037:優流との出会い
◇2041年3月@千葉県浦安市 <東山紗理奈>
その日の夜、榊原澪は家族での夕食会があるとかで、東山紗理奈は一人だった。
澪の所の夕食会は、志望校に合格した事のお祝いらしい。
当然、紗理奈にそんなのは無い。たとえあったとしても、全然、嬉しくなんて無いのだけれど……。
一応、紗理奈だって、父は色々と買ってくれたり、母も口頭で「おめでとう」を言ってはくれた。家政婦の松川愛子に至っては、「これは、私からの合格祝いです」と言って、紗理奈の好きなケーキ店のモンブランをデザートに付けてもくれた。
だけど、家族での夕食会なんてのは無い。東山家には、そういった発想自体が存在しないのだ。
たぶん、家族で食卓を囲んだ事なんて、今年の元旦の朝が初めてだったんじゃないだろうか?
別に、澪の所の夕食会が羨ましいとかじゃない。そんなのを望んでる訳じゃないのだ。
それなのに、この何となくもやもやしてした気分は、いったい何なんだろう?
今夜、一人だった紗理奈は、いつものように東京湾岸一帯を、アオスジアゲハの姿で飛んでいた。ところが、ぼんやりと考え事をしていたせいか、いつの間にか横須賀の市街地を通り過ぎて、三崎搬送の先端辺りまで来ている。
マズいと思った紗理奈は慌てて引き返したのだが、都心に戻って来た頃には、『もう、これ以上は飛べない』と思う程に疲れてしまっていた。そんなに遅い時間ではないので、別に慌てる必要なんてなかったのだ。でも、今さら悔やんだって仕方がない。
今は冬なので、外で変異を解く気にはなれない。薄っすらと光を纏った状態でも休息が取れるのだけど、やっぱり、完全に変異を解いた方が休めるに決まってる。
それで思い付いたのが、『何処か温かい所に入り込んじゃえ!』だった。
取り敢えず近くのオフィースビルに飛び込んでみた紗理奈は、そこのフロアの隅で素早く変異を解くと、その場にストンと腰を下ろした。
まだフロアの半分以上は灯りが点いていて、残業中のオジサンが何人か残ってるみたい。だけど、紗理奈がいる一角は薄暗く、キャビネットで囲まれている為に、充分に身を隠す事が出来ると思ったのだ。
坐ってしまうと、思った以上に自分が疲労困憊しているのが分かった。それでなのか紗理奈は、いつの間にか寝落ちしていたのだった。
★★★
徐々に覚醒して行く紗理奈の頭上で、男達の言葉が交わされていた。
紗理奈は、『こんな夜中に残業だなんて、大変だなあ』と思いながら、聞き耳を立てる。
「……こいつだと思うんだよな?」
「最近、良く物が無くなるって件ですか?」
「ああ。こいつ、見るからに窃盗犯って感じの女だろ?」
そっと薄目を開けて壁の時計を見た所、眠っていたのは三十分に満たない時間だったようだ。
「あのー、自分には、そうは見えませんけど……」
「そうですよ、部長、ちょっと若すぎると思うんですけど?」
「あ、山田君、警察は呼んでくれたのかね?」
「はい。呼びはしましたけど、この子、どう見ても小学生ですよ」
「はあ、小学生だって?」
「あ、パトカー、来たみたいですね」
窓の方から、けたたましいサイレンの音がする。どうやら、泥棒と間違えられて、警察まで呼ばれてしまったようだ。
「あはは。小学生の女の子が、こんな色に髪を染めたりするかね……うわあ」
マズいと思った紗理奈は、『非常時だから』と心の中で言い訳して、素早く身体に光を纏い外へ出た。後ろで男達が騒いでいたけど、そんなのはスルーして一気に舞い上がる。そのまま飛び去ろうとした時、さっきの男達が呼んだパトカーの事が少し気になった。
紗理奈は、目の前にあったタワーマンションの適当な部屋のベランダに舞い下りると、そこに座って下を見た。
あっちゃーっ、三台も集まって来ちゃったよ!
そんな風に紗理奈が焦っていた時だった。後ろの窓からコンコンとノックの音がする。
紗理奈は『ますます最悪だあ!』と心の中で叫びながら、それでも冷静を装って短く、『誰?』と問い掛けた。
★★★
その時の紗理奈は光を纏ったままだった筈だけど、不思議な事に一言だけ声が出た……気がした。
次の瞬間、紗理奈は立ち上がって、その若い男とガラス越しに向かい合っていた。
第一印象は、「悪くないかも」だった。清潔そうな短い黒髪に整った顔立ち。部屋着なのかジャージ姿。でも、割と新しいブランド品だ。
身長は良く分からないけど、たぶん、平均より高い方に違いない……。
「オレは、鵜飼優流って言うんだ。四月から大学生だよ」
若い男の声だった。分厚い窓ガラス越しなのに、紗理奈の高性能の耳には、ちゃんと聞こえていた。
「それより、そんな所にいたら危ないよ」
「大丈夫。私、飛べるんだ」
今度は変異を解いていたから、普通に話せた。だけど、ハッキリした口調を心がけた。
「えっ?」
彼は混乱しているようだったけど、当然だと思ったから無視する。
「ねえ、それより、また会いに来て良い?」
気が付くと、問い掛けていた。
「良いよ。てか、いつでも会いに来てよ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
今度も反射的に言葉が出た。
「えーと、君の名前は?」
「私? 私は、紗理奈だよ」
本当は、名前なんて言っちゃダメなんだろうけど、何故か彼なら大丈夫だと思った。
「紗理奈ちゃんかあ。良い名前だね」
「そっかなあ?」
もう、頃合いだと思った。
「じゃあ、私、そろそろ行くね。バイバイ、お兄ちゃん!」
とても短い時間だったけど、紗理奈は満足だった。
彼女は、いつものように光を纏うと、一気に「ムシ」になってベランダから飛び立った。
後ろで彼が息を飲んだのが分かったけど、そのまま紗理奈は夜空へと消えて行った。
★★★
「うかいすぐる」という年上の男の人と会ってから、東山紗理奈は、その時の考えなしの行いをずっと反省していた。
あの時は疲れていた上に寝起きだったし、突然、オジサン達に見付かって泥棒だとか思われてしまい、更にパトカーまで呼ばれてしまった事で、動揺しまくってたってのもある。そんな時、カッコ良い年上の男の人なんかに優しく声を掛けられちゃったら、たいていの女の子は、安心して普段は言わない事までペラペラと喋っちゃうんじゃないだろうか?
だいたい紗理奈には、今まで男の子と話した経験がほとんど無いのだ。
もちろん、同級生の悪戯っ子だとか不良男子だとかには、散々に悪態を吐かれた上に、意地悪をされた。終いに集団でボコボコにされて、死にそうになったりもした。
いや、そういうのは男子だけじゃない。矢吹天音という女神様みたいなお姉さんに会う迄は、女子にだって言葉と暴力の両方で散々に痛め付けられてきた。「ムシ」になる前は視力と聴力に障害があって、どうしても不意打ちを避け切れなかったのだ。
お陰で直感というか、人から向けられる悪意には敏感になったけど、それとて気休めでしかない。坂本佳花のように、あの手この手で罠を掛けられてしまえば、抵抗するには限界がある。
要するに、あの時の私は、彼に優しく声を掛けられた事で、柄にもなく舞い上がってしまったって訳だ。
いや、あの時の彼は、本当は普通に声を掛けただけだったのかもしれない。それでも、私には、きっと「優しい」と思えてしまったんだ。
だから、私は誤解して、「また会いに来て良い?」だなんて口走ってしまった。あんな風に言われたら、優しい彼は「良いよ」って言うしかないじゃないか……。
ああ、恥ずかしい。てか、恥ずかし過ぎて、もう会いに行けないかも!
優しい彼は、「いつでも会いに来てよ」って言ってくれたけど、やっぱり当分はお預けだ。
残念だけど……。すごくすっごく残念だけど……。
いやいや、それだけじゃない。冷静になってみると、色々と言っちゃいけない事まで口にしちゃった気がする。
まずは、名前だ。ハッキリと紗理奈って名乗っちゃった。天音さんや関口さんからは、あんなに個人情報が漏れないようにって注意されてたのに……。
それに、「私、飛べるんだ」とか口走ってなかっただろうか? と言っても、それは「ムシ」になってベランダから飛んで帰ったって時点で、バレちゃってはいるんだろうけど……。
あ、そうだ。私、彼の目の前で「ムシ」になっちゃったけど、「化け物」って思われちゃってたら、どうしよう!
ああもう、やっぱり、もう二度と会いになんて行けないや!
自分がしでかしてしまった事の重大さに紗理奈は、ますます頭を抱えたくなってしまったのだった。
END037
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次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




