの緑のカワイイ子なの。こうなったら、絶対に取ってよねっ!」
一瞬、男の顔に影が浮かんだけど、唯花が睨むと「分かったよ」と言って、彼女の要求を飲んだ。こうなると、お目当てのぬいぐるみが捕れるまで唯花は彼を許さないだろう。
ところが、今度は四人のチャラい系男子が、真花の方に話し掛けてきた。
「ねえねえ、君、可愛いね」
「それに、その長い髪も綺麗だよねえ。どうやって染めたら、そんな風になるの?」
「てか、顔もマジでチョー綺麗なんだけどー」
「ホント、お人形さんみたいだよねー」
「ぐふふ、僕のビスクドールちゃん……」
キモい言葉のオンパレードで、真花の気分はもう最悪。これだから、こういう所は嫌いなんだ。
ふと後ろを見ると、お目当てのぬいぐるみをゲットした唯花が、満面の笑顔でキモオタ男子に「ありがとう」を言っている。意外にも彼の腕は確かだったようだ。
だけど、その直後に彼はチャラい系男子の一人に絡まれて、この場から退場させられてしまった。すると、別のチャラい系がぬいぐるみを抱えた唯花の写真をパチパチ……。
「こ、こら、唯花。こっちに来なさいっ!」
咄嗟に真花は叫んだけど、唯花が走り出そうとした直後、チャラい系に抱き上げられて足をバタバタさせている。それでも、ぬいぐるみだけは手放さない。
「ちょっ、ちょっと、私の妹に何してんのよっ!」
再び叫んだ真花は、サッと周囲を見渡してみる。でも、生憎と警備員は見当たらなかった。
ああ、もう最悪!
思わず舌打ちした真花は、目の前の男二人と仕方なく対峙する。だけど、男達はニヤニヤしているばかりで、真花を見下しているのは明らかだった。
「ねえ、何で、そんなに怖い顔すんの?」
「せっかくの綺麗な顔が台無しだよ」
「妹ちゃんも一緒で良いからさあ。僕らとカラオケにでも行こうよ」
真花は、思わず一歩二歩と後ずさる。更に下がろうとしたら、男の人が抱き付いて来た。思わず「キャッ」と小さく叫んだ後は、恐怖で声が出て来ない。
その時、頭に浮かんだのは、『もっと早く「ムシ」になっていれば……』という思いだった。だけど、それも今は無い物ねだりでしかない。
「おやおや、お姉ちゃんの方も大人しくなったようだねえ。じゃあ、邪魔が入らないうちに、さっさと行こうかな」
その言葉に真花が、『こいつらに付いて行くしかないかも』と思い掛けた時だった。
突然、甲高い女子の声が辺りに響き渡ったのだ。
「こらーっ! あんた達、私の妹達に何してくれてんのよーっ!」
そこに颯爽と現れたのは、姉の千花だった。
一瞬、彼女の登場で、四人の男達の顔がだらしなく緩む。それだけ千花は、魅力的な女子だからだ。
だけど、その直後に駆け付けた警備員達によって、あっけなく彼ら四人は捕縛されてしまった。
解放されて安堵の息を漏らした真花だったけど、唯花を抱いた千花の顔を見た途端、再び彼女の顔が別の恐怖で固まった。
「真花。あんた、もう中学生なんだから、こういう時の対処法ぐらい自分で考えときなさい。てか、あんたの口は何の為にあんのよ。せめて大声で助けを呼ぶとか出来たんじゃないの?」
「だ、だって、さっきは怖くて……」
「はあ……。やっぱり、あんたとはじっくり話す必要がありそうね」
どうやら、今夜は延々とお説教されそうだ。
そうして今度こそ真花は、深い深い溜め息を吐いたのだった。
END063
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




