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032:姫香と夢香(1)

◇2041年1月@千葉県浦安市~東京都中央区 <東山紗理奈>


ネズミーランドから自室に戻っていた東山紗理奈(さりな)は、新年の二日目にして四人もの「ムシ」予備軍を見付けた事に、大興奮だった。

今年の正月も例年と同じく孤独な日々を予想していたけど、思い掛けなく元旦に家族で食事をしたり、今日の朝食時に父と話したりして、たいぶ違う様相を呈している。このままだと、この後は本当に孤独とは縁遠い毎日になりそうな気がする。

それらの全てが、「ムシ」になった事で得られたもの。紗理奈は、「ムシ」になった事の幸運に改めて感謝した。


そういや、さっきネズミーランドで会った小倉京姫おぐらみやびという子は、そう長く待たずして「ムシ」になりそうだった。

現在の彼女は、小学五年生。てことは、四月から六年生だ。紗理奈自身が六年生の六月に「ムシ」になった事からすると、あと半年で「ムシ」になったっておかしくはない。


まあでも、半年後なんだよなあ……。


つまり、それって半年以上、彼女とは会えないって事でもある。紗理奈は、小倉京姫と連絡先を交換しなかった事を、今更ながらに後悔した。

どのみち、あの父親では保護者会には入れられないから、そっちは別に良い。でも、あの大人しそうな京姫の事は心配だ。学校でイジメに遭ってたりとかしてなきゃ良いんだけど……。


妹の方の姫奈ひめなちゃんも可愛かった。とはいえ、彼女が「ムシ」になるのは、まだまだ先の事だ。

それより、あの父親にはムカついたな。娘には優しいのかもしれないけど、奥さんとかは大変そう。あの目付き、警察官とかなのかも。いや、学校の先生って可能性もありそうだ。紗理奈が小学校に通っていた時、髪の毛の事で言い掛かりを付けてくる男性教師に似ていたのだ。


まあ、良いや。


次に紗理奈は、従妹いとこ佐伯姫香さえきひめか夢香ゆめかの事を考えた。あの二人の事は父から聞いただけなので、一度、自分の目で見て確認する必要がありそうだ。

だったら、早い方が良いかもしれない。でも、複数の目で見て判断した方が良いから、澪にも付いて行ってもらおう。

今の紗理奈だったら、叔父や叔母と顔を合わせず、姫香と夢香だけと会う事が出来る。それに、最悪は直接に顔を合わせなくても、近くで見るだけだって、ある程度の判別は出来るに違いない。


紗理奈は、矢吹天音やぶきあまね手塚真琴てづかまこと榊原澪さかきばらみおの三人にメールを送った。

直ぐに返事があったのは、澪だった。


『今日の夜、時間が取れるかもしんない。てか、もう挨拶とか飽きた。耐えられない。絶対に抜け出してやる』


どうやら、澪は澪で大変なようだ。



★★★



その夜、八時半を過ぎた頃になって、榊原(みお)が部屋に飛び込んで来た。

澪は、挨拶周りとパーティーに連れまわされた事の愚痴を散々ぶちまけた後、〈ねえ、紗理奈の従妹いとこに会いに行ってみようよ〉と言い出した。


〈場所は分かるんでしょう?〉

〈マンションの名前だけなら、知ってるよ。銀座から直ぐの所にあるタワマンなんだけど……〉

〈えっ、そんだけ? てことは、築地の辺りかな……〉


そう呟きながらも、澪はスマホを操作して目的のタワーマンションを検索している。


〈部屋番号は分かるの?〉

〈分かんない……あ、そう言えば、三十階だって聞いた事あるかも……って、夢香ちゃんが言ってたんだけど〉

〈夢香って、確か下の子だよね? 大丈夫?〉

〈うん、たぶん……〉


紗理奈は曖昧に頷きながら、その時の事を思い出していた。

確か二年くらい前に、叔母の桃香が娘二人を連れて家に来た時、夢香が大声で言っていたのを聞いたのだ。


「夢香の今度のおうちね、すうっごく高い所にあるの。三十階なんだよ」


その時の「三十」という数字の発音が、実に幼児らしくて紗理奈の印象に残ったのである。


〈分かった。じゃあ、行ってみよう〉

〈えっ、居るかどうかだって分かんないんだよ〉

〈そんなの、ダメ元で良いじゃない〉


澪らしい発想だと思った。でも、考えてみれば、どっちにせよ外へは出るのだから、ちょっと寄り道をするだけの事なのだ。


結局、紗理奈と澪は、ダメ元で佐伯家のマンションに向かう事になったのだった。



★★★



佐伯姫香と夢香が住むタワーマンションは、紗理奈の家を出てから十分じゅっぷんくらいで見付けられた。その辺りで一番高い建物だったからだ。

だけど、お正月だけあって、灯りが点いてる部屋の方が少ないって感じだった。

問題は何処どこが三十階かだけど、その見極めは榊原(みお)が適当に飛び込んで、エレベーターホールの数字で確認。二度目で到着する事が出来た。


次は、紗理奈が透視能力を使って、各部屋の住民をチェックして行く。その時に監視カメラが気になったけど、コートのフードを深く被る事で「大丈夫」と自分に暗示を掛けた。

実を言うと、その時の紗理奈の姿は怪しさ満点で、良く警報が鳴らなかったというレベルだったのだが、必死だった本人は気付かない。あとで澪が言うには、〈だって、ここ、うちのシステムじゃないもん〉との事だ。


〈でも、佐伯画廊さえきがろうのセキュリティシステムは、うちの最新式だよ〉

〈へえ、そうなんだ。良く知ってるね〉

〈うん。さっき調べといた。佐伯画廊って、うちのママが贔屓にしてる所でもあるんだよね〉

〈えっ、そうなんだ〉


そんな澪のコメントを半分くらい聞き流しながら、紗理奈は中の様子を探って行く。そして、ようやく見付けた佐伯家には、姫香と夢香しかいなかった。

紗理奈が澪を伴ってきちんと玄関から入って行くと、靴を脱ぐ前に夢香が飛び付いてきた。


「うわあ、お姉ちゃんだあ!」

「夢香ちゃん、私の事、分かるの?」

「分かるよー。何度か会った事あるもん。えーと、さーり……。うーん……」

「紗理奈だよ」

「あ、そうだった、紗理奈ちゃんだあ」


そんな夢香とは対照的だったのは、足が不自由だからか遅れて現れた姉の姫香だった。彼女は、警戒心を剥き出しにして紗理奈を睨みつけていた。


「あなた、どうやって入って来たの? 通報しますわよ」


いつの間にか姫香は、口調からしておかしくなっていた。マンガかアニメかラノベの影響かもしれない。


「てか、あなた、いったい誰ですの?」


だけど、そんな緊張した雰囲気を打ち破ったのは、夢香の「お姉ちゃん、紗理奈ちゃんだよ。忘れちゃったの?」だった。


「えっ、紗理奈さんって、ひょっとして従妹いとこの……あら?」


途中から姫香の視線は、紗理奈の背後に向かっていた。


「ふふっ、姫香ちゃん、お久しぶりね……って、ごめんなさい。そういや、昨日ぶりだったわ」

「えっ、澪、この子達を知ってるの?」

「さっき言ったじゃない。佐伯画廊は、うちのお得意先で、ママが贔屓にしてる画廊でもあるんだ。それで、この二人とは、ちょくちょく顔を合わせる知り合いっていうか……」

「もう、だったら、先に言ってよ」

「ごめん、ごめん。でも、姫香ちゃん達が、こんな淡い茶髪だなんて思わなかったわ」


そうなのだ。何故か今は姫香も夢香も地毛に戻っていた。つまり、淡い茶髪という事だ。


「ご、ごめんなさい。今までママに言われて黒く染めてたんです」

「良いよ。私だって、その気持ちは良く分かるから。紗理奈もそうでしょう?」

「うん。従妹いとこなんだから、教えてくれてても良かったのに……って、そんなの姫香ちゃんに出来る訳ないよね」

「ご、ごめんなさい」


姫香が頭を下げてきた。どうやら彼女は、紗理奈が金髪である為に、進藤の祖父の不興を買ったのを知っているようだ。それで自分達は、髪の毛を黒く染めるという対策が取れた訳で、いわば紗理奈は、彼女達にとってのスケープゴートだった事になる。


「別に、良いよ。てか、私が進藤家から絶縁された事で、姫香ちゃん達が少しでも救われたんだったら、私は嬉しいかな」


そこで紗理奈は、心話で澪に〈どう思う?〉と訊いた。もちろん、姫香が本当に「ムシ」になるかどうかって事だ。


〈たぶん、合格ね〉

〈そっか。一応、天音さんにも聞いてみようかな〉


それから紗理奈は、姫香の方に向き直って言った。


「それでね、今日、ここに私が来た理由なんだけど、姫香ちゃんと夢香ちゃんにとって、私は仲間なんだって言う為なんだ」

「あのさ、紗理奈だけじゃないよ。私だって、姫香ちゃん達の仲間だからね」

「えっ、そうなんですか?」

「そうだよ。私の髪の毛も地毛なんだ」


どうやら、姫香は澪の髪の毛の事を知らなかったようだ。


「てことは、お二人は……」

「うん。私と紗理奈は親友。と言っても、まだ知り合って三ヶ月も経ってないんだけどね」

「つまり、金髪か、それに近い髪の女の子の仲間って所かな……。それより先に確認しとくけど、叔父さんと叔母さんは遅くなるのかしら?」

「はい。十一時過ぎになるそうです。先に寝ているようにって言われてます」

「そう。だったら、そろそろ夢香はベッドに行かなきゃね」


さっきから紗理奈達が姫香とだけ話していた事で、夢香は少々おかんむり気味だったのだ。それで紗理奈は時々彼女の頭を撫でてやっていたのだが、今の言葉で、とうとう完全に拗ねてしまった。


「ええーっ、あたし、紗理奈ちゃんと遊ぶーっ」


仕方なく紗理奈は、その場にしゃがんで夢香と目を合わせて諭すように言った。


「あのね、夢香ちゃん。ここの場所は覚えたから、今度は昼間に来るわ。だから、今日は我慢して頂戴。私達、お姉ちゃんと少し難しいお話があるの」


それから紗理奈は、そっそ夢香を抱き上げた。普通、女子とはいえ小学生の子を抱き上げるのは大人でも大変なんだけど、「ムシ」になった後の紗理奈は力持ち。簡単に夢香が寝る部屋まで運んで行く。

夢香をベッドに横たえた紗理奈は、彼女の淡い茶髪を優しく撫でながら、大きな二重ふたえで薄茶の瞳をじっと見詰める。すると夢香は、直ぐに眠りに落ちてくれたのだった。




END032


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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