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052: 里香の現状

◇2041年4月@福島県南相馬市 <門馬里香>


門馬里香もんまりかは、福島県南相馬市に住む四番目の「ムシ」である。里香が「ムシ」になったのは、一昨年おととしの五月。その時は、二本松の安斎真凛あんざいまりんと郡山の玉根凜華たまねりんかが、わざわざ「ムシ」になるのを見守りに来てくれた。直線距離でも二本松から五十キロ、郡山からだと六十キロもあるってのに、本当に有難い事だと思う。里香は、未だに二人への感謝の気持ちを忘れてはいない。

その真凛と凜華は、四月から里香と同じ中学三年生。今は二十人以上に増えた「ムシ」の仲間達の中で、里香の同期と言えるのは、その二人だけだ。

「ムシ」になったばかりの頃は、その二人と毎週のように会っていたけれど、最近は時々しか会わなくなった。一番大きいのは、近くの相馬市に木幡陽菜こはたひなという「ムシ」の後輩が誕生した事だ。最近、平日の夜は、だいたい陽菜と二人で付近を飛び回っている。


「ムシ」になる前の里香は、いわゆる陰キャなイジメられっ子だった。彼女は障害こそ無かったものの、母子家庭であるのと髪の毛が淡い茶色である事、そして華奢で小柄な体型から、常にイジメのターゲットにされてきたのだ。

そんな里香も今や当時の彼女を知るクラスメイト達からは、必ずと言って良い程に「明るくなった」、「可愛くなった」とか言われる存在である。中学に入ったばかりの頃は、何人もの教師達に「お前、その汚い髪、何とかしろ!」「中学生のくせに、髪を染めるんじゃない!」と怒鳴られては泣いてばかりいたけど、 今やそんな教師はいない。

それに、最近の里香の髪はベリーショート。この髪型の良い所は、地毛である事の証明が容易だという事だ。だって、本当は黒髪だったとしたら、頻繁に髪を染めない限り直ぐに黒髪に戻っちゃう筈なのだから。でも、現実だと里香は淡い茶髪のまま。根本の所だけ黒くなったりした事も、一度だってない。


そんなこんなで、最近の里香の生活は快適だ。お陰で成績だってグングンと伸びて、この辺りでは一番に難しいと言われる県立相馬高校への入学が、ほぼ確実と言われるレベル。先生方の中には、「もっと良い学校も狙えるのに、この辺には無くて残念だよ」とまで言われる始末。

実を言うと、母の紀香のりかと同じ看護婦の大谷真希(まき)さんには、「紀香さん共々郡山に引っ越して、里香ちゃんに朝香あさか高校を受けさせてあげたら?」って言われているし、福島市の菅野彩佳(あやか)さんにも、「看護婦の働き口なら私が何とかするから、こっちに引っ越して、里香ちゃんを福嶋高校に入れてあげてよ?」とも言われている。

そんな話が出てくるのは、相馬高校のレベルが朝香高校や福嶋高校と比べて見劣りするからだけど、今の所、里香は南相馬を離れるつもりなんて無い。里香には、「今後、この辺りで生まれて来る『ムシ』達を守って行く」という使命があると思うからだ。


『里香はさあ、固いんだよね-』

「別に良いじゃない。だいたい、今の時点で私が福島市とかに行っちゃったら、陽菜が可哀そうでしょう?」

『どうせ、直ぐに新しい『ムシ』のっ子が出て来るんじゃないのー……。あ、そういや、陽菜が『ムシ』になったのって、去年の五月じゃなかったっけー? てことはさあ、そろそろマジに新しい子が生まれるかもだねー?」

「あ、その事なんだけどね、実は隣の中学の新入生に淡い茶髪の女の子がいるって、うちの担任の先生が教えてくれたんだ。そんでさ、昨日、その子を見に行っちゃった」

『えっ、一人で? 紀香さんは?』

「本当は、お母さんも行くって言ったんだけど、断ったの。お母さんを連れて行って、もしもガセだったりしたら困るじゃない」

『そっか。「ムシ」になる見込みの無い子を、「茶髪の子の保護者会」に入れちゃったりしたら、大変だもんねー。それで、その子とは、どうやって会ったのー?』

「あのね、放課後、直ぐに『ムシ』になって移動して、その子の中学の正門を近くの建物の屋上から見張ってたんだ」

『うわあ、なんかストーカーっぽいねー』

「それを言うなら、探偵っぽいって言ってよ」

『そんで、その子、見付けられたのー?』

「うん。バッチリだったよ。その後、上空からこっそり後を付いてって、人気が無い所で地上に降りて声を掛けたんだ……。あ、もちろん、『ムシ』の変異を完全に解いてからだよ。だって、怖がられたくないもんね」

『そんなの、当然じゃん。で、どうだったー?』

「ちっちゃくて、可愛い子だったよ。髪の毛は、私と同じくらいの淡い茶髪。たぶん、間違いなく『ムシ』になると思う」

『でもさあ、中学生なら、もう『ムシ』になってるんじゃないのー?』

「それがね、その子の誕生日、先月だったんだって」

『そっかあ。だったら、まだ『ムシ』になってなくても納得だねー』

「うん。もうすぐだと思う。その子、梅宮愛莉うめみやあいりって言うんだけど、愛音あいねちゃんっていう妹がいるんだって。漢字だと、『愛の音』って書くんだよ。可愛いでしょう?」

『ふふっ、そだねー。で、その子も『ムシ』になりそうなのー?』

「うん。その子も淡い茶髪みたい」

『ふーん。いよいよ確定だね-。天音さんには、もう報告したのー?』

「もちろん。天音さんも『大丈夫でしょう』って事だから、その子のお母さんには、うちのお母さんから連絡してもらって、一緒に訪問しようと思ってる」

『そっかあ。里香の所も仲間が増えて、賑やかになるねー』



★★★



そんな会話を真凛と交わした後の週末の朝、里香は梅宮家を訪れていた。メンバーは里香と母の紀香に加えて、木幡陽菜こはたひな陽花はるかの姉妹、そして二人の母親の木幡菜々(なな)も一緒である。

そこは意外にも小規模な病院の裏手にある一軒家で、表の病院の看板には、「内科・小児科、梅宮医院」とあった。

里香は、玄関のチャイムを押して現れた女性を見た母の紀香が、「あら、同業者じゃない」と呟くのを聞いた。白衣の彼女は、恰好からして医者か看護師に見えたからだ。どうやら、土曜の朝の八時といった早い時間を指定されたのは、土曜も開院している為らしい。


応接室には、茶髪の女性三人と淡い茶髪の娘、五人が揃った。

ホスト役の梅宮英美(ひでみ)は、玄関で里香達を見た瞬間から、今朝の訪問の主旨を理解してくれたようだった。いや、その前に母の紀香から聞いてはいたんだろうけど、聞くと見るとでは大違いなのだ。


「あの、門馬さんと木幡さんがおっしゃられる事は良く分かりました……。あの、お恥ずかしい話ですけど、実を言うと、うちの愛莉も小学校の時は、しょっちゅうイジメられていました。しかも、担任の先生が『そんな髪の毛なんだから、イジメに遭って当然だ』みたいな事を平気で言うんです。何度も抗議したんですけど、全く取り合ってくれなくて……。この四月に中学へ上がって、ようやく茶髪に偏見を持たない先生が担任になって頂いたんですけど、今まで愛莉を虐めていた子はそのままだし、今度の先生も事なかれ主義っていうか……。まあ、そんでも小学校の時よりはマシなんですけどね。当時は学校全体が敵みたいな有り様で、本当に大変でした」


英美の話では、梅宮医院の患者の中にも時々茶髪の子がいるらしい。それで彼女も、『そういう子の親達と連携が取れないだろうか?』といった事は、前々から考えていたとの事。だけど、実際にやろうとすると大変で放置していたそうだ。


「……分かります。看護師って大変な職業ですものね」

「でも、門馬さんは凄いと思います。母子家庭で看護師で、その上、そういった会の役員までやっておられるんですもの」


そうなのだ。里香の母の紀香は、一応、「茶髪の子の保護者会」の役員に名前を連ねていて、相馬地区担当という事になっているのである。


「いやいや、役員と言っても、今までは本当に名前だけっていうか、私が勧誘したのは木幡さんだけの状態でして……」

「という事は、私どもで三組目の会員という事ですのね?」

「はい……。あ、どうもありがとうございます」

「こちらこそ、わざわざ誘って頂いて、本当にありがとうございます」

「あの、お互いに忙しい立場ではあるかと思いますけど、これから親子共々親睦を深めて行きたいと思いますので、宜しくお願いします」


母親達の面会は、三十分ほどで終わった。

できれば、「ムシ」の事にも踏み込んで説明したかったけど、今日は時間が無いので断念した。どのみち、近いうちに愛莉が「ムシ」になるのは間違い無いので、最悪、その後でも良いかもしれない。



★★★



それからは、子供達だけが残って一緒に遊ぶ事になった。

五人の内、一番年上は中学三年生の里香、次が二年の木幡陽菜こはたひな、一年の梅宮愛莉(あいり)、その次からは小学生になって、四年生の木幡陽花、三年生の梅宮愛音(あいね)と続く。全員、学年はバラバラだけど、直ぐに打ち解け合う事が出来た。

なんたって、自分と同じような髪色の仲間なのだ。仲良くなって当然だ。


全員でトランプやゲームもやったけど、大半の時間は、お喋りで過ごした。みんな、同じ悩みを抱えていたりした訳で、話す事はいくらでもある。そんな中、一番年上の里香の立場は、アドバイザー。多くの「ムシ」達との交流によって、そういったトラブルの解決策について、もはや里香はプロフェッショナルなのだ。

もちろん、最終的には「ムシ」になる事で大半の悩みは解消する訳だけど、その前だって、出来る事はいくらでもある。


「一番大切なのは、親や仲間を頼る事だよ。相談するだけでも、気持ちが晴れる事があるの。私もそうだったから、人に言いたくないっての良く分かるよ。でも、それだと何も変わらないんだ」

「でも、人に言うって、恥ずかしいし……」

「あのさ、うちらは、もう仲間なんだよ。仲間なんだから、悩みを分かち合うのは当然の事なんじゃないかな?」


その後、里香と陽菜と陽花は昼食を御馳走になった後、迎えに来てくれた木幡菜々と一緒に、それぞれの自宅へと戻って行った。


そんな訳で、梅宮菜々と彼女の娘二人が、「茶髪の子の保護者会」の新たなメンバーとして加わる事になったのだった。




END052


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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