050: 美倖へのカミングアウト
◇2041年4月@東京都新宿区 <榊原澪>
榊原澪を取り巻く環境は、昨年の秋、「ムシ」になって東山紗理奈と出会ってから、すっかり好転した。その内のひとつは、長年の悩みの種だった家政婦の水森茅乃を追い出した事だけど、その後も良い方向に変わり続けている。
この四月から城北大付属女子中学校へ入学した澪は、相変わらずハッキリと友達と認識できる相手こそいないものの、社長令嬢としての多くの取り巻きがいる事で孤立とは無縁の毎日を過ごしている。以前の澪であれば、そんな状態を嫌悪していた所だが、今の澪は『本当の友人は、学外にいるから良いや』と割り切っていた。
それよりも大きな変化は、家庭内の方だ。
ひとつは、父の陸翔と兄の海渡が、前よりも遥かに多く帰って来てくれるようになった事。そして、帰って来た時は必ず澪にも言葉を掛けてくれる。もっとも、それが夜中であった場合は却って迷惑になってしまうのだが、そこは矢吹天音から聞いたドアノブに掛けておくメッセージで解決。その木板には澪の手書きで、『睡眠中~起こさないでね~』と記載してあるのだ。
他にも『集中して勉強中~邪魔しちゃダメよ~』というのもあり、こっちは早い時間に使用する事にしている。
いずれにせよ部屋には鍵が掛けられるのだが、合い鍵を使われてしまえば意味が無いので、念の為の対策である。
そんな中、目下の澪の悩みは、澪が「ムシ」になって夜間の空中散歩を楽しんでいる事に感付いていそうな二人、坂下美倖と立花奏音への対応だった。他にも家政婦の片瀬尚美もまた薄々気付いている気がするけど、職業意識からか、彼女は何も言わないだろうという確信がある。だけど、美倖と奏音へは、遅かれ早かれカミングアウトせざるを得ないって気がするのだ。
今月から城北大学に進学した美倖は、取り敢えず学業優先のようだが、相変わらず澪の家庭教師を続けてくれており、更に時間の許す限りサカキバラ商事の秘書室にも顔を出しているようだ。それに最近は、父と兄も家にいる事が増えた為、秘書室の人がタワマンの自宅に顔を出す事が増えている。そんな時、美倖が案内したり、打ち合わせに加わったりしている様子を良く目にする。
そんな多忙な状態だから、更に澪の事で悩ませてしまうのは躊躇われるのだけど、美倖と顔を合わせる度に何か物言いたげな様子なので、『そろそろ打ち明けるべき』と思ってるって訳だ。
立花奏音の場合は、全く事情が異なる。彼は、先日、澪の兄の海渡が正式に婚約した立花初音の弟であり、その婚約パーティーの後、この自宅に宿泊してもらった時に「ムシ」である姿を見られてしまったのである。
それは、澪のミスで起こったトラブルだった。その日、奏音が泊った部屋は最上階のひとつ下の来客用宿泊室があるフロアで、偶然、澪の自室の真下にある部屋でもあった。つまり、澪が昼間のストレス発散の為の空中散歩に出て帰って来た際、誤ってひとつ下の階の奏音がいた部屋へ飛び込んでしまったという訳だ。
榊原家と立花家は昔から家族ぐるみの付き合いであり、お互いの自宅を訪問したり、様々なパーティーとかで顔を合わせる機会が多い。兄の婚約パーティーの後、敢えて澪は奏音と会うのを避けてきたのだが、それから一ヶ月半が経ち、そろそろ限界になりつつあるのだった。
★★★
〈まあ、今が年貢の納め時って訳ね〉
〈紗理奈ったら、その言葉、親父っぽくない?〉
〈いやいや、問題はそこじゃないでしょうが。その奏音って人は直ぐに会えないみたいだから、やっぱり、まずは美倖さんかな?〉
この日は、吉岡苺が「ムシ」になった日の翌週の土曜日。紗理奈は、午前中の授業が終わると直ぐに「ムシ」になって飛んで来て、うちで先ほど昼食を取ってもらった所だ。
彼女が卒業した小学校は公立だったので、土曜は休みだったという。その為、土曜も授業があるのは新鮮らしい。
今日、紗理奈に来てもらったのは、誕生日プレゼントとして彼女にあげるゲームソフトを選んでもらう為。澪は、『紗理奈にだったら、何をあげても良い』と思ってるけど、そう言うと嫌がるので、『要らなくなった奴の中から選んで』と言ってみた訳だ。
ところが、さっきから「ムシ」である事のカミングアウトが話題になっていた。
〈美倖さん、さっき帰って来たみたいだよね? 今、澪が話すんだったら、付き合うよ〉
〈うーん……〉
〈どうしたの? 澪らしくないよ。それとも、美倖さんって、現実離れした話の一切を受け付けない人だとか?〉
〈いや、それは無いんだけどね……。奏音のお兄ちゃんの方は、そういうのが苦手ではあるんだけど〉
〈ふーん、そうなんだ〉
そこでノックの音がして、家政婦の片瀬が飲み物とシュークリームをトレイに載せて入って来た。
すると紗理奈が片瀬に、「美倖が部屋に居るかどうか」を訊いたのだ。
「いらっしゃいますよ。直ぐにお出かけの様子はありませんでしたが、お呼びしますか?」
紗理奈が〈どうする?〉と訊いたので、思い切って澪は、「そうね。呼んでもらえるかしら?」と片瀬に頼んだ。
「畏まりました。直ぐに、お呼びしますね」
片瀬が出て行くと、またも紗理奈が〈本当に良かったの?〉と確認してくる。
澪は、ぶっきらぼうに〈まあ、何とかなるでしょう〉と返してやった。
それに紗理奈が何かを返してくる前に、再びドアがノックされた。入って来たのは、美倖だった。
今日の美倖は、白のブラウスに紺のカーディガン、ボトムは七分丈のレギンスといった格好だ。
先に声を上げたのは、紗理奈だった。
「美倖さん、お久しぶりです」
「あら、紗理奈ちゃん。二週間ぶりって感じかしら?」
「そうですね。お忙しいんですか?」
「そうね。私、まだ大学に入ったばかりなんだけど、いきなりサカキバラ商事の契約社員って事になっちゃったの。それで、正式に秘書室勤務の辞令まで貰っちゃったもんだから、もう何が何だか分からないって感じよ」
「ふふっ、ご活躍されてるようで何よりです」
「でもね、ここに居ても、夜に秘書室の上司がいきなり現れたりスマホで呼ばれたりして、全然、休めないって感じなのよ。だから、四六時中、恰好も多少はきちんとしてなきゃなんないし……、思ったより大変なの。まあでも、上司が女性で良かったわ。変な格好でも多少は見逃してくれるもの」
美倖は、かなりストレスが溜まってるみたいだった。やっぱり、会社で働くってのは大変そうである。
「それより、紗理奈ちゃん、訊いたわよ。実力テスト、『聖女』で学年一番だったんだって?」
「えっ、澪から聞いたんですか?」
「別に良いじゃん。良い事なんだから」
「まあ、そうだけど……」
「あ、それより、美倖さん。紗理奈、昨日が誕生日だったんだよ」
「まあ、そうなのね。お誕生日、おめでとう」
「ありがとうございます」
★★★
そこらでアイスブレイクの時間が終わったと思ったのか、いきなり紗理奈が本題を切り出した。
「ところで、美倖さん。私達、そろそろ美倖さんに秘密を打ち明けようと思ってまして……」
「秘密?」
「はい。美倖さんも不思議に思っているんじゃないですか? エレベータを使った気配が無いのに、突然、私が澪の部屋にいたりだとか、夜中に窓の外で変な光を観たりだとか……」
「なるほど。オカルトじみた話になるわけね?」
「オカルトっぽい話かもしれませんが、本当の事です。知る勇気が有りますか?」
「あら、随分と仰々しい言い方をするのね?」
「そうですね。ただ、澪のご両親はもちろん、恐らく将来はサカキバラ商事の方々も巻き込んでしまう気がするので、遅かれ早かれ美倖さんは知る事にはなるかと思います」
澪には、紗理奈が先走り過ぎているように思えた。自分が「ムシ」である事がサカキバラ商事を巻き込む事になるだなんて、幾ら何でも大袈裟に過ぎないだろうか?
だけど、どのみち言う事は決まっている。『ここら辺で主導権を取るべき』と思った澪は、ようやく口を開いた。
「美倖さんは、『ムシ』って言葉、訊いた事がある?」
そう言いながら、澪は脇に置いてあったタブレット端末を操作して、壁の3Dディスプレイに「未確認飛行少女情報サイト」の画像を映し出す。
紗理奈と一緒に「ムシ」の説明を簡単に行い、「カラクサ」の画像を表示した所、やはりと言うべきか美倖が声を上げた。
「これよ。このチョウ、私、見た事があるわ」
「あの、美倖さん。もう分かってるんじゃないかと思うんだけど、これ、実は私なの」
途端に、美倖の顔が険しいものになった。だけど、否定しない所からすると、やっはり予想していたんだろう。
澪は紗理奈に目配せして自動でカーテンを閉めると、サッと「カラクサ」に変異した。
美倖は、叫び声を上げないでいてくれた。
更に、紗理奈も変異した姿を見せて、澪はカーテンを元に戻した。
「こういう子は、日本全体でどれくらいいるの?」
ようやく美倖が口を開いてくれた。
答えたのは、紗理奈だった。
「だいたい二十人って所です。と言っても、分かってる範囲での数字なので、もっと多いのかもしれません。東京近辺では、先週、ここへ来た苺を入れて三人。近場だと、宇都宮に一人、水戸に一人って感じです」
「なるほど」
「ただ、今はまだ大半が福島なんですけど、これから東京でも急激に増えると思います。実は、『ムシ』になりそうな子が私の親戚にも二人いまして、それから、今の中学の友達にもいます」
「そうなのね」
そこで、澪が口を挟んだ。
「あ、あの、美倖さん。怖いとか思わないの?」
「えっ、何で?」
心底、不思議って感じの反応だった。
「澪ちゃんに紗理奈ちゃんの事なんだから、怖い訳なんてないじゃない。その『ムシ』って言うのは、人に害をなす存在じゃないんでしょう?」
「……そうですけど」
ちょっとだけ返事が遅れたのは、紗理奈の髪操作みたいな事なら可能だからだ。澪も小さな竜巻くらいは作れる。だけど、それらは自分達を守る為の能力であって、攻撃する為なんかじゃない。
「とにかく、だいたい分かったわ。それで、陸翔さんとか綾さあんには、いつ言うつもりなの?」
「まだ検討中です」
澪は、素直に答えた。
「でも、そのうち両親にも打ち明けようとは思っています」
「そうね。まあ、時間が掛かるってのは仕方がないわね。あの方達も忙しい訳だし……、特に陸翔さんは色々と質問されるでしょうから、想定問答とかの準備も必要になるわよ。あなた達だって、言っちゃいけない事とかあるんでしょう?」
「あ、はい」
それから、澪と紗理奈は、矢吹天音や玉根凜華といった「ムシ」の先輩の話だとか、「茶髪の子の保護者会」の話とかをした。特に後者の主旨については、美倖も賛同してくれて澪はホッとした。
だけど、そうした説明の間ずっと美倖の顔が強張ったままだった事に、澪は漠然とした不安を感じたのだった。
END050R
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




