053:宮城で最初の「ムシ」
◇2041年4月@福島県相馬市~宮城県長沼市 <木幡陽菜>
木幡陽菜は、相馬地区で二番目の「ムシ」である。父の惟史は土建会社を経営しており、多くの男達を従える豪快な人物。母の菜々も気っ風の良い女将さんといった感じ。それなのに陽菜は典型的な陰キャであり、身体付きも両親の子とは思えない程に華奢で小柄だ。
陽菜がそんな性格になったのは、髪の毛が生まれつき淡い茶髪であるのに加えて、左手の小指が無いからだ。その事で陽菜は小さい頃からイジメに遭ってきた。父の会社にいれば、「お嬢の小指の事なんて、誰も気にしやしませんよ」とか、「そうそう。土建屋の女将としちゃ、却って箔が付くってもんですぜ」とか言って慰めてくれるのだが、そんなのは社長の娘へ向けた「おべっか」としか思えない。
それに陽菜には、自分と同じ髪色なのに明るい子に育った妹の陽花の事も、心の負担に感じていた。どうしても自分の陰気な性格と比較されてしまうからだ。
そんな陽菜を変えたのは、「ムシ」になった事である。それは去年の五月の事で、全く突然の出来事だった。そして、それが陽菜の全てを変えた。
今の陽菜は、薄い黄色の「ミッド」サイズの光の翅を持つ。この翅がある限り、陽菜は何処へでも自由に飛んで行けるのだ。
★★★
梅宮愛莉と愛音という「ムシ」予備軍の姉妹と遊んだ次の日曜の朝、実の姉のように慕っている門馬里香が熱を出した。陽菜が里香と知り合って、初めての事だ。そもそも「ムシ」は滅多に病気にはならないと言われており、他の「ムシ」の子にしたって、病気になったなんて話を聞いた事がない。実際、陽菜だって前は酷い花粉症だったのが、「ムシ」になってからは完治したのだ。
心配になった陽菜はお見舞いに行こうとしたのだけれど、里香の母親の紀香さんに、『感染するかもしれないから、お見舞いは控えてくれる?』と言われてしまった。念の為に紀香さんは、梅宮姉妹の様子を確認したらしいが、二人は何ともなかったとの事。だけど、梅宮医院の患者さんから変な病原菌をもらった可能性もあるとして、梅宮の小母さんはしきりに謝っていたのだとか……。
そんな訳で日曜なのに暇になった陽菜は、午後になって「ムシ」になり、北への単独飛行を始めた。何となく、「そうすべき」と思えたからだ。
実を言うと、今朝、目覚めた時から、今までに感じた事のない胸さわぎがあった。だけど陽菜は、それが新しい「ムシ」が生まれる予兆だとは気付いていない。何せ初めての事だったのだから、仕方がないだろう。里香が病気で相談できないのが、一番の災難だったと言える。
心配性で陽菜には少々過保護気味の里香は、常々「単独飛行は、できるだけやらないように」と言ってくる。でも、前々から陽菜は、それが変だと感じていた。だって、陽菜が「ムシ」になる前の里香は、ほとんどが単独飛行だった筈なのだ。だから、たまには陽菜だって、こういう日があっても良いじゃないか……。
今日は、とても良い天気。下方には、長閑な田園地帯が広がっていた。田植えはまだなので、何処も水を張っただけの状態だ。上空から見た水面は、光を反射して白く眩しく光って見える。
陽菜は、そんな景色の中を貫いて伸びている常磐自動車道に沿って、北へ北へと飛んで行く。
この日、陽菜が大した心の抵抗も無く県境を超えてしまった事自体、彼女が無意識のうちに何者かに「呼ばれている」って事なのだが、今の陽菜は気付かない。ただ自分の意思で飛行していると思っている。
やがて疲れを覚えた陽菜は、常磐道から右へ逸れて適当な海岸に降り立った。テトラポットに腰掛けた彼女は、ポケットからスマホを取り出して門馬里香をコールした。
「あ、里香さん、大丈夫ですか?」
『うん。だいたい熱は下がったよ。やっぱり、流感だったみたい』
「今頃、インフルエンザですか?」
『季節外れだからこそ、強力な奴だったって事だよ。それより、新しい「ムシ」の子の予兆には気付いた?』
「えっ、新しい『ムシ』の子ですか?」
『陽菜も胸騒ぎとかしない?』
「してます。北の方です。今、向かってる所です」
『えっ、あんた、一人で行ってんの?』
「はい。この辺は、もう亘理町辺りでしょうか?」
『あんた、何やってんのよっ!』
「だって、里香さんが病気なんだから仕方ないじゃないですか」
『病気なら、もう治ったよ。今から行くから、待ってなさい』
「待ちません。里香さんは、寝てて下さい。無理に『ムシ』になったりしたら、紀香さんに言い付けちゃいますからね」
『むぅ。いつもの陽菜じゃないみたい』
「私だって、やる時はやる女なんですっ! 良いですか? 絶対にベッドから出ちゃダメですからねっ!」
陽菜は、きつく里香に言い付けて通話を終えた。そして彼女は、新たな決意を胸に再び空へと舞い上がる。
目的は、分かった。新しい「ムシ」の子に会いに行くんだ!
そろそろ西の空が、赤く染まり出していた。
★★★
『呼ばれてる』という感覚は、時を追う毎に強まっていた。
先の空に、飛行機が飛んでいる。さっきスマホで地図を確認した木幡陽菜には、この先に仙台空港があるのを知っていた。
でも、たぶん、そこまでは行かない。その手前だ。
阿武隈川を越えた時だった。
――怖いよう。怖いよう!
その声を捕らえた瞬間、陽菜は、ありったけの思いを込めて心話を飛ばしていた。
〈大丈夫だよ。今、そっちに行くから!〉
その子の家は、丘の上の新しい一軒家だった。
部屋に陽菜が飛び込んだ時、その子はベッドの上にしゃがみ込んで泣いていた。
陽菜と同じ髪色の、陽菜よりもちっちゃい女の子。
陽菜は、その子の事が妹の陽花と同じくらいに愛おしいと思った。
変異を解いた陽菜は、その子の肩にそっと手を置いて自分の胸に抱き寄せる。一瞬、その子の身体がビクッと震えたけど、その後は、素直に身を委ねてくれた。
〈私は、木幡陽菜って言うの。ねえ、あなたの名前は?〉
〈氏家優奈です。中学一年生です〉
まさかの中学生だった。でも、考えてみると、昨日の梅宮愛莉だって中学生だったんだから、彼女が中学生なのは当たり前……。
〈私は、あなたよりも一年だけお姉さんだよ〉
既に陽菜には、優奈の身体を抱いているという感触が無かった。彼女の身体はすっかり光を纏っており、眩しく輝いていたからだ。
彼女から離れて立ち上がった陽菜は、〈さあ、あなたも立ち上がって!〉と言った。
おずおずと立ち上がった優奈の背中に、鮮やかな黄色の翅が現れる。陽菜よりも濃い黄色で、橙色の翅脈が無数に走っていて綺麗。たぶん陽菜よりも少し大きいみたい。
そんな優奈からは、季節外れの金木犀の匂いがしていた。
陽菜は、優奈を促して舞い上がると、屋根をすり抜けて夕暮れの空へ飛び出した。さっきは怯えていた優奈が、今は心話で感嘆の声を飛ばしてくる。どうやら、思ったよりも強い心の持ち主のようだ。
「ムシ」としての高性能な陽菜の目には、仙台空港の向こうに宮城野の繁華街の明かりが薄っすらと見えていた。
陽菜は、新しい仲間の子に行った。
〈さあ、あの仙台の街まで行ってみようよ〉
二人の黄色い翅を持つ「ムシ」達が、夜のとばりが落ち始めた空を一路、北へと向けて飛んで行く。
二人が去ったの後の夜空には、二筋の細い金色の帯が残って、キラキラと輝いて見えたのだった。
宮城県で最初の「ムシ」、氏家優奈は、その温厚で世話好きな性格から、後に数多くの若い「ムシ」達に慕われ、親しみを込めて「仙台のゴッドマザー」と呼ばれるようになる。
そんな彼女も「ムシ」になった当初は、ありきたりの臆病な少女でしかなかった。
しかし、それを知るのは、福島県相馬地区の木幡陽菜と、仙台地区で古参の「ムシ」達に限られるのである。
END053
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




