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054:真凛の両親の結婚(1)

◇2041年4月@福島県二本松市 <安斎真凛>


安斎真凛あんざいまりんが、二本松市のだけ温泉にある自宅アパートから、単身で福島市の紺野鈴音こんのすずねのマンションに移って、早くも一年半以上が過ぎた。その間、真凛を取り巻く環境は一変した。

それらの中で最も大きな変化があったのは、彼女の両親に関してである。


真凛が岳温泉を去ったのは、何も両親の別居が原因って訳じゃない。引き金を引いたのは、通っていた中学でのトラブル。と言っても、真凛が悪い訳じゃなくて、言うなれば教頭を始めとした教師達の不祥事だ。それが証拠に、問題の教頭はひらの教師へ降格となり、その後に教職を辞している。

だけど、父の芳賀力哉はがりきやと母の安斎希美(のぞみ)は、そうは思っていなかったようなのだ。


住まいを福島市に移してからも真凛は、当初、週に二三回は岳温泉に帰っていた。周囲の仲間や母の希美には「露天風呂に入る為」とか言っていたけど、本当の目的は希美のアパートの家事全般をサポートする事。希美は、そういうのが大の苦手。放っておくと、直ぐに部屋全体をゴミ屋敷にしちゃう。

ところが、真凛が引っ越して半年くらいすると、そんな希美が少しずつ掃除を始めたのだ。それに、洗濯も自分でやる事が増えて行った。食事にしだって、真凛が用意しておいた作り置きをきちんとチンして食べるようになったのである。

やがて一年近く経った頃には、真凛がやる事が目に見えて減ってきた。最後に残ったのは料理だけど、それだって、希美が欲しいレシピを教えてあげるとかネットのリンクを送ってやるとかするだけで、自分で上手に再現できるようになってしまった。その上、こうすればもっと美味しく出来るといったコメントまで寄越す始末。


一方、父の力哉の方だが、彼がバーテンダーとして働くクラブにも、真凛は足繁く訪れるようにしていた。

昔は怒って暴れてばかりいた力哉も、真凛が中学に入った頃からは真面目に話を聞いてくれるようになっていた。そうなると、やはり肉親だけに気になってしまう。それで、以前は気が向いた時しか会いに行かなかったのを、岳温泉を離れた後は週に一回くらい顔を出すようにしたのだ。

そして年が開けた頃になって、ふいに真凛は気付いてしまった。力哉の周囲に、女の影が無くなってる?


「ねえ、親父。今、何処どこに住んでんの?」

「何処って、寮だけど?」

「えっ、誰か女の人のアパートに泊めてもらってるとかじゃなくて?」

「いやいや、それは常にって訳じゃねえだろ。前は、ここの奥の仮眠室を使ってたんだが、ちゃんと、うちのホテルの従業員用の寮に部屋を借りたんだ」


ホテルとは言っていても、本来は老舗の温泉旅館。建物が木造から鉄筋になり、その数が増えて行く過程で名称が変わっただけだ。


「女の人の所には、もう行かないの?」

「行かない。もう、そういうのは止めたんだ」

「何で?」

「何でって、後が面倒だからだよ」

「希美の時みたいに、喧嘩になるから?」

「違うな。ちゃんとした喧嘩になるのは、希美だけだ。後の女は、泣いてすがって来るとかはあっても、喧嘩にはならねえ」

「どう違うの?」

「うーん、ゴタゴタの質が違うって言えば良いのかな。何だかんだ言っても、希美とは長いからな。お互いに本音で言い合えるのは希美だけっていうか、そんな感じだ」

「ふーん。なんか、分かったような分かんないような……」


元々外面そとづらは良かった力哉だが、この頃になると粗暴な部分が完全に削げ落ちて、口数が少ないながらも穏やかで客当たりの良い部分が前面に出るようになった。こうなると、そこそこ良い外見と相まって、今まで以上に女性客の目を惹いてしまう。それなのに近頃の力哉は、どんな女性の誘惑にも屈する気配が無いらしく、以前の彼を知るホテルの同僚などからは不思議がられていたようだ。


真凛とも顔見知りのフロントマネージャーは、「力哉も三十二だからな。ようやく落ち着きが出て来たという事なんじゃないか?」と言う。


「俺としては、希美ちゃんと寄りを戻すのが一番だとは思うんだがな」

「うーん、どうなのかなあ? アタシとしては、もう二人が喧嘩する所は見たくないんだよね。だから、それはそれで微妙っていうか……」

「まあ、真凛ちゃんが心配するのも分からんではないんだが……、やっぱ、こればかりは本人達次第なんじゃないのかな?」


という訳で真凛は、あまり深く考えずに二人の行く末を見守る事にした。

そうして、秋も深まり本格的な冬が始まるっ十一月の半ばになって、長年働き続けたキャバクラを、突然、希美が退職したのである。



★★★



キャバクラを辞めた後の希美のぞみは、しばらくの間、実家に戻っていたようだ。そこで希美は墓参りをしたり、十何年ぶりかの親孝行をした後、ひょっこりとだけ温泉に戻って来た。そして、なんと力哉が働いているのと同じホテルの本館二階にあるスナックで、チーママとして働き出したのだ。

とはいえ、力哉りきやが働く地下のクラブと希美が働く二階のスナックとは、微妙に距離が離れてもいる。共通点としては、雇用主が同じという事ぐらいだ。

それでも力哉に言わせると、「変な所で働かれるよりは良いだろ?」という事らしい。


「てことはさあ、ひょっとして親父が希美をオーナーに紹介したの?」

「まあな。真凛まりんだって、希美が落ちぶれるのを見るのは嫌だろ?」

「そりゃそうだけど、親父は、やり辛くないの?」

「いや、別に……」


まだ力哉は何か言いたそうだったけど、その時は、それで話が途切れてしまった。女性客の団体が店に入って来たからだ。

そういう時、いつも真凛は「じゃあね」と言い残して、バックヤードの方に身を隠す。そして、人のいない倉庫でパッと「ムシ」に変異して外へ出るのだ。最初は「化け物だあ!」と騒いだ力哉も、今ではすっかり慣れてしまい、そういうもんだと思ってくれているみたいだった。


そんな風に力哉と希美の二人が安定した生活をするようになり、真凛も岳温泉を訪れる回数が週に一回程度に減った今年の三月、珍しく母の希美から呼び出しを受けた。

指定された場所は、両親二人が働くホテルの別館一階にある和食の店。まだまだ雪深い岳温泉を訪れた真凛は、温泉街の外れで変異を解くと、中学の制服の上にダッフルコートといった格好で、雪道を滑らないように注意しながら歩いて行く。

店に入ると、真凛は奥の小さい座敷に通された。その時点で真凛は『おや?』と思ったのだが、座敷の中を覗いた途端に固まってしまった。そこにいたのは、母の希美だけじゃなくて、父の力哉までもが並んで座っていたのだった。



★★★



「どうしちゃったの、真凛まりん? そんな所でじっとしてないで、早く座ったら?」

「『どうしちゃったの?』はアタシのセリフだよ。今まで二人が揃うと喧嘩ばっかりだったのに、そんな風に並んで座ってると、なんか本当の夫婦みたいじゃない」


真凛の冗談めいた言葉に、力哉りきやが咳払いをした。すると希美のぞみが苦笑まじりに、「そ、そうよね」と言う。


「まあ、あれだな。まずは食べようか?」


力哉の言葉で、真凛は目の前の料理に箸を付ける。その時に出された料理は、ホテルの宿泊客に出されるのとだいたい同じで、味もボリュームも充分に満足の行く物だった。

以前の真凛だったら大喜びする所だが、生憎と最近は菅野彩佳(あやか)に連れられて高級店に行く事もあり、それほどは驚かない。そこら辺の事情は両親達も知っており、主に真凛の学校での話を中心に、和やかな雰囲気で食事が進んで行った。

ただし、両親が揃っている以上に不思議な点があるとすれば、二人でビールを一本しか飲んでいない所だろうか? 以前の力哉なら大瓶一本が最低レベル。キャバ嬢だった希美も当然のように酒には強く、こんな風に二人で中瓶一本なんてのは有り得ない事だった。


――何かが変かも!


何とか平静を保ちながらも、当然、真凛は身構えていた。この二人には、生まれた時から何度も何度も失望させられ続けてきた真凛である。どうしても思考はネガティブな方向へ行ってしまう。

考えられるとしたら、アタシとの親子の縁を切るとか……。いや、それは無いな。今までと変わんないし……。てことは、アタシを通じて鈴音すずねの両親に借金の相談をしたいだとか……。うーん、有り得ない訳じゃないけど、だったら何の為のお金なんだろう? 親父か希美のどっちかが大きなヘマをやらかして、職場に損害を与えちゃったとか、それとも、何かの拍子に親父がカッとなって、誰かを殴ってケガさせちゃったとか……。


そんな妄想めいたあれこれに真凛が頭を悩ませながら、デザートのマンゴーシャーベットをゆっくりと食べ終えた時だった。

真凛にとって思い掛けない事を、希美がボソッと小声で言ったのだ。


「あの、真凛。実はね、うちら、結婚する事にしたの」

「へっ?」


思わず喉から変な声が出てしまったとしても、それは仕方のない事だろう。


「あ、あの、お母さん。今、何て言ったの?」


答えたのは、父の力哉だった。


「だからな、真凛。俺ら、結婚する事にしたんだ」

「ええーっ!」


その瞬間、店中に轟くばかりの声量で、真凛の絶叫が響いたのだった。




END054


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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