007:二人の女友達(4)
◇2041年4月@東京 <鵜飼優流>
「ふーん。どうやら、うちら四人の中で一番最初に「ムシ」の子とお友達になれそうなのは、立花くんかもね」
立花奏音の打ち明け話が終わった後、早坂琴音が少し冗談めかして言った。彼女の手元には、新しいホットコーヒーが置かれている。さっき、小川千花が自分のと一緒に持って来た物だ。
鵜飼優流は、彼女がミルクも砂糖も入れずにストレートで飲む所は、好感が持てると思った。
「でも、優流だって、『ムシ』になった子と言葉を交わした事があるんだよね?」
「あら、それは変ね。私が知ってる話だと、『ムシ』になった状態の子とは、普通の会話が出来ない筈なんだけど」
奏音の言葉を琴音に否定された事で、優流は先日の夜の事を改めて思い返してみた。
「そういや、オレが話をした時は、普通の女の子だったな」
「やっぱり、そうなのね」
「でも、その後は、その子と会ってないんだ」
優流が淋しげに言うと、琴音に「その内に会えるから大丈夫」と返された。
確かに、「また会いに来て良い?」とは言われたけど……。
「ふふっ。優流くん、その子の事が気に入ってるみたいね」
そう言って笑う琴音の横で、顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた千花が、「優流くん、ロリコンだもんねえ」と揶揄ってくる。
そういや、こないだも「未確認飛行少女情報サイト」の書き込みをチェックしていた時、「嫌だあ、優流くんのロリコン!」と騒がれて散々な目に遭ったんだったな。
その時、たまたま表示していた画像が、背中に巨大なチョウの翅を生やした女の子のイラストだったのだ。しかも、その子が着用していたのがハイレグのレオタードだったのが、尚更に千花の何かを刺激したみたいだった。
「でも、奏音くんだって、似たようなもんなんじゃないの?」
「あ、いや、僕の方は、妹みたいなもんだから……」
さっき、その子の事を奏音はぼやかして話していたけど、優流と千花には誰の事か分かっていた。初音さんの婚約披露パーティーがあった日の事なのだから、榊原家の人間って事になる。だったら、榊原海渡の妹の澪ちゃんだ。
澪ちゃんの事は、奏音の口から何度も聞かされている。確か、その子も金髪で、お人形さんみたいに綺麗な女の子だった筈……。
その時、優流は無意識のうちに千花の顔を見ていたようだ。
「ねえ、優流くん。今、うちの妹達の事、考えてたでしょう?」
千花の二人の妹達、真花ちゃんと唯花ちゃんは、共に金髪なのだ。
「ごめん、考えてた。まあ、偶然だとは思うけど」
「そうよねえ……」
「あら、偶然じゃないかもみょ」
口を挟んできたのは、琴音だ。
「私が最初に小川さんと会った時、妹さん達の話をしてくれたじゃない。その時、私は直ぐにピンときたわ」
「えっ、そうなの?」
「うん。これは関口さんに聞いた話なんだけど、『ムシ』になった子は、全員が金髪かそれに近い髪をした女の子みたい。まあでも、ハーフでもないのに金髪イコール『ムシ』になるって訳じゃないから、誤解しないでね……。あ、それと、『ムシ』になる子って、皆、綺麗な子ばっかりなんだって」
そこで奏音が、「だったら、真花ちゃんと唯花ちゃん、本当に『ムシ』になるかもしれないね」と冗談っぽく言って、優流も頷いてみせた。
ところが、千花の表情が冴えない。
「あのね、金髪だとか綺麗だとかいうのって、良い事ばかりじゃないのよ。うちの妹の真花なんだけど、小さい頃から髪の毛の事でイジメに遭ってきたの……。まあ、私と比べて内向的な性格ってのも、理由のひとつではあるんだけどね」
「それ、私の周りでも割と聞く話よ。それと、イジメのせいで内気になっちゃうパターンもあるから、その辺の見極めは慎重にすべきだと思う」
千花は少し考えてから、ボソッと「そうかもね」と呟いた。
「でもね、『ムシ』になった子は、皆、決まって前よりも明るくなったんだそうよ。それに、色々な事に積極的になるとも聞くわ」
「それは、どうして?」
「たぶんだけど、『ムシ』になる事で自信が持てるっていうか、前よりも自分が好きになるんだと思う。だから、『ムシ』になるって事は悪い事じゃないのよ。まあ、『世間から化け物みたいに扱われる』っていうリスクはあるんだけどね」
そこで琴音は、今度は奏音に向き直って言った。
「ねえ、立花くん。その子に会いに行ってあげたら? きっと彼女、自分の事を誰かに話したくてウズウズしてると思うの。そういうの、カミングアウトって言うんだよ」
「そうかな? むしろ、自分が『ムシ』だって事が僕に知られて、『どうしよう?』って悩んでる状態じゃないかって思うんだけど」
「それは、その子と立花くんとの関係次第ね。その子が立花くんの事を『優しくて頼りになるお兄さん』って思ってるとしたら、カミングアウトの対象になると思う」
「どうなんだ、奏音?」
優流が声を掛けると、奏音は考え込んでしまっていた。
「その子、四月から中学生でさ。昔は僕の顔を見ると直ぐに、『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って寄って来てくれてたんだけど、近頃はちょっと余所余所しいっていうか……」
「ふーん。思春期って事ね」
「そうなんだよ。あ、でも、身体の方は、まだまだ子供なんだけどね」
「こら、奏音くん。そう言う事、ぜーったいに本人の前で言っちゃ駄目よ。嫌われちゃうから」
「そう言うって事は、千花も悩んでた事があったんだな?」
「当ったり前じゃない。てか、優流くんって、そういう所、鈍感だよね。まだ、奏音くんの方がマシかも」
「確かに、そういう男子って多いわよね」
「早坂さんも苦労してるんだ」
「まあね。その筆頭が、うちの愚弟なんだけど……。あの子、女子の水着姿が見たくて、わざわざ遠くの海の家で泊まり込みのバイトしてたのよ」
「へえ、バイタリティあるじゃない」
「単に、性欲が強いだけだと思うけど……。そろそろ出ましょうか?」
食事後、随分と居座っていたからか、店員達の視線が険しくなっている事に気付いた琴音に促され、優流達は外へ出た。
★★★
早坂琴音と初めて会って、幼馴染の小川千花と立花奏音を入れた四人でファミレスに行った日から二週間近くが過ぎた頃、鵜飼優流は、奏音が榊原澪から「自分が『ムシ』であるとカミングアウトされた」のを聞かされた。と言っても、相変わらず澪の名前は伏せたままだ。その為、優流達四人の間で澪のことは「その子」、もしくは親しみを込めて「その子ちゃん」と呼ばれていたりする。
その四人は、それからも頻繁に学食とかで顔を合わせ、講義の後はファミレスやコーヒーショップ、ファーストフードの店とかで話をする関係になっていた。
五月に入り、ゴールデンウィークが開けて直ぐの事だった。
「そんでさ、その後、『その子ちゃん』の様子はどうなんだ?」
「別に……、ていうか、前以上に懐かれてる感じだよ……。そういや、彼女が優流に会わせたい子がいるっていうんだ。その子、彼女の親友なんだってさ」
優流は、その「会わせたい子」というのが、何となく誰の事なのかが分かってしまった。
更に数日後の夕方。優流は、その子達を大学の近くのコーヒーショップで待っていた。当然、奏音も一緒だ。
すると、待ち合わせ時間ピッタリに、その店の前に黒塗りのハイヤーが停まった。そこから降りて来たのは、東京精霊女学園中東部の制服姿の女子二人。窓際の席に座っていた優流からは、その様子をハッキリと確認する事ができた。
一人は、案の定、榊原澪だった。久しぶりに見た彼女は、小さい頃の西洋人形のような綺麗さはそのままに、美しい思春期の美少女へと成長していた。そして澪の隣には、同じ制服姿で、同じような金髪の美少女がいた。間違いない。あの夜、優流の自室のベランダにいた女の子だ。
二人は、並んで何やら言葉を交わしながら店に入って来る。やがて、それまで無表情だった澪がパッと笑顔に変わった。急に周囲全体が明るくなったようなインパクトのある笑顔だ。まともな男なら、瞬時に魅了されてしまうに違いない。
もう一方の女の子はというと、未だに無表情だった。ところが、優流と目が合うと、彼女の表情に少しだけ変化があった。
先に声を掛けて来たのは、澪の方だった。
「鵜飼さん、ご無沙汰しています。榊原澪です」
彼女は、丁寧にお辞儀までしてくれる。美少女の畏まったお辞儀なんて、この庶民的な店では目立つに決まっている。優流は、慌てて言った。
「久しぶり。挨拶は良いから、早く座りなよ」
もう一人の子が、澪を肘で突いた。それで周囲の様子に気付いたのか、ほんのりと顔を赤らめながら澪は奏音の前の席に着く。もう一人の子が優流の前に立った。
「お兄ちゃん、また会えたね!」
懐かしい笑顔が、そこにあった。
「君は、あの時の紗理奈ちゃんだよね?」
「うん」
そう言って、ニッコリと笑った紗理奈という少女を見た優流は、改めて『綺麗な子だなあ』と思ったのだった。
END007
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
また次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




