033:姫香と夢香(2)
◇2041年1月@東京都中央区 <東山紗理奈>
佐伯家のマンションの玄関には、きちんと鏡餅が置かれていた。そして、その鏡餅はリビングにも立派なのがあって、東山紗理奈は驚いた。
〈あのね、紗理奈。鏡餅ぐらい、うちにだってあるよ。別に珍しくないでしょう?〉
〈えっ、そうなの? 私は、初めて見たよ〉
〈それ、本当なの? 私の方が驚きなんだけど……〉
紗理奈の家は、近所で割と目立つ大きな一軒家なのだが、正月飾りという物を一切した事がない。それはクリスマスも同様で、東山家にはクリスマスツリーを飾る習慣はない。そういったイベント事がある時、いつも母の若菜は弟の倫太郎を連れて進藤家に行っているので、東山家には必要が無いのだ。
そんな話を紗理奈が榊原澪にすると、〈やっぱり、紗理奈の所は異常だわ〉と呟いた。
〈まあ、うちも今までは茅乃があんなだったから、そういうのは地味な方だったんだけど、最低限の事はやってたよ。それにパーティーでは、それこそ立派な飾りがされてたから、そういうのが当然だと思って育ってきたんだけど……、うーん、紗理奈の場合、リハビリが必要かもね〉
〈あの、私って、そこまで変かな?〉
〈まあ、人それぞれだからね〉
〈うーん、その言葉、凹む〉
そんなやり取りを心話で交わしている所へ、姫香が三人分のマグカップをトレイに載せて運んできた。中身は、ホットココア。澪のリクエストだ。
「でも、紗理奈さん。さっきは夢香をベッドに連れて行ってくれてありがとうございました。あの子があんなにすんなり寝るなんて、ほんと、紗理奈さんって凄いです」
最初は少し変だった姫香の口調だが、今は普通の敬語になっていた。
「いやいや、きっと夢香ちゃんは、昼間に騒いで疲れてたんだよ」
「そんでも普段のあの子は、こういう時、なかなか寝ない子なんですけど……」
実は姫香が言う通りで、直ぐに夢香が眠ったのには理由がある。つまり、紗理奈は「ムシ」としての新しい能力、「スリープ」を使ったのだ。
★★★
この能力を紗理奈が使うのは、まだ二度目。最初は榊原澪の部屋での事だった。
その時は坂下美倖を入れた三人での勉強中で、澪が〈ねえ、私、なんか疲れちゃった〉と言い出したのだ。
〈駄目だよ、澪。せっかく美倖さんが一緒に勉強してくれてるんだから〉
美倖は澪の家庭教師だけど、未だに現役高校生でもある。城北大学への推薦入学が決まっているとはいえ、一月末には最後の期末テストもあるから、全く勉強しない訳にも行かないようだ。
そんな美倖が一緒に勉強してくれているのは、紗理奈と澪が勉強してるのを見張る為と同時に、分からない所を教えてくれる為でもあった。それなのに……。
〈ねえ、休憩しようよ〉
〈駄目だよ。さっき休んだばっかじゃん〉
〈だって、もう昼から三時間だよ〉
〈そのうち三十分は、おやつ食べてたでしょうが〉
〈ねえ、「ムシ」の力で、相手を眠らせるとか出来ないかな?〉
〈何それ?〉
〈こないだ読んでたマンガにあったんだよね。相手の目をジーっと見て、眠れ眠れって祈るの〉
〈あのさ、ここはマンガの世界とは違うんだよ〉
〈そっかなあ? 「ムシ」になって空を飛ぶとか、充分にマンガチックな事だと思うけど……〉
〈うーん、否定できないかも〉
〈私、こないだ美倖さんにやってみたんだ〉
〈えっ、マジ? で、どうなったの?〉
〈「私の顔に何か付いてる?」って言われちゃった〉
「ぷっ!」
「あれ、紗理奈ちゃん、どうしたの?」
「あ、あの……、ちょっと思い出しちゃった事があって……。ごめんなさい」
「あら、紗理奈ちゃんが勉強中に余所事を考えてるだなんて、珍しいわね」
そう言いながら美倖は、何気なく紗理奈の方に目を向けてくる。そして彼女と目が合った時、紗理奈は試しに「眠れ!」と強く念じてみた。それは、ほんの気紛れだったのだが、次の瞬間、美倖の身体が前に倒れたかと思うと、彼女は机に突っ伏して眠ってしまった。
その後は、当然、ちょっとした騒動になって大変だったりもしたけど、それはまあ良い。
ともあれ、この時に紗理奈は、晴れて「髪操作」に続く新しい能力、「スリープ」を得たのである。
★★★
榊原澪がホッとココアをリクエストしたのと並行して、紗理奈は姫香にタブレット端末を持って来るように頼んでいた。
正確に言うと、自分のスマホを壁のディスプレイに、「ブルートゥースで接続してくれない?」と頼んだのだが、「私、自分のタブレット端末としか繋いだ事が無いんです」と言うのだ。
それで紗理奈はコミュニケーションアプリで即席のグループを作り、そこに姫香を招待する形で、矢吹天音と手塚真琴を呼び出した。既に天音には、紗理奈が従妹の姫香に「ムシ」の事を話しても良いとの了承を得ている。その際、『できれば、その子と話してみたいから、スマホで繋いでみてくれないかな?』との依頼を受けたのだ。
ところが、最初に壁のディスプレイに現れたのは、安斎真凛だった。
『ヤッホー、紗理奈ちゃん。今日だけで四人も新しい女の子を引っ掛けたんだってね-?』
『こ、こら、真凛ったら、変なこと言わないの』
『そうですよ、真凛さん。だいたい、こういう時に真凛さんがしゃしゃり出ると、碌な事になんないんだから、自粛して下さいっ!』
『それ、鈴音ちゃんにも言えるんだからね。ちゃんと、真凛を見張っててくれないとダメよ』
『ちょっ、ちょっと凜華。それじゃ、なんか私が……』
『真凛さんは、アホの子です』
『こらーっ、珠姫、何て事を言うんだよーっ!』
『事実じゃないですかっ!』『事実でしょう?』『事実だと思います』
『うっ』
画面に出て来たのは、安斎真凛の外に、玉根凜華、紺野鈴音、国分珠姫で、それ以外にも大勢の仲間達が映っていた。
誰もが金髪か、それに近い髪色の女の子達だ。
「あ、あの、紗理奈さん。この方達は……」
「全員、私達の仲間だよ」
紗理奈は、姫香の質問に短く答えてから、ディスプレイの方へ向き直って言った。
「あの、この子が私の従妹の佐伯姫香です。さあ、姫香ちゃん、挨拶してくれる?」
「えっ、でも……」
「ほら、早く」
「あ、はい。えーと、佐伯姫香です。小学五年生です」
『うわあ、かっわいい』
『やっぱ、カワイイは正義だよねえ』
『姫香ちゃん、宜しくーっ』
「あ、はい。皆さん、宜しく……です」
自分と同じような髪色の女の子が大勢いて、誰もが自分を温かく迎え入れてくれる。その事に姫香も、深く感激しているようだった。
すると、それまで黙っていた澪が口を開いた。
「ふふっ、感動するよね。私もそうだったもん」
『あ、澪ちゃん。久しぶりー』
「真凛さん。クリスマスの時以来ですね。あの時のビデオ、観ましたよ。凄かったです」
「こら、澪。その話は、ダメでしょう?」
『別に良いわよ』
「あ、天音さん。明けましておめでとうございます」
『おめでとう、紗理奈ちゃん。澪ちゃんもおめでとう……って、新年の挨拶なんて始めちゃったら、収拾がつかなくなっちゃうわよ』
天音が言った通り、その後、しばらくの間は全員から「あけましておめでとう」の挨拶が続く。それが収まると、再び天音が口を開いた。
『それで、その子の事だけど、私の見立てだと大丈夫だと思うわ。そうよね、杏樹?』
『はい……あ、私、菅波杏樹って言います』
『ちょっと、何で杏樹だけ名乗ってんの? あ、私は、樫村沙良。それから、この子は小室繭菜ね』
『もう、沙良さん、抜け駆けは駄目ですよ。あ、私は、草野美優でーす。それと、この子は私の妹の……』
そんな感じで、今度は「ムシ」達の紹介が続いて行く。しかも、今日は予備軍の子までいるみたいで、なかなか終わりそうもない。幸いなのは、同じ地域の子は集まって参加してくれてる事だろうか?
「な、なんか凄いですね。私と同じような髪の子が、こんなにいっぱいいるとは思いませんでした」
「ふふっ、感動するよね。さっき、澪も言ってたけど、私もそうだったから」
「紗理奈さんも?」
『ふふっ、紗理奈ちゃん、感動して泣いてたものね』
「もう、天音さんったら……。でも、本当に凄いって思うのは、これからだよ」
「えっ?」
「ふふふ、覚悟してね、姫香ちゃん」
★★★
大勢の「ムシ」や「ムシ」予備軍の子達とのウエブ上でのセッションを終えた後、紗理奈は姫香からタブレット端末を借りて、とあるサイトをっ表示した。言わずと知れた「未確認飛行少女情報サイトである。
チラッと姫香の表情を窺うと、やはり怪訝な様子。一瞬、不安を覚えたものの、言うと決めたからには言わざるを得ない。
紗理奈は、しっかりと姫香の目を見ながら言った。
「まず、これから言う事は秘密にして欲しいの。まだ私も両親に話してない事だから、私が良いって言うまで姫香ちゃんも内緒にしていて欲しい」
紗理奈の言葉に、姫香は小さく頷いた。
それと同時に、「アオスジ」の画像が壁のディスプレイにアップで表示される。
姫香の口から、「うわあ、素敵!」という言葉が漏れた。
「あら、どうもありがとう」
「えっ?」
「実は、これ、私なの」
「……?」
それから紗理奈は、頭の上に幾つも疑問符を浮かべている姫香に、「ムシ」についてのイロハを丁寧に説明した。所々で澪も参加し、自分の体験談を話してくれる。そうした澪のサポートもあって、最初は懐疑的だった姫香も、徐々に「ムシ」という存在を信じる気になってくれたようだった。
やはり大企業の社長令嬢である澪の言葉は、紗理奈よりも信用できるみたいだ。紗理奈は、『私は従姉なのに』と内心では不満だったけど、認めざるを得ない。
最後に、紗理奈と澪は二人揃って「ムシ」になり、窓の外に浮かんで「アオスジ」と「ジャノメ」の姿を姫香に見せてあげた。
正直、姫香の反応が心配だったけど、再びリビングに戻って変異を解いた紗理奈にしがみついて、「紗理奈さん、凄いです。私、感動しちゃいました!」と言ってくれた時は、自分の判断が正しかったと分かって嬉しかった。
ところが、突然、玄関のドアが開いたかと思うと叔母の桃香の声がした。
「あら、姫香。まだ起きてるの?」
「あ、ママだ」
その瞬間、紗理奈と澪は再び「ムシ」になって、素早く外へ飛び出して行く。
二人が去った後には、金銀の光の粒が舞い、ローズマリーとシナモンの香りが部屋中に漂っていたのだった。
END033
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




