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120:七夕の時の出来事 (4)

◇2041年7月@埼玉県八潮市 <東山紗理奈>


小倉京姫おぐらみやびの家は、埼玉県八潮市の一般的な八階建てマンションの五階にあった。間取りは3LDK。一番広い部屋が夫婦の寝室、残りの二部屋は、子供部屋と父親の書斎だ。

母親も働いているのだが、彼女が家に仕事を持ち込んだ時は、ダイニングテーブルを使用するそうだ。そんな時でも父親は、リビングのソファーに寝転んでテレビを見ていたりするらしい。そこで文句を言おうものなら、逆ギレされて仕事どころじゃなくなってしまうので、母親は常に我慢を強いられてきたという。


小学生の姉妹が同じ部屋なのは割と普通の事だけど、中学生になれば一人部屋が与えられるのが一般的。それに現在、京姫は中学受験を控えており、やはり夜はダイニングテーブルで勉強するのが常なのだそうだ。

さすがに娘が勉強している時は父親も書斎にいるようにしてる事が多いというが、常にそうとは限らない。機嫌が悪いと、お酒を飲みながら大音量でスポーツ番組を見ていたりするらしい。

そんな訳で母親としては、「そろそろ書斎を京姫の勉強部屋に明け渡して欲しい」と思っているのだが、「そんなこと言うと、お父さんは怒るに決まってるから、なかなか言い出せないみたい」というのが、ファミレスでの京姫が語った内容だった。


東山紗理奈(さりな)は、そんな事を思い出しながら八潮市を目指していた。と言っても「アオスジ」の高速飛行だと、京姫が住む自宅マンションまでは、ほんの十数分しか掛からない。

京姫の気配は、リビングダイニングにあった。紗理奈は、そこへ躊躇ためらわずに飛び込んで行った。



★★★



「うわあ、何だ何だあ!」


いきなり光の塊が飛び込んで来たからか、中年の男が大声で騒いでいた。ところが、眩しい光が消えて、そこに金髪少女の紗理奈が現れた途端、彼は震える指を差しながら、「お、前は、誰だ!」と怒鳴った。


「あら、オジサン、お久しぶりですね。私、今年のお正月のネズミーランドで、あんたにいきなり突き飛ばされた小娘ですけどー」

「はあ? お前、何を言ってんだ?」

「その前に、あんたの汚い足で私の大切なお友達を蹴るの止めてもらえます?」


紗理奈が飛び込んだ時、京姫は母親の上に覆いかぶさっていて、その二人を父親がまとめて蹴飛ばしている状態だった。既に京姫は何回か蹴られていて、見るからに痛そう。

部屋の隅では、妹の姫奈がしくしくと泣いている。

紗理奈は、薄く光を纏った状態で京姫達の前に立つて、問題の父親と対峙していた。


「お前には関係ないだろう!」

「関係ない筈ないでしょうがっ! 私の大切なお友達と、そのお母さんなのよ。それに、可愛い姫奈ちゃんが泣いてるじゃない。あんた、父親なのに何とも思わないわけっ!」


紗理奈は、目の前の男を思いっ切り睨み付けてやる。すると案の定、殴り付けて来た。だけど、彼のこぶしは紗理奈の身体からだをすり抜けてしまう。


「あんた、そうやって日常的に自分の奥さんを殴ってるんじゃないの? 最低の暴力男ね」

「だから、お前には関係ないだろうがっ!」

「関係なくないって言ってるじゃない。何度もおんなじこと言わせないでくれる? この暴力男がっ!」


男は尚も殴り掛かって来るけど、実体の無い紗理奈には届かない。それでも何度も殴り付けて来る辺り、意外と体力がある方なのかもしれない。

ところが、その時、「お父さん、もう止めてっ!」という姫奈の声が響いた。


「うるさいっ、お前は黙ってろ!」

「これ以上、みっともない事しないでよっ!」

「なんだとお?」

「お父さん、いつも『みっともない事するな』って言うけど、一番みっともないのは、お父さんの方じゃないのっ!」

「姫奈、止めなさいっ!」


紗理奈の背後で、いつの間にか立ち上がった京姫が、今度は姫奈の前に立ちはだかろうとする。その京姫に向かって、男が大きく腕を振り上げた。

焦った紗理奈が京姫を見ると、いつの間にか身体が光っている。

あ、でも、姫奈ちゃんの方が危ないかも。京姫ちゃんのの身体をすり抜けた拳が、姫奈ちゃんに当たっちゃう!


咄嗟に紗理奈はシュルシュルと髪の毛を伸ばして、男の腕に巻き付けた。

最初、彼は何が起こったのか分からない様子。腕を振り上げたまま固まっている。でも、次の瞬間、我に返った男は「ギャー」と耳障りな大声を出した後、必死に腕を振りほどこうと暴れ出した。

紗理奈は、いったん髪の毛を解くと、今度は足首に巻き付ける。すると、綺麗に床へ転がってくれた。


〈京姫ちゃん、ビニール紐ない?〉

〈あります。ちょっと待っててください〉


京姫が部屋の奥へ向かった所で、二つの大きな光の塊が部屋に飛び込んで来た。



★★★



紗理奈の足元には、ビニール紐で手足を縛られた京姫みやびの父親が横たわっていた。今もじたばたと暴れてはいるけど、きつく縛ってあるので、問題はない。

ついさっき部屋に入って来た榊原澪さかきばらみおは、その父親から殴る蹴るの暴行を受けた京姫の母親の治療を行っていて、小川真花(まはな)は未だに泣いている姫奈ひめなちゃんを慰めている。京姫はと言うと、その二人と紗理奈の間を、あたふたしながら行き来していた。


〈紗理奈は、大丈夫なの?〉

〈私は何ともないよ。それより、澪、京姫ちゃんのお母さんの様態はどう?〉

〈打ち身だけで、骨は大丈夫だと思う。京姫ちゃんのお陰だね〉

〈そういや私、さっきは『骨が折れてるかも』って思ったんだけど、今は痛くないです〉

〈あんたは「ムシ」なんだから、当然よ〉


「ムシ」の子は、怪我の治りが早いのだ。


〈そんなあ。少しくらい心配してくれても〉

〈紗理奈だって、少しくらいなら心配してると思うよ〉

〈うん。少しくらいはね〉

〈なんか、嬉しくないです〉


京姫が拗ねて母親の所へ行ってしまった。

その母親は、まだ蹴られた脇腹が痛いらしく、リビングのソファーに座って顔をしかめている。それでも、紗理奈が顔を向けると、軽く会釈してくれた。

澪が紗理奈の所に来てくれたので、京姫の父親の監視を任せて、母親の方に移動した。


「あ、あの、今日は助けてくれて、ありがとうね」

「いや、こちらこそ勝手に押し入ってしまって、どうもすいません。たまたまスマホで京姫ちゃんと話してたら、姫奈ちゃんが泣いている声を聞いちゃいまして……、矢も楯もたまらず来ちゃいました……。あの、却ってご迷惑じゃなかったでしょうか?」

「そんな事は全く無いわよ。恥ずかしい話なんだけど、あの人、前々から気に食わない事があると、家で暴力を振るう癖があって……。実は、娘を連れて家を出ようと思っていた所だったの。それが夫にバレちゃったみたいで……」

「そうだったんですね……」


その後、お互いに簡単な自己紹介をした。彼女は、小倉月穂(つきほ)と言うらしい。京姫が言っていた通り、小学校の先生なのだそうだ。

月穂は、お正月にネズミーランドで紗理奈が迷子の姫奈を保護した時の事も、ちゃんと覚えていてくれた。


「あの時は、夫が暴力を振るってしまって、本当にごめんなさい」

「いやいや、月穂さんは悪くないですから」


その月穂は、紗理奈が髪の毛を操る所とかは見ていなかったようだけど、特殊な能力を持っている事には気付いているみたいだった。それに、澪と真花が飛び込んで来た所も見ていた訳で、案の定、その事を訊いてきた。


「あの、皆さん、うちの娘達と似たような髪の毛なんだけど、地毛なのよね?」

「はい。もちろん、生まれ付きです」

「てことは、うちの娘とかも……」

「はい。京姫ちゃんは、既に私達と似たような能力を持っています。姫奈ちゃんは、もっと大きくなってからになりますけど、間違いなく私達の仲間です」

「そうなのね……」


それから、紗理奈が「茶髪の子の保護者会」の話を始めた所で、玄関のチャイムが鳴った。



★★★



玄関に現れたのは、警備員の制服を着た男性二名とスーツ姿の若い女性一名。彼らはサカキバラ商事さいたま支店から来たとの事で、矢島、須田、島田と名乗った。

当然、呼んだのは榊原(みお)だ。


〈警察を呼ぶと大事になっちゃうし、そもそも簡単には来てくれないでしょう?〉

〈確かに……〉


最近の都市部の警察は、治安が悪化しているにも関わらず、自治体の財政難の影響で人員が補充されず、どこも多忙らしい。逆に言うと、警察が弱体化したから治安が悪くなったと言えなくもない。そうした状況を補填する形で業績を伸ばしているのが、サカキバラ商事だったりする。


「しかし、結構、暴れてくれましたなあ」


年配の男性である矢島の言葉で改めて室内を見ると、言われた通り騒然としていた。あちこちに食器の破片が散乱していて、あぶない事、この上ない。

紗理奈達は、サカキバラ商事の三人から矢継ぎ早に質問を受けた。彼らも全てではないにせよ、紗理奈達の特殊な能力について聞かされている様子。普通なら「馬鹿にするな!」と怒り出してしまうような事ですら、真面目に聞いてくれる。そんな彼らの真摯な対応に絆されてしまい、気が付くと、かなり常識外れな内容までも話してしまっていた。

ある程度の話が終わると、京姫みやびが訊いた。


「それで、お父さんはどうなります?」

「この後、八潮警察署と交渉する事になるけど、最悪は釈放せざるを得ないかもしれないね」

「そうなんですか?」

「やっぱり、心配かい?」

「はい。お母さんと妹の事は心配です」

「私としては、京姫の事も心配なんだけどね」


母親の月穂つきほの言葉に、矢島が改まった口調で説明した。


「もちろん、ご家族の方々には、その前に避難してもらう事になります。それと、ご主人には我々の監視が付きますので、これ以上、被害が出ないようにします」

「あの、言い難い事なんですが、費用とかは……」

「今回の事は、うちのお嬢様からの要請ですので、小倉さんの方に請求する事にはならないと思いますよ」

「えっ、お嬢様って?」


そこで、澪がサカキバラ商事の社長令嬢である事を明かすと、月穂は相当に驚いた様子。

それからは、しばらく大人同士の話が続いた。


その間に姫奈ひめなはソファーの上で眠ってしまい、紗理奈達「ムシ」の四人は、四月にサカキバラ商事に入社して、今月、さいたま支店配属になったばかりだという島田さんと雑談して過ごした。彼女は「ムシ」について、男性二名が知らない事まで知らされているとの事だったからだ。

そうこうするうちに午後十一時になったので、後の事はサカキバラ商事の人達に任せて、紗理奈達三人は先に帰らせてもらう事になった。

男性の矢島と須田は、「しきりに車で送るから」と言ってくれたのだが、強引に断ってエレベータに乗った。そして、いつも通り人気ひとけの無い所で「ムシ」になって、夜空へと舞い上がったのだった。




END120


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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