031:年の初めの出来事(3)
◇2041年1月@千葉県浦安市 <東山紗理奈>
父の孝太郎を見送った後の東山|紗理奈は、しばらくの間、一人になったダイニングでぼんやりしていた。
最近の紗理奈は父と二人での食事にも慣れてきているので、話をする事自体は特に気にならない。それが証拠に、呼び方も昔は「お父様」だったのが、「お父さん」に変わっている。母の若菜が未だに「お母様」なのとは対照的である。
だけど、その父から謝罪を受けたとなると、恐らく初めてだったんじゃないかと思う。そういう意味では、実のあるひと時だった。
紗理奈には、親戚が少ない。父は一人っ子で、父方の祖父母は既に他界している。従兄弟はいるんだろうけど、全く面識が無い。そして母方は祖父に絶縁を言い渡された状態なので、ほとんど付き合いが無いって訳だ。
その上、最近までは家族にすら見向きもされず、友達だって一人もいなかった訳だから、ある程度やさぐれていたって仕方がないだろう。
そんな状態だから、従妹の佐伯姫香と夢香の姉妹が、「ムシ」予備軍かもしれない事が分かったのは僥倖だった。それほど親しいとは言えない二人だけれど、少なくとも夢香は「可愛い妹」といった印象だし、姫香は大人しいながらも同じ障害者だった事での親近感がある。
二人が「ムシ」になってくれたら、本当の意味での親しい身内だ。もちろん、「ムシ」の子は全員が大切な仲間ではあるんだけど、紗理奈にとって、血の繋がった相手というのは特別な存在なのだ。
紗理奈は、お年玉というのを貰った事がない。
先日、その事で家政婦の松川愛子とひと悶着あった。
「ええーっ、お年玉を貰った事が無いって、本当なんですか? お嬢様は裕福な家庭の子ですので、毎年、相当な額のお年玉を貰ってるとばかり思ってたんですけど……」
「あのさ、そろそろ松川さんもうちに来て半年なんだから、そのくらいは言わなくても察してよ」
「そうでした。大変失礼しました」
そこで松川は、少し考えてから言ったのだ。
「それでしたら、お嬢様。少しですけど、私から差し上げたいと思います。えーと、確かポチ袋が……」
「あの、松川さん。気持ちは嬉しいんだけど、さすがに松川さんからは頂けないです。一応、私も雇用主の側なので」
「あ、そうですね。すいません。大変失礼しました」
そんなやり取りを思い出しながら、紗理奈は取り敢えず立ち上がって、素早く洗い物を済ませる。それから自室に籠って、午前中は勉強した。別にしなくても受験は大丈夫だろうけど、まあ、気休めみたいなものだ。
実を言うと紗理奈は、既に中学校の学習内容を先取りしている。
志望校の東京精霊女学園は中等部と高等部に分かれてはいるものの、中高一貫校なので、特に外部進学組は積極的に先取り学習を進めているようなのだ。クラス分けも、そうした学習の進行度合いで決まるらしい。学園のホームページに書かれていたので、きっとそうなのだろう。
★★★
お昼には、再びカップ麺とサラダを食べて、その後、紗理奈は「ムシ」になって外へ出た。榊原澪は、今日も挨拶とかで拘束されているらしく、午後も紗理奈は一人だ。
その紗理奈が何となく向かった先は、東京ネズミーランドだった。年末に「ムシ」達四人で行った際、色々と新しい楽しみ方(悪戯とも言う)を見付けたから、当面は退屈しそうにない。
そうして、一通りアトラクションを回って、スタッフや来場者と様々な形でのコミュニケーションを楽しんで、次のターゲットを探しに上空を飛んでいた時だった。
ふと、人混みの中に目立つ女の子を見付けたのだ。その子が上空から見て目立っていたのは、淡い茶髪のせいだった。
しばらく観察した結果、『どうやら迷子になっているらしい』と判断した紗理奈は、できるだけ人気の少ない所に舞い下りると、その子の元へ走って向かった。この時の紗理奈は薄っすらと光を纏っていたので、どんな人混みも素通りだった。
一分後、その子の下へ駆け付けた紗理奈は、「大丈夫?」と声を掛けた。ところが、その子は意外にも泣いてはおらず、むしろ紗理奈の事を訝しんでいるって感じだ。体格が華奢で小柄な為に幼稚園児だと思っていたけど、案外、小学生かもしれない。
「ひょっとして、迷子になっちゃったのかな?」
紗理奈の再度の問い掛けに、その子は尚も「うーん……」と悩んでいる様子。それで、少し話題を変えてみる事にした。
「ねえ、あなたの髪の毛、染めてるとかじゃないんだよね?」
「うん。染めてない。生まれ付きだよ」
「そっかあ。実はね、お姉ちゃんもなんだ。生まれた時から、こういう色なんだよ」
「へえ、そうなんだあ。姫奈のお姉ちゃんも、あたしとおんなじなんだよー」
その子の名前は、姫奈というらしい。紗理奈は、従妹の佐伯姫香に似ている名前に、親近感を覚えた。
「ふーん、姫奈ちゃんには、お姉ちゃんがいるんだね。お姉ちゃんは、幾つ?」
「小学五年生。姫奈は、一年生だよー」
「そっかあ。私は、六年生だよ。姫奈ちゃんは、お姉ちゃんと一緒に来たの?」
「うん。お姉ちゃんと一緒だったんだけど、逸れちゃったみたい。お父さんとお母さんも近くにいたと思うんだけど、何処にもいなくて……、ぐすん」
家族の話をしたからか、泣き出してしまった。それでも小学生だけあって、両親と姉の特徴を訊いたら、服装とか割としっかりと教えてくれた。
紗理奈は、ひとまず姫奈を近くのベンチに座らせた。そして、「知らない人に何か言われても付いて行かない事」、「このベンチから絶対に離れない事」の二点を言い含めた上で、「直ぐに戻って来るから」と言い残して、その場を離れた。
近くの建物の影に入り、「ムシ」になって舞い上がる。上空から捜索を始めると、幸いにも姉の方は、ほんの五分足らずで見付ける事が出来た。姫奈と同じ淡い茶髪が目立っていたからだ。
紗理奈が姫奈の姉と思われる女の子に声を掛けると、怪訝な顔をされた。すると、近くにいた中年男性が寄って来て、いきなり話に割り込んで来る。
「君、うちの娘に何だね?」
人を怒鳴るのに慣れた人だと思った。服装もカジュアルだけど、高そうな物を着ている。近くには、こっちを心配そうに見ている女性がいた。たぶん、彼の妻なんだろう。
「すいません。あの、ひょっとして姫奈っていう女の子を知りませんか?」
「はあ? 姫奈は、俺の娘だが?」
「やっぱり、お父さんでしたか。先程、姫奈ちゃんが迷子になっていましたので、ご家族を探してたんです。見付かって良かったです」
普通は、これで彼らを姫奈の所へ連れて行けば良い筈なんだけど……。
「はあ? そんなんで君を信用しろと?」
「あの、信用とかじゃなくて、姫奈ちゃんを待たせてますので……」
「だから、俺にはお前が信用できんと言っとるんだ。信用できん奴のいう事なんか聞ける訳ないだろ」
「……?」
紗理奈は、言葉に詰まってしまった。でも、直ぐに気を取り直して、「だったら、ここで待っててください。直ぐに姫奈ちゃんを連れて来ます」と言ったのだが……。
「お前、俺の話を聞いとらんかったんか? お前みたいな金髪の小娘の言う事、いったい誰が信用するんだ?」
「そうは言われましても、私は生まれ付きこの髪ですので……。ああ、もう良いです」
「こら、待ちなさい……、待てと言っとるだろうがっ!」
後ろで喚いていたけど、本気で走り出した紗理奈には追い付けない。薄っすらと光を纏っている為に、人混みを自由にすり抜けられるからだ。それに「ムシ」になってからの紗理奈は、小学女子にしては足が速いせいでもある。
紗理奈は、さっきのベンチに姫奈がいるのを見付けてホッとした。
「ごめん、姫奈ちゃん。待たせちゃったね」
「ううん。大丈夫だよ」
「お父さん達、見付かったから、一緒に行こうね」
紗理奈は、姫奈の手を繋いで、さっきの所に戻って行く。今度は、姫奈を連れているのでゆっくりだ。それでも、十分も掛からずに、さっきの家族三人を見付ける事が出来た。
「あ、お姉ちゃんだあ!」
「姫奈、見付かって良かったあ」
姫奈の姉と思われる子が近寄って来た時だった。紗理奈は、いきなり男の人に強い力で押し除けられて、後ろに跳ね飛ばされた。咄嗟に薄く光を纏ったからケガは免れたけど、床にしゃがんだ状態から立ち上がれない。
目で姫奈を探すと、さっきの父親と思われる男性に抱かれていた。
紗理奈の手を取ってくれたのは、姫奈の姉と思われる女の子だった。彼女は左手で紗理奈を引っ張り上げてくれる。小柄な子なのに意外と強い力で、少し驚いた。
「あ、あの、父がごめんなさい。大丈夫でしたか?」
「うん。だいたい大丈夫みたい」
「良かったあ! あ、あの、私、小倉京姫って言います。京姫っていうのは、京都の『京』にお姫様の『姫』って書くんですけど……」
「ふふっ、良い名前だね」
「あ、ありがとうございます」
たどたどしい言葉だけど、好感が持てた。
でも、ひとつ気になった事がある。
「あの、これは訊いちゃいけない事かもだけど、右手、動かないの?」
「あ、はい。力が入らなくて……。生まれ付きなんです」
紗理奈は、確定だと思った。この子は絶対に「ムシ」になる。「ムシ」の子は、身体のどこかに障害を持つ子が多いのだ。
「そっか。大変だね……。でも、大丈夫。その右手、もうすぐ治るよ」
「えっ?」
「私は、紗理奈。東山紗理奈って言うの」
「……? あ、そうだ。妹の姫奈を連れて来て頂いて、ありがとうございました。それと、乱暴な父でごめんなさい」
「別に、良いよ。京姫ちゃんも姫奈ちゃんも私の仲間だから」
「えっ、仲間?」
「そうだよ。私達は、仲間。ほら、京姫ちゃんの髪も地毛でしょう?」
紗理奈は、京姫の淡い茶髪にそっと触れてみた。柔らかい髪だった。
「私の髪も地毛なんだ」
「そ、そうなんですね」
「あ、また京姫ちゃんのお父さんに怒られる前に、私、もう行くね」
その時、京姫達の父親が睨んでるのが見えたのだ。
「あ、あの……」
「大丈夫。また会えるから。じゃあね」
紗理奈は、敢えて京姫の前で「ムシ」になった。案の定、彼女の父親が「化け物だあ!」と騒いでたけど、構うもんか。
紗理奈はパッと上空へと舞い上がると、巨大なアゲハの翅をゆっくりと動かして、シンデレラ城の方へと優雅に飛び去って行った。
END031
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




