029:年の初めの出来事(1)
◇2041年1月@千葉県浦安市 <東山紗理奈>
矢吹天音と手塚真琴が帰ってしまった後、東山紗理奈は、榊原澪とは会っていない。大晦日から行事が続いていて、家から出られないと言うのだ。
その為、紗理奈は暇だった。とはいえ、三日間も勉強をさぼっていたから、大晦日の午前中は真面目にお勉強。自室で昼食を取った後は、「ムシ」になって外へ出た。
一人で行ったのは、一昨日も行ったネズミーランド。やっぱり、時間を潰すとしたら、遊園地が一番なのだ。
一通り遊んで、夕食は家政婦の松川愛子と二人でお蕎麦を頂いた。
そうして、その日は早めに寝た紗理奈は、翌朝、七時前に松川愛子から声を掛けられた。
「お嬢様、明けましておめでとうございます。それで今朝なんですが、旦那様と奥様が、お嬢様もご一緒にお食事をしたいと仰っておられまして……」
「あら、珍しいのね。で、何時なの?」
「七時半に家族用のダイニングです」
「分かったわ」
本当に珍しい。ていうか、生まれて初めてかもしれない。
そんな風に思いながら、おずおずとダイニングへ入って行くと、本当に両親が揃っていて驚いた。
「あ、あの、あけましておめでとうございます?」
「おめでとう」
「で、今日はどうかしましたか?」
「あら、お正月だもの、家族で食事するのは、普通の事でしょう?」
つまり、今までの東山家は、普通じゃなかったって事だ。
「お姉さん、明けましておめでとうございます」
いつの間にか、弟の呼び方が「お姉ちゃん」じゃなくなっていた。もっとも、その「お姉ちゃん」呼びだって、数えるくらいしか聞いた事は無いのだけれど……。
それでも紗理奈が弟に、「おめでとう、倫太郎」と返してやると、彼はニッコリと笑ってくれた。
そんな姉弟の様子を両親が微笑ましく見ている。まるで本当の家族みたいだ。
なんか、変だ。
いや、誤解しちゃダメだ。こんなのは、まやかしに違いないんだから……。
そうやって、自分で自分に言い聞かせながら、紗理奈は弟の隣、父の孝太郎の前の席に座った。
テーブルには、様々なおせち料理が並んでいる。直ぐにお雑煮が運ばれて来て、父の孝太郎が「さあ、食べようか」の一言で紗理奈は、ちゃんと手を合わせて「頂きます」を言ってから、お餅を箸で口に運んだ。
だけど、食べ終えて「御馳走様」を言った後は、大した会話も無く全員が席を立って、それぞれの部屋へと戻って行く。
家政婦の松川愛子の話だと、この後、両親は弟を連れて初詣に行った後、母の実家の進藤家に顔を出すとの事。そのまま母と弟は進藤家に泊まり、父は会社関係の挨拶周り。父が何処に泊まるかは、松川も知らないらしい。だけど、ここには戻って来ないだろうとの事だった。
松川愛子も、この後は実家に帰る事になっている。帰って来るのは、三日の夜になるらしい。
もう一人の家政婦は既に休暇に入っているので、この家に紗理奈は一人だけという事だ。
★★★
久しぶりに一人になった紗理奈は、取り敢えず初詣に行く事にした。
最初に向かったのは浅草寺で、それから、深川不動堂、成田山東京別院、築地本願寺、日枝神社、神田明神、湯島天満宮、明治神宮と足早に回る……ていうか、飛んで行く。「ムシ」の姿で祭壇の前まで行って、騒ぎになる前にパッとお参りして、パッと舞い上がる。
お願いしたのは、多くの「ムシ」の子と出会えますように。多くの「ムシ」の子が東京近辺で生まれますように……。
気が付いたら午後一時を過ぎていて、お腹が空いたと思った紗理奈は家の近くのコンビニへ。そこでカップ麺とか、お菓子とか、デザートの類をいっぱい買い込んで、歩いて家へ帰った。
誰もいない家に戻ってキッチンに入った時、松川に「冷蔵庫に、おせち料理の残りを入れておきますから」と言われていたのを思い出した。「カップ麺におせちの組み合わせって、なんか変だな」と思いながら、紗理奈は麺を啜る。普通なら淋しいと思う所だけど、彼女は全く思わない。生まれた時から、孤独には慣れっこなのだ。
その後、自室のベッドでゴロゴロしていたら、榊原澪からメールが入った。
早速、確認してみると、『さっき、紗理奈のお父様と挨拶しちゃった!』とある。
既読になったのに気付いたからか、直後に着信。緑色のボタンをタップすると、澪の能天気な『あけおめー!』の言葉。
「うるっさいなあ!」
『ちょっちょっと、何なのよ? 今年になって最初の親友への挨拶が、それなの?』
『ご、ごめん』
「違うでしょう?」
『あけましておめでとうございます』
「はい、良くできました」
この時、紗理奈が思ったのは、『今年は、案外、孤独とは無縁の毎日になっちゃうかもしんない!』だった。
『それより、紗理奈のお父様って、凄いイケオジだったじゃない』
「えっ? 澪の目が変なんじゃないの?」
『なんか今日の紗理奈って、やさぐれてない?』
「別に、普通だけど」
『そう? そんなら良いけど……。あ、そんでさ。紗理奈のお父様、「うちにも君と同じ歳の娘がいるんだ」って言ってたよ。お父様、紗理奈の事、気にしてるんじゃない?』
「まさか。今日だって、私以外の全員で出掛けたもん。家政婦もいないから、家に居るのは私だけ」
『そうなんだ……。うーん、そっちに行ってあげたいけど、この後、別のパーティーに行かなきゃなんないからなあ』
「別に良いよ」
『あ、そういや、私と同じ歳の娘がいるって話の後、紗理奈のお父様に「存じ上げております」って言っちゃった』
「えっ、マジ?」
『うん。言った後でマズいって思ったんだけど、「ネットで見たんです」って言って誤魔化しといた』
「うーん。今度、何か言われるかも」
『ごめん。「榊原家のお嬢さんは上品な子だったのに、お前は何だ!」とか言われちゃうかもね?』
「たぶん、言わないと思う。もし言われたら、『私は公立校に通っていましたから、当然じゃないですか?』って言い返してやる」
『うーん。私、親子喧嘩の引き金を引いちゃったかも』
「大丈夫。うちの父親、どうせ当分は帰って来ないから」
★★★
ところが、父の孝太郎は、元旦の深夜に帰って来ていたようだ。と言うのは翌朝、紗理奈が磯辺焼きでも作ろうとキッチンに行く途中、ダイニングで父に会ったからだ。
その父は、正月なのにトーストを食べていた。コーヒーも置かれている所からすると、ひょっとして自分で淹れたんだろうか?
家にはインスタントコーヒーなんて無いから、豆を潰す所からやらなきゃいけないんだけど……。
「どうしたんだ?」
「あ、いや、お父さんがいるとは思わなかったから。いつ戻って来たの?」
「昨日の夜だ」
そんな会話を交わしながらキッチンに入って行くと、シンクに陶器製のドリッパーが置いてある。
厚めに切られた食パンもあったので、お餅かトーストかで少し迷ったけど、お餅を選んでオーブントースターに放り込む。最初からカッティングしてある焼海苔と小皿を取り出して醤油を垂らし、お餅が焼ける間にグリーンサラダを用意する。少し考えて二人分にした。
出来上がった物をトレイに載せてダイニングへ運ぶ。それから、父の分のサラダとフォークを差し出して、「サラダくらい食べたら」と言った。
「お前、昨日は何を食べたんだ」
「カップ麺」
「それだけか?」
「おせちの残りも摘まんだよ」
「そうか」
しばらく沈黙が続いた後、紗理奈はポツンと、「お父さんは?」と訊いた。
「昼は、会社関係のパーティーに出た。夜は、世話になった人の所だ」
「お母様達と一緒?」
「いや、違う。進藤の家には行ったが、挨拶だけして直ぐにお暇した」
「ふーん。お母様達とは別々だったんだね」
「そうだ」
再び、沈黙が続いた。
次に口を開いたのは、父の方だった。
「あのな、紗理奈……。今まで、すまんかった」
いきなり謝られた上に、何故か頭まで下げられてしまったのだった。
END029
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。
★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




