015:お盆休みの紗理奈
◇2040年8月@千葉県浦安市 <東山紗理奈>
八月のお盆休み、東山家は例年通りの状態だった。
まず父の孝太郎は、アメリカに出張。目的は、モビリティ関連の最新情報を入手する為だ。お盆休みを海外出張に当てるのは、業務への影響が最小限で済むし、面倒な親戚付き合いを避けられる。その上、この時期になると決まって不機嫌になる妻の若菜と顔を合せなくて済むのだから、彼にとっては一石三鳥と良い事ずくめなのだ。
その分、他の家族に皺寄せが行く。ただし、愛息の倫太郎だけは対象外なので、若菜の不機嫌の矛先は、九割が娘の紗理奈へ。残りの一割は家政婦へといった感じだ。
それでも、お盆の前日に若菜は倫太郎だけを連れて里帰りしてしまうので、紗理奈とて、その被害は最低限で済む。
母の実家の進藤家では、お盆と正月に親族が集まる事になっているのだが、当然、紗理奈の席は無い。紗理奈は、進藤家の祖父母からも見放された存在なのだ。
尚、このお盆休みの間、例年なら家政婦達も一斉にお休みを取る。実際、去年の紗理奈は一週間、一人だけで放置された。と言っても、普段は食べられないカップ麺とかコンビニ弁当とかでお腹を満たす事が出来たので、結構、本人は喜んでいた。
だけど、そうやって一人でいる事を喜べるようになったのは、ここ数年の話。それまでは、試練の日々というかサバイバルなイベントだったのだ。
さすがに三歳の夏までは、完全放置は無かったらしい。「らしい」というのは覚えてないからだが、当時の家政婦が「去年はお嬢様のせいで、私だけお休みが頂けませんでしたからねえ」と嫌味を言っていたのは、良く覚えている。その後で彼女は、「今年は四歳ですから、自分の事は全部一人でやって下さいねえ」と言い放って、堂々と出て行ってしまった。
一応、菓子パンやお菓子とかを大量に残しておいてくれたので餓死だけは免れたけど、四歳児に一週間の自活は容易じゃない。元々シャワーは一人で使えるようになってたから、清潔な状態こそ保てたものの、エアコンの操作すら知らない紗理奈は、窓を全開にして蚊に刺された肌を搔きむしりながら、じっと孤独に耐え続けたのだった。
五歳の時は、エアコンを操作できるようになっていた。家政婦が家を出る前に、「これが使えないと、私、死んじゃうから!」と大声で喚いたからだ。五歳児だって、その程度の知恵はある。
キッチンでは、オーブントースターを使えるようになったのも食生活の改善に繋がった。毎日、じーっと家政婦の動きを観察した成果だ。弱視の紗理奈にとって「見て覚える」のは難しくはあるのだけど、トースターの場合、ボタンが二つしかないから可能だったのだ。
だけど、電子レンジとなると、そうは行かない。基本、当時の家政婦は幼女の悪戯を恐れていて、頼んでも使い方を教えてくれなかった。「教えて!」と頼むと母の若菜に告げ口されて、「仕事の邪魔をするんじゃない!」と頬を打たれる事になる。松川愛子が来るまでの東山家には、紗理奈の味方なんて誰もいなかった。
それでも四歳の時と比べたらマシな一週間だったのだが、家政婦が戻って来た時のキッチンの惨状は、相当に酷かったようだ。食洗器の操作なんて出来ないし、洗い物ですら「お皿を割るから」とさせてもらってない。ゴミ出しの仕方とかゴミ袋の置き場所とか、なーんにも教えてくれなかったのだから、仕方がないじゃないか。絶対に、五歳児のせいじゃないっ!
だけど、当然のように紗理奈は母の若菜に怒られて、一週間、おやつ禁止になった。
更に六歳になると、近所の初老のオバサンが内緒で面倒を見てくれるようになった。紗理奈に文字を教えてくれた親切なオバサンだ。
それで、ようやく幼い紗理奈の「夏のサバイバル生活」は、最悪な時期を脱する事が出来たのである。
★★★
さて、今年のお盆休みの話に戻る。
今回は、六月に紗理奈の専属になった家政婦の松川愛子が、お盆の期間には休みを取らないと言い出した。
紗理奈は、「慣例で、皆、休んでるから」と諭したのだが、「お嬢様がお一人で残っておられるのに、休めません」の一点張り。それで長々と言い合った末に、前半の三日だけ休みを取ってもらう事に落ち着いた。それだと肝心のお盆の期間を外してしまうのだが、その方が混雑のピークを避けられて良いのだそうだ。
「でも、旦那様も奥様もあんまりです。親として最低だと思います」
「別に、今更なんじゃない? 昔からの事だから、もう私は何とも思わない。そんでも、ちゃんと衣食住を提供してくれてるんだもの、感謝しなきゃだよ」
「そうですか……。だけど、お盆というのは、ご先祖様との繋がりとかを意識する機会って言いますか……」
「関係ないわよ。私、お墓参りとかも行った記憶ないし……」
「えっ、そうなんですか?」
「うん。うちのお墓が何処にあるかも知らないの。それに、どうせ私なんて突然変異みたいなもんだから、私がお墓参りに来ても、ご先祖様を困らせるだけなんじゃないかな。てか、『気持ち悪い子』って思われちゃう」
「そんな訳ないじゃないですかっ!」
何故か松川は、怒っていた。
「絶対に違うと思います。お嬢様は、間違いなく東山家のお嬢様なんですっ!」
「ちょっ、ちょっと松川さん……」
だけど、物心ついた後の紗理奈が、一度もお墓参りをした事が無いのは本当の事だ。それに東山邸には仏壇も無いから、紗理奈はご先祖様との面識が無い事になる。つまり、彼女は、お盆とは無縁の存在なのだ。
「まあ、別に良いんじゃない? きっと、私みたいな子は、この世界に大勢いるわよ」
「いやいや、お嬢様のように綺麗な髪の毛の子なんて、そうそういやしませんよ」
「うーん、髪の毛の話じゃなかったと思うんだけど……」
ともあれ、その後もブツブツと紗理奈の両親への文句を言いながら、松川愛子は早めのお盆の帰省の為に実家へと帰って行った。しかも余計な事に、作り置きの料理を充分な量、冷凍庫に残して行ったので、今回はコンビニ弁当が食べられない。それに、サラダ用のレタスやトマトもいっぱいあって、ちゃんと食べないと後で小言とか言われそう。
もう、お節介なんだkじゃら!
今年のお盆の紗理奈は、去年までとは全く逆の意味での溜め息を吐いたのだった。
★★★
かくして、一人になった紗理奈が初日に向かった先は、鎌倉だった。前々から彼女は、一度、じっくりとお寺巡りをしてみたいと思っていたのだ。ご先祖様とは縁が無い紗理奈も、「お盆と言えば、お寺でしょっ!」という意識はあったようだ。
ところが、何処も彼処も予想以上に混雑していて、早々に引き上げてしまった。もちろん、行き帰り共に「ムシ」になっての移動だ。もはや紗理奈には、混雑する公共交通機関を使う選択肢なんて最初から無い。
二日目は、水着姿で「ムシ」になって、近場のプールに乱入。人目を盗んで壁抜けして、女子トイレの個室とかで変異を解いてしまえば、潜り込むのは簡単だった。流れるプールとかだと、多少人が多くても気にならないし、一人でいたって充分に楽しめる。
これは、福島のお姉さん達と話していた時、安斎真凛が教えてくれた方法で、彼女は温泉にも頻繁に出入りしているらしい。
三日目、紗理奈は横須賀へ行った。前々から港に浮かんでいる米軍の軍艦が気になっていたからだ。「ムシ」になってしまえば、どんな所でも見学し放題。艦内のあちこちに出没しては、兵隊さんを驚かせていた。
ここでも見付かったら、サッと光を纏って壁の向こう側へ退避。だから、決して捕まらない。
そうして、米兵達の間に女の子の幽霊の噂が真しやかに囁かれる事になるのだが、それを紗理奈が知る事はなかった。
END015
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また次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




