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036:中学受験

◇2041年2月@千葉県浦安市 <東山紗理奈>


それから日々は瞬く間に過ぎて行って、気が付くと二月になっていた。

その間、東山紗理奈(さりな)は一日の大半を勉強に費やしていた。もっとも、休みの日のほとんどは榊原澪さかきばらみおの部屋にいて、坂下美倖(みゆき)と一緒の勉強会に参加。紗理奈としては、タダで家庭教師に質問できるのだから、これを活用しないという選択肢はない。

そして、週に一度くらいは短時間でも佐伯さえき家のマンションを訪れて、姫香ひめかの悩みを聞いてやり、夢香ゆめかと一緒に遊んでやった。

叔母の桃香とは、あれから一度も顔を合わせていない。どうやら彼女は、紗理奈の母の若菜以上に忙しいようだ。


その間に福島の郡山では、大槻由佳おおつきゆかって子が新しく「ムシ」になった。今年になって初めての「ムシ」の子という事で、紗理奈もスマホのアプリでお祝いのメッセージを送ってあげた。

もっとも、その子の場合は以前から「ムシ」予備軍とされていて、昨年末の「茶髪の子の保護者会」主催によるクリスマスパーティーにも参加していた為、大きく驚かれたりはしなかった。

ただし、それは身内での事。「UFGサイト」上では、「ペパーミント」ちゃんとして歓迎され、大いに盛り上がっていたのだった。


ちなみに、その間に佐伯姫香と夢香の姉妹は、正式に「ムシ」予備軍として登録された。特に姫香に関しては、スマホのアプリを介して、「ムシ」や「ムシ」予備軍の子達と常に情報が共有されている状態である。

その一方で叔母の桃香の場合は、距離的な問題もあるとして正式な保護者会のメンバーからは除外されているが、紗理奈としては、折を見て「ムシ」の事を話さなければならないと考え始めている。案外、紗理奈のカミングアウトは、親よりも叔母の方が先になるのかもしれない。


それから、新年の二日に東京ネズミーランドで出会った小倉京姫おぐらみやび姫奈ひめなの姉妹の事だが、残念ながら、その後は全く手がかりが掴めていない。つまり、京姫が「ムシ」になる日まで、再会はお預けのようである。



★★★



やがて、二月も後半になり、紗理奈の中学受験の日が直前に迫った頃の事だった。新年二人目の「ムシ」の子が、なんと茨城県水戸市で誕生したのである。

紗理奈の家から水戸市までは直線距離でも百キロ近く離れているのだが、それでも紗理奈には、例の『呼ばれてる』という感覚が微かにあった。直ぐに矢吹天音やぶきあまね手塚真琴てづかまことに連絡した所、当然のように二人も気付いていて、しかも天音は、偕楽園の梅まつりで水戸に来ているとの事。更に茨城県には、高萩市の樫村沙良かしむらさらや日立市の小室繭菜こむろまゆなもいて、受験生の紗理奈に出番は無さそうである。


翌日になって聞かされた新しい「ムシ」の子の素性は、茨城県で初めての大きな翅の「タテハ」。その翅は黄金こがね色で、ジャスミンの匂いがするという。つまり、福島県須賀川市の穂積郁代ほづみいくよにそっくりな訳だが、性格は郁代のように控えめとは言い難く、結構、やんちゃな子なのだそうだ。

この事を榊原(みお)に話した所、〈それって、紗理奈と似てるって事なんじゃないの?〉と言われてしまった。


〈何でよ。どう見たって私は、無口で大人しい性格でしょうが〉

〈はあ? 紗理奈が大人しい子だったら、この世に大人しい子なんて一人もいなくなっちゃうよ〉

〈むぅ〉

〈紗理奈はさあ、今まで自分と対等に話せる相手がいなかっただけだと思う。実際、「ムシ」の子や「ムシ」予備軍の子とは、普通に話せてる訳じゃない〉

〈まあ、そうだけどさ〉

〈その子もさ、紗理奈とおんなじみたいだよ。違うとしたら、隣に幼馴染の男の子がいて、その子とは良く話すんだって。良いよね、幼馴染の男の子。ラブコメみたいでさ〉


確かに、そうかもしれない。


ところが、その話を次の日に天音にしたら、意外な事に『実は私にも、幼馴染の男子って奴がいるんだよね』と言う。

それを聞いた紗理奈は、思わず口走ってしまっていた。


「えっ、本当ですか? うわあ、天音さんって、関口さんみたいな人がいる上に、ご両親も良い人みたいだし、サイコーな勝ち組の人生じゃないですかっ!」


だけど、天音の反応は見るからに鈍い。


『ところがね、その幼馴染、残念な事にサイテーの奴なんだ。見た目もデブで最悪な上に会うと必ず虐めてきて、それも、好きな子だから虐めるってレベルじゃないの。とにかく、思い出すのもおぞましい史上最悪のクズ野郎。しかも、そいつの両親ったら、ガキに輪を掛けたクズでさ。ああ、嫌なこと思い出しちゃった。私、そいつらの事を語り出したら止まらなくなっちゃうんだけど、紗理奈ちゃん、聞いてくれる?』

「あ、いや、あんまり聞きたくないっていうか……、ど、どうもすいませんでしたーっ!」


どうやら紗理奈は、天音の地雷を踏んでしまったようだった。

それでも紗理奈は、容赦なく天音に昔の暗い話を延々と聞かされてしまい、「ラブコメの幼馴染は、現実リアルだと激レアな存在」というのを、嫌という程に実感したのだった。



★★★



そして、いよいよ、東京精霊女学園中等部の受験日がやって来た。紗理奈は、家政婦の松川愛子に付き添われて受験会場へと向かう。その時、緊張していたのは松川の方で、紗理奈は平常心そのものだった。

たとえ雪が降って道路が閉鎖されて交通機関がストップしたとしても、紗理奈だけは会場に辿り着けるのだ。だから、何も怖がる事なんて無い。

後は体調不良の心配だけど、何故か「ムシ」になってからの紗理奈は、全く風邪を引いたりしないのだ。その上、怪我の治りが異常に早い。


そういや「ムシ」になった時、大怪我していたのが天音が発した温かい光で治ったと思っていたけど、案外、あれも半分は紗理奈自身の力だったのかもしれない。それが証拠に、あれ以降、天音は同じ力を再現できていないというのだ。

まあ、あんな大怪我をした人と出くわす事自体が、滅多に無い事なんだろうけど……。


ともあれ、紗理奈は万全の状態で試験会場に到着。初日の筆記試験はもちろん、二日目の面接も問題なく終える事が出来た。

心配していたのは髪の毛の事だったけど、地毛である旨を美容師とかでなく、知り合いの病院の医師に書いてもらった事で、問題なく納得してもらえた。しかも、面接の際、こんな感じのやり取りがあった。


「実はね、似たような髪色の子は、東山さんだけじゃないんです」

「えっ、他にもいたんですか?」

「はい。その子は内部進学組なんですけど、真面目な子ですよ」

「そうなんですか。できたら、私、その子とお友達になりたいです」

「ふふっ、その気持ち、良く分かります。うちに来る事になったら、紹介してあげますね」


とまあ、面接官とここまで突っ込んだ話が出来た時点で、合格は間違いない。案の定、紗理奈は、後日すんなりと合格通知を受け取る事が出来たのだった。

ちなみに、矢吹天音も榊原(みお)も問題なく志望校に合格したとの事。そして、この時点で暦は既に三月になっていた。



★★★



東京精霊女学園中等部の合格通知が届いた時、珍しく母の若菜が声を掛けてきた。元旦以来、実に二ヶ月ぶりである。


「合格通知、見たわよ。あなたなら受かって当然なんでしょうけど、一応、おめでとうと言っておくわ」

「はい。ありがとうございます」

「あと、この事は進藤家の父にも知らせたんだけど、『そうか』って一言あった切りだったの。ほんと、あの人も困ったものだわ」


ちなみに、これは従妹いとこ佐伯姫香さえきひめかから聞いた話だが、紗理奈と似たような髪色であるのがバレてしまったにも関わらず、姫香と夢香ゆめかの姉妹は、例年通りバレンタインデーにチョコを祖父に渡そうと進藤家を訪れたそうだ。当然、叔母の桃香には止められたけど、夢香が「絶対に行くもん!」と言い張ったらしい。

ところが、そのチョコを祖父は、嬉しそうに受け取ってくれたという。もっとも、姫香が言うには、先に夢香が渡してしまい、それに自分は便乗しただけとの事。

だったら、同じ事を紗理奈もすれば良かったかと言うと、間違いなく家の中に入れてもらえなかっただろうし、その場合は姫香と夢香までもがとばっちりを受けて、チョコを受け取ってもらえなかった可能性だってある。それ程までに紗理奈は、祖父から蛇蝎だかつのごとく嫌われているようなのだ。


「お祖父じい様の事は残念ですが、仕方がありませんね」

「あら、本当に残念だなんて思ってるのかしら?」

「さあ? 実を言うと、生まれてから祖父母というのがどういうものか知りませんので、良く分かりません。ですので、好奇心が満たせず『残念です』と言ったまでです」

「なるほど。そのまま父に伝えておくわ」

「ご自由にどうぞ」


尚、父の孝太郎からは、最新式のIT機器一式を合格祝いに貰った。つまり、スマホとタブレット端末と高性能パソコンである。「何か欲しい物があるか?」と訊かれたので、紗理奈はダメ元で言ったのだが、全部を新しくしてくれるとは思わなかった。

相変わらず紗理奈に不愛想な父だけど、この時だけは心から父に「ありがとう」を言ったのだった。



★★★



合格通知を受け取った日の翌日の夜、珍しくみおが部屋に飛び込んで来た。


〈ふーん。相変わらず、殺風景な部屋だね。とても女子の部屋だと思えないわ。まして、社長令嬢の部屋だなんて信じらんない〉

〈うるっさいわね。私には、これで充分なの〉

〈でも、ソファーくらい置いてくれたって良いんじゃない? そこそこ広さはあるんだからさ〉

〈あんたの部屋の半分くらいだけどね〉


そう言いながらも、同世代の子の部屋と比べて格段に広いってのは事実である。その代わり、ぬいぐるみひとつ置いてないのは、澪に指摘された通りなのだが……。


〈分かった。今度、お父さんに頼んどく〉

〈何て頼むの?〉

〈「中学に行ったら、友達が出来るかもしれないから」って言うつもりだけど……〉

〈ぷっ……〉

〈こら、笑わなくても良いでしょうがっ!〉

〈ごめんごめん……。まあでも、今の紗理奈だったら、「ムシ」以外の子とも友達になれたりするかもだね〉

〈むぅ〉


そして、そんな事があった日の翌日の深夜、思いがけず紗理奈にとっての特別な出来事が起きたのである。




END036


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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