061:真花の苦難(2)
◇2041年5月@東京都江東区 <小川真花>
真花の両親、小川聡介と千秋は同じ大学の同期生で、一緒に仲間達と立ち上げたIT系ベンチャー企業の創業メンバーである。聡介はCTO。千秋の方も管理部門を統括する役員だ。
とはいえ、彼らが大学を卒業すると同時に立ち上げた有明システムズは、今年で操業二十年を迎えており、社員数も千名に達しようかという所。既にベンチャー企業と言えるかは微妙な規模に成長している。
歳は二人とも四十代前半だが、共に見た目は若く見られがち。それには、IT系ベンチャー企業にありがちなラフな服装が影響しており、特に父親の聡介は、一年中ジーンズかチノパン。夏はポロシャツ一枚で、当然、ネクタイなんかした事が無い。
と言っても、それは社内での事で、重要な商談に出向く時とか、社用のパーティーとかでは、きちんと正装する訳である。
とまあ、そんな両親は娘の真花の目から見てもカッコ良いと思う訳だが、例えば、初等部の時に担任教師だった山本先生が真花の両親を見下していたのも、実は二人の見た目が若々しく、服装もラフだった為だったりする。特に母親の千秋の事なんて、恐らく自分より一回りぐらい年下だと思い込んでいたんじゃないか? 本当は、千秋の方が年上だというのに……。
ところで、その両親が何故に自分を「真花」と名付けたのか、まだ真花は聞けないでいる。「三人姉妹の真ん中だから」といった陳腐な理由だったらと思うと、悲しくなるからだ。
だけど、冷静になって考えてみれば、真花が生まれた時点で、もう一人、更に女児が生まれると両親が思っていたとは考え難い。であれば、「真の花」という意味で名付けたという方が、信憑性がありそうだ。
ちなみに、妹の唯花は、「唯一の花」という意味だろう。となると、姉の千花は「千本の花」って意味なんだろうか?
でも、この千本の花というのは、「八方美人」に繋がるって気がする。そんな考えは意地悪かもしれないけど、実際、誰にでも好かれる姉の千花は、そんな感じの女なのだ。
もちろん、真花は姉の事が嫌いって訳じゃない。だけど、正直な所、鬱陶しいと感じる事は良くある。そんな時に思ってしまう悪口が、その「八方美人」って言葉だったりする。
真花は、姉とは違うのだ。私は姉のように、誰にでも愛想良く振舞ったりしないし、そうするつもりも無い。
真花は、姉みたいに出しゃばるのが嫌いだ。今までの人生経験からして、出しゃばると碌な事が無いと思っている。
それなのに姉は、そんな真花の考えを「ごまかし」だと切って捨てるのだ。
「ちゃんと喋らないと、相手に伝わらないんだよ」
そうは言うけど、喋っったって伝わるとは限らない。それに、却って状況を悪化させる事だってある。
だけど、それを言うと「屁理屈」と言われてしまうから、やっぱり真花は黙っているしかない。
真花は、人と関わるのを面倒だと思っている。他人の相手をすると、たいていイザコザが起こる。特に、それが年上だったり、男子だったりするとやっかいだ。年上の場合は言葉の暴力で従わせようとしてくるし、男子の場合、最悪は物理的な暴力を振るわれたりもする。
本来、それらは悪い事なのに、学内だと巧妙に隠されてしまうのが常である。しかも、その隠蔽に無理やり関与させられる事だって珍しくない。それを受け入れないと、孤立させられたりするからやっかいだ。
善悪の基準は見る者によって変わるし、様々な権力によって捻じ曲げられてしまう。大切なのは、そうした状況を正しく判断し、常にベターな行動を取る事。その際、正しいかどうかなんてのは、二の次なのだ。
ベストは、「君子危うきに近寄らず」を実践する事だけど、現実には困難だ。そういう時のベターな選択は、余計な事を喋らない事。もしくは、状況を正しく把握できるまでは、沈黙を貫き通す事。
状況が分からない中で、余計な事を喋ってしまうのは愚の骨頂。相手の意図が分かっていても、巧みに発言を誘導されたりするのも良くあるケースで、その時もベターな選択は沈黙である。
相手の機嫌が悪い時なんかは、何を喋ったって碌な事にはならない。むしろ、相手の怒りに火を注ぐ事の方が格段に多い。まして、教師を相手にした場合なんかは、その傾向が顕著だ。だから真花は、相手の怒りが治まるまでは、極力、何も喋らない事にしていた。
★★★
「ねえ、小川さん。何か言ってくれないと、先生、困っちゃうわ」
「あ、はい。すいません」
「だから、何があったのか説明して欲しいんだけど」
「はい……。あ、いえ、何もありません」
「何もない訳がないでしょう。服が汚れてるし、怪我だってしてるじゃないの」
「大丈夫です」
「何が大丈夫よ。私から担任の小島先生に言ってあげるから、ちゃんと話してくれない?」
「大丈夫です。ころんだだけなので」
「もう。何で、あなたはそうなの? まあ、あの担任じゃ頼りないかもしれないけど……」
真花の初等部五年と六年の時の担任だった小島先生は、そんな風に優柔不断な所のある女性教師だった。ハッキリした意見を持たず、直ぐに他人の言いなりになってしまう。教師としての適性が疑われるレベルで、頼りない事この上ない。
歳は、二十代半ば。そこそこ見た目は良くて、儚げで守ってあげたくなるタイプ。教師としては不適格でも、彼女にするなら最適らしい。よって、数少ない独身男性教師の誰々が、「告白して、フラれた」といった噂の絶えない教師でもあった。
その前の山本先生のように腹黒な所は無いけど、何もしてくれない点では変わらない。その為、悪ガキの男子がやりたい放題できるって訳だ。
もちろん、暴力は絶対禁止なのだが、高学年ともなれば知恵が回る。そして、当時の彼らが夢中になっていたのが、あの手この手で特定の女子を罠にハメる事。
彼らにとってはゲーム感覚での遊びなんだろうけど、やられる方は堪ったもんじゃない。そして、そのターゲットとされていたのが、当時の真花だったのである。
その罠と言うのは、ドアに何かを挟んだり、偶然を装ってぶつかったり、転ばせたり、落とし穴を仕掛けたりといったもの。更に悪質なのになると、上履きの中や椅子の上に画びょうを置かれていたり、通路に細い紐を張ってあったり、二階の窓から水を掛けられたり、木の上から毛虫とかの虫やカエルなんかが落ちて来たり……。
その結果、真花は小さな怪我が絶えない事となり、頻繁に保健室の大川先生の下を訪れる事になる。
そうなってしまうのは真花が弱視であるのも一因であり、それを大川先生は知っているからこそ、彼女なりに何とかしたいと思ってくれている。だけど、高学年ともなれば悪ガキ達も知恵が回る訳で、そうそう証拠を残したりはしない。
そして、先生にチクったとなれば、彼らのやり口が激化するのは必定。真花とて、これ以上、痛い思いはしたくない。
真花が初等部で試行錯誤しながら培った処世術は、「無駄な事はしない」である。山本先生と小島先生の事は好きではないが、それでも影響を受けてはいるのだ。
「しょうがないわね。ほら、これで膝小僧の怪我は大丈夫よ。まあ、小川さんは目立つから、どうしても男子の注目を集めちゃうのよね。だけど、今の年頃の男子って、どうすれば女の子と仲良くなれるのか分からなくて、ついつい意地悪とかしちゃうの。私としては、あんまり保健室に来なくて良いようになって欲しいけど……、でも、たまには小川さんの顔は見たいし、難しい所だわ」
保険室の大川先生は、小言は言っても基本的に優しい。それに、何かと世話を焼いてくれたりもする。
初等部時代の真花にとっての唯一と言って良い味方は大川先生であり、もっとも心休まる場所が、彼女のいる保健室なのだった。
END061
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★★★
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いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




