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038:卒業式と新しい仲間

◇2041年3月@千葉県浦安市~茨城県霞ケ浦周辺 <東山紗理奈>


東山紗理奈(さりな)は散々考えた末に、しばらくの間、「うかいすぐる」の事を誰にも言わないでおく事にした。

特に矢吹天音やぶきあまねに黙っているのは心苦しいのだけど、正直、何て話したら良いのかが分からないのだ。そもそも、自分でも分からない事なんて話せる訳がないじゃないか。

彼は「いつでも会いに来てよ」と言ってくれたけど、次に会いに行くのは、自分の気持ちの整理が付いた後になりそうだ。


ところで、紗理奈は『自分から会いに行かない限り、彼との繋がりは保てない』と思い込んでいた訳だが、後になって、それが『間違いだった』と気付く事になる。どうやら、紗理奈と「うかいすぐる」との繋がりは、思いの外に強固だったようなのだ。


さて、その週の金曜日、紗理奈は小学校の卒業式に出席した。その小学校というのは、紗理奈が昨年の夏休み前まで通っていて、今でも籍だけは置いている公立小学校の事である。

元々は卒業式に出るつもりなんてなかったのだが、先日、その小学校から父の孝太郎宛に校長名で『お嬢様には、ぜひご出席して頂きたい』という内容の特別な招待状が届いたのだ。それで父が紗理奈に、「どうしても私は出席できないが、お前は出なさい」と言われてしまい、家政婦の松川愛子に同行してもらって出席する事になってしまった。


当日は雲が多く、時々にしか太陽が顔を出さない天気だった。

紗理奈は気が進まなかったが、家の前まで黒塗りの送迎ハイヤーが来たのでは行かざるを得ない。

そのハイヤーは、小学校の正門を抜けて来客用の玄関で停まり、紗理奈は担任の男性教師に出迎えられた。そして、担任教師の付き添いで卒業式会場の体育館に連れて行かれ、最前列中央の席に座らされた。


式自体は、それほど長いものではなく、その大半は卒業証書の授与に費やされた。校長から紗理奈の名前が最初に呼ばれ、促されるままに壇上へ上がった。

校長は、紗理奈に卒業証書を渡すと、彼女が東京精霊女学園中等部への入学が決まった事に触れ、「当校の卒業生としては、過去十年間に無かった快挙」である旨のコメントを加えた。直ぐに教師達が拍手をくれたが、父兄や生徒達の拍手はまばらでしかなかった。

その後も卒業生全員が一人ずつ証書をもらうのかと思ったら、クラス単位になってしまい拍子抜けだった。


式が終わった後は、再び担任教師に連れられて応接室へ向かった。そこには家政婦の松川が既に来ていて、「卒業、おめでとうございます」を言ってくれた。そして、遅れてやって来た校長と少しだけ雑談をして、紗理奈は小学校を後にした。

結局、クラスメイトとは全く顔を合わせなかった。この小学校で紗理奈は、最後まで友達が作れなかった。


校門を出た時、紗理奈は、『ここにはもう二度と来ないだろうけど、懐かしいと思う事なんて一生ないんだろうな』と思ったのだった。



★★★



小学校の卒業式があった日の午後、紗理奈と榊原(みお)は水戸の石井めぐみと会う約束をしていた。

待ち合わせは土浦の辺りで、宇宇都宮の手塚真琴てづかまことも来てくれる事になっている。つまり、関東の「アゲハ」又は「タテハ」の翅を持つ四人が一堂に会するというイベントな訳だ。

ちなみに、こうした時に「ムシ」どうしの場合は、細かい待ち合わせ場所を決めなくて済む。近くまで行けば、お互いの居場所が「感じられる」し、そうなれば心話でコミュニケーションが取れるからだ。


紗理奈が千葉県浦安市の自宅を出てから茨城県の土浦周辺までは、小一時間ほど掛かった。途中で澪と待ち合わせた上に、少し飛んだだけで〈疲れた〉と言い出した彼女に付き合って、常磐自動車道を走るトラックの荷台で翅を休めたりした為だ。

紗理奈が一人で土浦まで行ったなら、恐らく三十分くらいしか掛からないだろう。つまり、水戸だって一時間以内で行けそうだ。

紗理奈は、『意外と近いんだな』と思いながら、JRの駅の上空で他の「ムシ」の気配を探る。


見付けた!

紗理奈は澪を促して、東の霞ケ浦の方へと翅を動かした。


〈ねえ、紗理奈。本当に見付けたの?〉

〈うん。気配が薄いのは、そういう能力なんじゃないかな〉

郁代いくよさんと同じ、気配遮断の能力って事?〉

〈たぶんね〉


霞ケ浦の湖上に出ると、その子に向かって心話を飛ばした。


〈こら、隠れてないで出て来なよ〉


すると、〈別に隠れてないもん〉という言葉が返ってくる。


〈でも、わざと気配を消してるでしょう?〉

〈ちぇっ、バレちゃった〉


次の瞬間、その子の姿が霞ケ浦の湖上に現れた。

黄金こがね色の大きな翅。色は、ビデオで見た穂積郁代ほづみいくよの翅より一回り以上大きい。それに、昼間でもこんだけ見えるって事は、たぶん濃い色なんだろう。

尚、紗理奈が見たビデオというのは、昨年末の「茶髪の子の保護者会」主催によるクリスマスパーティーの物だ。そこには、紗理奈とみおを含めた十七人の「ムシ」達の自己紹介の様子と、猪苗代湖での湖上演舞の映像が収められていて、目下、紗理奈の宝物となっている。


その時、真琴からの聞き慣れた声が紗理奈の頭に飛び込んできた。


〈ごめん、遅れちゃったね〉

〈大丈夫。私も今来た所だから〉

〈真琴さん、久しぶりです〉

〈ふふっ、紗理奈ちゃんと澪ちゃんは、年末の時以来だね〉

〈真琴さん、お疲れ様でーす。また会えて嬉しいです〉


どうやら、この子の真琴に対する態度は、紗理奈や澪に対してと違うみたいだ。


〈当たり前じゃない。真琴さんは、あたしの大切なお姉ちゃんなんだからね〉

〈はいはい。真琴ったら、こいつに随分と懐かれちゃってるんだね〉

〈なんか、姉を崇拝してる妹分って感じだよね〉

〈ふふっ、めぐみちゃんが「ムシ」になった時、私が立ち会ったからだよ〉

天音あまねさんもでしょう?〉

〈あの時は、沙良さらちゃんと繭菜まゆなちゃんも、私より少し遅れて来たんだよ〉


どうやら、この子が「ムシ」になった時は、四人もの「ムシ」達が集まったんだそうだ。


〈ふーん。あんたったら、四人の先輩に来てもらえて、恵まれてるねえ〉

〈だって、「めぐみ」って名前だもん〉


澪が揶揄からかっても、めぐみは動じなかった。

その澪が〈なんか生意気な奴〉と呟くのに合わせて、紗理奈もキ゚ッとめぐみを睨み付けると、自分がリーダーとばかりに湖面を低空で飛んで行く。その後を、澪が即座に追い掛けて来る。


〈ちょっ、ちょっと、あんた、何処どこへ行くつもり〉

〈取り敢えず、湖を一周かな?〉

〈何で疑問形なの?〉

〈気になる物があったら、途中で見てみたいじゃない〉


文句を言いながらも、めぐみは追って来る。もちろん、真琴も付いて来るけど、ゆっくりだ。だけど、めぐみは全速力。仕方がないから、紗理奈もスピードを上げる。そうなると、「タテハ」の三人では追い付けない。直ぐに真琴からストップが掛かった。


〈もう、紗理奈ったら、速度を落としなさいよ〉

〈そうだよ。「アゲハ」の紗理奈には、誰も敵わないんだから〉

〈うーん、悔しいけど負けたわ〉


めぐみも負けを認めてくれたようなので、紗理奈は速度を落とした。

三月とはいえ、まだまだ寒いので、湖の周囲に人はまばららだ。今日は天気が今ひとつなせいでもあるんだろう。

夏だとヨットが浮かんで、ウインドサーフィンに興じる若者達で賑わう筈だけど、今は所々に水鳥がいるのが目に付く程度。

四人の「ムシ」達は、その後はゆっくりと湖面をグルっと回って、対岸の天王崎公園に降り立つと、適当な東屋に座ってお喋りを始めた。



★★★



〈めぐみちゃんって、仲良しの幼馴染がいるんだよね?〉

〈仲良しっていうんじゃなくて……、ダメ兄貴みたいな?〉

〈それって本当は、結構、良い感じなんじゃない?〉

〈いやいや、真琴さんだって、お姉ちゃん大好きっ子の弟さんがいるじゃないですかあ〉

〈確かに、うちの依弦いづるって、ちょっとブラコン気味なんだよねー。そういや、紗理奈にも弟さんがいたよね?〉

〈うちは五つも歳が離れてる上に母が溺愛してて、私が何か話そうもんなら、ムキになって怒鳴り付けてくるって感じだからなあ〉

〈それ、なんか分かるかも。うちの母も、私が「ムシ」になる迄は同じような感じだったから〉

〈でも、今は、お母さんと和解したんでしょう?〉

〈うーん、まだギクシャクしてるけど、そんでも前よりは格段に良くなったって感じかな。澪ちゃんは、お兄さんがいるんだよね?〉

〈兄と言っても、十二も歳が離れてるんで、あんまり兄妹きょうだいって感じじゃないです。それに最近は仕事ばっかりで、滅多に顔を見ないし……。まあでも、紗理奈と比べたら、私は幸せな方だと思います〉

〈意地悪な家政婦のオバサン、追い出しちゃったもんね〉

〈そうそう。あれで家での居心地が本当に良くなったんだ。紗理奈にも感謝だね〉

〈そんでも「ムシ」全体だと、私より悲惨な子がいるよね。杏樹あんじゅさんとか実の母親に捨てられたって言うし……、そんでも、一番大変な目に遭ってたのは、澪の次に「ムシ」になった八巻朔美さくみちゃんじゃないかな〉

〈朔美ちゃんって、私と同じ障害を持つ子でしょう? 確か、今は鈴音すずねさんと同居してるんだよね?〉

〈うん、鈴音さんの所には真凛さんもいるから、すっごく賑やかみたい〉

〈そうね。杏樹や朔美ちゃんの事を考えると、めぐみちゃんは恵まれてると思う。えーと、和馬かずまさんだっけ? その人との関係、大切にした方が良いと思うわよ〉

〈あ、はい〉


やっぱり真琴の言葉だと、めぐみは素直に受け入れるようだ。

だけど、その後は東京ネズミーランドの話になった。ていうか、めぐみが強引に話題を切り替えたのだ。

彼女は今まで一度もネズミーランドに行った事が無くて、せっかく「ムシ」になったのだから、明日にでも飛んで行きたいって勢いだ。


〈うーん、気持ちは分かるけど、直線距離でも水戸から百キロ近くも離れてる訳じゃない。片道で頑張っても一時間半。途中で休憩とか入れたら二時間近く掛かっちゃうよ〉

〈澪の言う通りだと思うわ。日帰りできなくはないと思うけど、ネズミーランドで遊んだ後だと、相当にしんどいわよ。紗理奈ちゃんか澪ちゃんの所に泊まるってのが、現実的だと思う。そうなると、ご両親にカミングアウトするしかないんじゃないかな?〉

〈カミングアウトかあ〉

〈まずは、和馬さんに話してみたら? 郡山の凜華りんかさんが最初にカミングアウトしたのも、幼馴染の、えーと……〉

〈確か、大谷知行(ともゆき)さんですよね?〉

〈そうそう。その幼馴染の人に話して、それからご両親にカミングアウトしたそうよ〉


そんな話をしているうちに夕陽が湖面に沈み出して、四人は慌ててそれぞれの家路に着く事になったのだった。




END038


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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