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017:初めての仲間(1)

◇2040年10月@東京 <東山紗理奈>


やがて夏休みが終わり、九月になっても東山紗理奈は、学校へは行かなかった。父の孝太郎が「今後は、自宅学習にさせたい」旨の申請を学校に提出し、それが了承されたからである。それでも月に一、二回は登校し、担任教師と面談する必要はあるのだが、クラスメイト達とは顔を合せなくて済む。

一方の学習面では、九月に行われた実力テストでも優秀な成績を叩き出した。志望校であり母の若菜の母校でもある東京精霊女学園中等部の合格判定は、堂々の「A」。それでも父の孝太郎は塾へ行く事を勧めてきたが、紗理奈はキッパリと断った。今更、塾へ行く必要性を感じなかったからだ。

その父とは、最近、週に何度か朝食時に顔を合せている。それに、時々は夕食も一緒に取る事があって、そういう時は外の高級なレストランに呼び出される。事前に家政婦の松川愛子に連絡が行って、秘書の女性がハイヤーで送迎してくれるのだ。


母の若菜や弟の倫太郎りんたろうとの関係は、相変わらずだった。それでも変わった点と言えば、偶然、食堂とかで鉢合わせても、前のように罵声を浴びせられたりしなくなった事だ。そうかと言って、何か話し掛けられる事もない。

そういう意味で言うと、若菜との関係値修復は、まだまだ難しそうだ。



★★★



そんな毎日を送っていた紗理奈に転機が訪れたのは、十月に入って少しした頃の事だった。その日の朝、矢吹天音やぶきあまね手塚真琴てづかまことから聞いていた、「近くで『ムシ』が生まれる予兆」って奴が感じられたのだ。


紗理奈が最初にした事は、天音と真琴のスマホにメッセージを入れる事だった。朝の忙しい時間の筈なのに、直ぐに返信が来た。『本番は夕方以降だと思うから、それまでは焦らずに待機してなさい』といった内容だった。


朝方に感じた「何かが起こる」といった感覚は、昼頃には「誰かに呼ばれてる」に変わった。それと同時に、呼ばれてるのは西から、正確には「西北西」からだと分かった。そんなに遠くない。たぶん、割と都心だ。

夕方が近付いた頃、紗理奈は目的地を「東京都庁の近く」と定めていた。何か新しい事が分かる度に、天音と真琴には連絡を入れている。ところが、周囲が薄暗くなり出した頃になって、珍しい相手から着信があった。大勢でのウエブ集会では顔を合せた事があるけど、こうして二人だけで話した事の無い相手だ。


『ヤッホー、紗理奈。元気―?』

「えーと、安斎あんざいさんですよね?」

真凛まりんだよー。たぶん、こういうのはアタシが一番詳しいから、レクチャーしてあげるねー」


間延びした口調がデフォルトの安斎真凛は、矢吹天音に次ぐ二番目の「ムシ」だ。三番目の玉根凜華たまねりんかの方が翅のサイズが大きくて、リーダーシップも取れるからと天音の補佐役のようになってはいるけど、実は真凛だって凄い人なのだ。

玉根凜華以外にも、門馬もんま里香、紺野鈴音こんのすずね国分珠姫こくぶたまきといった多くの「ムシ」達の発現時に立ち会っている。それに、「『ムシ』はみんな、ひとつの家族」といった「ファミリー」の概念を最初に提案したのも真凛だという。

問題のある家庭環境のせいで学習面では遅れのあった真凛だけど、福島市の鈴音の所に身を寄せてからは、成績も上位に名を連ねる程に向上しているのだとか……。


その真凛は、「ムシ」の子の誕生に立ち会うに際し、起こりうる事象と対応案を一通りレクチャーしてくれた後で言った。


「……でもさあ、大切なのはハートだからねー。新しい『ムシ』の子との絆を紡ぐには、紗理奈ちゃんの真心が一番大事なんだよー」



★★★



先輩達が教えてくれた通り、その子の変異が始まったのは、辺りが暗くなってからだった。

家政婦の松川に頼んで早めに夕食を済ませた紗理奈は、「今日は、もう寝るから」と言い残して自室のドアに鍵を掛けると、屋根から外へ飛び出した。屋根を突き抜けての移動は紗理奈が考えた方法で、これだと窓からよりは気付かれ難いのだ。だけど、近くのオフィースビルやマンションの上層階からだと一目瞭然なので、あくまで気休め程度の違いではある。緊急時以外、使わないに越した事はない。

尚、紗理奈の自室に鍵を取り付けた事は、両親には言っていない。家政婦の松川は知ってるけど、母の若菜との関係を考慮し、黙認してくれている。


巨大なアオスジアゲハの姿で夏の夜空に舞い上がった紗理奈は、東京の街の上空を西北西の方角へと滑るように高速で飛んで行く。翅を一振りする毎に銀粉が舞い、彼女の後ろには薄っすらと光の筋が残される。

紗理奈は、ほんの十分じゅっぷん少々で新宿エリアに到着。いったん近くの高層ビルの屋上に舞い下りて、感覚を研ぎ澄ました。そして、目標を直ぐ傍のタワーマンションに定めると、再度、そこの屋上に降り立って最上階の様子を窺ってみる。

問題の女の子の部屋は、直ぐに見付かった。翅を消して纏う光を最小限に抑えた紗理奈は、その部屋の天井からスーっと現れて、ふわりと床に降りた。


そこは、紗理奈の部屋の二倍はありそうな広さがあった。家具は、大きなベッドと学習机、本箱、タンス、飾り棚。そして、ソファーとローテーブルのセットまで置かれている。いずれも一目で高級と分かる一流品ばかり。更に、落ち着いた暖色のカーテンとかーペットが、この部屋の主が「お嬢様」である事を印象付けていた。


その女の子は、三人掛けの革張りソファーの隅にちょこんと座っていた。一見すると小学三年生か四年生くらいに見えるけど、たぶん、紗理奈と同じ歳だろう。やはり金髪で、ショートカットの紗理奈とは対照的に、背中までの長さがある。それに、ゆるくウェーブがかかっている所も、絵本の中のお姫様みたいだ。

瞳の色は、薄茶。二重ふたえの大きな目と形の良い鼻梁は、彼女を紛れもない美少女に見せていた。


紗理奈が繁々と見ていたからだろうか? 突然、女の子が大声を上げた。


「あ、あなた、何処どこから入って来たのよっ!」


ヤバっ。誰かが飛んで来ちゃったら、面倒な事になっちゃう!


少し焦った紗理奈は、ハッと気が付いて心話を使ってみる事にした。既に、その子の身体からだが薄っすらと光って見えたからだ。


〈私は、紗理奈。東山紗理奈って言うの。あなたの名前を教えてくれる?〉

〈な、何で私の名前を教えなきゃなんないのよっ!〉


返ってきたのは怒声だったけど、紗理奈は内心でホッとした。それは心話で、普通の人には聞こえない言葉だったからだ。

だけど心話のせいで、彼女の動揺が紗理奈にもストレートに伝わってくる。


〈もう、怒ったりしたら、せっかく可愛い顔が台無しだよ〉

〈な、何を言ってんの? てか、侵入者は、さっさと出て行きなさい!〉

〈ふふっ、その時は、あなたも一緒だよ〉

〈はあ? 何で私が……、うわっ!〉


その時、立ち上がり掛けた彼女は、ようやく自分の身体が光っているのに気付いた様子。ベッドにストンと腰を落として、マジマジと自分の右手を見ている。

紗理奈は、彼女の左腕だけ光ってないのが気になったけど、まずは彼女の動揺を鎮めるのに注力する事にした。


〈大丈夫だよ。あなたも私の仲間だから〉

〈な、何で大丈夫だなんて言えるのよっ! いい加減なこと言わないでくれるっ!〉

〈もう、何度も大声で叫ばないでよね。うるさいじゃない〉

〈何よ、他人事だと思って……〉

〈全然、他人事だなんて思ってないよ。私達、仲間だって言ってるじゃない。ほら、私の身体からだを見てごらんよ。あなたと同じように光ってるでしょう?〉

〈うわっ〉


紗理奈は、自分の身体にも光を纏ってみせた。と言っても、その子に合わせて少しずつだ。


そうこうする間にも、彼女の身体から発せられる光が徐々に強まって行く。


やがて彼女の背中から、ピューッと二本の光の矢が左右の斜め上空へ放たれた。そうかと思うと大きな弧を描いて舞い戻り、それらが巨大な翅の輪郭を形作る。


そうして現れたのは、紗理奈でさえ息を飲む程に美しい唐草模様が描かれた、煉瓦色のチョウの翅だった。




END017


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

また次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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