035:年の初めの出来事(4)
◇2041年1月@千葉県浦安市 <東山紗理奈>
一月三日の夜、東山紗理奈は佐伯家で夕食も御馳走になった。彼女自身はもっと早く帰るつもりだったのだが、従妹達が許してくれなかったのだ。特に下の子の夢香は、「せーったいに、紗理奈ちゃんと遊ぶんだあ!」と言い張って、全く放してくれそうもない。それで何度か三人で、小学校低学年でも楽しめるボードゲームをやるハメになったのである。
そして最後は、叔母の桃香が手配してくれた東山モビリティーのシェアカーに押し込まれ、千葉県浦安市の自宅に帰った。すると、既に家政婦の松川愛子が戻っていて、「お嬢様、遅いですよ」という叱責が飛ぶ。
「あら、松川さん。もう帰ってたの?」
「『もう帰ってたの』じゃないですよ。こんな時間まで、いったい何処へ行ってらしたんです?」
「気になる?」
「また、お友達と一緒だったんですか?」
「ううん、今日は一人だったの」
「本当ですかあ?」
「ふふっ。実はね、叔母様と従妹ちゃん達の所へ行ってたの」
「という事は、奥様の妹の佐伯桃香様の所ですか?」
「そうよ」
「まあ、それはそれは……。ご自分でお車の手配をされたんですか?」
「ちゃんと地下鉄にも乗ったのよ」
「えっ、本当ですか?」
「もちろん。もうすぐ中学生なんだもの、当然でしょう? ほら、こないだ志望校の下見に行った時、松川さんと一緒に乗ったじゃない。あの経験が役に立ったわ」
「なるほど、分かりました。ですが、お一人での行動は心配ですので、できるだけ避けて下さいね。お嬢様は前々から、思い付いたら即行動って所がありますから、心配なんです」
「もう、私が猪突猛進って事?」
「だって、お嬢様ってイノシシそのものじゃないですか?」
「ひっどーい!」
「事実でございましょう?」
「だけど、そうじゃなかったら友達なんて出来なかったと思うわ」
「手塚真琴様や榊原澪様の事ですね」
本当は違うのだが、家政婦の松川には「ネットで知り合った」という事にしてあるのだ。
「そんな事より、そろそろお風呂に入って下さいな。
「そんな事じゃないわよ。松川さんとの情報交換は大切よ……。あ、そうだ。私が叔母様の家に行ったのは、内緒にしておいてね。特に、お母様に知られると、叔母様にご迷惑が掛かっちゃう。最悪は、『会うの禁止』とか言われそう」
「奥様は分かりますけど、旦那様もですか?」
「うーん、たぶん、お父さんは、そんな事に関心を示されないと思うわ」
「そうでしょうか?」
確かに、最近の父の事を考えると、松川の言う通りかもしれない。だけど紗理奈は、「別に、敢えて言う必要もないでしょう?」で話を切り上げた。
そうして松川と別れて入浴を済まし、自室へ戻った時だった。自分のスマホが点滅していて、不在着信があった事を示していたのだ。
★★★
不在着信の相手は、矢吹天音だった。紗理奈が『何の件だろう』と思いながらドライヤーで髪の毛を乾かしていると、再び着信があった。直ぐに通話ボタンをタップすると、『実は、ちょっとマズい事があって……』と言う。
天音の説明に依ると、今日の夕方に福島県の地上波民放局によるローカル制作で、「福島の怪奇、謎のムシ現象を追う!」という番組が放送されたとの事。三十分のドキュメンタリーだったそうだが、「ムシ」達にとっては、かなりショックな出来事だったようだ。
当然、東京では放送されなかったし、今の所、ネットの動画サイトでも録画とかはアップされていないそうなので、直ちに影響があるとは思えない。それでも、できれば首都圏の方で気が付いた事があれば、直ぐに教えて欲しいとの事だ。それで紗理奈は、取り敢えず天音に問題の番組の録画データをもらって、観てみる事にした。
観終わった直後は、正直、「ふーん」といった感じだった。出てきた「ムシ」の映像にしたって、女の子が変異したと見て取れる画像は皆無。謎の光が、ようやく「チョウ」の形状だと分かるってレベルだ。
「未確認飛行少女情報サイト」には、もっと鮮明な画像が多数アップされてる筈なのに、それらは全く使われておらず、イラストや明らかに合成だと分かる物ばかり。たぶん著作権の問題とかあるんだろうけど、事実を知る立場からすると、どうしても物足りなく感じてしまう。もちろん、自分達にとっては、その方が良い事ではあるんだけど……。
そんな感想を抱いた紗理奈は、その夜は大して気に留める事もなくベッドに入ったのだった。
★★★
一月四日の朝、七時を少し過ぎた頃に紗理奈がダイニングに出て行くと、父の孝太郎がいて、「桃香さんの所に行ったそうだな」と言われた。どうやら、家政婦の松川愛子が話してしまったようだ。
紗理奈は、その松川によって配膳されたお雑煮を食べながら、叔母の所を訪問した経緯を説明した。
「なるほどな。桃香さんの娘二人が、お前と同じような髪の毛だった事は、お前にとっては良かったって訳だな」
「まあ、そうですね。姫香と夢香とは、仲良くなれましたから」
「そうか」
「でも、お母様には黙っておいて下さい。お怒りを買って、『二度と会いに行っては駄目よ』とか言われたくないですから」
「あいつも、そこまでは言わんと思うが……、まあ、当面は黙っておくよ」
「ありがとうございます」
それから、午前中は集中して勉強。午後になって澪から連絡があったので、家政婦の松川に「ちょっと出かけてくる」と言い残し、「ムシ」になって澪の部屋に向かった。
一時間ほど澪の愚痴に付き合い、その後は坂下美倖と三人で再び勉強。夕方に歩いて外へ出てから、「ムシ」になって帰宅。そして、夕食と入浴を終えて自室に戻った時だった。スマホが震えたので取り上げた所、矢吹天音からだった。
『紗理奈ちゃん、今、大丈夫?』
「はい。ちょうど、お風呂から上がった所です」
『そう。良かったわ』
「昨日のドキュメンタリー番組の事ですよね?」
『そうよ。あれから関口さんを通じて、色々な方々に影響が出てないか確認してもらったんだけど、今の所はネットを含めて、ほとんど話題になっていないみたい。一部のマニアックな人達の間だけで、情報が行き交うのに留まってるって感じね』
そこで、スマホの画面に見知った顔の男性が現れた。「未確認飛行少女情報サイト」を主宰する関口仁志である。
『紗理奈ちゃん、久しぶり。えーと、クリスマスパーティーの時以来だね』
「はい。あけましておめでとうございます」
『あはは。そうだったね。おめでとう。だけど、あんまりおめでたくないんだよなあ』
「そうでしょうか?」
『天音ちゃんは、今の所は安心みたいな言い方をしてたけど、今回の件は、ほんの取っ掛かりに過ぎないと思うんだよね』
「はい?」
『ほら、昨年末に天音ちゃんが東京に行った時、色々とやらかしたそうじゃない?』
そう言われてしまうと、頷かざるを得ない。確かに心当たりがあるからだ。
でも、あの時は天音さんだって割とはっちゃけてたから、それに私も乗っ掛かっていただけなんだけど……。
そんな言い訳じみた思いでいる紗理奈に向かって、関口は容赦なく言った。
『どうやら、紗理奈ちゃんにも心当たりがあるみたいだね』
「……っ」
『今回はローカル番組だった訳だけど、こういう番組が全国ネットで放映されたりしたら、君達だって、安心して外を飛び回れなくなるかもしれないんだからね』
「うっ」
こんな風に関口が言ってくる背景として、実際、その「やらかし」のせいで年初の「UFG情報サイト」では、連日のお祭り騒ぎだったという事がある。その事で同サイトは、首都圏在住の閲覧者を大いに増やしたのだそうだ。
「天音ちゃんも紗理奈ちゃんもだけど、僕だって受験生なんだ。この時期に、あんまりトラブルを起こさないでくれると助かるんだけどな」
尚、昨年末に福島の猪苗代湖畔の別荘で行われた、「茶髪の子の保護者会」主催によるクリスマスパーティーにおいて、「ムシ」達全員による湖上演舞を撮影した映像は、結局、お蔵入りとなった。こんな時に「UFGサイト」なんかにアップしたら、火に油を注ぐ事になりかねないからだ。
やがて、その時の映像は、後に「幻の湖上演舞」としてマニア達の間で異常な高値が付く事になる。そして、それを誰が流出したかで大きな騒動へと発展するのだが、それはまだずっと先の話である。
END035
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




