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062:真花の苦難(3)

◇2041年5月@東京都江東区 <小川真花>


小川真花(まはな)が五年生になった時、妹の唯花ゆいかが同じ初等っ部に入って来た。

基本的に「無駄な事はしない」が信条の真花だけど、この時だけは色々と唯花の事を気遣った。真花と同じ弱視というハンディーがある上に、色白の綺麗な顔立ちで自分と同じ髪色の唯花が、心無い男子にちょっかいを掛けられたり、女子の妬みに合ったり、教師から理不尽な嫌がらせを受けないかが心配だったのだ。


だけど、幸いな事に彼女の担任の増田先生は、公平で思慮深い上に、優しくて教育熱心な若い女性教師だった。唯花が弱視である事も彼女の金髪が地毛だってのも、ちゃんと分かって適切な配慮をしてくれる。その事を確認すると、心配性の真花も『増田先生に任せておけば大丈夫』と思って安心した。

その後の唯花は、毎日、元気に学校へ行った。実際、イジメに遭ったりはしていないようで、そーっと彼女の教室を覗いてみても、周囲の子と楽しそうに話している様子が伺える。これなら唯花は、普通に学校生活を送って行けそうだ。


だけど、そんな唯花とて、学外ではそうは行かない。

その代表例が、巨大ショッピングモールだ。


真花の両親は基本的に尊敬できる人達だけど、色々と欠点はある。その最たるものが、集中すると他の事が見えなくなる事。それは父と母に共通の欠点で、しかも姉の千花ちはなにも受け継がれている。

そして、その被害を一番に被っているのが真花であり、次が唯花だった。


通常、ショッピングモールなんかは、子供にとっても大好きな場所である筈だ。だけど、両親と一緒に行く際、時に真花にとってはサバイバルの場となる事がある。

真花の両親は、ショッピングモールに到着すると同時に自分の興味の向くままに行動する為、いつの間にか姿が見えなくなってしまうのだ。この悪癖は、小さい頃から繰り返し文句を言っているのに、全く改善される見込みが無く、真花も唯花もほとんど諦めてしまっている。

そして、姉の千花はというと、もはや人数にカウントしない方が良いレベルで、自由に行動してしまう。そもそも真花が小学生になった時点で、千花は中学生。親と一緒の行動を嫌がる年齢だ。はなから当てにする方が間違ってる。


それでも、真花がベビーカーに乗せられているうちは良かった。母が時々買い物に熱中して、少しの間、ベビーカーを手放してしまったりとか置き去りにする事はあっても、完全に放置してしまう事は無かったからだ。そのベビーカーが坂で勝手に動き出しても、誰かが気付いてストッパーを掛けてくれたし、何かにぶつかって強い衝撃を受けた時も、転倒して怪我をするような事にはならなかった。

だけど、真花がベビーカーから降ろされて、代わりに唯花が座るようになった頃から、雲行きが怪しくなってくる。


つい最近までベビーカーに座っていた真花に、いきなりベビーカーを押させる事は、さすがの両親もしなかった。しかし、唯花を乗せたベビーカーを見守らせる事は躊躇なく真花にさせたので、長時間、幼児と乳幼児だけで放置される事になるのが常だったのだ。

それでも、時々は姉の千花が様子を見に来てくれて、唯花のオムツを替えたり、ミルクを飲ませたりとかの世話を焼いてくれる。でも、それが終わると直ぐに姉は何処どこかへ行ってしまい、唯花が泣き出した時とかの面倒を見るのは真花の役目。と言っても、ガラガラであやすくらいしか出来ないのだけど……。


そんな風に真花にとっては、既に「いっぱいいっぱい」な状態だった訳だけど、それでも、その頃はまだ良かった。

何だかんだ言っても、たいていの人は赤ちゃんには優しい。乳幼児を連れ去ろうなんて人は日本だとほとんどいないし、特に年配の女の人とかだと一緒になって面倒を見てくれる。

問題は、唯花がベビーカーを使わなくなった頃からだった。危ない感じの男の人が近寄って来ては、やたらと絡んでくるようになったのだ。


「君達、可愛いね」

「金髪も綺麗だよ」

「なんか、お人形さんみたいだね」

「写真、撮って良いかな?」

「ママはいないの?」

「迷子になっちゃったのかな?」

「僕らがママの所まで連れてってあげるよ」

「そっか。ママが戻って来るのを待ってるんだね」

「ママが来るまで、一緒に遊んであげようか?」

「そうだ。あっちのゲームセンター、行ってみない?」


そういうお兄さん達は決まって、なんか嫌な感じがする。だから真花は、絶対に付いて行かない。

だけど、唯花は違っていた。彼女はゲームセンターが大好きで、そっちへ行きたくて仕方がないのだ。


「こら、唯花。知らない人に付いてっちゃダメだって言われてるでしょう?」

「でも、唯花、行きたーい!」

「あ、唯花、勝手に行かないでよ」

「ほらほら、君も行こうね」


勝手に手を繋ごうとするお兄さんを、真花は身体からだを捻って必死にける。だけど、その間に唯花は、別のお兄さんに付いて行ってしまう。

真花は慌てて追い付いて、唯花の前でしゃがんで通せんぼ。


「だから、ダメなんだってば。お金だって無いんだよ」

「お金なら、僕が出してあげるからさ」

「すいません。妹を『ゆーわく』しないで下さい」

「あはは、『ゆーわく』って何だよ。君は、難しい言葉を知ってるんだね」

「おいおい、君らは何をしとるんだね……」


やって来たのは、制服姿のオジサン。たぶん、警備員なんだろう。

オジサンとお兄さんが話している間に、真花はそっと唯花の手を引いて、その場から離れて行く。だけど、さっきの場所には辿り着けなくて、いつの間にか何処にいるのかも分からなくなっちゃってる……。


「真花ちゃん、お腹すいたあ!」

「お母さん達が居る所に行くまでは、我慢しなさい」


たいだい、こういう時に限って、唯花はぐずり出す。


「ええーっ、だってえ、唯花、もう疲れたあ!」

「だったら、あそこで少し休む?」

「良いけどー、パパとママは、いつ来てくれるのー?」

「あと少しで来てくれるから、大人しく待ってなさい」

「嫌だあ。唯花、パパとママに早く会いたーいっ!」


こうなってしまうと、真花だけではどうにもならない。小さい頃の唯花は末っ子だけに、三人娘の中で一番の駄々っ子。騒ぎ出すと手が付けられなくなる事がある。

お手上げ状態の真花は、気まずい思いをしながらも運を天に任せる事にした。

そして、そんな時に寄って来るのは、どっかの世話好きなオバサンと決まってる。しかも、この時のオバサン達は三人組だった。


「あらまあ、綺麗な髪の毛ねえ。これって、染めてるんじゃないわよね?」

「それより、ガイジンさんじゃないのよね?」

「はい。日本人です。この髪、生まれ付きなんです」

「まあ、珍しいわね」

「それに、ハキハキ喋れて、偉いわ」

「そっちの子は、妹さん?」

「あ、はい」


その時、知らないオバサン達の登場で泣き止んでいた唯花が、再び声を上げて泣き出した。真花は必死に宥めようとするけど、効果が無いのは既に実証済みな訳で……。


「まあまあ、妹ちゃん、こんなに泣いちゃって……。ママはどうしたの?」

「すいません。父も母も何処どこかで買い物してるとは思うんですけど、見当たらなくて……」

「ふふっ、要するに、迷子になっちゃったって訳なのね?」

「違います。迷子になってるのは、父と母の方です。あ、それと姉もですけど……」


少しムッとした真花は、必死に自分達のせいじゃないと言い張ったのだが、オバサン達は全く聞いちゃいない。

オバサンの一人が、唯花の頭を撫でながら言った。


「取り敢えず、迷子センターに連絡しなきゃね」

「だったら、あたしが行って来ますわ」

「あらそう。じゃあ、松田さん。お願いできるかしら?」

「あ、私、真花って言います。小川真花です。妹は、唯花です」

「真花ちゃんと唯花ちゃんね。分かったわ。お名前、ちゃんと言えて偉いわね」


そのオバサンは何故か真花の頭も撫でてくれて、「それじゃ、行ってくるわね」と言い残して、スタスタと迷子センターの方へ歩いて行ってしまった。


「じゃあ、私は、あそこのアイスを買って来ようかしら」

「えっ、でも……」

「大丈夫、大丈夫」


その後、渡されたのは、夕張メロンのソフトクリーム。現金なもので、唯花は途端に笑顔になった。

そうして、真花が恐縮しながら、甘いソフトクリームを舐めている時だった。突然、頭上のスピーカーが迷子のお知らせを始めたのだ。


「幼稚園児ぐらいの女の子二名が、迷子になっています。えーと、お名前は、真花ちゃんと唯花ちゃんで、二人は姉妹だそうです。お心当たりのある方は、至急、迷子センターまでお越しください。繰り返します……」


真花は、『私、小学生なんだけどな』と思ったけど、敢えて黙っておく。ちゃんと名前を伝えたのだから、分かってくれる筈。

それより真花は、「金髪の女の子」と言われなかったのが、少しだけ嬉しかった。




END062


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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