047 :最高の誕生日プレゼント(2)
◇2041年4月@千葉県船橋市 <東山紗理奈>
十三歳の誕生日、東山紗理奈は最高の誕生日プレゼントを得る事になった。それは、大好きな「苺」である。
もちろん、食べ物のイチゴじゃない。とても大切な新しい仲間だ。
その子の家は、東山邸から東の方角に十キロ程度離れた距離にあった。
天井から紗理奈が忍び込むと、その子がいる部屋の中はハードロックが大音響で流れていた。一瞬たじろいた紗理奈だったが、一応、お目当ての少女を見付けてホッとした。
既に薄っすらと光を纏った彼女は、きつく目を瞑っていて、激しく身体をスイングさせている。
以前は耳が良く聞こえなかった紗理奈は、同世代の子供達と比べてあまり音楽を聞いて来なかった。だからこそ目の前の少女の存在は、紗理奈にとって新鮮だった。
クルックルの背中まで届くゆるふわの髪は、ブロンド……、いや、ちょっと赤みが掛かっているから、ピンクブロンドって奴だろうか? 光を纏った髪がリズムに合わせて揺れ動き、キラキラと輝いて、とても綺麗だ。
服装は、どぎついピンクのジャージ、たぶん部屋儀なんだろう。全身がほんのりと光を纏っているせいで、色が幾分マイルドに感じられる。
部屋は、それほど広くないけど、それでも八畳以上はあるだろうか? 学習机と本棚、ベッドとドレッサーの他に、アップライトピアノが置かれている所からして、たぶん防音がしっかりしているんだろう。
彼女が目を開いた。驚きの表情を浮かべて、何度も瞬きをしている。
紗理奈は、既に変異を解いていた。今の恰好は、普段着のふんわりとしたワンピース。色は水色でフリルは少なめだ。
〈あんた、誰?〉
その子は、『当然、自分には知る権利がある』と言わんばかりの口調で紗理奈を詰問した。既に変異が進んでいるからか、声でなく心話だ。
だけど大音響の中なので、迫力は無い。てか、心話じゃなかったら聞こえなかったかも。
その事には彼女も気付いたのか、音量を下げてくれた……と同時に、紗理奈が答えた。
〈東山紗理奈〉
その子は、紗理奈の顔をじっと見ていた。
〈あんた、綺麗な蜂蜜色の髪なのね〉
〈あんたの髪の毛も綺麗だよ〉
〈そう? ありがと〉
その子は、全く動じていない様子だった。案外、さっきまで聞いてた音楽の影響で、ハイになってるのかもしれない。
〈あ、そうだ。アタシは、吉岡苺よ。宜しくっ!〉
〈えっ、マジでイチゴちゃんなの?〉
〈そう、苺。ショートケーキの上に載ってる奴〉
〈うわあ、私、イチゴ大好き〉
どうやら、本当に彼女の名前は、「苺」と言うらしい。
紗理奈は、改めて「苺」の顔をまじまじと見た。
嫌だーっ、この子、マジで可愛いかも!
どこがどうのじゃなくて、全部が可愛い。なんか、ちっちゃくて守ってあげたくなっちゃう!
ところが、自分でも気付かないうちに顔がにやけていたようで、〈あんた、ちょっとキモいんだけど〉と言われてしまった。
〈キ、キモいって何よ。「宜しく」の次が「キモい」って酷くない? お姉ちゃん、傷付くんだけど〉
〈お姉ちゃんって何よ。あんた、小学生じゃないの?〉
〈違うよ、今月から中学生〉
〈じゃあ、アタシと同じじゃん〉
〈えっ、同じ?〉
考えてみれば、有り得る事である。でも……。
〈あんた、チビじゃん〉
〈チビ言うなっ!〉
拗ねられてしまった。
〈ごめん、ごめん。じゃあ、お詫びの印に、私の本当の姿を見せてあげる〉
紗理奈は、自分の変異した姿を見せてあげる事にした。どうせ直ぐに見せる事になるし、何となく『この子なら大丈夫』と思ったからだ。
だけど、いきなり現れた巨大な黒い翅を目にした苺は、すっかり固まってしまった。
そして、三秒後……。
〈キャーッ!!〉
耳をつんざくような甲高い悲鳴が、紗理奈の頭の中で響いた。
この時の紗理奈は、床から十五センチほど足が浮いている状態。背中の翅は大き過ぎて、ほんの一部しか部屋の中に留まってはいない。大部分が床と天井と壁の向こうにあるって感じだ。
それでも苺には、紗理奈の姿がチョウだと分かったみたい。震える指で紗理奈の胸辺りを差して、口をパクパク動かしている。
〈お、お化けのチョウ……〉
投げ付けられたのは、恐怖の感情を伴う心話だった。最初はムカついたけど、その時の苺の姿を見たら、一瞬でネガな感情が吹き飛んだ。小柄な苺の背中に、小さな丸っこい二対の翅がひょっこりと現れたからだ。
サイズは「シジミ」なんだろうけど、大きい方でも八十センチくらいしかない。つまり開長二メートル未満って事。色は赤で、無数の黒い斑点が散らばっている。まるで名前と同じ苺みたいで、すっごく可愛い。
〈あんただって、同じだよ。自分の背中、見てみなよ〉
苺は一瞬、何を言われたか分からなかった様子。それでも三秒後には首を後ろに回して、顔に驚愕の表情を浮かべた。
〈な、何なのよ、これ?〉
〈あら、不満なの? 可愛いじゃない〉
〈うーん、確かに可愛いかもだけど……、てか、何でアタシの背中に、こんなのがあるのよー?〉
〈何でって言われましても……、うーん、「ムシ」だから?〉
〈「ムシ」? そりゃ、チョウは虫かもしんないけど……〉
〈もう、つべこべ言わないで、ほら、行くよ〉
説明が面倒になった紗理奈は、苺を空へと促した。
だけど……。
〈えっ、空? あんた、何言ってんの?〉
〈だ、か、ら、私の後を付いてきなさいってばっ!〉
心話に強めの思念を込めて飛ばした紗理奈は、ゆっくりと翅を動かして天井へと消えて行く。
最初は間抜け面だった苺からは、〈付いてくって、どうすりゃ良いのよっ!〉という心話が届いていたけど、そんな「シジミ」の彼女にも「ムシ」の本能は備わっていたみたい。直ぐに小さな翅をバタバタさせて、懸命に後を追って来る。
そんな苺が飛んでる所は、やっぱり、とっても可愛かった。
★★★
取り敢えず、吉岡苺の家の上空百メートルでホバリング状態だった紗理奈は、ようやく小さな「シジミ」の翅の子が追い付いて来たのを見て、〈じゃあ、ちょっと移動しよっか?〉と言うと同時に、もう少し高度を上げて水平飛行。目指すは、東京ネズミーランドのシンデレラ城だ。
〈ちょっ、ちょっと待ってよー〉
〈もう、こんでも精一杯ゆっくりなんだから、もう少し頑張りなさい〉
〈ええーっ、そんなあ……〉
当然、苺も付いてくるけど、びっくりするくらい遅い。もちろん、紗理奈だって、普段の半分以下のスピードで飛んではいるけど、それでも直ぐに距離が開いちゃうから、それこそ三十秒毎にホバリング状態で待ってなきゃいけない。まあ、苺が飛んでる所を見るのも楽しいから、別に良いんだけど……。
その苺は、時々タワマンとかの高いビルにブチ当たりそうになって、ギャーギャー喚いてばかりいる。急に停まったりするから、浮力が足りなくて急降下。その後、懸命に羽ばたいて、元の所まで戻って来ては、またぶつかりそうになってを繰り返したりしている。
〈あのさー、別にぶつかったって、すり抜けちゃうだけなんだから関係ないんだよ〉
〈えっ、どういう事? うわあ……〉
紗理奈の心話で注意散漫になったからか、いきなり雑居ビルの壁面に突っ込んで行った。
紗理奈が〈大丈夫?〉と尋ねると、〈大丈夫〉と返ってくるので、たぶん、問題ないんだろう……と、思っていたけど、なかなか出てこない。仕方がないので、屋上からダイブ。居場所は何となく分かっているので、使われてないエレベーターの通路を真下に降りて、問題のフロアに突入した。
と言っても、変異は解いてドアノブをゆっくり回し、そーっと中に忍び込んで、直ぐに壁にへばり付く。気配を消してフロアに目を走らせると、反対側の隅の方に人だかりが出来ていた。
再び薄っすらと光を纏った紗理奈は、急いで集団の方へ近寄って行く。やはり、集団の真ん中には苺がいて、周囲を残業中のオジサン達が取り囲んでいるようだ。
アッチャー、いきなり修羅場じゃん!
紗理奈も似たような経験をした事があるけど、違うのは、オジサン達が箒だとかモップだとかを持って構えてる所だろうか?
紗理奈の目からすると、いたいけな少女を集団で襲おうとしている場面に見えちゃうんだけど、オジサン達の方こそ、むしろ決死の思いなんだろうなあ……。
〈こら、苺。そんな所にぼやーっと突っ立ってないで、さっさとずらかるよ〉
〈えっ、ずらかるって、どうやって?〉
〈もう、しょうがないなあ〉
紗理奈は、自分もパッと「ムシ」の姿になって、オジサン達の輪の中に飛び込んで行く。そして苺の身体をすり抜ける際、〈付いて来て〉と言い残して窓から外へと出て行ってしまう。
ビルの外でホバリングしながら『大丈夫かなあ?』と思って見ていると、ちゃんと苺は、外へ出て来てくれた。
〈今の状態はね、実体が無いから、壁でも窓でもすり抜けちゃうの〉
〈えっ、マジ?〉
〈嘘だと思うんだったら、もう一度やってみたら?〉
紗理奈の言葉を受けて、苺は近くのマンションに飛び込んで行った。そこに住んでた人にとっては、とんだ迷惑だろう。「ご愁傷様です」としか言いようがない。
〈分かった?〉
〈うん、分かったあ〉
〈だったら、さっさと行くよ〉
こうして、苺を連れた紗理奈は、普段なら五分で行ける距離を二十分も掛けて、東京ネズミーランドへ到着したのだが……。
〈もう、紗理奈ったら、遅いっ!〉
シンデレラ城の塔の上で待ち構えていたのは、待ちくたびれたといった様子の榊原澪だった。
その澪は、百メートル程の距離にまで近付いた紗理奈に訊いてきた。
〈それで、新しく「ムシ」になった子はどうしたの? 紗理奈と一緒じゃなかったの?〉
〈あのさあ、澪……〉
〈うーん、この辺に居そうなのは分かるんだけど……。えっ、まさか、そのちっこいの?〉
その心話は、当然、吉岡苺にも届いていた訳で……。
〈ちっこい言うなあーっ!〉
苺の絶叫が、澪と紗理奈の脳内に届いたのだった。
END047
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




