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060:真花の苦難(1)

◇2041年5月@東京都江東区 <小川真花>


小川真花(まはな)は、三人姉妹の真ん中。姉妹の仲は決して悪くはないのだが、姉の千花ちはなとは六つ、妹の唯花ゆいかとは四つ離れている事で、小さい頃は喧嘩にならなかったというのが正しい。


小川家三姉妹は、全員が東京精霊女学園に通っている。そこは初等部から大学まであるのだが、公立の小学校にあたる初等部だけが共学になっていた。それでも、そこは女子校の系列なので、暴力的な子は面接で落とされてしまう。その為、粗暴な男子はおらず、見た目も含めて女性的な子が多い。

教師の質はと言うと、公立よりマシではあっても、中等部や高等部と比べると見劣りすると言わざるを得ない。と言うのは、高等部は学園の中心であり、中等部は思春期の人格形成で重要な時期である為、そっちに優秀な人材が行ってしまうからだ。

よって、初等部の教師の中には中等部から弾き出された者も混ざっており、真花が三年生と四年生の時の担任教師が、まさにそれだった。



★★★



生まれ付き真花は発育が遅く、更に早生まれだった事で同級生の中でも特に小柄な少女だった。その上、弱視で目が良く見えないとなれば、どうあがいても争いには勝てない。

一方で彼女は、とりわけ目立つ子でもあった。金髪で薄茶の瞳に加えて、幼女なのに整った容姿なので、良くも悪くも注目を浴びてしまうのだ。

おまけに、両親は共働きで収入も良い。小川家が今の自宅に引っ越したのは、彼女が二年生の秋。そこはタワマン最上階の誰もが羨む住まいだった。


もしも幼少時の真花が体格的に他の子と同等レベルだったとしたら、恐らく彼女は天狗になっていてもおかしくはない。それ程に彼女の境遇は恵まれていた。

しかし、現実の真花は、見るからに弱々しい子だった。その為、彼女は周囲の児童だけでなく、教師や他の子の親達からも見下され、妬みの対象とされた挙句に様々な攻撃を受けるようになって行く。

と言っても、そこは私立であって紗理奈が通った公立校とは違う。暴力的被害は最低限なものに留まり、むしろ精神的なイジメがメインとなった。


それでも、二年生までなら可愛いものだったが、その後は徐々に陰湿な手法に変わってしまう。そして、そんな時期の三年で担任となった教師が問題だった。

アラフォー独身の山本という女性教師は、それなりに処世術に長けていて、表面的には良い教師として振舞っているように見えた。しかし、実際は典型的な事なかれ主義で、面倒な事は極力しない。その上、視野が狭くて思い込みが激しく、女子よりも男子を、特に可愛い系男子を贔屓する点も真花にはマイナスに響いた。

具体的に言うと、極端に暴力を嫌う校風こそが陰湿で要領の良い悪ガキを醸成し、そうした子が山本先生好みの可愛い系男子に多くいた。そして、そんな男子こそが、真花の天敵となって行ったのだ。



★★★



「黙ってないで、何か言ったらどうなの?」

「……」

「黙ってばかりいたら、何も分からないでしょうがっ!」

「だから、私はやってません」

「それは、もう飽きるほど聞いたわ。でも、木村くんと竹内くんは、あなたがやったと言ってるのよ」

「……」

「もう、また黙っちゃって……。何で、ちゃんと『ごめんなさい』って言えないのかしらね。あなたが謝ってくれれば、私だって大事にするつもりは無いのよ。『機材を弁償しろ』とまでは言ったりしないわ」

「でも、母には言いますよね?」

「当然でしょう。さあ、お母さんに怒られたくないなら、さっさとやった事を認めて謝罪しなさい」

「……」

「もう、あなたも頑固ね。これはもう、保護者の方を呼ぶしかないのかしら。でも、小川さんのご両親、いつもお仕事が忙しいみたいだし……」


担任の山本先生は、真花の前でブツブツ言っている。放課後に真花は、こうして既に一時間以上、この教師に拘束されていた。頼んであった帰りの車は、さっきキャンセルしたから問題ないんだけど、とにかく不快な事この上ない。


「もう、また黙り込んじゃって……」

「だから、私はやってません」

「あのね、嘘をついちゃいけないっていうのは、幼稚園の子だって知ってる事よね」

「……」


この女性教師は、事実を知りたいのではなく、真花に「やった」と言わせたいのだ。そして、大人しい真花なら、強く脅せば「やった」と言うと思っている。

だけど、この教師が担任になって既に一年半が経っており、真花だって学んでいる。やってない事を「やった」って言った方が、後でやっかいな事になっちゃう。


「もう、あなたもしつこいわね。私、しつこい子は嫌いなのよね」


しつこいのは、山本先生の方だ。それに彼女は最初から真花を嫌っている。

今回の事件は、悪ガキの木村君が自分の不注意でタブレット端末を破損。彼は、それを親に叱られるのを恐れて、大人しい真花に罪をなすり付けた。更に、友達の竹内君にも、「真花がやったのを見た」と言うように頼んだって訳だ。

所詮、子供の浅知恵でしかない。きちんと調べれば、事実は直ぐに明らかになる筈なのに、山本先生はそうしようとしない。何としてでも、お気に入りの木村君と竹内君を庇いたいと思っている。

それに、木村君は大会社の社長の息子。母親は専業主婦で、PTAでの発言力が強い。その母親もまた息子を溺愛しており、先生は彼女の機嫌を損ねたくない。


実は、三年生の時にも同様の事件が起きており、その時は真花が根負けして、ていうか、山本先生からのプレッシャーに抗しきれずに、「やった」と言ってしまった。母の千秋ちあきは、真花がやっていないのを見抜いていたようだけど、言い争うのは時間の無駄と損害を弁償。それに怒ったのが姉の千花ちはなで、単身、木村君の家に乗り込んで行ってしまい、今度は木村君の母親が激怒。最後は父親同士の話し合いで事を収めた……と、真花は聞いている。

ただし、本当の所は少し違っていて、木村君の父親は大企業とはいえ数年毎に入れ替わる雇われ社長。裕福なのは、夫婦共にベンチャー企業の創業メンバーである小川家の方だ。

その上、木村君の父親の会社にとって、真花の両親が働く会社は大切な顧客だった。よって力関係は、真花の父親の方が上なのである。


ともあれ、その事で山本先生は味を占めたようで、真花の事を「脅せば言いなりになる女児」と認識してしまった。だけど、二度目が同様に上手く行くとは限らない。いつも二匹目のドジョウがいる筈なんて無いのだ。



★★★



「あの、お姉ちゃんったら、何で怒ってんの?」

「分かんないの? あんたがだらしないからでしょうがっ!」

「でも、私、『やった』って言わなかったよ」

「そんなの、当ったり前の事じゃない。外が暗くなるまで、山本の意味の無い話に付き合ってやってる必要なんて無いのよ。真花は悪くないんだから、さっさと席を立っちゃいなさい」

「そんなこと言ったって……」

「あのね、真花。あの山本は、基本的に面倒な事を嫌う人なの。そん中で一番に怖がってるのが、生徒というか子供に手を上げてしまう事。あいつは前に中等部でやらかして、それがトラウマになってるの。まあ、それを仕組んだのは、この私なんだけどね」

「げっ、ひょっとして私が山本先生に虐められてたのって、お姉ちゃんのせいなの?」

「さあ、どうなんだろう……。とにかく、中等部の時は保護者から強烈なバッシングを受けた上に、教頭から大量の反省文やら始末書を書かされて、その挙句に初等部へ移動になっちゃって……、まあ、ざまあみろなんだけどね」


つまり、姉の千花が山本先生を初等部に送り込んだようなもんじゃないのか?


「まあでも、真花が全部の会話を録音してたのだけは、褒めてあげるわ」


そうなのだ。真花は、「迎えの車をキャンセルするから」と言ってスマホを取り出した際、ついでに録音機能をオンにしていた。それで、長時間に及ぶ山本先生の真花への尋問を明るみに出す事が出来た。

それに、そもそも悪ガキの木村君がタブレット端末を壊した日、真花は終礼の直後に帰宅しており、学校には残っていなかった。その事は無人送迎ハイヤーの運行記録にも残っているし、木村君のタブレット端末が授業終了時まで正常に作動していたのも、校内ネットワークへのアクセス記録で確認済。つまり、元から真花が木村君の端末を壊していないのは証明されていた訳だ。

ところが、それらの証拠を使うまでもなく、木村君の父親が少し強く問いただすと、アッサリと木村君は白状したらしい。


「あの山本、中等部で問題を起こして初等部へ配置換えになったじゃない。まあ、それは私の企みだった訳だけど、あんたが三年生の時の件も、校内で問題になってたそうなの。だから、あんたは強気でいてくれれば良かったのよ」


あの山本にしてみれば、千花は天敵みたいなもの。逆に千花から見た山本は雑魚ザコに過ぎず、そんな奴が大事な妹を虐げていたのが我慢ならないようだ。

だからと言って、妹の自分に当たらないで欲しい。

真花はそう思うのだが、例によって黙っておく。触らぬ神に祟りなしである。


「とにかく、真花は反省しなさい。てか、これを機会に自分の内向きな性格を変えたら? 一人でも友達がいれば、こんな問題にはならなかった筈でしょう?」


つまり、「真花ちゃんは、やってません」と言ってくれる子がいたら、山本先生も一方的に真花を責められなかっただろうという事だ。

それはそうなんだけど、友達を作れば作ったで今度は別のやっかい事が起こるって気がする。それに、金髪で弱視の真花と友達になってくれる子が、そんなに簡単に見付かるとは思えないんだけど……。


そんな訳で真花は、家でも際限無く続く姉の小言を聞き流しながら、それが少しでも早く終わる事を祈って沈黙を貫き通すのだった。




END060


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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