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030:年の初めの出来事(2)

◇2041年1月@千葉県浦安市 <東山紗理奈>


「あのな、紗理奈さりな……。今まで、すまんかった」


突然、そんな風に父の東山孝太郎(こうたろう)から謝られた紗理奈は、自分でも意外な程に狼狽した。それを必死に隠して、「急に何で?」と尋ねてみる。


「そりゃー、お前。正月に娘を一人だけ残して外出するなんて、普通じゃないだろ?」


当たり前だ。でも、今までの東山家では、それが普通だったんだ。

だから、「そうかな?」と言ってやると、不思議な事に父は悲しい顔をした。

だけど、何で父は急に謝ったりしたんだろう?

その事が気になり出した時、父がボソッと言った。


「まあ、何を言っても言い訳にしかならんのだがな。お前が生まれた後、若菜の様子がおかしくなったんだ。まあ、最初は育児ノイローゼだと思っていたんだが、結局、お前の世話は全部、家政婦任せになってしまった。当時は俺も仕事が忙しくて……、とか言って、本当は逃げてたんだろうな」

「……」

「普通の父親だったら、初めての子供で、しかも、それが女の子だったら、もっと可愛がって当然なんだろうが……、俺がお前に近付こうとすると、直ぐに若菜の機嫌が悪くなるんだ。ただでさえ仕事で疲れてる時に、そんな態度を取られると、さすがに俺も堪えてな。本当に、申し訳なかった……」


要するに父の孝太郎は、母の若菜に配慮して紗理奈を自分から遠ざけたという訳だ。言い換えれば、父にとっては、妻の方が娘より大切だったという事だが、そこは紗理奈にも納得が行った。生まれたばかりの未だ得体のしれない存在より、気心の知れた妻が大事なのは普通の筈……。

実を言うと、そんな風に妻と娘を天秤に掛ける事自体が普通じゃないのだが、紗理奈は気付かない。

だけど、この時の紗理奈には、父に返す言葉が見付からなかった。


そうこうするうちに、再び父の口から思い掛けない言葉が飛び出した。


「それとな、若菜の妹の桃香ももかさんも来てたんだが、あいつの娘、二人とも金髪だったんだ」

「えっ?」


最初、紗理奈は父が言った事が良く分からなかった。それで何度か問い返して理解したのは、こんな感じだった。


母の若菜の妹、佐伯桃香さえきももかには二人の娘がいる。姉の姫香ひめかは紗理奈のひとつ下の小学五年生。妹の夢香ゆめかは小学二年生だ。

佐伯家も進藤家ほどじゃないにせよ、裕福な旧家だ。桃花の夫は銀座で画廊を経営しており、家も近くのタワマン上層階にある。


姫香と夢香の姉妹には、紗理奈も何度かは会った事がある。桃花が若菜の妹なので、ちょくちょく娘を連れて会いに来るからだ。

当然、若菜は紗理奈を会わせたがらない。それでも、特に夢香は活発な性格な為、紗理奈の自室にまで入り込んで来てしまう。

一方、姫香の方はと言うと、生まれ付き右足が不自由でびっこを引いており、それが原因なのか大人しい性格だった。


ところで、紗理奈も父の孝太郎も姫香と夢香は普通の黒髪だと思っていたのだが、実は紗理奈と同じ金髪だったと言うのだ。つまり、幼少時から髪を黒く染められていたという事だ。

それが何で分かったかと言うと、祖父の進藤隆正(たかまさ)が夢香をだっこした時、頭のつむじの所が金色になっているのに気付いて、母親の桃香を問い質したからだという。


「お話を聞いていますと、何で今まで分からなかったのがが不思議ですけど」

「桃香さんが、それだけ気を配ってたって事だろう。それが、今年に限って油断してしまったという事らしい」

「なるほど……。それは、ショックだったでしょうね」


尚、若菜と桃花の姉妹もまた、実は茶髪なのだそうだ。紗理奈は、今まで二人が髪を染めていると思っていたのだが、地毛だというのを始めて知った。それくらいに紗理奈は、若菜と話した事が無いのだ。

だけど、紗理奈の外見からして充分に有り得る話ではある。


「お父さんは、お母様の髪の毛の事はご存じだったんですよね?」

「ああ、もちろんだ。桃子さんの方は、知らんかったがな」

「そうですか……」

「そう言えば、若菜も桃香さんも生まれた時は普通の黒髪だったとも聞いたな。何でも若菜は中学に上がってしばらくした頃、桃香さんは小学校の高学年の頃から徐々に茶色くなったそうなんだ。それで二人とも髪を染めたと思われて、学校の教師には色々と理不尽な目に遭わされたそうだ」

「なるほど、私と同じって訳ですね」


まあでも、母の事はどうだって良い。


「正直な所、私も夢香の瞳が茶色いとは思っていまして、不思議ではあったんです」


夢香の瞳は、茶色というよりは薄茶。たぶん、姫香も同じ色なんだろう。改めて会いに行ってみないと何とも言えないけど、二人とも「ムシ」になる可能性が高そうだ。


「それより、お母様は姫香と夢香が金髪だって事を知ってたんですか?」

「知っていたみたいだ。それに、そもそも桃香さんに娘を黒髪に染める事を勧めたのは、若菜なんだ」

「えっ?」

「若菜は、お前が金髪だと進藤の親父に知られたのを後悔しとった。まあ、弱視と難聴が分かった時点で、どのみち嫌われていたとは思うがな」


弱視と難聴が分かったのは、生まれて直ぐの事ではない。それらが分かる前に紗理奈は祖父から、「今後、この娘は進藤家には連れて来るな!」と言われてしまったようだ。


「今にして思えば、その時点で進藤の親父に文句を言うべきだったんだが、会社に援助してもらっとる以上、何も言えんかった」

「いや、それはもう良いんです。どのみち嫌われていた訳ですから。それより、お祖父じい様は、どうしてそんなに金髪を嫌うんです?」

「それが、若菜も良く知らんのだそうだ。とにかく、昔からガイジンっていうか、白人が嫌いで……、たぶん、若い頃に何かあったんだろうな」

「そうですか……。お祖父じい様は、何度もお仕事で欧米に行かれていたと思うんですが、不思議ですね」


祖父の進藤隆正は、大手銀行の頭取を務めた人だ。当然、海外にも支店とかある訳で、外国人との付き合いが苦手なのは意外だった。


「あの、そうなると、今後は姫香と夢香も進藤家から絶縁されるのでしょうか?」

「いや、実は、そうでもないようなんだ」


紗理奈は、混乱した。


「それは、どういう事です?」

「ひとつは、夢香が進藤の親父のお気に入りだった事だ。今まで溺愛していた孫娘を、いきなり嫌いにはなれんという事なんだろう」

「なるほど」

「それと、お前の事だ」

「えっ、何で私?」

「お前の成績が良いって話が、進藤の親父にも伝わったらしい。たぶん、お前が精霊女学園に合格したら、親父に呼ばれるだろうな」

「そんなの、嫌ですよ。だって、今更じゃないですか」

「まあ、そうだろうな」


紗理奈が即答すると、父も直ぐに同意してくれた。

祖父の進藤|隆正は八年前に妻を亡くしており、それまでの頑固に磨きが掛かったと聞いている。以前から紗理奈の事を嫌ってはいたのだが、それ以降は完全に絶縁した形だ。

もちろん、紗理奈が何かをした訳ではないし、祖母の葬儀にも出席していない。そもそも会ってもいない孫をそこまで嫌うというのは、それだけ金髪のガイジンが嫌いなんだろう。


ちなみに、母の若菜は三人兄妹(きょうだい)で、上に長男の治隆はるたかがいる。一応、結婚していて男の子がいるそうだが、紗理奈は会った事がないので、詳しくは知らない。

そう言えば前に母の若菜から、「兄は東大を出ていて、役人になった偉い人」というような事を聞かされた気がする。要は、「母は兄を尊敬している」という事なんだろう。


だけど、父の孝太郎は伯父の治隆とはソリが合わないようで、昨日も早々に進藤家を引き上げてしまったのは、その治隆と少々言い争いをしてしまったのが原因らしい。

そんな話を紗理奈は、『どうせ、自分には関係ない話だ』と思って聞き流していると、ドアのインターホンが鳴った。どうやら、秘書の人が父を迎えに来たようだ。


紗理奈は素早く立ち上がって玄関へ向かい、何度か会った事のある秘書の女性に、「どうも、お疲れ様で-す」と言って出迎える。そして、その女性から簡単に父の今日の予定を聞かされた。

それによると、この後は会社の幹部の人達と神田明神に行って、その後は得意先の挨拶周りが続くらしい。

紗理奈は、『お正月だというのに大変だなあ』と思いつつ、やや疲れ気味の父を「行ってらっしゃーい」と言って見送ったのだった。




END030


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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