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023:澪の企み(2)

◇2040年11月@東京 <東山紗理奈>


東山紗理奈(さりな)は、その日、榊原澪さかきばらみおと新宿の街をぶらついて、お昼も何処どこかのファーストフードのお店とかで食べるつもりでいた。それなのに、家政婦の水森茅乃(かの)への対抗策で話が盛り上がってしまい、気が付くと午後一時になっていた。

それでも紗理奈は外へ行こうと思っていたのだが、坂下美倖(みゆき)に呼び止められた。彼女は、直ぐに食べられる物が無いかとキッチンに行ってしまった。


結局、榊原家でお昼を頂く事になって、豪華な来客用ダイニングに向かう。今日は遅めの朝食を頂いた事もあってか軽めの物という事で、出されたのは冷たいお蕎麦だった。

もう十一月なのでイマイチ季節外れな感じだけど、嫌いな食べ物じゃないので、紗理奈は有難く頂いた。


問題は、その際に居合わせた例の水森茅乃(かの)という家政婦が、明らかに紗理奈を見下した態度で接してきた事だ。

箸を置いた紗理奈が、手を合わせて「どうも御馳走様でした」と言った時だった。


「お粗末様でした……。しっかし、お友達をお連れしたと言うから、どういう方かと思って来てみれば、随分と不良っぽい方なんですねえ。まあ、類は友を呼ぶって言いますから、当然なのかもしれませんけど……」

「あの、茅乃さん、何が言いたいのかしら?」


澪の声音は、ぞっとするほど冷ややかだった。


「だって、髪色が変じゃないですか。どう見たって、ヤンキーとしか……」

「茅乃さん。お客様に失礼だと思います」


そこで声を上げたのは、坂下美倖だった。少し声が震えている所からすると、茅乃という家政婦に美倖が意見するのは珍しい事なんだろう。

マズいと思った紗理奈は、サッと立ち上がって、仰々しく挨拶を始めた。茅乃の矛先が、自分へ向くようにしようと考えたのだ。


「あの、ご挨拶が遅れてしまい大変失礼しました。わたくし、東山紗理奈と申します。東山モビリティという会社を経営しております、東山孝太郎の娘でございます」


紗理奈は、優雅な仕草でお辞儀をして見せる。

普通、ご令嬢である澪の客人に不躾な言動をするとしたら、この家の女主人以外に考えられないからだ。

更に紗理奈は、ニッコリと笑ってから再び口を開いた。


「それと、変な髪色で大変申し訳ありません。これ、澪さんと同じで生まれ付きなんです。でも、わたくし、まだ小学生でしょう? この歳で髪を染めたりなんかしたら、それこそ不良と思われても致し方ありませんものね。それでも、ご不快に思われた事は申し訳なく思います。大変申し訳ありませんでした」


話し終えると、再び深々と頭を下げる。

紗理奈とて社長令嬢だ。いくら母親に冷遇されていたとはいえ、礼儀作法に関しては、小さい頃、母の実家の進藤家から来た使用人に叩き込まれた。


紗理奈が頭を上げると、茅乃は既に居なくなっていた。

澪がポツンと言った。


「逃げたわね」


その横で、美倖が溜め息を吐いた。

紗理奈は、『これは、本格的にお灸を据える必要があるかも』と思ったのだった。



★★★



昼食後に紗理奈は、澪を連れて外へ出た。当然、「ムシ」になっての移動である。

やって来たのは、新宿中央公園。ところが、最近、この辺も治安が悪くて、見るからに目つきの悪い男達が大勢たむろっている。仕方がないので紗理奈は澪に、〈やっぱ、場所を変えよっか?〉と言って繁みに入ると、サッと変異して空へと飛び立った。

代々木公園に行ってみると、思ったよりも人が多い。方向転換して神宮球場の方へと向かい、見事に黄色く色付いた神宮外苑の銀杏並木の下を低空で通り抜けたりして、話が出来そうな場所を探す。そして最終的に降り立ったのは、迎賓館のある赤坂離宮の庭園の一角。当然、人気の少ない場所である。この辺は警備がしっかりしているから、変な人は寄り付かない筈だけど……。


〈いやいや、むしろ私達こそ変な人だから〉

〈まあ、そうなんだけどさ。いざとなったら、逃げれば良いじゃん〉


という訳で、二人は適当な木陰に腰を下ろして、家政婦の水森茅乃(かの)の事を話し合う事にした。


〈さっき美倖みゆきと話した新しい家政婦さんを雇う件は、そのまま進めれば良いと思うんだけど、それとは別に、茅乃さんには一度ギャフンって言わせた方が良いと思うんだよね〉

〈ふふっ、「ギャフン」と言わせちゃうんだ〉

〈別に、「ギャフン」でなくても良いけど……〉

〈いや、それくらい私でも分かるけど、具体的にどうすんの?〉

〈そんなの、決まってるじゃん。「ムシ」になって脅すんだよ〉

〈まあ、そうなるよねー〉


紗理奈の提案に澪は、あまり乗り気じゃないようだった。

たぶん彼女は、自分が「ムシ」だというのがバレるのを恐れているんだろう。


〈澪が嫌なら、代わりに私がやっても良いよ〉

〈いや、私がやるよ。私の事だし……〉


紗理奈は、そこで少し考えてから行った。


〈じゃあ、「ムシ」の姿は出さないようにして、脅す事にしようよ〉

〈えっ、どういう事?〉

〈別にチョウの翅を見せる事以外にも、色々と出来る事があるんじゃない?〉

〈例えば?〉

〈一番簡単なのは纏う光をMAX(マックス)にする事だけど、単にカメラのフラッシュとかだと思われちゃうからなあ……。逃げる時は、役立つんだけどね〉

〈そうだね〉

〈そんでさ、実は夏休みに私が覚えた技があるんだ。ここで、やってみて良い?〉

〈もちろん。見せて見せて!〉

〈うーん、ちょっと反応が怖いっていうか……、まあ、やってみるね〉


そんな前置きをした上で、紗理奈はシュルシュルと自分の髪の毛を伸ばして行く。そして、近くの花壇で咲いてる花を一輪だけ摘むと、再び髪をシュルシュルと引き寄せる。

その花を紗理奈が渡すと、澪は蒼白の顔で無言のまま受け取った。


〈どうだった?〉

〈あ、いや、ちょっと……〉

〈まさか、チビって無いよね?〉

〈あ、当ったり前じゃないの!〉

〈良かった。普通の反応で〉

〈むぅ〉


紗理奈は、怒った澪の鼻を軽く摘まんで、〈でも、怖かったんでしょう?〉と言ってやる。


〈まあね〉

〈ふふっ。たぶん、普通の人だったら、もっと怖がると思うよ〉

〈それはそうだろうけど……。で、どうやってやるの?〉

〈うーん、口で説明するのは難しいかも……。凜華りんかさんが髪の毛を操作できるって聞いて、自分もやってみたいって思ったら出来ちゃったっていう感じなんだけど〉

〈何そのいい加減な説明〉

〈あ、でも、直ぐには出来なかったよ。出来たのは、何度も練習した後だから〉


それから澪は、小一時間ほどの間、口の中で『伸びろ伸びろ』とブツブツ言っていた。

やがて、彼女の顔が真っ赤になったのを見て、〈もう今日は止めたら?〉と諭したのだが、それでも澪は呟くのを止めない。

そうして、更に二十分が過ぎた頃だった。突然、周囲の木々がざわめいたかと思うと、近くの落ち葉が一斉に空へと舞い上がった。そして、二人の周囲をグルグルと回り出す。そんな風に小さな竜巻の中に放り込まれた状態が一分いっぷんくらい続いた後、突然、ピタッと風が止んで、全ての落ち葉が地面に落ちた。


〈今のって、澪がやったんだよね?〉

〈……〉

〈私、何もやってないから、間違いなく澪だよ〉

〈そ、そうかな?〉


結局、そのまま二人はそれぞれの家へ帰ったのだが……。

それから一週間後、紗理奈は澪から、『茅乃さん、居なくなっちゃった!』というメッセージを受け取ったのだ。



★★★



その事の顛末を紗理奈が澪から聞かされたのは、深夜、「ムシ」になって訪れたスカイツリー展望台の上での事だった。


〈で、いったい澪は何をやったの?〉

〈うーん……、まあ、色々だね〉

〈八年も勤めた居心地の良い職場を捨てて出てったってのは、余程の事だったんだよね?〉

〈……そうかもね〉


澪は相当に言いにくそうにしていたけど、紗理奈に何度も催促されて観念したのか、ポツリポツリと話してくれた。


それによると、澪から榊原陸翔(りくと)海渡かいとへの陳情というかプレゼンテーションは、先日、坂下美倖(みゆき)を入れた三人で話し合った通りの内容で行い、ひとまずは思惑通りの結果になったという。

ところが、予想外だったのは、その翌日に二人がタワマン最上階の自宅にやって来て、問題の茅乃を含めた全員の前で陸翔が、「今までは、すまなかった。これから東京にいる間は、余程の事が無い限り、ここに泊まる」と宣言した事だ。すると海渡が、「そうなると茅乃さんだけじゃ大変だから、最低でも後一人は家政婦を雇う必要があるな」と言い出した。もちろん、それは澪達が作ったシナリオ通りだったのだが、案の定、茅乃が声を上げた。


「あの、直ぐに新しい人を見付けるのは大変でしょうし、旦那様も奥様もお忙しいかと思いますので、私の方で信頼できる者を見繕っても宜しいでしょうか?」


そんな風に茅乃が言い出す事は事前に陸翔と海渡に伝えてあったので、今度は海渡の方が「いや、それには及ばない。実は、僕の方で既に手配してあるんだ」と返したそうだ。

それなのに茅乃は、反論を続けたという。


「あの、そのような方よりも私の知る者の方が安心じゃないでしょうか? 家政婦というのは皆さんの身の回りの世話をする者ですから、信頼できる者じゃないと危険と申しますか……」

「あの、茅乃さん。あなたは、うちの会社が何の仕事をしているかご存じないのかい?」

「セキュリティでございますよね? ですが、会社とかのセキュリティと家庭内のセキュリティとは別なんじゃ……」


そこで陸翔が茅乃の話を遮る形で、「うちは、ホームセキュリティもやってるんだが……」と口を出す。

それでも茅乃は、しつこく食い下がったらしい。だけど、それで逆に陸翔と海渡は、「澪の言った事が正しい」という確信を強めてくれたようだという。


〈じゃあ、上手く行ったって事だね〉

〈まあね。茅乃さんが、自分で墓穴を掘ってくれたって感じかな〉


そう言って無意識のうちに身体からだを光らせた澪は、ちょっと得意げだった。




END023


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話は、澪視点での「企みの結末」になります。

その次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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