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014:紗理奈の現状

◇2040年8月@千葉県浦安市 <東山紗理奈>


さて、時は九カ月ほど遡る。


この年の六月、最初の「ムシ」である矢吹天音やぶきあまねの助力を得て、無事に「ムシ」になる事が出来た東山紗理奈ひがしやまさりなは、正直な所、退屈していた。東京というか、首都圏で初めての「ムシ」である彼女は、近くに仲間がおらず、常に単独飛行を強いられるからだ。

紗理奈の一番近くにいる「ムシ」は宇都宮の手塚真琴てづかまことだが、直線距離で百キロも離れている。まだ小学生の紗理奈としては、いくら巨大な翅があろうとも、そんな長距離の単独飛行には二の足を踏んでしまう。

実を言うと、紗理奈のアオスジアゲハの翅だったら一時間も掛からないで行けるのだが、「ムシ」になって間もない彼女は、まだ、その辺りの事は分かっていない。


それでも紗理奈は、夏の間に色々な所へ行った。学校に通っていた時は、基本、夜しか「ムシ」にならなかったけど、夏休みに入ってからは昼間でも空を飛び回るようになった。


紗理奈が行った一番の遠くは、東の太平洋の突端、犬吠埼いぬぼうざき。直線距離で、九十キロといった所だ。本当を言うと、そこまで行くつもりは無かった。だけど、純粋に『東の海を見てみたい』と思っているうちに、気が付くと辿り着いていたって感じだった。

その日、お昼ご飯を食べて直ぐに、紗理奈は外へ出た。最近の紗理奈は、近所であれば、家政婦達に見咎められる事なく自由に出歩けるようになっているのだ。と言っても、スマホで居場所がバレちゃうから、そこはちゃんと対策してある。GPS機能を単純にオフにしただけだと怪しまれるので、自分にとって都合の良い所(紗理奈の場合は、市立図書館とか)に固定しておくアプリをネットで偶然に見付けて購入し、インストールしてあるのだ。幼少時からタブレット端末を使いこなしてきたキャリアは、伊達じゃない。


途中、牛久うしくの大仏を見付けて、その周りをグルグルと回った。その後、霞ケ浦の湖上を低空飛行。ヨット遊びに興じていた若者達を揶揄からかって遊ぶ。そのまま太平洋に出て、鹿嶋市にある幾つもの海水浴場を横目で見ながら、海岸線を南東へと進んだ。その最中、しつこいナンパで困ってる女子高生(JK)達を助けてあげたり、沖の方へ流されそうになっている男の子の上空でホバリングして、監視員の注意を引き付けたり、更には、海に潜って水中散歩を楽しんだり、トビウオのように海面を蹴って飛んでみたり……。


疲れたら、海辺の防風林の木陰を見付け、ちょっとだけお昼寝。一応、お財布を持って来たから、自動販売機でお茶を買って水分補給もした。

やがて犬吠埼の灯台に着くと、その周りを再びグルグル周って、帰路に着く。今度は成田空港に寄って、空港ビルの屋上に座り、飛行機の発着を眺めながら休憩。さすがに滑走路に降り立ったり、飛び立つ飛行機の前に出たりはしない。パイロットを驚かせたりしたら、大事故になっちゃう。


そんな風に色々と寄り道してたから、部屋に戻った時は夕食の時間が間近に迫っていた。

ちゃんと部屋に誰もいないのを確認して、そっと屋根から自室へ忍び込む。注意しなきゃなんないのは、家政婦の松川愛子。紗理奈の事を一番に気遣ってくれる人だからだ。


「お嬢様、午後は何処へ行かれていたんです?」

「だいたい図書館だけど、GPSで分かるんじゃないの?」

「お嬢様は、時々、GPS機能が働かないようにしてますよね?」


どうやら、松川にはバレていたらしい。


「たとえ近所だろうと一人で出歩かれるのは、あまりお勧めできませんよ。最近は治安が悪いですから」

「大丈夫よ。私、逃げるの得意だから」

「そういう問題じゃありません。お嬢様はお綺麗ですから、心配なんです」

「ふふっ、私なんて、誰も綺麗だなんて思ってないわよ。私、みんなに『気持ち悪い子』って言われてるもの」

「はあ……」

「もう、溜め息なんて吐いたら、幸せが逃げちゃうよ」


家政婦の松川が何を言おうと、今の紗理奈には関係ない。危なくなれば、「ムシ」になって飛んで行ける。それに、少しでも光を纏った状態なら、ナイフだって銃弾だって身体からだをすり抜けちゃう。高い所から落とされたって平気だし、何処どこかに監禁されたって出て来れる。

無敵とは言わないけど、今の私は、それに近い状態なんじゃないのかな?


問題は、攻撃する手段が無いって事。そこで前に郡山の玉根凜華たまねりんかが髪の毛を操作できるという話を思い出した。その瞬間、『それだっ!』と思った紗理奈は、やってみる事にした。

駄目で元々。どうせ暇なんだし、納得できる所まで頑張ってみよう!

そうして時間さえあれば、薄っすらと身体に光を纏って髪の毛を動かす事を意識して一週間、ふと鏡を見たら髪の毛が長くなっていた。


紗理奈の髪は、小さい頃からショートカット。理由は、紗理奈の世話役の家政婦が「長い髪だと洗うのが大変だから」と短くしてしまったから。

その後、自分で髪を洗えるようになっても、短いのに慣れた紗理奈は敢えて伸ばそうとはしなかった。それは、『日本では珍しいブロンドヘアを、少しでも目立たなくしたい』という思いからで、実際、野球帽を被ってしまえば、ほとんど髪を隠してしまえる。


ともあれ、一週間で十センチも伸びるのは異常だ。たぶん、家政婦の松川愛子は、もう気付いてるに違いない。

焦った紗理奈は、今度は『短くなれ!』と願ってみた。真剣に五分くらい神様に祈って再び鏡を見ると、五センチくらい短くなっている。それで安堵した紗理奈は、次に『動け!』と心の中で叫んだ。

その時だった。シュルシュルと髪の毛が伸びて、その先端が窓ガラスをすり抜けて庭の芝生の上を這って行く。そして、木陰で昼寝をしていた近所の飼い猫の背中に触れた途端、猫がギャーっと叫んで、狂ったように庭から飛び出して行った。


元に戻すのは簡単だった。頭の中でスイッチをオフにするイメージをすると、映像を逆再生したみたいに髪の毛が再びシュルシュルと短くなって、気が付くと元の長さになっていた。

この時、実は紗理奈の身体からだが薄っすらと光っていたのだが、昼間だからか気付かない。当然、家政婦の松川を含めて家に誰もいないのは確認済み。「ムシ」になって二カ月も経ってないのに色々とやらかしているせいで、最近の彼女は慎重なのだ。


『これは使える』と思った紗理奈は、ニンマリとした。そのせいで不気味な笑みが浮かんでいたようで、たまたま鏡を見たら魔女がいて鳥肌が立った。それで、『当分の間、鏡は見ないようにしよう』と固く心に誓った訳だが、それでも一人の時は、できるだけ髪の毛を使って落とし物を拾ったり、棚の上の物を取ったりした。

そうして、色々と試行錯誤した結果、分かった事がある。身体に光を纏った状態でも、髪の毛の伸びた部分だけは実体化しているらしい。それと、髪の毛で掴み取れる物の重量とかは、その時の体調に左右するのも分かってきた。


ともあれ、これで紗理奈は、またひとつ戦える武器を手に入れる事が出来たのだった。



★★★



髪の毛を操作する事を覚えてからの紗理奈は、より一層、安心して一人で出掛けるようになった。時々、家政婦の松川愛子にバレて愚痴を言われるけど、両親に告げ口されたりはしないのでスルーする。だけど、いずれ彼女には 「ムシ」の事をカミングアウトした方が良さそうである。


さて、紗理奈の夜の空中散歩の行先として、一番多いのはスカイツリーで、次がネズミーランドと葛西臨海公園周辺。更に、その他の東京湾岸エリアも彼女の周遊コースになっており、特に横浜周辺には、お気に入りスポットが幾つもある。

そのひとつは大観覧車だけど、他にも横浜の観光地は何処どこも大好き。変異を解いて観光客に紛れて気が向くままに歩くのも楽しいし、「ムシ」になって適当な建物の上から港を眺めたり、ぼんやりと夕陽を見たりするのも割と良い。横浜だったら、二十分くらいの距離だから、いつでも気軽に行けるのだ。


普通の女の子の恰好で横浜の観光地を歩いていれば、当然、男に声を掛けられる。と言っても、まだ小学生だけあって回数は多くないのだが、金髪美少女というだけでも目立ってしまうのである。中にはやたらとしつこいやからもいる訳で、馴れ馴れしく手を掴んで人気の無い所へ連れて行こうとする。

でも、今の紗理奈なら、薄っすらと身体からだに光を纏うだけで、たいていは切り抜けられる。掴んでいた筈の手は空を切り、一切の危害を加えられなくなるからだ。それでも面倒なら、適当なビルの壁をすり抜けて、その中に入ってしまえば逃げられる。

昼間で周囲が多少なりとも明るければ、薄っすらと光を纏っていてもバレる事はまず無いから安心だ。壁抜けした場合でも、相手は自分の目が信じられないのか、意外と騒ぎになったりはしない。


一度だけ男達を倉庫街に誘導して、髪の毛を動かしてやった事があった。最初、やはり男達は、目の前で起こった事が信じられない様子。だけど、紗理奈のブロンドの髪が首に巻き付いた途端、その場は阿鼻叫喚の様相を呈した。遮二無二逃げようとして躓き、打ち所が悪くて悶絶する者、恐怖で失禁して蹲る者、逃げ切れたと思った拍子に電柱に正面衝突、その場で気を失う者など、まともな状態の奴が一人もいない。その上、異様な叫び声を聞き付けて通報されたらしく、パトカーのサイレンが近付いて来て……。

思わず頭を抱えそうになった紗理奈が取った手段は、結局、「ムシ」になって空へと舞い上がる事だった。




END014


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

また次話も引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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