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049 :苺の現状と夢

◇2041年4月@千葉県船橋市~東京都新宿区 <吉岡苺>


吉岡(いちご)はチビである。早産だったせいで、赤ちゃんの時から平均体重に達した事は一度も無く、身長は常にクラスのワーストスリーを脱出した事も無い。

そもそも苺の家族は、全員、背が低い。それでも、父親の方は百六十五くらいだから、ギリで普通と言えるレベル。だけど、母親の冬美は百五十にようやく届くかどうかで、後ろ姿だけ見ると小学生に間違えられてしまう。

そんな両親から生まれた姉妹なのだから、苺が「チビ」で悩むのは当然の事なのだ。


苺には姉がいる。あんずという名前で、この四月から高校二年生。それでも、この姉の杏はまだ良い。母の冬美より高い百五十二センチだか三センチだか、とにかく百五十を超えているからだ。

だけど、目下、苺は百四十に届かないレベル。果たして、姉の歳までに追い付く事が出来るかどうか、とっても不安だ。


もうひとつの吉岡母子の特徴は、茶髪だ。その髪色は若い順に薄くなって行く。つまり母の冬美は普通の茶色、姉の杏は淡い茶色、苺に至っては金髪って訳だ。

でも、苺は、自分の金髪を気に入っている。金髪と言っても少し赤みが掛かっていて、ピンクブロンドっていう感じの髪だ。それに、何もしてないのにクルクルとカールしてるってのも特徴だったりする。

姉の杏は髪の毛のせいでイジメられていたとかで、自分の髪を嫌っている。その為、いつもショートカット。だけど、自分の髪が大好きな苺は、いつだって伸ばしている。


もちろん、この髪のせいでトラブル続きなのは、苺だって同じ事。船橋の吉岡家の家がある辺りは治安の良いエリアにあって、公立校でも荒れてはいない。だから杏も苺も小中共に公立校。現在、杏が通っているのも県立高校だ。

でも、いくら荒れてないとは言え、教師の質は良くない。今は昔と違い、タブレット端末とヘッドセットを使って、各自が各々のカリキュラムで自主学習するスタイル。分からない所は先生に聞いたって良いけど、それだってネットのAI(人工知能)に訊いた方が適切なアドバイスをくれる。だから、「教師の質なんて関係ない」ってのが苺達の両親の考えなのだが、本当は違う。

公立校の教師は、児童や生徒間のトラブルに最低限しか関与しない。その上、そうしたトラブルを自ら引き起こすような不良教師も中にはいたりするのだが、さすがに高所得者の子弟が揃う苺達のエリアの学校には、そうした教師はいなかった。


私立の学校であれば、教師の質が高いので、今でも直接に勉強を教えてくれるそうだ。当然、それも個別指導に近いやり方だから、効率が良い。上位の中高一貫校だと、高校の一年生辺りで全ての先取り学習を終えてしまい、残りの二年間は大学受験指導オンリーって所だってあるという。

公立校の場合、学校での勉強で足りない部分は塾か家庭教師で補うって事なんだろうけど、そうなると金銭的に私立と変わらなくなってしまう。だから世間一般では、公立校よりも私立って流れみたいだ。


さて、「勉強を教える」という機能の大半を取り上げられた教師は、普通であれば生徒指導にのめり込む事になる。それも、質の良い教師が適切な指導を行う分には問題無いが、悪質な教師の場合、ストレス発散の為の生徒指導になりがちである。

当然、どの教育委員会も、教師の質向上の為の指導を強化してはいる。だけど、各自治体も財政悪化で、常に人員不足。監査を行おうにも時間が無いのだから仕方がない。

結果として、一定数の「いない方が良い教師」が生まれ、そうした教師の下で自暴自棄になった生徒が公立校を荒廃させて行ってしまうのである。


そんな環境の中、小学校の時の苺は、常にイジメのターゲットにされた。目立つ髪の毛のせいで教師も彼女を敵視する中、苺は自分で自分を守らないといけない。一年生の時、姉の杏は五年生だったけど、杏もまたイジメを受けていた為、頼る事は出来なかった。

早産の上に早生まれだった苺は、人並み外れて身体からだが小さい。非力な彼女が出来る事と言ったら、「逃げる」一択だ。

幸いにも運動神経だけは良かった苺は、すばしっこい。髪色のせいで目立つのが難点だが、それを補う程に足が速かった。

その結果、小学校の六年間を苺は、ハイスペックの敏捷性を武器に、ひたすら「逃げる」事で乗り切ったのである。


そうした状況は、四月に中学生になっても全く変わってはいない。いや、むしろ他の女子が苺よりも早く成長期を迎え、男女の肉体的な差異が明確になった事で、いよいよハンディが乗り越えられない壁として立ちはだかりつつあった。

そんな現実に、打ちのめされ掛けていた中での「ムシ」発現である。苺にとっては、まさに渡りに船だったのだ。何故なら、今後は如何いかに追い詰められようとも、一度ひとたび「ムシ」になってしまえば、確実に逃げ切る事が出来るのだから……。



★★★



苺の好きな物。それは、「カッコ良い」と「カワイイ」である。

生まれ付き多感な少女であった彼女は、誰よりも好奇心旺盛で、流行とかに敏感だった。


小学校の頃に苺がのめり込んだのは、アニメの「魔法少女」と「女性アイドルグループ」だ。どちらも、「カッコ良い」と「カワイイ」満載の存在だったのだ。

そして最近の苺がハマっているのは、新旧の女性ロックバンド。それも、ハードなのが大好き。当然、ビジュアルにもこだわりがあって、お気に入りは苺のようなピンクブロンドだったり、もっと派手な赤や青に染めたりメッシュに入れたりするミュージシャン。今のイチゴが扱える楽器はキーボード系オンリーだけど、いつかはエレキギターがやってみたい。


ちなみに男性は、アイドルでもミュージシャンでも全て対象外。それは彼女が幼少時から男の子に虐められ続け、学校に上がった後も男性教師の理不尽な暴力紛いの行為を受けてきたからに他ならない。もちろん、彼女が肉体的な幼さから性的に未熟なのも理由のひとつかもしれないが、恐らく、そっちは些末な事。

苺の憧れは、「カッコ良い女」「カワイイ女の子」なのだ。


そして、そんな苺にとって、「ムシ」という存在は、まさに彼女の理想そのものだった訳である。



★★★



「ムシ」になってからの苺は、見る物の全てが以前とは違って見えた。どこがどう違うかって言われると困るけど、なんかキラキラと輝いて見えるのだ。ひとつは、「ムシ」の能力で前よりも視力が向上したって事だけど、心に余裕が出来たからってのも大きい筈。やはり、いつだって逃げられる手段があるのは安心できるものだし、多くの信頼できる仲間が得られたっていうのもそうだ。


〈まあ、当然だと思うよ。私もそうだったもの〉

〈へえ、みおもそうだったんだ。紗理奈は?〉

〈紗理奈は、もっと壮絶だよね。「ムシ」になった時は、死に掛かってたんだから〉

〈えっ、マジ?〉

〈うん。私、担任の女教師から虐待されててさ。そいつの指示で私は不良男子達に体育館の裏へ連れて行かれて、殴る蹴るの暴行を受けた上に、雨の中に放置されたんだ。そんでも死ななかったってんで、その次は、そいつ自身が私に拳銃を向けてきて……〉

〈ええーっ、それで、どうしたの?〉

〈もちろん、「ムシ」になって脅してやったよ。「ムシ」になっちゃえば、銃弾なんて効かないからね〉

〈うわあ、かっちょ良いかも〉

〈でも、私みたいな経験は、割と他の子もしてるよ。郡山の凜華りんかさんだって、担任教師に窓から突き落とされて、直ぐに「ムシ」になったから助かったって話してたし……〉

〈ふーん、そうなんだ〉


今日、苺がいるのは、榊原(みお)の部屋。さすが社長令嬢だけあって、なんと、澪の部屋は新宿のタワマン最上階にある広い広い部屋なのだ。

次に口を開いたのも紗理奈で、その次は澪だった。


〈後はさ、「ムシ」になって明るくなったとか前向きになったって話も良く聞くよね〉

〈言われてみれば、私もそうかも。前の家政婦の茅乃かのを押い出したのだって、「ムシ」になった事と紗理奈がいなかったら無理だっただろうしね〉

〈えっ、家政婦さん?〉

〈うん。私、前の家政婦のオバサンにイジメられてたんだ〉

〈へえ、みんな、色々あるんだね〉

〈そうそう。だから、苺が「ちっこい」のなんて、大した事ないんだからね〉

〈もう、澪ったら、また「ちっこい」って言う〉


一応、拗ねてはみたものの、苺は「ちっこい」と言われても前ほど怒らなくなっていた。身体からだの方もそうだけど、自分の翅が小さいのは事実だからだ。

ここに来た時だって、そうだった。紗理奈は、〈ほんの十五分も掛かんない〉って言ったのに、苺にとって大変だったのだ。途中で首都高を走るトラックの荷台に乗る「すべ」を覚えなかったら、辿り着けなかったかもしれない。


〈まあでも。苺がカワイイのって、「ちっこい」からでもあるんだよねー〉

〈ふふっ、やっぱ、カワイイは正義だよね……って、アタシ、なんか誤魔化されたような……〉

〈気のせいだと思うよ〉


『まあいっか』と思った苺は、代わりに、さっきの提案を蒸し返してやる事にした。


〈それよりさあ、さっきアタシが言った「ムシ」達のアイドルグループ結成、前向きに考えてよ。まずは、ストリート活動からでも良いと思うんだ……。あ、そうだ。「金髪少女隊」って名前とかどう?〉

〈嫌だよ〉

〈てか、ネーミングがダサい〉


二人にには、またもや速攻でダメ出しされてしまった。


〈てか、「ムシ」の子は目立っちゃダメだって言ったじゃない。苺だって、マッドサイエンティストなんかに捕まって、人体実験とかされたら嫌でしょう?〉

〈そんなの、「ムシ」だってのを隠せば良いだけじゃん〉

〈あのさ。基本、「ムシ」の子は陰キャが多いの。そうやって目立つのって、みんな、嫌がると思うよ〉


苺は、『絶対、上手く行く筈』って思うのだが、どうにも仲間達のガードは固くて、なかなか説得するのが大変そうである。

もっとも、苺は簡単に諦めるつもりなんてない。なんたって、アイドルになるのは、小さい頃からの苺の夢なのだ。

だから、苺は、これからもアイドル活動の事を何度でもしつこく説得し続けて行くつもりなのだった。




END049


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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