045:紗理奈の中学デビュー(3)
◇2041年4月@東京 <東山紗理奈>
少しだけ胸を高鳴らせた校舎裏呼び出しイベントが空振りに終わった事で、東山紗理奈は、これからの六年間の学園生活が急に色あせたものに思えてしまった。考えてみれば女子しかいない学園生活に、早々刺激的な出来事なんてあろう筈がないのだ。だったら、別に学校なんて来なくたって良い。
去年の夏休みから半年以上続いた自宅学習が、どうしても紗理奈に、そんな思考を与えてしまう。
そもそも学生の本分は勉強で、目標は良い大学へ入る事。つまり、具体的には、日本の最高学府である東京大学に合格しさえすれば、誰も文句は言わないだろう。
それが紗理奈には、そんなに難しいと思えなかった。
「未確認飛行少女情報サイト」を主宰する関口さんだって、合格したんだから……。
校舎裏呼び出しイベントの翌日の昼休み、紗理奈が浮かない顔をしていたからか、小川真花に「どうしたの?」と訊かれたので、つい思っていた事を話してしまった。
「うーん、別に学校なんて来なくても良いってのは賛成なんだけど、親がうるさくない?」
「それは、そうかも」
確かに、入学式の時に少しだけ会った真花の母親は、うるさく『学校へ行け』と言いそうだ。それに紗理奈の場合も、父の孝太郎は同じ事を言うような気がする。
ここは公立校とは違うのだ。少々煩わしい事があるとはいえ、命が脅かされる事なんて滅多に起こりそうにない。
「まあ、つまんないってのはあるよね」
「だよねー」
こんな風に溜め息が出てしまうのは、昨日の校舎裏呼び出しイベントで、今朝から紗理奈への悪口がピタッと止まったからだ。それと合わせて、下駄箱への生ゴミの投げ込みも今朝は無かった。
ただし、クラス内での紗理奈の位置付けは、「化け物」扱いだって気がする。まあ、実際に「ムシ」という「化け物」ではあるんだけど……。
★★★
ところが、この日の午後になって、「化け物」扱いであった紗理奈の教室内ヒエラルキーは、一気に不動のトップにまで浮上した。
理由のひとつは、先週末に行われた実力テストで、紗理奈が学年一位、県内二位、全国八位という好成績を叩き出したからである。それと合わせて、真花の順位も学年四位である事が判明。彼女もまた紗理奈と同様の下剋上を果たす事になった。
「ねえ、私、不思議なんだけど、小川さんって、初等部の時から優等生だったんだよね? それなのに、何でイジメに遭ってたの?」
「うーん、別にどうでも良いって思ってたから、あんまり考えた事ないかも」
「呆れた」
「そういや、初等部の時は、学年順位とかを先生が言う事が無かったかもしんない」
「てことは、小川さんが優等生だって、誰も知らなかったって事?」
「私って、バカだって思われてたのかなあ。うーん、考えてみると、それって嫌かも」
どうやら真花は、元から他人に関心がない性格のようだ。
ちなみに、紗理奈と真花の順位を公表したのは、担任教師の堀内杏里である。案外、彼女は紗理奈と真花へのイジメを知っていたのかもしれない。
更に堀内先生は、余計な事まで口にした。
「あ、そうそう。皆さん、東山さんの事、『公立校出身だから、貧乏だろう』とか思ってるかもしれないけど、違うからね。ご家庭の教育方針で、公立校に通ってただけだから。彼女のお父さん、東山モビリティの社長だから……あ、創業者でもあったわね」
紗理奈を、不動の教室内ヒエラルキートップへと押し上げた理由のもうひとつは、堀内先生のこの言葉である。
これには、休み時間になった途端、真花までもが過剰に反応した。
「東山さんって、社長令嬢だったんだね。ごめんなさい。私、堀内先生が言うように、『おうちが貧乏なのかな』って何となく思ってた。誤解してて、本当にごめんなさい」
真花が思いっ切り頭を下げてきたので、紗理奈は慌てて「頭、上げてよ」と言った。
「別に、偉いのはうちの父親であって、私じゃないから。それより、そろそろ『紗理奈』って呼んでくれない? 私も『真花』って呼ぶからさ」
「あ、そうだね。うん、頑張って、そうする」
「いやいや、そんな事で頑張らなくて良いから」
こうして、小川真花は、紗理奈の「ムシ」以外での友達第一号になったのだった。
とはいえ、それは、ほんの僅かな間でしか無かったのだけど……。
★★★
そんな事があった日の翌朝、紗理奈は父の孝太郎と朝食を取っていた。今週、父と朝食の席を共にするのは、木曜の今日で既に三度目である。
「今度の実力テストも全国で一桁だったようだな」
紗理奈は、堀内先生から受け取ったテスト結果を、昨日の夜、そっと父の書斎の机に置いておいたのだ。
「まあね。てか、私より良い成績の子が七人も居る方が驚きだよ」
「そりゃ、日本中を探したら、それくらいは居るだろう。『聖女』で学年一位ってだけでも、凄い事だと思うぞ」
「そっかなあ」
「それと、松川さんから聞いたんだが、友達が出来たそうだな」
「うん。出来た。と言っても、私と同じ金髪の子なんだけどね」
「金髪? 外国人か?」
「ううん。私と同じって言ったでしょう? 日本人だけど、金髪なの」
「ああ、そういう事か」
「その子、三人姉妹で、お姉さんは茶髪なんだけど、妹ちゃんも金髪なんだって」
「そうか」
「うん。江東区のタワマンの上の方に住んでるらしいよ。なんか、IT系の会社なんだって」
「なるほどな」
最近の紗理奈は父との会話にすっかり慣れて、気が付くとペラペラと喋っているのが常だった。
「そういや、他にも金髪の子と友達みたいだな」
「うん。ネットで調べてみると、私と同じくらいの歳で、金髪かそれに近い髪の毛の女の子が割といるみたいなの。それで、連絡を取り合って、たまに会ったりしてるんだ」
「そうか」
そんな会話をしながら、しきりに紗理奈は父の顔を窺っている。もちろん、「ムシ」である事をカミングアウト出来るかどうかを判断する為だ。
でも、父の孝太郎はリアリスト。今の所、父が「ムシ」のような非現実的存在を認める所なんて、到底、紗理奈には想像できそうもない。
ところが、その時、父が突然に思い掛けない事を話し出したのだ。
「そういや、お前は、サカキバラ商事って会社、聞いた事があるか?」
当然、良く知っている。
「うん。セキュリティの総合商社だよね?」
「ああ、そうだ。うちとも取引がある。実は、こないだの得意先のパーティーで聞いたんだが、そこの社長の娘さんが純粋な日本人にも関わらず、お前みたいな金髪らしいんだ」
紗理奈は、ここで、その子と友達であるのを明かすべきかどうか、必死に考えた。ところが……。
「社長、そろそろ、お時間です。急いで頂けますか?」
最近、良く顔を合わせる秘書の人が、父を呼びに来たのだった。
★★★
「……てことは、紗理奈ちゃん、中学デビューは、まずまずの成功だったって訳ね?」
「そうでしょうか?」
「だって、いきなりお友達が出来たんでしょう? それに教室じゃ、ほとんどの子が紗理奈ちゃんを崇拝してるって事じゃないの?」
「あの、天音さん。私、崇拝だなんて言ってないです」
「だけど、紗理奈ちゃんの話を聞いてると、そういう風に思えちゃうのよね……。まあ、紗理奈ちゃんの頭が良いってのは、今に始まった訳じゃないから、当然だとは思うんだけど……。ああ、関口さんにしろ、紗理奈ちゃんにしろ、私の周りって、どうしてこうも頭が良い子ばっかなんだろう……」
「いやいや、天音さんだって関口さんと同じ岩木高校に進学できた訳だから、充分に頭が良いって事じゃないですか?」
「うーん、本当に充分なのかなあ?」
どうやら、今日も矢吹天音は、少々愚痴っぽいようである。
「それに、さっきの話ですけど、別に友達が出来たって言っても、その子、間違いなく『ムシ』予備軍だと思うんです。だから、どっちみち私とは友達になってたと思うんですよね」
「そっか……。あ、そうだ。紗理奈ちゃんがカミングアウトに時間が掛かるんだったら、その子のご両親を『茶髪の子の保護者会』に取り込んじゃうってのはどうかしら……。あ、でも、紗理奈ちゃんの巨大な翅を見せちゃうと、ドン引きされちゃうかもしれないわね。うーん、澪ちゃんのも、イマイチ巨大なんだよなあ……」
そのように何となく天音が消極的だった事もあり、小川真花の両親を「茶髪の子の保護者会」に取り込む話は、取り敢えず先延ばしになってしまったのである。
END045
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次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




