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021:サカキバラ商事と澪の両親

◇2040年11月@東京 <榊原澪>


サカキバラ商事と言えば、セキュリティの総合商社と称されることが多い。今や国内だけで従業員は五万人以上。グローバルでは二十万人を超える巨大企業へと成長したサカキバラ商事だが、東京オリンピックがあった2021年には、従業員百五十人程度の小規模なベンチャー企業でしかなかった。


サカキバラ商事の設立は、東日本大震災のあった2011年の四月。社長の榊原陸翔さかきばらりくとが、東京大学を卒業して直ぐに起業したのが始まりである。陸翔自身は経済学部の卒業だが、起業メンバーの中に、その時点では学生だった工学部のソフトエンジニアを多数確保。インターネットのセキュリティ分野におけるブレークスルーを念頭に置いた研究を進めると同時に、まずは企業内システムのセキュリティ提案を専門にしたコンサル業を始めた。ターゲットは、システムの専門家を社内に持たない中小企業である。

そうやって経営を続けて十年ほど経った頃、サカキバラ商事は、ブロックチェーンを活用したデジタルキーの開発をベースに、独自のシステム構築に成功していた。そして、コンサル先の中小企業だけでなく、徐々にEコマースやシェアカー関連企業へと、そのシステムの採用顧客を広げて行ったのである。


やがて、先進的なネット関連企業を中心に同社のシステムを採用する企業が増え、更には、サカキバラの方式が事実上のグローバル標準として認知され始めると、今度は世界中の大手企業が競うように同社に押し掛けるようになってしまう。

そうなれば、同社の既存の体制では対応できず、急速に規模を拡大する必要が出て来る。そこで問題となるのが資金調達であり、普通なら、どこかの大企業の資本を受け入れて傘下に入る所だが、それを社長の榊原陸翔は嫌がった。その時の陸翔は、未だに三十代。今さら大企業の上役の顔色を窺う立場に身を置く事も、大金を手にして悠々自適のスローライフを送る事も、彼は選びたくなかった。

そうして紆余曲折の末、陸翔に資金を提供したのは、妻である榊原(あや)の実家の如月きさらぎ家だったのである。


榊原陸翔と如月綾が知り合ったのは、大学時代だった。当時、東大生だった陸翔には、立花和武(かずたけ)という友人がいて、その彼が高校時代から付き合っている彼女が、高見沢奏美たかみざわかなみだった。後に彼女は和武と結婚して、初音はつね奏音かなとという二人の子を授かる訳である。

当時の奏美は音大生だったが、既にプロのピアニストとしての活動を始めていた。そんな奏美に憧れる後輩の一人に如月綾がいて何かと彼女に付き纏っていたのだが、ある日、陸翔と和武が一緒にいる所に綾が突撃してしまったというのが、陸翔と綾の出会いのようだ。当然、その頃の綾には高見沢奏美しか眼中になく、プライドの高い陸翔は綾の無作法な行動に眉をひそめた。ところが、その後も何度か顔を合せて行くうちに陸翔は、綾の無邪気で少し子供っぽい所に惹かれて行く。

一方の綾は、自分のピアニストとしての才能に限界を感じていた。どんなに努力した所で、高見沢奏美のようにはなれそうもない。それなのに、陸翔以上にプライドの高い綾は、それを認めるのに時間が掛かった。彼女は、音大の卒業後も二年半の間、ピアニストへの道を模索し続けたが、結局は諦めて陸翔のプロポーズを受け入れる。二人は、その半年後に結婚。更に翌年、長男の海渡かいとが生まれたのだった。


榊原(みお)が生まれたのは、更に十二年後、サカキバラ商事が如月家の資金提供を受け入れ、爆発的に業績を伸ばしていた時期だった。もう出来ないだろうと思った矢先の妊娠に、陸翔も綾も困惑した。特に四十手前での出産は肉体的にも不安ではあったのだが、かと言って流すのも躊躇われる。

ところが、この時の判断を二人は酷く後悔する事になる。澪が目に見える障害を持って産まれてきたからだ。

一方、サカキバラ商事の業績は、まさに絶好調だった。そして、その事は二人が不幸な娘から目を逸らすのに格好の口実になったのである。


当初はソフトウェアの高い技術力をベースに、ニッチな分野でグローバル市場を席巻したサカキバラ商事だったが、ここへ来て陸翔は大きく方針転換した。

インターネットセキュリティの分野で様々な特許を持つサカキバラ商事は、本来、それだけでも充分な利益を稼ぎ出すことが出来る。よって、これまでの路線の延長線上でも高収益企業としての成長が見込めたのだが、敢えて陸翔は幅広いセキュリティ関連分野への参入を行い、セキュリティの総合商社となるべく舵を切ったのである。


この時、陸翔が掲げた企業ビジョンは、「安全で幸せな社会の実現」だった。彼は、その理想を叶えるべく「地域密着型のサービス企業」を目指した。

その結果、現在のサカキバラ商事は、企業向けのセキュリティ対策に加えて、一軒家やマンションのホームセキュリティから、地域の安全をまるごと請け負うような社会インフラ事業までを手掛ける、「総合警備保障会社」へと変貌を果たしている。

特に国内では、犯罪予防や夜間警備といった地味な業務に注力しており、全国をくまなくカバーする支店網を整備。本来、その分野は既存企業の独占状態にあったのだが、サカキバラ商事は、最先端のIT関連技術を武器に後発のハンディを短期間で克服し、いきなり業界首位にへと躍り出たのである。


「パパの会社って、元は海外市場メインだったんだけど、最近は国内市場主体になりつつあるんだ。採用も前はエンジニア主体だったのが、最近は国内の営業マンの方が多いみたい」

「ふーん。澪は、良く知ってるんだね」

「まあね。一応、社長令嬢だもん」

「将来、サカキバラ商事で働きたいとか?」

「うーん、先の事は、まだ分かんないかな」

「まあ、そうだよねえ」


現在、榊原澪が東山紗理奈(さりな)と一緒にいるのは、新宿のタワマン最上階にあるマンションの自室だ。今は夜なので、東京の夜景が一望できる。

二人が出会ってから、つまり、澪が「ムシ」という存在になってから、既に三週間が経っていた。


「紗理奈は、お父様の会社の事に興味は無いの?」

「うーん、あんまり無いかな」

「でも、最近は、お父様と良く話すんでしょう?」

「まあね」

「そういう時って、話題に困ったりしない?」

「そうなんだよねえ。澪は、どうしてんの?」

「最初は学校の事を訊いてくるんだけど、私の返事がそっけないと、後はパパが一方的に会社の事とか喋ってる」

「ふーん。それで、会社の事、詳しいんだ」

「そういう事。でも、紗理奈は学校に行ってないから、余計に困るんじゃない?」

「うん。だから最近は、海外の交通事情とかの話でお茶を濁してる」

「何それ?」

「ネットで事前に色々と情報を仕込んどくんだ。まあ、娘の嗜みって奴?」

「なーんだ。結構、お父様の気を引く努力をしてるんじゃない」

「だって、ずーっと沈黙が続いて、気まずい思いをするよりは良いじゃない」

「言われてみれば、そうかも」

「最近の私って、結構、父親と顔を合わせる事が多くてさ。それなりに大変な訳よ。澪は、相変わらずなの?」

「うん。顔を合せるのは、月に二回くらいかなあ。しかも、そのうちの一回はパーティーとかなんだよねえ」

「パーティーねえ……」

「紗理奈は、そういうのに呼ばれないから良いよね」

「まあね」

「もしかして、出たいとか?」

「まさか」


紗理奈は視力と聴力に障害があった為、幼少時から両親に疎まれて育ったという。しかし、「ムシ」の能力が発言した時点で障害が消え、父親との関係を修復。母親の方は相変わらずのようだが、以前よりも良い方向へ向かっているのは間違いない。

そうした事情を聞いた澪が思ったのは、元から父親は紗理奈に対して悪感情は持っていなかったんじゃないかという事だ。澪の父親もそうなのだが、たぶん、仕事が忙し過ぎて娘と話す機会が持てずにいたのが、放置と思われた原因だという気がする。


「ところで、紗理奈は受験勉強とか進んでるの?」

「たぶん、大丈夫じゃないかなあ。私の場合、学校に行かなくて良い分、余裕を持って勉強できるから有利なんだよね」

「ふふっ。普通は、勉強する為に学校へ行くんじゃない?」

「うーん、うちは公立校だから、そうじゃないんだよね。学校へ行かなくて良くなって、本当に良かったよ」

「そうなんだ……。あ、そういや、紗理奈って、全国でトップレベルの成績だったんだよね。良いなあ」

「澪だって、今の成績だったら、ちゃんと志望校に合格できるんじゃないの?」

「まあ、そうなんだけど、何があるか分かんないから、もう少し成績を上げておきたいんだ」


紗理奈の志望校は、東京精霊女学園中等部。いわゆる「お嬢様」学校だ。一方の澪は、城北大学付属女子中学校が第一志望。つまり、二人とも本当は受験生な訳で、こうして夜な夜な「ムシ」になって、夜空を飛び回っていられるような立場じゃない。

それで今夜は早めに空中散歩を終えて自室へ戻って来たのだが、結局、こうして部屋でお喋りを続けているって訳だ。


ところが、その時、ドアがノックされて、「澪ちゃん、誰か来てるの?」という声がした。相手は、澪の家庭教師の名目で同居している高校生の坂下美倖(みゆき)さん。

紗理奈とは心話での会話の場合が多いのだが、さっきから何となく普通に声を出して喋ってたせいだ。澪は、『しまった!』と思ったけど、もう遅い。

美倖は、直ぐにドアを開けて入って来てしまった。


「ごめんなさーい。ちょっと、友達とスマホで話してたの。もう切ったから」


澪は咄嗟に嘘を吐いて、焦りながら後ろを向いた。

すると、そこには誰もいなくて、薄っすらとローズマリーの匂いがする。つまり、紗理奈は既に「ムシ」になって出て行ってくれたって事だ。


澪は、『これからは、部屋にいる時でも心話を使うようにしなきゃ!』と固く心に誓ったのだった。




END021


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


いよいよストックが無くなってきましたので、投稿が不定期になるかと思います。

ですので、ブックマークをして頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


★★★


できましたら、以下の作品も読んでみて下さい。いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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