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022:澪の企み(1)

◇2040年11月@東京 <東山紗理奈>


更に十日程が過ぎた日の事、東山紗理奈(さりな)は、またもや榊原澪さかきばらみおの部屋を訪れていた。その日は日曜だったので、朝からである。

ただし、朝とはいえ割と遅めの時間だ。それなのに澪といったら、しどけなくソファーに身を横たえていた。


〈こら、澪。もうすぐ十時だよ〉

〈あ、紗理奈。もう来たんだ〉

〈「もう来たんだ」じゃないでしょうがっ〉


ここへ来るに当たって、ちゃんと紗理奈はスマホのメッセージアプリで連絡してある。それに、新宿の高層ビル群が見えた辺りで心話を飛ばしてもいた。


〈だってえ、あんまり寝て無いんだもん〉

〈「寝てない」じゃないよ、もう。夜更かしするからだよ〉

〈撮り溜めてたビデオを観てたら、止められなくなっちゃってさ〉

〈もう、しょうがないなあ。その恰好からすると、どうせシャワーもまだなんじゃないの?〉


今の澪は、ピンクのパジャマ姿。一度はベッドから起き上がったものの、洗面台の所まで行く途中、ソファーの所で力尽きたって感じに見える。

紗理奈は澪の右手を引っ張って立たせると、強引に背中を押して、部屋に備え付けのユニットバスに彼女を放り込んだ。



★★★



しばらくしてシャワーの音が止み、ドアが開いたかと思うと全裸のみおが立っていた。右手にはバスタオル。左手には……、肘から先が無かった。

知ってはいたけど、直接に見たのは初めてだ。でも、思った程の衝撃は無い。これが知らない人だったら違うんだろうけど、澪は澪だからだろう。

そんな事を考えていると、澪が〈ごめんなさい〉と謝ってきた。


〈何で謝るの?〉

〈だって、見苦しい物を見せちゃったから〉

〈見苦しい物なの?〉

〈普通、そうなんじゃない? 美倖みゆきさんだって、最初に見た時は固まっちゃってたし……〉


美倖というのは、澪の家庭教師として同居してくれている女子高生のことだ。今は三年生で、既にトップ私大の一角である城北大学の推薦入学が決まっている。

紗理奈が、〈だったら、私は普通じゃないって事だね〉と言うと、澪は少し考えてからボソッと、〈確かに、そうかも〉と呟いた。


〈紗理奈が普通じゃないのは、出会った最初の時からだもんね〉

〈そうそう……って、それだと、私が化け物みたいじゃない……。まあ、実際に化け物ではあるんだけどね〉

〈そっかあ、化け物かあ……〉


何故か、澪は「化け物」という言葉が気に入ったようだった。


〈化け物だったら、こんな身体からだだって普通なのかも……〉


紗理奈は、俯いてブツブツ言い出した澪をしばらく無言で見詰めた後、努めて明るい調子で心話を送った。


〈もう、早く身体を拭きなよ。じゃないと風邪引いちゃうよ〉


そう言いながらも、紗理奈は澪からバスタオルを奪って、ガシガシと髪の毛を拭いてやる。それから全身を丁寧に拭いた。特に左腕の先っぽは、優しく拭いてやる。

最後にポンと軽く頭を叩くと、〈ほら、早くパンツ履きなよ〉と言った。

それでも澪は動こうとしないので、〈ふーん。パンツ、私に履かせて欲しいのかなあ?〉と言ってやる。


〈ううん。自分で履く〉


澪はボソッと呟くと、ピンクの下着を右手に取って、ゆっくりと交互に足を通していく。そして、それを器用に上へと少しずつ引き上げて行った。

その間の紗理奈の視線が、棚の上に無造作に置かれた義手に向いているのに気付いた澪が、独り言のような言葉を送ってきた。


〈シャワー浴びた後はね、完全に乾いてからじゃないと装着しない事にしてるの。後で痒くなったりするの嫌だし……〉


澪が、今度はシャツを着始める。もちろん、ブラジャーなんて付けない。紗理奈と同じでまだ必要ないからだ。

部屋着にしている白いワンピを身に着けてから器用に靴下を履いて、最後に義手を装着し終わるまで、紗理奈はじっと待った。

ところが、全ての身支度を整えた澪が放った言葉は、〈ねえ、私のこと嫌いになった?〉だった。


〈バカ。嫌いになる訳ないじゃん〉

〈何で? 私の肘から先が無い左腕を見た人は、みんな、私を嫌いになるんだよ〉

〈皆じゃないんじゃない?〉

〈そうじゃなかったのは、美倖さんくらいかなあ……あ、初音はつねさんも、そうじゃなかったかも〉


初音さんというのは、澪の兄である海渡かいとさんの許嫁いいなずけの人だという。その立花初音とは家族ぐるみの付き合いらしく、一緒に温泉に行って家族風呂に入った事があったらしい。


〈あんた、最初から私が普通じゃなかったって言ってなかったっけ?〉

〈言ってたかも〉

〈どうせ私達は「ムシ」っていう化け物なんだから、少しくらいの事で嫌いになんてなんないよ〉

〈これ、少しくらいの事かな?〉

〈少しくらいの事だよ〉

〈そっかあ、少しくらいの事なんだあ……あ、はーい〉


その時、ドアがノックされて、「失礼しまーす」と言って入って来たのは、坂下美倖だった。



★★★



坂下美倖(みゆき)は、朝食の乗ったワゴンを押してみおの部屋に入って来た。そして、小さめの食卓テーブルに二人分の朝食を並べて行く。

生クリームとフルーツの乗ったパンケーキにオムレツ、ソーセージ、グリーンサラダ、そして、ヨーグルト……。


「あのー、美倖さん。私、ちゃんと朝食を食べて来ましたけど」

「大丈夫よ、紗理奈ちゃん。もう十時なんだから、充分にお腹が空いてるんじゃないかしら?」


確かに紗理奈は、既にお腹が空いてしまっていた。最近、直ぐにお腹が空いてしまうのは、「ムシ」になって空を飛んで来た事に加えて、きっと今が成長期だからなんだろう。


「あ、あの、どうもありがとうございます」

「良いのよ。紗理奈ちゃんは、澪ちゃんの大切なお友達なんですもの」


紗理奈は、改めて美倖に向かってペコリと頭を下げた。

美倖とは、既に顔見知りになっている。最近、頻繁に澪の部屋を訪れているせいで、どうしても顔を合せてしまうのだ。

更に美倖は、紗理奈専属の家政婦である松川愛子とも、ちょくちょく連絡を取り合う関係になっている。それは紗理奈が澪の部屋に泊まったり、反対に澪が紗理奈の部屋に泊まったりする事があるからだ。


相変わらず「ムシ」である事は誰にもカミングアウトしておらず、その上、お互いの両親には紗理奈と澪との関係すら伝えていない。坂下美倖と松川愛子に対してなら、「ネットで知り合ったの」で通用するのだが、親達は簡単には納得しないだろうと踏んでいる為に、当面は黙っておく事にしたのだ。親達が二人の関係を知ったら、紗理奈とてパーティーに引っ張り出されるのは必然。未だ、母の若菜との関係がギクシャクしている中、そこら辺の対応は慎重でありたい。


その時だった。突然、澪が声を上げた。


「美倖さん、どうしちゃったの、その頬?」

「あ、いや……」


良く見ると、明らかに美倖の頬が腫れている。


「どうせまた、茅乃かのさんに打たれたんじゃないの?」

「……」


無言は、肯定の意味なんだろう。

澪は、「あのオバサンったら、本当もう……」等とブツブツ呟いている。


「あ、あの、澪ちゃん。これは、私がドン臭いからで……」

「だいたい、私の世話は茅乃さんの仕事なのよ。それなのに美倖さんに押し付けるだなんて……、あいつ、絶対に許せない……」



★★★



榊原(みお)の場合、母のあやとは疎遠でありながらも、全く愛情が向けられていない訳ではない。澪の腕の欠損に負い目があって、それを未だに直視できない綾が、無意識のうちに遠ざけてしまうのだろう。むしろ綾には、澪の言いなりになりがちな面だってあるという。

そんな綾の心の隙間に上手く取り入ったのが、水森茅乃(かの)という家政婦の女だ。逆を言えば、それだけ茅乃が狡猾だったとも言える。


「いくら狡猾だと言っても、証拠を見せられたら、お母様だって納得してくれるんじゃないかな?」

「それが、そんなに単純じゃないんだよねえ。相手は、歴戦の強者つわものなんだもの。言い逃れについては、神級の手慣れな訳だし、それこそ現行犯でもないと簡単に誤魔化されちゃうよ」


澪の返事に、美倖みゆきも首を縦に振っている。彼女も相当に嫌な目に遭ってきたんだろう。


「やっぱり、澪のお父様とお兄様が家にいないのが、一番の問題だって気がする。大事なのは仲間を増やす事だと思うんだよね」

「それって、パパと兄貴を味方にするって事?」

「それが出来ればベストなんだろうけど、せめて東京にいる時だけでも、必ず帰って来てもらえないかな?」

「うーん、私が頼めば出来なくもないと思うけど、間違いなく茅乃は激怒すると思う。あの人の仕事が増えちゃうだろうし……。ひょっとして、それが目的だとか?」

「うん。お仕事が増えて、もう一人、家政婦を雇う事になれば、その人を味方にすれば良いんじゃない?」

「そん時は、茅乃が知り合いを連れて来たりしちゃわない?」

「うわあ、そうなったら最悪だね。敵が二人になっちゃう」

「もう、ちゃんと考えてよ」


そこで、美倖が口を開いた。


「つまり、新しい家政婦の人の採用権を、茅乃さんに渡さなければ良いんですよね?」

「そうね」

「だったら、そういう方向で、澪ちゃんが陸翔りくとさんと海渡かいとさんに現状を説明して、改めてお願いしてみたらどうでしょう? 榊原家の家事全般が茅乃さんの言いなりになっている事での弊害を、具体的な事例を交えながら真摯に説明すれば、聞いて頂けるんじゃないかと思います。単なる感情論じゃなくて、『長年、茅乃さん一人に頼ってきたから、これを機会に新しい風を入れてみた方が良いと思う』とか言ってみれば、案外、すんなりと通るんじゃないでしょうか?」

「なるほど」

「あの、私も手伝いますので、まずは陸翔さんと海渡さんを説得するシナリオを、一緒に作って行きましょう」


という訳で、この日の午前中は、新しい家政婦の人を雇い入れる為のシナリオ作りを、三人でああだこうだと言い合いながら進めて行ったのだった。




END022


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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