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018:初めての仲間(2)

◇2040年10月@東京 <東山紗理奈>


「ムシ」になった後も東山紗理奈(さりな)には、近場に友達がいなかった。友達と呼べる存在は、宇都宮の手塚真琴てづかまことだけである。その真琴にしても、一緒に遊んだのは、夏休みの一回だけ。そろそろ他にも友達が欲しいと思っていた。

「ムシ」になる以前の孤独な状況からは脱したものの、一般的な女子と比べたら、まだまだ彼女の日常が淋しい事に違いはない。


もっとも、彼女を取り巻く状況は、「ムシ」になる少し前から改善の兆しを見せていた。それは、専属の家政婦が松川愛子に変わった事だ。それだけで生活の質が向上した。それに肉体が成長し経験を積んだ事で、少なくとも自宅での警戒対象は親だけになっていた。


だけど、「ムシ」になった後は、全てが一変した。

その大半は、肉体的な変化に依るものだ。そこには単純な「ムシ」としての能力だけじゃなく、生まれた時から彼女を苦しめてきた障害、弱視と難聴が治癒され、逆に人並み外れた視力と聴力を得た事も含まれる。

元々頭脳明晰だった彼女は、情報入力デバイスの性能向上により、ようやく高スペックの頭脳をフルで活用できるようになったのだ。


対人関係では、最初に父との関係を多少は修復できた事。それによって家庭内での最低限の居場所を確保し、ラスボスの母との対決へ向けた足掛かりができた。

次に担任教師が変わり、更に自宅学習が認められた事が大きい。これによって、常に命を脅かされる状態からは解放された。

そして何よりも、数多くの「ムシ」の仲間達を得た事。たとえ離れてはいても、イザという時に頼れる存在が得られたのは有難い。もはや彼女は、孤独ではなくなったのだ。


それでも、真琴以外の「ムシ」の仲間達は、「お姉さん」でしかない。

やっぱり、もっと友達が欲しい。


という訳で、紗理奈の次の目標は、「新しい友達を作る事」になっていたのである。



★★★



そうして、今、紗理奈の目の前には、見事な唐草模様の翅を持つ「ムシ」の子がいた。紗理奈は彼女に、〈じゃあ、行こうか?〉と移動を促す。


〈行こうって、何処どこへよ?〉

〈何処って、ここじゃ狭いじゃない〉

〈あのさ、私よりも広い部屋を持ってる小学生なんて、ほとんど居ないと思うんだけど〉

〈そういう事じゃなくってさ。せっかく、立派な翅があるんだから、ちょっと動かしてみなよ〉

〈翅?〉


目の前の女の子は、またもや困惑した表情に変わった。改めて今の異様な状況を認識してしまった事で、怖くなったんだろうか?

だけど、自分が背中に何か巨大な物を背負っているとの感覚はあったようで、それを何気なく動かした途端、身体からだが宙に浮いて天井へと消えて行く。

紗理奈も瞬時に翅を出して、彼女の後を追って行った。


二人がいたのは、タワマン最上階。天井を抜けた先には、新宿の夜空が広がっている。

半ばパニック状態になっていた唐草模様の翅の子は、なかなか止まってくれない。仕方がないので紗理奈が先回りして、大きな翅を広げて彼女の前に立ちはだかった。

「ムシ」に実体が無い以上、二人の身体が空中で交わう事は無いのだが、それを知らない彼女は、慌てて停まろうとする。本能での静止が利いた為か、紗理奈の前でホバリング状態となった今も尚、彼女は気が動転していて心話すら発せない様子。それが感じ取れる紗理奈は、落ち着いた声音で、〈大丈夫?〉と問い掛けた。


〈大丈夫な訳ないでしょうがっ! 何なのよ、これ?〉

〈うーん、見た通りなんだけど……。私の姿、何に見える?〉

〈アゲハチョウ。確か、アオスジアゲハだっけ?〉

〈ピンポーン。正解でーす〉

〈むぅ……。何よ、その能天気な返事はっ! 何か、パニくってる私がバカみたいじゃないのっ!〉

〈ふーん、パニくってるっていう自覚あるんだ。だったら、大丈夫だね〉

〈そ、それは、まあ……〉


やっと彼女は、少し冷静になったようだった。すかさず紗理奈は〈じゃあ、ちょっと下、見てみなよ〉と促す。

次の瞬間、彼女の叫び声が頭に響いた。


〈うわあ、何これ? てか、これって新宿の街?〉

〈もう、うるっさーい!〉

〈あ、ごめん〉

〈新宿の夜景なんて、あなたの部屋から幾らでも見えるんじゃないの?〉

〈それはまあ、そうなんだけどさ……。ひょっとして、私、空中に浮いてる?〉

〈まあ、そうだね〉

〈てことは、今の私の状態って、霊体って奴?〉

〈霊体かあ。難しい言葉、使うね〉

〈要するに、お化けって事よ〉

〈言わなくても分かるってば……。まあ、実体が無いって点では、似てなくもないかな〉

〈うわあ。私、死んじゃったの? あんたって、死神とかだったの?〉

〈もう、何で、そういう禍々しい発想するの? どう見たって、私、華麗でチャーミングな女の子でしょうがっ!〉


今まで落ち着いて接していた紗理奈も、とうとうイラつき出した。ところが、新しい「ムシ」の子の不遜な言動は止まりそうもない。


〈あんた、こういう状況で、そういうこと言うわけ?〉

〈何が、こういう状況よ。パニくってるのは、あんただけじゃん〉

〈何よ、その余裕な態度。ムカつくんだけど……。あ、それとも、単なるバカだとか……〉

〈な、何で私がバカなのよ。せっかく、あんたの緊張を解いてあげようとしてんのに、もう、あったまきたーっ!〉


紗理奈がキレかかっているのが伝わったのか、唐草模様の翅の子が急に慌て出した。


〈ちょっ、ちょっと怒んないでよ〉

〈せっかく、あんたの事が気になったから、わざわざ来てあげたのに……〉

〈だから、悪かったってば。ごめん……、ごめんなさい〉


彼女が謝ってくれた事で、冷静になった紗理奈は、〈分かった。許してあげる〉と返してやる。幾分、上から目線なのは、先輩だから当然だ。


それから紗理奈は、〈ちょっと移動しない?〉と言って、都庁のてっぺんへと彼女を連れて行く。適当な所に並んで腰を下ろした紗理奈は、彼女にも唐草模様の翅を仕舞うように言った。安全の為、薄っすらと身体からだに光を纏っておくのも、忘れずに付け加えておく。

彼女はカンが良いのか、細かく教えなくても言った通りにしてくれた。

だけど、その直後に彼女が、〈ねえ、本当に私、死んでないんだよね?〉と訊いてきたのには、さすがに呆れてしまった。


〈もう、しつこいなあ。死んでないよ。てか、私は普通の女の子。小学六年生だよ〉

〈えっ、そうなんだあ。年下かと思ってた〉

〈何でよ?〉

〈だって、チビじゃん〉

〈チビって何よ。てか、あんたこそ、本当に六年生なの?〉

〈失礼ねえ。ちゃんと六年生だよ。まあ、小さい方だってのは認めるけど……。それより、あんたが「普通の女の子」ってのは、違和感ありまくりなんだけど〉

〈えっ、何で?〉

〈何でって、どう見たって普通じゃないでしょうがっ!〉

〈ひっどーい! 私が普通じゃないなら、あんただってそうじゃん〉

〈ええーっ、私も?〉

〈何で、驚いてんの? あんただって、さっきは「ムシ」になって、空を飛んでたじゃん〉

〈あのー、「ムシ」って何?〉

〈あんたも私も、さっきはチョウの姿だったでしょう? そういうのを「ムシ」って言いうの〉

〈えっ? 「ムシ」って、なんか酷くない?〉

〈しょうがないじゃん。私が「ムシ」になる前から、そういう風に呼ばれてんだから〉

〈そ、そうなんだ……。あんたは、いつ、その「ムシ」ってのになったの?〉

〈今年の六月〉

〈ふーん。まだ四ヶ月なんだね……。で、私達は、何で「ムシ」ってのになっちゃったのかな?〉

〈そんなの、分かんないよ。それって、「私って何で人間なの?」と同じような質問じゃん。答えようがないよ〉

〈うーん……〉

〈まあ、良いよ。あんたがそう思うのは、私だって分からなくもないから。でも、あれこれ考え込むよりは、早く現実を受け入れた方が楽だと思う。これは、先輩である私からのアドバイス〉

〈先輩って、何か偉そうなんだけどー〉

〈だって、先輩じゃん……。まあ、四ヶ月なんだけどね〉


そこで、唐草模様の翅の子は少し考えてから、おずおずと質問してきた。


〈ねえ、ひょっとして、私達以外にも、「ムシ」の仲間がいるの?〉

〈いるよ。いっぱいじゃないけど、十数人はいる。みんな、北の方だけどね〉

〈北の方?〉

〈うん。一番多いのは、福島〉

〈ふーん、そうなんだ〉


それから紗理奈は、「ムシ」についてのあれこれを説明して行った。と言っても、紗理奈が話せる事は、そんなに多くある訳じゃない。

それで、『細かい事は、後で天音あまねさんか真琴から話してもらえば良いや』と思った時、まだ二人に報告してなかった事に気が付いた。


〈うわあ、ヤバいかも〉

〈ど、どうしたの?〉

〈あ、いや、ちょっと忘れてた事、思い出しちゃった。一度、あんたの部屋に戻っって良いかな?〉

〈えっ、何で?〉

〈別に、あんたの部屋でなくても良いんだけど、落ち着ける所で「ムシ」の先輩っていうか、お姉さん達に報告したいの〉

〈えっ、報告って?〉

〈もちろん、あんたの事だよ。いつも、報連相ほうれんそうは大事って言われてるんだ。遅いと、また怒られちゃう……〉


唐草模様の子にも紗理奈の焦りが伝わったのか、直ぐに彼女の部屋に戻るのに同意してくれた。

都庁のてっぺんから、二人揃って舞い上がる。眼下に新宿の眩い夜景を見ながら、紗理奈は彼女に問い掛けた。


〈そういや、そろそろ名前を教えてくれる?〉

〈あ、ごめん。私、榊原澪さかきばらみおって言うの〉

〈榊原って、ひょっとして、あのサカキバラ商事と関係あるとか?〉

〈うん。パパっていうか、お父様が社長なの〉

〈げっ? てことは、あんたって社長令嬢なの?〉

〈まあ、そういう事になるね〉


澪から伝わる心話が、少し得意げだった。一応、紗理奈も社長令嬢なんだけど、そんな扱いをされた事は無いし、だいたいサカキバラ商事とは会社の格が違う。

紗理奈は、ようやく彼女の部屋の豪華さに合点が行った。

そして、その時にはもう二人は、その豪華な部屋の高そうなカーペットの上に立っていたのだった。




END018


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

また次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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