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034:姫香と夢香(3)

◇2041年1月@東京都中央区 <東山紗理奈>


従妹いとこ佐伯姫香さえきひめか夢香ゆめかのマンションから戻った後、東山紗理奈(さりな)は叔父と叔母に対して、自分が来た事を言わないよう姉妹に口止めするのを忘れていたのに気付き、慌てて姫香に連絡を入れた。すると、直ぐに『大丈夫です。絶対に言いません』との返事が来てホッと胸をなでおろした。

紗理奈は、スマホのコミュニケーションアプリに姫香を登録しておいて、本当に良かったと思った。

ところが、その翌日の朝、紗理奈が磯辺焼きを自室に持ち込んで、それを食べながらタブレット端末を操作していると、そのアプリを通して姫香から連絡があった。


『あの、紗理奈さん、今、良いですか?』

「良いけど、どうしたの?」

『実は、今朝、夢香が起きて直ぐに、「紗理奈ちゃん、いなくなっちゃったあ!」ってママの前で騒いじゃって……』


夢香は朝八時になっても眠ったままで、叔母の桃香が起こしに行ったらしい。それで夢香は目を覚ましたものの、寝ぼけていたのか、紗理奈の事を口にしてしまったという訳だ。


『一応、誤魔化してはおいたんですけど、ママは何かあるって思ってるみたいで、ずーっと隠し通せるかどうか不安なんです』

「そっか。迷惑を掛けちゃったね」

『いや、紗理奈さんは悪くないです。もっと早く私が起こしに行けば良かったんです』


姫香はそう言うが、紗理奈の「スリープ」が効き過ぎたせいなのは間違いない。


「そっちに私が行ったのは、敢えて隠さない方が良いかもね。でも、もっと早い時間に行った事にしない?」

『あ、そうですね。昨日、パパとママは午後三時には出てったから、聞かれたら、夕方、紗理奈さんが来たって言います』

「そうね。『行ったけど、直ぐに帰った』って事にしましょう」


その後で「今日なら、叔父さん以外は家にいる」と聞いた紗理奈は、少し考えて、再度、昼間に伺う旨を姫香に伝えた。すると彼女は、それを姫香が叔母の桃香に話した結果、お昼を佐伯家で頂く事になったのだった。



★★★



紗理奈は、銀座で羊羹を買って、それを手土産にして昼前に再び佐伯家を訪問した。銀座までは「ムシ」の姿で飛んで行って、銀座からは地下鉄での移動である。

先日、家政婦の松川愛子と一緒に志望校の下見に東京精霊女学園を訪れた際、社会勉強として地下鉄に乗った時の経験があって助かった。


叔母の佐伯桃香は、意外にも紗理奈を手放しで歓迎してくれた。叔母も母の若菜と同じで、『自分を嫌っている』と思っていた紗理奈には意外だった。それに、『叔母が自分の顔を知らなかったら、どうしよう』という心配もあったのだが、それも杞憂だった。


「しかし、紗理奈ちゃんの目と耳の障碍が無くなって、本当に良かったわ」

「えっ、知っていらっしゃったんですか?」

「ええ、孝太郎こうたろうさんに聞いたのよ。お姉様は、あなたの事、何も教えてくれないんだもの……。あ、そういや、うちの女学園を受けるってのは聞いたかも」


叔母の桃香も、母の若菜と同じ東京精霊女学園出身である。

そこで、姫香と夢香が話に割り込んできた。


「あのー、紗理奈さんが目と耳に障害があったって、どういう事ですか?」

「紗理奈ちゃん、病気だったのー?」

「あのね、私、弱視で難聴だったの。目が良く見えなくて、耳も聞こえなかったって事だよ」

「えっ、それが治ったんですか? ひょっとして、半年前に……」

「うん。実は、そうなんだ……」


それから紗理奈は、姫香にだけ分かる声で、「だから、姫香ちゃんの右足だって、たぶん治るから」と囁いた。すると、姫香の顔がパッと笑顔になる。その表情の変化が予想外に大きくて、紗理奈は少し焦った。逆に言うと普段の姫香は、それだけ陰気な感じの子だって事だ。

案の定、夢香が「紗理奈ちゃん、お姉ちゃんに何て言ったの?」と訊いてくる。

紗理奈は迷ったけど、素直に「『姫香ちゃんの右足も治るかも』って言ったんだよ」と答えた。


「あの、紗理奈ちゃん。姫香の足は、原因が良く分からないのよ」

「やはり、そうですか」

「知ってたの?」

「何となくですけど……。でも、だからこそ、ある日、突然に治るって可能性もあるんじゃないですか? 私がそうだったんです」

「なるほど……」


叔母の桃香は、納得してくれたようだった。


今日から家政婦の人が戻って来てくれたとの事で、お昼は豪華なすき焼きだった。

叔母は、「紗理奈ちゃんは痩せすぎなんだから、いっぱい食べてね」と言う。更に叔母から「そういや、紗理奈ちゃんは今一人なのよね? 昨日の夜とか、何を食べてたの?」と訊かれて、何気なく「えーと、カップ麺とか?」と口走ってしまったのがいけなかった。夢香が、「カップ麺、良いなあ。あたしも食べたーい!」と騒ぎ出したからだ。

顔に苦笑を浮かべた叔母は、夢香を部屋へ連れて行くように姫香に指示して、紗理奈だけを自分の部屋へ誘った。そして、ありのままを話すように促してきたのだ。


仕方なく紗理奈が、東山家での自分の扱いを一通り説明した時だった。


「私ね、前々から気付いてはいたのよ。お姉様に紗理奈ちゃんを虐待してるんじゃないかって」

「あのー、虐待じゃなくて、放置だとは思うんですけど……」


でも、完全には否定しきれない自分がいて、紗理奈は途中で黙り込んでしまった。


「虐待だろうと放置だろうと、同じようなもんよ。ごめんなさいね。もっと早く気付いてあげるべきだったわ」

「いや……、最悪だった時期は過ぎてますので。今は、カップ麺だって、逆に楽しみでしかないです」


叔母は、紗理奈をじっと見て、「それって、最悪だった時期があったって事よね?」と訊いてきた。

最初、紗理奈は打ち明けるのを渋ったけど、叔母の鋭い眼力に抵抗しきれず、四歳のお盆休みに、エアコンが効かない状態で放置されて、大変だった事を打ち明けた。


「……確かに、サバイバル状態ではありましたね。それでも、五歳の時はエアコンが使えるようにしてもらったので、だいぶ助かりました。だけど、食事内容と衛生状態とかは、まだまだ酷い有り様て……、まあ、それも六歳の時には、近所のオバサンと仲良くなった事で改善しましたけど……」

「家政婦の人とかは、何も言わなかったの?」

「マニュアル通りの人ばかりでしたから。言われた事だけ、きちっとやるみたいな……。たぶん、そういうのが、お母様の好きなタイプなんだと思います。もちろん、私の頼みなんて、全く聞いてくれません……。あ、それでも五歳の時、エアコンの操作方法だけは、必死に頼み込んで教えてもらいましたけど……」


叔母の桃香は額に手を当てて、口の中でブツブツと何かを呟いていたけど、しばらくすると、「他には、大変だった事はない? 危険な目に遭ったりとか……」

その時、紗理奈の頭に浮かんだのは、半年前、雨の中で不良男子達からのリンチを受けた事だった。そして、それも気が付くと打ち明けてしまっていた。


「もう、何でそんな事が起こるのよ。学校は何をやってるの」

「学校ですか? 何もしてくれませんよ。てか、首謀者が担任教師でしたから。まあ、公立校では良くある事ですよ」

「えっ、公立校?」

「父も私が公立校へ通ってる事は、知らなかったみたいですね」

「そんな……」


叔母は、唖然として黙り込んでしまった。でも、しばらくすると再起動して、「えーと、担任教師が首謀者だったって言ったわよね?」と訊いてきた。


「はい……。あ、さすがに今は刑務所に入ってます。私、その人に『気味が悪い子』って嫌われてまして……、ふふっ、お母様も良く『気味が悪い子』って言いますけど」


紗理奈は笑ってみせたけど、叔母は「笑えない冗談ね」と呟いた。


「まあでも、お父様があんなんだから、お姉様がおかしくなったのも仕方ないのかもしれないわね」

「お祖父じい様は、金髪の子がお嫌いなんですよね?」

「そうよ。私も理由うは良く知らないんだけど、たぶん、海外への出張中に何かあったんだと思うわ。向こうには、今でも白人至上主義の人が割といるみたいだから」

「そうですか……」


それから叔母は、一拍置いてから思い掛けない事を口にした。


「実はね、お姉様と私、子供の時に福島に住んでた事があるの」



★★★



祖父の進藤隆正(たかまさ)は大手銀行の頭取を務めた人で、若い頃は転勤族だったそうだ。


「私が小学三年生、お姉様が小学五年生の時に、父が福島支店に転勤になって、私達も付いて行ったの。その翌年の三月に大震災があったんだけど、その後の原発事故で、家でも学校でも色々と大変だったわ。まあ、そんでも、お姉様の中学受験とかもあって夏休みには東京に戻って来たから、福島にいたのは一年と四カ月かしら」

「お祖父じい様だけ、福島に残っていらしたんですね?」

「それも、一年ちょっとだけどね」


紗理奈は、自分も福島と縁があった事を知って、何となくスッキリしたと同時に、少し嬉しくもあった。


「あの、姫香ちゃんから聞いたかもしれませんけど、実は昨日、ここに私が来た時、友達を連れていまして……」

榊原さかきばら家のご令嬢でしょう?」

「あ、はい。彼女とは偶然に知り合って仲良くなったんですけど、私と同じ……」

「その子も金髪なのよね?」

「はい。それで昨日は、お祖父様に茶髪なのが知られてしまい、姫香ちゃん達が落ち込んでるんじゃないかと思って、お邪魔させて頂きました」

「ええ、姫香から聞いてるわよ。どうもありがとう」

「あ、それと、実は福島の方に『茶髪の子の保護者会』っていうのがありまして……」

「ふふっ、それも聞いたわよ。金髪や淡い茶髪の子が大勢いるって話でしょう?」

「はい。そうなんです」


どうやら、だいたいの事は既に聞いているようだった。


「その話、うちの両親には話してないんですけど、私達みたいな髪の毛の子は、みんな、学校とかで理不尽な扱いをされていまして……」


そこで紗理奈は、「ムシ」の事は除いて、茶髪の子が同じ仲間として交流する事のメリットを力説した。


「良く分かったわ。それと、紗理奈ちゃん、色々と姫香達の事を気遣ってくれて、どうもありがとう。今日は、こんな風に紗理奈ちゃんと長く話せて、本当に良かったわ」


そうやって桃香が言ってくれた事で、『いつか近いうちに「ムシ」の事も話せたら良いな』と紗理奈は思うのだった。




END034


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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