046 :最高の誕生日プレゼント(1)
◇2041年4月@千葉県浦安市 <東山紗理奈>
首都圏で三番目の「ムシ」が千葉県船橋市で生まれたのは、東山紗理奈が東京精霊女学園中等部に入って、最初の実力テストの結果を手にした週の金曜日の事だった。
その日、四月十二日は紗理奈の十三回目の誕生日。かつてガガリーン少佐が、人類で初めて大気圏を脱出した日である。紗理奈は、結構その偶然を気に入っていた。
そんな特別な日に生まれた少女が、光の翅を持って自ら空を舞う。それって、とっても素敵な話じゃない!
もっとも、東山家では紗理奈の誕生日なんて、存在すら忘れられてるレベル。今までの十三年間の人生で、祝われた事なんて一度もない……と、そう思っていたのに、今年は違っていた。
朝一番に家政婦の松川愛子が、「お嬢様、お誕生日おねでとうございます」と言ってきたのだ。
「えっ、私の誕生日なんて、どうやって知ったの?」
「東京精霊女学園の願書を書いたのは、私なんですよ。他にも様々な書類を代筆させて頂いているうちに、お嬢様の誕生日はすっかり覚えさせて頂きました」
「なるほど、そうなんだ」
それからダイニングへ行くと、テーブルの真ん中に大きなホールケーキがあって驚いた。紗理奈の好きなイチゴが上にいっぱいあって、その所々に細いろうそくが十三本立っている。
テーブルには父の孝太郎が、厳めしい顔で座っていた。
「さあさあ、お嬢様はこちらへ来て、ろうそくの火を消して下さいませ」
紗理奈は、家政婦の松川に言われるがまま、ふーっと息を吹いてろうそくの火を消した。一度じゃムリだったので、三回に分けてやった。
終わると、父が厳めしい顔のままで手を叩いてくれた。
「さあ、旦那様」
「分かった……。紗理奈、誕生日、おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
何ともぎこちない誕生日会だ。
「朝ですいません。旦那様が夜は遅くなってしまうとの事なので、朝になってしまいました」
「若菜と倫太郎は、まだ寝ているらしい。まあ、若菜が居ると煩いから、ちょうど良いかもしれんな」
「でも、今日は金曜日なんじゃ……」
「今日は、倫太郎の学校が創立記念日で休みなんだそうだ」
「そうですか……」
「このケーキは、後で倫太郎にも食べさせてやろう」
この父の言葉で、「Happy Birthday To Sarina」と書かれた中央のチョコレートは、倫太郎の為に残しておく事になった。たぶん、母の若菜に対しては、嫌味になるんだろうけど……。
「では、お嬢様。今朝は、まずこちらを食べて頂いてから、デザートにケーキをお召し上がり下さいませ」
今朝の朝食はケーキだけかと思ったら、ちゃんとアメリカンな朝食が出てきた。つまり、パンケーキ、ベーコンエッグ、グリーンサラダといった内容である。
飲み物は、紅茶にしてもらった。そして、デザートにイチゴ満載のケーキを堪能した紗理奈は、父が会社に行くのを見送った後、自分も制服に着替えて迎えの車に乗り込んだ。
実は、その時、玄関から弟の倫太郎が姉の背中をじっと見詰めていたのだが、当の紗理奈がそれに気付く事は無かった。
★★★
紗理奈が車に乗り込んだ時だった。突然、何となく胸がざわつく感覚があった。
彼女は、その感覚を知っていた。榊原澪が「ムシ」になった時に感じたのと同じだ。石井めぐみの時も感じたけど、あの時は弱いものだった。となると、今回は近くって事だろうか?
それでも、まだ切羽詰まった感じでは無かったので、取り敢えず矢吹天音、手塚真琴、榊原澪》、石井めぐみの四人に、『また新しい「ムシ」の子が生まれそうです』というメッセージを送った。
返事は直ぐに来た。今回は、澪だけが「ムシ」の予兆を感じ取れたみたいだ。だけど、その澪の感覚もあいまいなものらしい。と言っても、彼女の場合は初めてみたいなものだから、仕方がないのかもしれない。
その澪が追加で、『紗理奈、ハッピーバースデー!』のメッセージを送って来た。どうやら、今になって急に思い出したみたいだ。
だけど紗理奈は、素直に『澪、ありがとう』と返しておく。こうやって友達と誕生日のやり取りをするのも初めての事で、少し照れ臭い。
そうこうするうちに、学校へ到着。
昼休み、小川真花にボソッと「実は今日、私の誕生日なんだ」と言ったら、デザートのプリンを奢ってくれた。
「ふふっ、ありがとう……。私ね、実は今朝、たぶん生まれて初めて、お父さんに『誕生日、おめでとう』を言われたの」
何故か気が付くと紗理奈は、真花に家庭内の問題を打ち明けてしまっていた。
「……だからね、私が公立の小学校に通ってたのを堀内先生が、『ご家庭の教育方針』とか言ってたけど、お父さん、本当は『私が公立校へ通ってる事を知らなかった』ってのが真相なんだ」
「えっ、『知らなかった』って?」
「知らなかったの。誰も関心がなかったのと、当時の家政婦も私の両親に言われた事しかしない人だったから、そうなっちゃってたってわけ」
「酷いね」
「でしょう? でも、最近、お父さんが私に歩み寄って来るようになって、それはそれで少し気持ち悪いっていうか……」
「あ、それなら、なんか分かる。で、お母さんは?」
「お母様は、相変わらず私には無関心って感じ……あ、そんでも、この学校に入れって言い出したのは、お母様なんだ」
「ふーん。お母さんには『様』付けなんだね」
「うん。何でも旧華族の血を引くらしくて……。もう、関係ないのにね」
「ふーん。紗理奈が色々と大変なのは、良く分かったわ」
★★★
そんな話をしている間にも、「胸がざわつく感覚」は続いていた。そして、放課後になった時、その感覚は、初めて「呼ばれてる」に変わった。
それと方角は、明らかに「東」だった。それも、かなり近くだ。てことは、船橋辺りだろうか?
マンガやラノベに出てくる昔の中学校だと、部活とか委員会活動とかに全員参加ってのが良くあるけど、今は一部の生徒だけがやるって感じだから助かる。当然、紗理奈も真花も、そういうのは絶対に願い下げ。だから、授業が終わると、さっさと車に乗って帰っちゃう。
本音を言えば、「ムシ」になって飛んで行きたい所だけど、さすがに目立ってしまうのでやらない。もっとも、帰りのシェアカーは今の所、一人乗車だし、自動運転だから、「ムシ」になって帰ってしまっても問題は無いんだけど……。
問題になりそうなのは荷物だけど、紗理奈の場合、大きな物はタブレット端末だけ。それくらいなら、「ムシ」になっても運べるから大丈夫。まあ、真花の方は、トートバックに色々と入れてるみたいだから、駄目そうではあるかも。
そういや、真花は、いつになったら「ムシ」になるんだろう? 紗理奈の感じだと、もうすぐって気がするけど……。
そんな事をあれこれと考えているうちに、車は家の前に着いてしまった。
★★★
ところで、紗理奈が一番に好きなケーキは、昔から「イチゴのショートケーキ」である。理由は、自分でも良く分からない。だけど、ケーキの上にイチゴが載っていると、何となく胸が高鳴ってしまうのだ。
それと、好きな果物もまたダントツでイチゴだ。特に、大粒の佐藤錦は大好物。当然、この事は家政婦の松川愛子も良く知っていて、今朝はイチゴのホールケーキがダイニングのテーブルに置かれていたって訳だ。
紗理奈が帰宅して着替えを終えると、早速、松川が紅茶とケーキの残りを出してくれた。
紅茶は、香り強めのアールグレイ。甘いケーキと一緒なら、少し渋めの方が良い。
「お嬢様がお出かけになられた後、実は倫太郎お坊ちゃんが騒がれて大変だったんですよ」
「えっ、どういう事?」
「お坊ちゃんは、お嬢様に『お誕生日、おめでとう』を言いたかったみたいですね。それなのに起こしてくれなかったって、岡田さんを困らせてました」
岡田さんというのは、もう一人の家政婦の人だ。今年になってから勤め始めた人で、見た目は普通のオバサンって感じ。一応は、優しそうではあるんだけど、ほとんど話した事が無いので本当の所は分からない。
前の人もそうだったように、どうせ母の若菜に「娘の方とは、口を利いちゃ駄目よ」とでも言われているに違いない。
「でも、変ね。倫太郎は、私の誕生日なんて知らないでしょうし……あ、ハッピーバースデーのチョコを見たんだね?」
「すいません、そうじゃないです。以前、訊かれた事があったんで、私が言っちゃいました」
「な-んだ、そういう事なのね」
紗理奈は、『弟には少し可哀そうだったかも』と思いながらも、「仕方がない」という言葉で打ち消した。
たぶん、弟の倫太郎は、母と私との対立を悲しがっている。それが小学二年生の弟には何もできなくて、色々と悩んでいるのかもしれない……。
いやいや、それは私の推測に過ぎないじゃない。てか、むしろ願望というべきかも。気を付けないと、倫太郎に余計な負担を掛けちゃう。
そもそも、倫太郎が本気で姉とコンタクトを取ろうと思うのだったら、幾らでもやりようがある筈。幼いながらに必死で考えて、自分のやり方で思いを伝えれば良い。
紗理奈は、それを気長に待つ事にしていた。
自室に戻った紗理奈は、夕食の時間まで一心不乱に勉強した。
そして、再び自室に戻ると直ぐに「ムシ」になって、夕闇に染まる春の空へと舞い上がったのだった。
END046
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




