006:奏音の告白
◇2041年4月@東京 <立花奏音>
立花奏音は、旧華族の血を引く立花家の長男として生まれた。父の和武は、家業の大手商社、立花物産社長。母の奏美は、世界的に著名なピアニスト。そして姉の初音は、奏音と同じ東都大学の四年生で、先日、婚約式を挙げたばかりだ。
姉の婚約者の名前は、榊原海渡。今の世の中に無くてはならないグローバル大企業で、セキュリティの総合商社と言われるサカキバラ商事の社長令息だ。そして、次期社長と目される男でもある。
その海渡と初音は、生まれた時から親同士が決めた許嫁だ。歳は三つ違うが、お互いの相性も悪くなかった為、こないだ晴れて正式な婚約に至った。結婚の日取りとかは未定だが、初音の大学卒業を待っての挙式となる見込みである。
さて、これは鵜飼優流が「アオスジ」と呼ばれる「ムシ」に出会った日から二日前の事だ。その日は土曜で、昼間に婚約披露パーティーが行われた後、奏音は家族全員で榊原家に泊まる事になっていた。
榊原家の家は、新宿駅近くのタワーマンション最上階。と言っても、奏音が泊ったのは最上階のひとつ下のフロアで、その階は全体がゲストルームになっている。奏音の家とて同じ都内の荒川区にあるので、本来は泊まる必要なんて無いのだが、その日は一晩中の歓待を受ける為の宿泊だった。
とはいえ、未だに未成年でオープンには酒を飲めない奏音の場合、一晩中も親達に付き合ってなんていられない。それで、海渡の歳の離れた妹の澪が、「私、もう寝る」と席を立ったタイミングで、奏音も自分に割り当てられた部屋へ引き籠ったのである。
榊原澪は、この四月で中学生になったばかり。実は、この澪も限りなく金髪に近く、瞳の色は薄茶。肌は色白で、小柄で華奢な体型をしている。つまり、奏音の姉の初音にそっくりで、違いは姉の方が少しだけ髪と瞳の色が濃い事ぐらい。更には、この後に優流が出会う事になる「ムシ」の子の特徴とも、だいたい同じなのだ。
その澪は、お嬢様としての躾がされているだけに礼儀正しく、人前ではハッキリした話し方ができる女の子だ。でも、小さな頃から彼女を見ている奏音に言わせると、本当は人見知りで内気な性格。それに、色んなジャンルのゲームが大好きなオタク気質でもある。もちろん、頭の回転が速くて要領の良い彼女は、絶対に親とかには悟らせたりしないのだけれど……。
ちなみに、澪が人付き合いが苦手なのには理由がある。生まれ付き彼女は、右腕の肘から下が無いのだ。その事を母親の綾さんは「高齢出産のせいだ」と悔やんでいるが、彼女が澪を産んだのは、まだ三十代の時。初産ではないのだから、その年齢なら普通である。
その澪は高性能な義手を付けており、パッと見は違和感が無い。だけど、夏でも長袖の服を着て手袋をしているから、分かる人には分かってしまう。当然、周囲の人達は誰もが知っていて、たまにパーティーとかで知らない人がいて驚かれたり、気味悪がられたりするって訳だ。
そんな時、澪は無表情を貫きながらも、本当は傷付いているのを奏音は知っている。とても敏い子なだけに、澪の心は傷付き易く、それが彼には心配でならないのだった。
★★★
午後十時を過ぎた頃、榊原澪と同じタイミングで部屋に引っ込んだ奏音だったが、実を言うと、今夜の彼女は少し変だと思っていた。
いつもの澪なら必ず奏音の部屋に押し掛けて来て、日付が変わる時間まで一緒にゲームをやろうとせがむ筈。それなのに、しばらく待ってもノックの音がしない。そのことに首を傾げながらも、『中学生になって、意識が変わったせいかな?』と強引に納得して、奏音はシャワーを浴びに浴室へ向かった。
その時だった。突然、外が眩しく光った。
奏音は、慌てて窓のカーテンを開けた。そして彼が見たのは、光で形作られた巨大なチョウが、ちょうど夜空へ舞い上がる姿だった。
美しい光景だった。ほんの束の間の出来事だったにも関わらず、網膜に焼き付いて離れない。奏音には、永遠に忘れられないという予感があった。
最初に奏音の視線が向いたのは、光り輝く美麗な翅だった。煉瓦色をベースに、美しい唐草模様が全面に浮かんでおり、一目で見る者を魅了すると思われた。
それと比べると、金色に輝く胴体部分は印象に残らず、それよりも奏音は、巨大なチョウが舞い上がった後に残された金の粒子に目を惹かれた。キラキラと鮮明に煌めく粒子は、突然、夜空に現れた天の河のようでもあった。
ついさっき奏音が見たのは、「未確認飛行少女情報サイト」で、「カラクサ」と呼ばれている「ムシ」だったのだが、それを彼が知るのは、少しだけ先の話となる。
巨大なチョウが小さな光の点になるまで眺めていた奏音は、ハッと我に返った途端、ようやく強い恐怖に襲われた。今しがた見た光景は、彼の常識の範疇に収まり切らない代物だったからだ。
彼は、そういった得体のしれない類の物が大嫌いだった。もちろん、お化けや妖怪なんてもっての外。たとえ人だとしても、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者の全てが嫌い。
ところが、この夜を境にして、そんな事など言っていられない状況に奏音は追い込まれて行くのである。
★★★
その日、奏音を襲った怪異現象は、それだけに留まらなかった。彼は、さっきの「光のチョウ」を再び目撃する事になったからだ。
それは、一時間半ほど後の間もなく日付が変わろうという頃の事だった。
いつもより長めのシャワーを浴びた奏音は、パジャマに着替えてベッドに入ったものの、なかなか寝付けなかった。さっき見たモノが何だったのか、どうしても気になってしまう。
仕方がないので起き上がり、腕から外して枕元に置いたウェアラブル端末を操作して、ネットの検索を始めた時だった。瞬時に部屋の中全体が、またもや眩いまでの光で満たされた。
この時、奏音は、恐怖に慄きながらも何か巨大な光の塊が部屋に飛び込んで来たのを感じた。それは、さっき彼が目にした「カラクサ」そのものだったのだが、強烈な光で目が眩んでパニック状態になっていた為、事態の把握が遅れた。
つい今しがた彼が光の中で見たのは、紛れもなく彼の良く知る女の子だったのだ。その上、ほんの一瞬だけど彼女と目が合ってもいた。
やがて、その光の塊が部屋からいなくなった時、室内には金色の粒子が舞い、甘いシナモンの香りが漂っていた。
だけど、その場に呆然と佇む奏音には、それらを知覚する余力さえ残ってはいなかったのだった。
★★★
奏音が「ムシ」という存在に興味を持ったのは、その直後の事だった。
どうせ眠れないならと、再度ウェアラブル端末を立ち上げた彼は、先ほど起こったのと類似の事例がないかをネットでググってみた。そうして見付けたのが、「未確認飛行少女情報サイト」だったのだ。
そのサイト上で「カラクサ」の画像を見付けた時、彼が心底、驚愕したのは言うまでもない。
そうやって情報を得た奏音が、とある可能性に思い至るのは必然だった。つまり、榊原澪こそが、さっき見た「カラクサ」と呼ばれる「ムシ」なんじゃないかと疑い出したのだ。
姉の初枝の言い名づけが海渡なのを抜きにしても、立花家と榊原家は家族ぐるみの付き合いだ。そして彼にとっての澪は、とっても可愛い妹分。いくら彼女が化け物の類に変化できると言っても、彼は澪を見捨てられない。
それに、さっき見た「ムシ」には、恐怖は感じても邪悪な感じは一切なかった。それは、昆虫のチョウが幼虫から蛹を得て成虫になるのを、あたかも生命の神秘と思う程度の感情しか抱かなかったのである。
こうして立花奏音は、榊原澪だけじゃなくて、「ムシ」という存在全体を受け入れられるようになったのだった。
END006
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
また次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。
★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




